2021年06月10日
映画「炎628」‐ 舞い上がる炎の下で少年が見た地獄
「炎628」(Иди и смотри) 1985年 ソビエト連邦
監督エレム・クリモフ
原作エレシ・アダモヴィチ
脚本エレム・クリモフ
エレシ・アダモヴィチ
撮影アレクセイ・ロジオーノフ
第14回モスクワ国際映画祭最優秀作品賞受賞
〈キャスト〉
アレクセイ・クラヴチェンコ オリガ・ミロノヴァ
恐ろしい映画です。
実際に起こった虐殺事件を題材に、一人の少年の目撃と体験が、そのまま私たち観客にも恐怖の追体験として目の前に迫ります。
ナチスの蛮行はユダヤ人への迫害が広く知れ渡っていますが、ここで扱われるのは、かつてソビエト連邦の構成国の一つだった白ロシア、現在のベラルーシです。
ヨーロッパの東に位置するベラルーシは、ポーランド、ウクライナ、リトアニア、ラトビアなどと国境を接し、ナポレオンのモスクワ遠征の際にはフランス軍に蹂躙された歴史を持ち、第一次世界大戦では熾烈(しれつ)な激戦の地ともなりました。
そのような白ロシア(ベラルーシ)で、ナチス・ドイツによるポーランド侵攻とともにヨーロッパを席巻したナチスの支配が白ロシアにまで及んだ時代。
1943年、ドイツ占領下の白ロシア。
フリョーラ(アレクセイ・クラヴチェンコ)は、土地の古老が止めるのも聞かずに、砂地から一丁の銃を掘り出します。
フリョーラは喜びましたが、しかしそれは少年フリョーラにとって忌まわしい日常への発端となります。
銃を手にしたフリョーラは、家を出ていかないでと泣いて頼む母親の意見を振り切るようにしてパルチザンに加わり、母親と幼い双子の妹たちを村に残して、パルチザンの同志が潜む森へと入ってゆきます。
パルチザンに加わることはできましたが、フリョーラがまだ少年であるためなのか、一人、森へ取り残されてしまいます。
森の中で出会った若い女性グラーシャと共に、森をさまよいながら故郷の村へと帰ろうとするフリョーラは、ドイツ軍の爆撃を逃れながら、空腹を抱えて村へとたどり着きます。
しかし、村には人の姿は無く、静まり返った家へ戻ったフリョーラとグラーシャが見たものは、床に散乱した壊れた人形でした。
異様な気配を感じた二人は家を飛び出し、「村の人たちはあそこにいるんだ!」と叫びながら走るフリョーラの後を追いかけるように走るグラーシャが振り返って見たのは、裸にされて殺された村人たちの死体の山。
村人たちが虐殺されたことに気づいたグラーシャでしたが、それに気づかず狂気のようになったフリョーラは沼に飛び込み、後を追うグラーシャも飛び込み、溺れそうになりながらも岸へ上がった二人は、森へ逃れていた難民たちの群れに加わることになります。
難民たちの食料は乏しく、食料調達のためにフリョーラは男たちと共に4人で食料を探しに出かけますが、地雷原で二人が吹き飛ばされ、近くの村から牝牛を調達して喜んだフリョーラたちでしたが、ドイツ軍の激しい銃撃に遭って一人は死に、度重なる銃撃で牝牛も殺されてしまいます。
フリョーラは一人、深い霧の中をさまよいながら農夫の荷馬車を見つけ、盗んでいこうとしますが、農夫にとがめられ、口論の中、ドイツ軍の車両に遭遇、行き場を失ったフリョーラは農夫の孫になりすまし、農夫の村に身をひそめることになりますが、それはフリョーラにとって阿鼻叫喚の地獄を経験することにつながるものとなります。
一風変わった題名の「炎628」は、フランソワ・トリュフォー監督の傑作「華氏451」(1966年)を意識して改題されたと思われますが、原題は「来なさい、そして見よ」。
聖書の最終章である「啓示(黙示録)」の第6章7節から8節による、青ざめた馬に乗った“死”が食糧不足と殺戮をもたらすことが描かれ、これが原題になったと思われます。
「炎628」の終盤、フリョーラが身を隠した村ではドイツ軍が続々と押し寄せ、村人たちを教会へ押し込めて教会の中は騒然となります。
窓から外へ顔を出した農民が射殺されたことをキッカケに悲鳴と号泣は極度に達します。
フリョーラは窓から体を乗り出して外へ逃れますが、ドイツ兵たちもフリョーラがまだ子どもだと思ったためか、薄汚れた野良猫のごとくあしらいながら見逃します。
悲鳴と号泣の教会の中へ手榴弾が投げ込まれます。
ここまででも、その凄まじさは見る者に戦慄を与えますが、さらにそこへ火が放たれ、火炎放射器が轟音を放ちます。
炎を上げて燃える教会へ射撃が行われ、笑い興じるドイツ兵たち。しかし、その中でも、涙を拭きながら射撃を行う者、嘔吐する者、多少は人間性を持った兵たちが少なからずいたことが描かれたことは、一方的にドイツを悪と決めつけていない冷静な視点があったように思います。
一カ所へ村人が集められて、建物もろ共焼き殺される残虐な事件は、ニキータ・ミハルコフ監督の秀作「戦火のナージャ」(2010年)でも描かれていますが、「戦火のナージャ」はコンピューター・グラフィックスを上手く使っているためか、一歩距離を置いて見ることができますが、「炎628」はまるでドキュメンタリーフィルムを見るような現実感があります。
冒頭の森の中でのパルチザンの様子やグラーシャの登場などはツルゲーネフの小説を思い起こさせますが、その雰囲気はドイツ軍による落下傘部隊の降下と、誰もいなくなったパルチザンのキャンプへの空爆で一転。
パルチザンに対する殲滅作戦が始まったことが分かります。
もともと工業化の進んでいなかった白ロシア(ベラルーシ)ですから、あたりは森と湿地帯、ぬかるんだ道、古い農家、見ようによっては牧歌的な東ヨーロッパの風景ともとれますが、戦争の狂気が取り巻く環境は、飢えと恐怖が支配する寒々とした世界。
ひとすら逃げ惑(まど)うフリョーラとグラーシャも泥と土ぼこりにまみれ、そしてたどり着いた村で体験した惨劇によってフリョーラの顔はまるで老人のように変わり果てている。
一方のグラーシャは放心状態で笛を口にくわえさせられ、両足の、おそらく股間から血を流し、ドイツ兵たちによって激しいレイプを受けたことをうかがわせます。
戦争映画で、これほどの惨状を描いた映画は、ちょっと記憶にありません。反戦映画と呼ぶには少し違うような気もします。ここで、こういうことが起きた、この事実を知ってもらいたい、そういう意図で作られたようにも思います。
監督は「ロマノフ王朝の最後」(1975年)などのエレム・クリモフ。
苛烈な題材を扱いながら、決して過剰な演出に陥ることなく、かなり衝撃的なシーンのひとつである虐殺された村人の死体の山をグラーシャが目撃する場面でも、グラーシャが振り返った一瞬に見えるだけで、そのまま二人の狂乱へとつながっていきます。
改題の「炎628」とは、白ロシア国内の628もの村が住民もろ共焼き尽くされた数字であることが最後に判ります。
これほどの殺戮(さつりく)が、同じ人間同士によって何故引き起こされるのか。
パルチザンに捕えられた将校らしき男が言います。「共産主義を根絶することが我々の使命だ」
理由はそうであっても、それが暴力や虐殺にまで発展するのは、ディケンズの「二都物語」に描かれたような、死刑判決を受けた人間の八つ裂きの処刑を見ることを楽しみに待つ群衆のような、暗い心理が潜んでいるように思われます。
恐ろしくも、深く考えさせられる映画です。
監督エレム・クリモフ
原作エレシ・アダモヴィチ
脚本エレム・クリモフ
エレシ・アダモヴィチ
撮影アレクセイ・ロジオーノフ
第14回モスクワ国際映画祭最優秀作品賞受賞
〈キャスト〉
アレクセイ・クラヴチェンコ オリガ・ミロノヴァ
恐ろしい映画です。
実際に起こった虐殺事件を題材に、一人の少年の目撃と体験が、そのまま私たち観客にも恐怖の追体験として目の前に迫ります。
ナチスの蛮行はユダヤ人への迫害が広く知れ渡っていますが、ここで扱われるのは、かつてソビエト連邦の構成国の一つだった白ロシア、現在のベラルーシです。
ヨーロッパの東に位置するベラルーシは、ポーランド、ウクライナ、リトアニア、ラトビアなどと国境を接し、ナポレオンのモスクワ遠征の際にはフランス軍に蹂躙された歴史を持ち、第一次世界大戦では熾烈(しれつ)な激戦の地ともなりました。
そのような白ロシア(ベラルーシ)で、ナチス・ドイツによるポーランド侵攻とともにヨーロッパを席巻したナチスの支配が白ロシアにまで及んだ時代。
1943年、ドイツ占領下の白ロシア。
フリョーラ(アレクセイ・クラヴチェンコ)は、土地の古老が止めるのも聞かずに、砂地から一丁の銃を掘り出します。
フリョーラは喜びましたが、しかしそれは少年フリョーラにとって忌まわしい日常への発端となります。
銃を手にしたフリョーラは、家を出ていかないでと泣いて頼む母親の意見を振り切るようにしてパルチザンに加わり、母親と幼い双子の妹たちを村に残して、パルチザンの同志が潜む森へと入ってゆきます。
パルチザンに加わることはできましたが、フリョーラがまだ少年であるためなのか、一人、森へ取り残されてしまいます。
森の中で出会った若い女性グラーシャと共に、森をさまよいながら故郷の村へと帰ろうとするフリョーラは、ドイツ軍の爆撃を逃れながら、空腹を抱えて村へとたどり着きます。
しかし、村には人の姿は無く、静まり返った家へ戻ったフリョーラとグラーシャが見たものは、床に散乱した壊れた人形でした。
異様な気配を感じた二人は家を飛び出し、「村の人たちはあそこにいるんだ!」と叫びながら走るフリョーラの後を追いかけるように走るグラーシャが振り返って見たのは、裸にされて殺された村人たちの死体の山。
村人たちが虐殺されたことに気づいたグラーシャでしたが、それに気づかず狂気のようになったフリョーラは沼に飛び込み、後を追うグラーシャも飛び込み、溺れそうになりながらも岸へ上がった二人は、森へ逃れていた難民たちの群れに加わることになります。
難民たちの食料は乏しく、食料調達のためにフリョーラは男たちと共に4人で食料を探しに出かけますが、地雷原で二人が吹き飛ばされ、近くの村から牝牛を調達して喜んだフリョーラたちでしたが、ドイツ軍の激しい銃撃に遭って一人は死に、度重なる銃撃で牝牛も殺されてしまいます。
フリョーラは一人、深い霧の中をさまよいながら農夫の荷馬車を見つけ、盗んでいこうとしますが、農夫にとがめられ、口論の中、ドイツ軍の車両に遭遇、行き場を失ったフリョーラは農夫の孫になりすまし、農夫の村に身をひそめることになりますが、それはフリョーラにとって阿鼻叫喚の地獄を経験することにつながるものとなります。
一風変わった題名の「炎628」は、フランソワ・トリュフォー監督の傑作「華氏451」(1966年)を意識して改題されたと思われますが、原題は「来なさい、そして見よ」。
聖書の最終章である「啓示(黙示録)」の第6章7節から8節による、青ざめた馬に乗った“死”が食糧不足と殺戮をもたらすことが描かれ、これが原題になったと思われます。
「炎628」の終盤、フリョーラが身を隠した村ではドイツ軍が続々と押し寄せ、村人たちを教会へ押し込めて教会の中は騒然となります。
窓から外へ顔を出した農民が射殺されたことをキッカケに悲鳴と号泣は極度に達します。
フリョーラは窓から体を乗り出して外へ逃れますが、ドイツ兵たちもフリョーラがまだ子どもだと思ったためか、薄汚れた野良猫のごとくあしらいながら見逃します。
悲鳴と号泣の教会の中へ手榴弾が投げ込まれます。
ここまででも、その凄まじさは見る者に戦慄を与えますが、さらにそこへ火が放たれ、火炎放射器が轟音を放ちます。
炎を上げて燃える教会へ射撃が行われ、笑い興じるドイツ兵たち。しかし、その中でも、涙を拭きながら射撃を行う者、嘔吐する者、多少は人間性を持った兵たちが少なからずいたことが描かれたことは、一方的にドイツを悪と決めつけていない冷静な視点があったように思います。
一カ所へ村人が集められて、建物もろ共焼き殺される残虐な事件は、ニキータ・ミハルコフ監督の秀作「戦火のナージャ」(2010年)でも描かれていますが、「戦火のナージャ」はコンピューター・グラフィックスを上手く使っているためか、一歩距離を置いて見ることができますが、「炎628」はまるでドキュメンタリーフィルムを見るような現実感があります。
冒頭の森の中でのパルチザンの様子やグラーシャの登場などはツルゲーネフの小説を思い起こさせますが、その雰囲気はドイツ軍による落下傘部隊の降下と、誰もいなくなったパルチザンのキャンプへの空爆で一転。
パルチザンに対する殲滅作戦が始まったことが分かります。
もともと工業化の進んでいなかった白ロシア(ベラルーシ)ですから、あたりは森と湿地帯、ぬかるんだ道、古い農家、見ようによっては牧歌的な東ヨーロッパの風景ともとれますが、戦争の狂気が取り巻く環境は、飢えと恐怖が支配する寒々とした世界。
ひとすら逃げ惑(まど)うフリョーラとグラーシャも泥と土ぼこりにまみれ、そしてたどり着いた村で体験した惨劇によってフリョーラの顔はまるで老人のように変わり果てている。
一方のグラーシャは放心状態で笛を口にくわえさせられ、両足の、おそらく股間から血を流し、ドイツ兵たちによって激しいレイプを受けたことをうかがわせます。
戦争映画で、これほどの惨状を描いた映画は、ちょっと記憶にありません。反戦映画と呼ぶには少し違うような気もします。ここで、こういうことが起きた、この事実を知ってもらいたい、そういう意図で作られたようにも思います。
監督は「ロマノフ王朝の最後」(1975年)などのエレム・クリモフ。
苛烈な題材を扱いながら、決して過剰な演出に陥ることなく、かなり衝撃的なシーンのひとつである虐殺された村人の死体の山をグラーシャが目撃する場面でも、グラーシャが振り返った一瞬に見えるだけで、そのまま二人の狂乱へとつながっていきます。
改題の「炎628」とは、白ロシア国内の628もの村が住民もろ共焼き尽くされた数字であることが最後に判ります。
これほどの殺戮(さつりく)が、同じ人間同士によって何故引き起こされるのか。
パルチザンに捕えられた将校らしき男が言います。「共産主義を根絶することが我々の使命だ」
理由はそうであっても、それが暴力や虐殺にまで発展するのは、ディケンズの「二都物語」に描かれたような、死刑判決を受けた人間の八つ裂きの処刑を見ることを楽しみに待つ群衆のような、暗い心理が潜んでいるように思われます。
恐ろしくも、深く考えさせられる映画です。
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