2009年02月16日
『卑劣なる罠! 闇に堕ちた無垢なる魂!!』 part4
やがて長かった通路が終わりを告げ、エリナの前に一つのドアが姿を現す。
「ここが、そうなのかしら」
出口の場所を知るイルがいないため、彼女には判断がつかなかった。だが突き当たりの壁
に存在するドアがこれしかない以上、とりあえず先に進んでみるしかないだろう。
一瞬、もしや開けるための鍵やパスワードが必要なのではないかという危惧が脳裏に浮
かんだが、彼女がドアの前に立った瞬間小さな機械音と共に扉がゆっくりと横にスライド
したため、杞憂だったようだ。部屋の中は灯りがついていないのか、真っ暗で通路にぽっ
かりと開いた入り口からは、室内の様子を窺うことはできない。
だが、いつまでもここで立ち尽くしているわけにはいかない。エリナは決心を固めると、
ごくりとつばを飲み込みながら一歩、部屋の中によどむ暗闇に足を踏み出した。そのまま
二歩、三歩とおそるおそる歩いていく。
と、突然、彼女の背後でドアが閉まった。
「……!?」
思わぬ不意打ちに身をこわばらせ、振り返ったものの、別に何かトラップがしかけられ
ていたりした訳ではないようだ。エリナは安堵に胸を撫でおろし、再び前を向く。
直後、ブゥン……という音と共に、彼女の正面やや斜め上、一面の暗闇の中に映像が浮
かび上がった。
「何、一体……」
戸惑う彼女の前に映し出されているのは、戦闘の様子の映像のようであった。映ってい
る場所は良く分からないが、全身を覆うぴったりとした黒いタイツを身に着けたダークク
ロスの戦闘員達が、誰かと戦っているらしい。丁度人や物の影になっているせいでエリナ
には良く分からないが、束になって襲い掛かる戦闘員達をものともせず吹き飛ばしている
様子から、戦っている人物はなかなかの腕に思える。
「誰かしら……」
思わず今自分が置かれている状況も忘れ、エリナは画面に見入る。その左上に小さく示
されている文字や数字から、これが記録映像ではなく、今まさに行われているものだと気
付く。おそらく監視カメラか、スパイロボットのカメラ辺りかなにかが映しているのだろ
う。
画面の中で戦闘員相手に戦っている者は善戦しているようだが、倒しても次から次へと
現れる戦闘員にてこずっていた。そんな状況に業を煮やしたのか、突如画面の中央で光が
吹き上がると、エリナの耳に、聞き覚えの無いような、しかしどこかで聞いたことのある
ような声が響いた。
「『くっ! きりが無いわ! この……エリフェニックス! 吹きとべぇ!!』」
「……え?」
自分の耳が捉えた音が信じられず、無意識のうちにエリナは小さく呟いた。呆然とした
まま見つめる画面の中で、「もう一人の自分」が彼女の必殺技を繰り出し、光を纏って敵
を吹き飛ばしていく光景が映し出されている。
「……え? うそよ、何で私が、あそこで……。そうよ、私はここに、ちゃんといるわよ
ね……?」
目の前の光景が理解できない。思わず震えだした身体を押さえつけるようにぎゅっとか
き抱くと、エリナはぶつぶつと呟きを繰り返す。
「そうよ、あそこに私がいるはず無いんだわ。そう、あれはきっと偽者なのよ。
だ、ダーククロスが私を混乱させるために作った、嘘の映像なのよ。そうに違いないわ」
そうであって欲しいというかのように、自分に言い聞かせるエリナに、部屋の暗がりか
ら別の声が響く。
「いいえ、あの映像は紛れも無い本物。今、別の場所で戦っている『本当のエリナ』を映
したものよ」
その声にびくりと肩を震わせ、エリナは声のした方向に混乱した瞳を向けた。
同時に室内の明かりが一斉に点けられ、その眩しさにエリナは思わず目をつぶる。ややあ
って、しだいに目が明るさに慣れてきたのを感じると、彼女はこわごわとまぶたを上げて
いった。
まだ微かにぼやけるエリナの視界の中、彼女の視線の先に、先ほど分かれた少女、イル
が立っていた。
「……イル? 無事だったの?」
めまぐるしく変わる状況に上手く考えが纏められず、困惑も露にエリナは言葉を発する。
その声を受けて、彼女の眼前に立つイルはにこりと微笑んだ。
「……イル? ねえ、ここから脱出するんだよね? は、早くしよう?」
だが、その様子はどこかエリナが知る彼女とは違っていた。もう一度エリナは声に不審
と、いくばくかの恐怖をにじませながら口を開く。
「ふふ……、どうしたのエリナ? そんなにこわがっちゃって」
そんな彼女の何がおかしいのか、エリナを見つめるイルはどこか歪んだ笑みを浮かべな
がら一歩、彼女に近寄る。その様子に直感的に不吉なもの感じたエリナは思わず後ずさっ
た。
そして、不意にその違和感の正体に気付く。
目だ。イル本来の瞳の色は美しいブルーのはず。だが今、彼女の全身に絡みつくような
視線を向けている目の前の少女の瞳は、不気味な紅色に染まっていた。
「……ひ」
思わずへたり込み、エリナの口から漏れた悲鳴に、イルの姿をした何者かはきょとんと
した後、何かに気付いたように笑みを深くした。
「あら? ばれちゃった? うふふ……もうちょっと『あなたを助けに来たイルちゃん』
を演じてたかったんだけどな」
「あ、あなた何者!? 本物のイルはどうしたの?!」
震える声で誰何するエリナに、少女は笑みを崩さないまま、答える。
「あはは、ひどいなあエリナ。私も『本物のイル』なんだよ?
もっとも、あなたが知ってる『正義の味方のイル』じゃあ無いけどね。そうね、言うなれ
ば『ダーククロスの僕のイル』かな?」
そういうと共に、目の前のイルから濃密な邪気があふれ出す。それに染められるかのよ
うに彼女が纏ったドレスも、漆黒へと色を変えていった。
「あ……そんな……。うそ、よ……」
かすれるエリナの声に、邪悪な響きを持ったイルの声が返される。
「もう、嘘じゃないんだってば。
それよりもあなたにとっては『あなた自身は本物なのかどうか』っていうことの方が重要
なんじゃないのかしら?」
彼女の話す内容の意味が上手くつかめず、エリナはさらに混乱する。そんな彼女を愉快
そうに見つめると、視線をいまだ戦いが続くモニターへと映した。つられてエリナも目を
向けたその画面の中では、やはり「もう一人のエリナ」が戦いを繰り広げている。
最早何が何だか分からず、思考停止状態のエリナに向けてイルは語りだした。
「結論から言っちゃうとね、この画面に映っている、今戦っているエリナの方が『本物』
なの。
つまり、ここで私とお話しているエリナ、あなたは『偽者』ってわけ」
「……にせ、もの?」
衝撃の真実、あまりのショックに呆然と聞き返したエリナの言葉に、イルは頷く。
「そう、偽者。もっときちんと言うと、あなたは私が手に入れたオリジナルのエリナの細
胞から作られたクローン。本物の複製品なのよ。単なるコピーなの」
「コピー……」
残酷な現実にその目から意思の光を失いつつあるエリナに、イルとは別の声が響く。
「そう、コピー。目覚める前の記憶が無いのも当然。だってあなたには最初から何も無か
ったんだもの」
いつの間にかイルのすぐ側に、紫が立っていた。イルは甘えるように紫の体に抱きつくと、
紫もまた、イルの身体を抱きしめ返す。
「わたしには……なにも、ない……?」
愕然と呟き、自分の手のひらに視線を落とすエリナ……いや、クローンの少女に、紫の
慈悲の欠片も無い声が降り注ぐ。その声には、どこか目の前の少女の絶望を楽しむ、悪魔
の如き愉快そうな響きすらあった。
「そうよ、なにも、なあんにも無いの。名前も、家も、故郷も、家族も、友人も、過去も、
未来も、夢も、希望も。
ほんの少しも、一欠けらも、全く、全然ないのよ。
だってそれは全部、あの『本物のエリナ』のものなんだから」
紫の言葉にはっとして顔を上げると、視線の先、画面の中では『エリナ』が戦闘員達を
倒し、その剣を収めるところだった。その得意げな表情に、クローンの少女の心にぽつり
と黒い火が灯る。それを見透かしたかのように、さらに淫魔姫の言葉が彼女に掛けられた。
「かわいそうな娘。何一つ持たず、世界にたった一人ぼっち。いくら私たちダーククロス
が別の世界にいけても、初めから存在しないものは与えられない。
それに引き換え、見て御覧なさい? ほら、あの娘、エリナの満ち足りた顔」
「……!」
「ずるいわよね? あなたと同じ姿なのに、あなたには無い全てを持っているのよ。
あなたがこんなに苦しんでいるのに、あの子はそれを知りもしない。
あの子の持っているもの、あの子と同じ姿をしたあなただって持つ権利があったっていい
はずよね? ね、そう思わない? あなたも欲しいわよね?」
「……ほしい」
黒い炎がクローンの少女の中で少しづつ、大きくなっていく。いつの間にか、画面を見
つめる彼女の瞳には隠しきれない憎悪の色が滲み出していた。
「ここが、そうなのかしら」
出口の場所を知るイルがいないため、彼女には判断がつかなかった。だが突き当たりの壁
に存在するドアがこれしかない以上、とりあえず先に進んでみるしかないだろう。
一瞬、もしや開けるための鍵やパスワードが必要なのではないかという危惧が脳裏に浮
かんだが、彼女がドアの前に立った瞬間小さな機械音と共に扉がゆっくりと横にスライド
したため、杞憂だったようだ。部屋の中は灯りがついていないのか、真っ暗で通路にぽっ
かりと開いた入り口からは、室内の様子を窺うことはできない。
だが、いつまでもここで立ち尽くしているわけにはいかない。エリナは決心を固めると、
ごくりとつばを飲み込みながら一歩、部屋の中によどむ暗闇に足を踏み出した。そのまま
二歩、三歩とおそるおそる歩いていく。
と、突然、彼女の背後でドアが閉まった。
「……!?」
思わぬ不意打ちに身をこわばらせ、振り返ったものの、別に何かトラップがしかけられ
ていたりした訳ではないようだ。エリナは安堵に胸を撫でおろし、再び前を向く。
直後、ブゥン……という音と共に、彼女の正面やや斜め上、一面の暗闇の中に映像が浮
かび上がった。
「何、一体……」
戸惑う彼女の前に映し出されているのは、戦闘の様子の映像のようであった。映ってい
る場所は良く分からないが、全身を覆うぴったりとした黒いタイツを身に着けたダークク
ロスの戦闘員達が、誰かと戦っているらしい。丁度人や物の影になっているせいでエリナ
には良く分からないが、束になって襲い掛かる戦闘員達をものともせず吹き飛ばしている
様子から、戦っている人物はなかなかの腕に思える。
「誰かしら……」
思わず今自分が置かれている状況も忘れ、エリナは画面に見入る。その左上に小さく示
されている文字や数字から、これが記録映像ではなく、今まさに行われているものだと気
付く。おそらく監視カメラか、スパイロボットのカメラ辺りかなにかが映しているのだろ
う。
画面の中で戦闘員相手に戦っている者は善戦しているようだが、倒しても次から次へと
現れる戦闘員にてこずっていた。そんな状況に業を煮やしたのか、突如画面の中央で光が
吹き上がると、エリナの耳に、聞き覚えの無いような、しかしどこかで聞いたことのある
ような声が響いた。
「『くっ! きりが無いわ! この……エリフェニックス! 吹きとべぇ!!』」
「……え?」
自分の耳が捉えた音が信じられず、無意識のうちにエリナは小さく呟いた。呆然とした
まま見つめる画面の中で、「もう一人の自分」が彼女の必殺技を繰り出し、光を纏って敵
を吹き飛ばしていく光景が映し出されている。
「……え? うそよ、何で私が、あそこで……。そうよ、私はここに、ちゃんといるわよ
ね……?」
目の前の光景が理解できない。思わず震えだした身体を押さえつけるようにぎゅっとか
き抱くと、エリナはぶつぶつと呟きを繰り返す。
「そうよ、あそこに私がいるはず無いんだわ。そう、あれはきっと偽者なのよ。
だ、ダーククロスが私を混乱させるために作った、嘘の映像なのよ。そうに違いないわ」
そうであって欲しいというかのように、自分に言い聞かせるエリナに、部屋の暗がりか
ら別の声が響く。
「いいえ、あの映像は紛れも無い本物。今、別の場所で戦っている『本当のエリナ』を映
したものよ」
その声にびくりと肩を震わせ、エリナは声のした方向に混乱した瞳を向けた。
同時に室内の明かりが一斉に点けられ、その眩しさにエリナは思わず目をつぶる。ややあ
って、しだいに目が明るさに慣れてきたのを感じると、彼女はこわごわとまぶたを上げて
いった。
まだ微かにぼやけるエリナの視界の中、彼女の視線の先に、先ほど分かれた少女、イル
が立っていた。
「……イル? 無事だったの?」
めまぐるしく変わる状況に上手く考えが纏められず、困惑も露にエリナは言葉を発する。
その声を受けて、彼女の眼前に立つイルはにこりと微笑んだ。
「……イル? ねえ、ここから脱出するんだよね? は、早くしよう?」
だが、その様子はどこかエリナが知る彼女とは違っていた。もう一度エリナは声に不審
と、いくばくかの恐怖をにじませながら口を開く。
「ふふ……、どうしたのエリナ? そんなにこわがっちゃって」
そんな彼女の何がおかしいのか、エリナを見つめるイルはどこか歪んだ笑みを浮かべな
がら一歩、彼女に近寄る。その様子に直感的に不吉なもの感じたエリナは思わず後ずさっ
た。
そして、不意にその違和感の正体に気付く。
目だ。イル本来の瞳の色は美しいブルーのはず。だが今、彼女の全身に絡みつくような
視線を向けている目の前の少女の瞳は、不気味な紅色に染まっていた。
「……ひ」
思わずへたり込み、エリナの口から漏れた悲鳴に、イルの姿をした何者かはきょとんと
した後、何かに気付いたように笑みを深くした。
「あら? ばれちゃった? うふふ……もうちょっと『あなたを助けに来たイルちゃん』
を演じてたかったんだけどな」
「あ、あなた何者!? 本物のイルはどうしたの?!」
震える声で誰何するエリナに、少女は笑みを崩さないまま、答える。
「あはは、ひどいなあエリナ。私も『本物のイル』なんだよ?
もっとも、あなたが知ってる『正義の味方のイル』じゃあ無いけどね。そうね、言うなれ
ば『ダーククロスの僕のイル』かな?」
そういうと共に、目の前のイルから濃密な邪気があふれ出す。それに染められるかのよ
うに彼女が纏ったドレスも、漆黒へと色を変えていった。
「あ……そんな……。うそ、よ……」
かすれるエリナの声に、邪悪な響きを持ったイルの声が返される。
「もう、嘘じゃないんだってば。
それよりもあなたにとっては『あなた自身は本物なのかどうか』っていうことの方が重要
なんじゃないのかしら?」
彼女の話す内容の意味が上手くつかめず、エリナはさらに混乱する。そんな彼女を愉快
そうに見つめると、視線をいまだ戦いが続くモニターへと映した。つられてエリナも目を
向けたその画面の中では、やはり「もう一人のエリナ」が戦いを繰り広げている。
最早何が何だか分からず、思考停止状態のエリナに向けてイルは語りだした。
「結論から言っちゃうとね、この画面に映っている、今戦っているエリナの方が『本物』
なの。
つまり、ここで私とお話しているエリナ、あなたは『偽者』ってわけ」
「……にせ、もの?」
衝撃の真実、あまりのショックに呆然と聞き返したエリナの言葉に、イルは頷く。
「そう、偽者。もっときちんと言うと、あなたは私が手に入れたオリジナルのエリナの細
胞から作られたクローン。本物の複製品なのよ。単なるコピーなの」
「コピー……」
残酷な現実にその目から意思の光を失いつつあるエリナに、イルとは別の声が響く。
「そう、コピー。目覚める前の記憶が無いのも当然。だってあなたには最初から何も無か
ったんだもの」
いつの間にかイルのすぐ側に、紫が立っていた。イルは甘えるように紫の体に抱きつくと、
紫もまた、イルの身体を抱きしめ返す。
「わたしには……なにも、ない……?」
愕然と呟き、自分の手のひらに視線を落とすエリナ……いや、クローンの少女に、紫の
慈悲の欠片も無い声が降り注ぐ。その声には、どこか目の前の少女の絶望を楽しむ、悪魔
の如き愉快そうな響きすらあった。
「そうよ、なにも、なあんにも無いの。名前も、家も、故郷も、家族も、友人も、過去も、
未来も、夢も、希望も。
ほんの少しも、一欠けらも、全く、全然ないのよ。
だってそれは全部、あの『本物のエリナ』のものなんだから」
紫の言葉にはっとして顔を上げると、視線の先、画面の中では『エリナ』が戦闘員達を
倒し、その剣を収めるところだった。その得意げな表情に、クローンの少女の心にぽつり
と黒い火が灯る。それを見透かしたかのように、さらに淫魔姫の言葉が彼女に掛けられた。
「かわいそうな娘。何一つ持たず、世界にたった一人ぼっち。いくら私たちダーククロス
が別の世界にいけても、初めから存在しないものは与えられない。
それに引き換え、見て御覧なさい? ほら、あの娘、エリナの満ち足りた顔」
「……!」
「ずるいわよね? あなたと同じ姿なのに、あなたには無い全てを持っているのよ。
あなたがこんなに苦しんでいるのに、あの子はそれを知りもしない。
あの子の持っているもの、あの子と同じ姿をしたあなただって持つ権利があったっていい
はずよね? ね、そう思わない? あなたも欲しいわよね?」
「……ほしい」
黒い炎がクローンの少女の中で少しづつ、大きくなっていく。いつの間にか、画面を見
つめる彼女の瞳には隠しきれない憎悪の色が滲み出していた。
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