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誰かの娘であること

私くらいの年で両親がそろって健在、というのは
多分、珍しいことだと思います。(はっきりと私は○○才です!という根性は
まだない・・・落ち込み

結構いい年なのに、まだ誰かの娘であるということが
何と言いますか、まだまだアマちゃんにさせているのではないか・・・と
思います。近くにいますしね。

健在と言っても、父はかなりアルツハイマーが進んでおり
母と二人で暮らしておりましたが、母だけでは父の面倒をみることが
困難になり、2ヶ月ほど前からグループホームという施設でお世話に
なっています。
週2回、仕事の帰りに寄ります。
父はそれはそれは嬉しそうな顔でいつも迎えてくれます。
自分の娘であるということは何となく認識しているようですが
名前はすっかり忘れています。
○○子だよ、と連呼。父は私の名前をそっと口にします。
なんとなく懐かしい名前だな、って思うでしょ?と言えば
ニッコリ笑います。こちらの話すことはほとんど理解できているようですが
父はもう会話ができません。彼の言うことは意味不明です。

私の自慢の父です。
穏やかで、優しくて、頭が良くて・・・ちょっとかっこよくて笑顔

もう記憶はありません。母に頼んでアルバムを届けてもらいました。
毎回、これは誰、これは誰と指差して言います。
うんうん・・・と分かっているような・・・でもすぐに忘れます。
自分と母は分かるみたい。

いつも帰りに、泊まって行きなさい、と言います。
うん、また来るからね、と言うと少しスネます。
帰り道、自転車を走らせながら涙ぐんでしまいます。

けれど、忘れるということは父にとっては
それほど不幸なことではないようです。
もう父には忘れる権利があるのだと思います。

暑くて、少し遠い道のりだけど、あの笑顔に会うために
また二日後、私は行きます。

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