2020年03月05日
映画「シン・レッド・ライン」−壮絶な戦闘と美しい自然, 戦争の背後にうごめく邪悪な闇
「シン・レッド・ライン」(The Thin Red Line)
1998年 カナダ/アメリカ
監督・脚本テレンス・マリック
原作ジェームズ・ジョーンズ
撮影ジョン・トール
音楽ハンス・ジマー
〈キャスト〉
ショーン・ペン ジム・カヴィーゼル
ニック・ノルティ
イライアス・コティーズ ベン・チャップリン
第49回ベルリン国際映画祭金熊賞受賞,
第65回ニューヨーク映画批評家協会賞監督賞/撮影賞受賞,
第10回シカゴ映画批評家協会賞監督賞/撮影賞受賞,
他受賞多数
戦争映画としては圧倒的に他を抜き去る迫力とスケール。
戦争という極限の状況に置かれた兵士たちの生や死についての思想世界が、戦争映画としての枠を突き抜けて、人類の背後にある神の存在や、死と邪悪をもたらす霊的で巨大な闇の支配といった、人類を牛耳るどうしようもない力の存在を突き詰めようとする思想的深みを持った映画で、前作「天国の日々」(1978年)以来、実に20年の沈黙を破ってメガホンを取った巨匠テレンス・マリック、期待を裏切らない傑作です。
ズブリと沼に浸(つ)かって姿を消すワニの異様なシーンで始まる映画「シン・レッド・ライン」は、ストーリーらしいストーリーは存在しません。
西太平洋ソロモン諸島のガダルカナル島での連合軍対日本軍の激戦を主軸に、戦場に送り込まれた兵士たちの心の動きを、目をみはるような素晴らしい映像がとらえた自然の風景の中で、生と死、善と悪、自然と人間を綾として織り成してゆきます。
ワニのシーンから一転して南海の島で原住民たちと楽しく過ごす青年の姿が描かれますが、楽園とも思える自然の中で母の死について考える彼の内面的世界は、そのまま「シン・レッド・ライン」を貫く一本の太い線として全体につながっていきます。
その青年、ロバート・ウィット二等兵(ジム・カヴィーゼル)は戦友と一緒に無断で隊を離れ、島の子供たちと楽しい日々を送っていましたが、島へ現れた哨戒船によって隊へ連れ戻されます。
本来であれば軍法会議で処罰の対象とされるウィットでしたが、二等兵から格下げになるものの、ウェルシュ曹長(ショーン・ペン)の計らいで負傷兵を運ぶ担架兵としての任務に就くことになります。
太平洋の制海権を狙う連合軍は、日本軍がガダルカナル島に飛行場を築いている情報を入手。
家族を犠牲にし、死を覚悟して戦場にのぞんだC中隊の指揮官ゴードン・トール中佐(ニック・ノルティ)はクインタード准将(ジョン・トラヴォルタ)からガダルカナル島奪還を命じられ、日本軍が布陣を張るガダルカナル島への上陸を開始。
激戦の火ぶたが切って落とされます。
静から始まった「シン・レッド・ライン」は、ここで一気に動への展開となり、高地での戦闘と日本軍が築いたトーチカの破壊までが続くのですが、その凄まじさは同時期に封切られた「プライベート・ライアン」のノルマンディー上陸作戦での激戦の凄まじさと比肩できるほど。
中でも、丘の奪還を命じられたスタロス大尉(イライアス・コティーズ)率いる部隊は、日本軍から丸見えの状態で狙撃を受けて死者が増え、これ以上の進撃は自殺行為で、みすみす部下を死なせることはできないと考えたスタロスと、何が何でも進撃しろ! と厳命をとばすトール中佐との激論は見どころのひとつと言ってよく、上官の命令であっても従うことはできないと一歩も引かないスタロスに業を煮やしたトールは、自ら現場に乗り込み、ベル二等兵(ベン・チャップリン)ら7名の決死隊を募って丘の偵察に向かわせます。
おびただしい血と泥と汗の戦場で、ベルは故郷に残してきた妻との甘い追憶を胸に高原を這い、日本軍のトーチカを発見。
トーチカ攻撃のためにジョン・ガフ大尉(ジョン・キューザック)らが志願し、激しい戦いの末にトーチカは壊滅。丘を奪取します。
勝利の勢いに乗ってそのまま日本軍の拠点まで攻め寄せようと決死の進撃を試みたトールの作戦は功を奏し、日本軍は壊滅。
C中隊には一週間の休暇が与えられます。
兵たちが休暇を楽しむ中、ベルには愛する妻からの手紙が届いていました。
しかしそれは、空軍大尉と出会って恋に落ちたから離婚をしてほしいという、夫のいない寂しさに耐えかねた妻の、裏切りともとれる内容でした。
上官の命令に服さなかったスタロスは解任、休暇を終えた中隊は再び前線への移動を開始します。
島の奥地での日本軍への奇襲に成功した中隊でしたが、その後、日本軍の増援部隊と遭遇。担架兵から隊へ復帰して、ヤバイときには自分が行く、と進んで危険な任務にあたったウィットは日本軍に取り巻かれて力尽き、死を迎えます。
「シン・レッド・ライン」は群像劇といってもよく、ジム・カヴィーゼル(ウィット二等兵)、ショーン・ペン(ウェルシュ曹長)を始めとして、ベン・チャップリン、ニック・ノルティ、ジョン・キューザックなどの主だった人物が登場するほか、ジョン・サヴェージ、ジョン・C・ライリー、ウディ・ハレルソン、エイドリアン・ブロディなど、誰が主役になってもおかしくないほどのそうそうたる顔ぶれが揃い、これだけの俳優陣の中に埋没することなく、それぞれが個性を発揮しています。
またジョン・トラヴォルタやジョージ・クルーニーなどのドル箱スターもチラリと顔をのぞかせ、とにかくテレンス・マリックの映画に出たいんだ、少しでいいから出してくれ! といった感じで出演しているのも面白いところ。
第71回アカデミー賞には作品賞や監督賞の他、脚色賞、撮影賞、音楽賞など7部門がノミネートされましたが、惜しくもこの年には「恋におちたシェイクスピア」がほぼ独占しました。
戦闘シーンの凄まじさもさることながら、戦争そのものというより、その背後に隠れた大きな邪悪なものの存在や、美しい自然を創り出した神の存在などを深く掘り下げた内容であるため、この戦争が一体どんな戦争なのかということについてはほとんど語られておらず、ガダルカナルという言葉も、トール中佐の言葉と手紙の中にチラリとあるだけで、テレンス・マリックにとっては、太平洋戦争であろうとベトナム戦争であろうと、戦争の歴史的事実の再現は特に問題ではなかったのだろうと思われます。
題名の「シン・レッド・ライン」ですが、レッドラインは文字通りの赤い線ではなくて、“超えてはいけない一線”というような意味合いがあるようで、その一線を超えることでまったく違う運命が待ち構えている、といった含みがあるようです。
例えば、トルストイの小説「戦争と平和」の中で、ナポレオン率いるフランス軍の猛攻に立ち向かうロシア軍の兵士たちの心情、「…彼我のあいだには両者を分けて、あたかも生者と死者とを隔てる一線のような、未知と恐怖のおそろしい一線が横たわっていた。だれもがその一線を意識し、自分たちはその一線を踏み超えられるのだろうか、踏み超えられないのだろうか、どんなふうに踏み超えるのだろうという疑問に彼らは胸を騒がせていた」(北垣信行訳)そんな描写があって、おそらく「シン・レッド・ライン」という題名も、そんなふうな一線を意味するのではないかと思います。
いずれにしても、3時間近い上映時間にもかかわらず、いっさい手を抜くことなく、首尾一貫したテーマの追求はお見事としか言いようがなく、静かな海辺に浮かぶヤシの実から芽を出しているラストシーンの美しさは素晴らしい余韻を残しました。
1998年 カナダ/アメリカ
監督・脚本テレンス・マリック
原作ジェームズ・ジョーンズ
撮影ジョン・トール
音楽ハンス・ジマー
〈キャスト〉
ショーン・ペン ジム・カヴィーゼル
ニック・ノルティ
イライアス・コティーズ ベン・チャップリン
第49回ベルリン国際映画祭金熊賞受賞,
第65回ニューヨーク映画批評家協会賞監督賞/撮影賞受賞,
第10回シカゴ映画批評家協会賞監督賞/撮影賞受賞,
他受賞多数
戦争映画としては圧倒的に他を抜き去る迫力とスケール。
戦争という極限の状況に置かれた兵士たちの生や死についての思想世界が、戦争映画としての枠を突き抜けて、人類の背後にある神の存在や、死と邪悪をもたらす霊的で巨大な闇の支配といった、人類を牛耳るどうしようもない力の存在を突き詰めようとする思想的深みを持った映画で、前作「天国の日々」(1978年)以来、実に20年の沈黙を破ってメガホンを取った巨匠テレンス・マリック、期待を裏切らない傑作です。
ズブリと沼に浸(つ)かって姿を消すワニの異様なシーンで始まる映画「シン・レッド・ライン」は、ストーリーらしいストーリーは存在しません。
西太平洋ソロモン諸島のガダルカナル島での連合軍対日本軍の激戦を主軸に、戦場に送り込まれた兵士たちの心の動きを、目をみはるような素晴らしい映像がとらえた自然の風景の中で、生と死、善と悪、自然と人間を綾として織り成してゆきます。
ワニのシーンから一転して南海の島で原住民たちと楽しく過ごす青年の姿が描かれますが、楽園とも思える自然の中で母の死について考える彼の内面的世界は、そのまま「シン・レッド・ライン」を貫く一本の太い線として全体につながっていきます。
その青年、ロバート・ウィット二等兵(ジム・カヴィーゼル)は戦友と一緒に無断で隊を離れ、島の子供たちと楽しい日々を送っていましたが、島へ現れた哨戒船によって隊へ連れ戻されます。
本来であれば軍法会議で処罰の対象とされるウィットでしたが、二等兵から格下げになるものの、ウェルシュ曹長(ショーン・ペン)の計らいで負傷兵を運ぶ担架兵としての任務に就くことになります。
太平洋の制海権を狙う連合軍は、日本軍がガダルカナル島に飛行場を築いている情報を入手。
家族を犠牲にし、死を覚悟して戦場にのぞんだC中隊の指揮官ゴードン・トール中佐(ニック・ノルティ)はクインタード准将(ジョン・トラヴォルタ)からガダルカナル島奪還を命じられ、日本軍が布陣を張るガダルカナル島への上陸を開始。
激戦の火ぶたが切って落とされます。
静から始まった「シン・レッド・ライン」は、ここで一気に動への展開となり、高地での戦闘と日本軍が築いたトーチカの破壊までが続くのですが、その凄まじさは同時期に封切られた「プライベート・ライアン」のノルマンディー上陸作戦での激戦の凄まじさと比肩できるほど。
中でも、丘の奪還を命じられたスタロス大尉(イライアス・コティーズ)率いる部隊は、日本軍から丸見えの状態で狙撃を受けて死者が増え、これ以上の進撃は自殺行為で、みすみす部下を死なせることはできないと考えたスタロスと、何が何でも進撃しろ! と厳命をとばすトール中佐との激論は見どころのひとつと言ってよく、上官の命令であっても従うことはできないと一歩も引かないスタロスに業を煮やしたトールは、自ら現場に乗り込み、ベル二等兵(ベン・チャップリン)ら7名の決死隊を募って丘の偵察に向かわせます。
おびただしい血と泥と汗の戦場で、ベルは故郷に残してきた妻との甘い追憶を胸に高原を這い、日本軍のトーチカを発見。
トーチカ攻撃のためにジョン・ガフ大尉(ジョン・キューザック)らが志願し、激しい戦いの末にトーチカは壊滅。丘を奪取します。
勝利の勢いに乗ってそのまま日本軍の拠点まで攻め寄せようと決死の進撃を試みたトールの作戦は功を奏し、日本軍は壊滅。
C中隊には一週間の休暇が与えられます。
兵たちが休暇を楽しむ中、ベルには愛する妻からの手紙が届いていました。
しかしそれは、空軍大尉と出会って恋に落ちたから離婚をしてほしいという、夫のいない寂しさに耐えかねた妻の、裏切りともとれる内容でした。
上官の命令に服さなかったスタロスは解任、休暇を終えた中隊は再び前線への移動を開始します。
島の奥地での日本軍への奇襲に成功した中隊でしたが、その後、日本軍の増援部隊と遭遇。担架兵から隊へ復帰して、ヤバイときには自分が行く、と進んで危険な任務にあたったウィットは日本軍に取り巻かれて力尽き、死を迎えます。
「シン・レッド・ライン」は群像劇といってもよく、ジム・カヴィーゼル(ウィット二等兵)、ショーン・ペン(ウェルシュ曹長)を始めとして、ベン・チャップリン、ニック・ノルティ、ジョン・キューザックなどの主だった人物が登場するほか、ジョン・サヴェージ、ジョン・C・ライリー、ウディ・ハレルソン、エイドリアン・ブロディなど、誰が主役になってもおかしくないほどのそうそうたる顔ぶれが揃い、これだけの俳優陣の中に埋没することなく、それぞれが個性を発揮しています。
またジョン・トラヴォルタやジョージ・クルーニーなどのドル箱スターもチラリと顔をのぞかせ、とにかくテレンス・マリックの映画に出たいんだ、少しでいいから出してくれ! といった感じで出演しているのも面白いところ。
第71回アカデミー賞には作品賞や監督賞の他、脚色賞、撮影賞、音楽賞など7部門がノミネートされましたが、惜しくもこの年には「恋におちたシェイクスピア」がほぼ独占しました。
戦闘シーンの凄まじさもさることながら、戦争そのものというより、その背後に隠れた大きな邪悪なものの存在や、美しい自然を創り出した神の存在などを深く掘り下げた内容であるため、この戦争が一体どんな戦争なのかということについてはほとんど語られておらず、ガダルカナルという言葉も、トール中佐の言葉と手紙の中にチラリとあるだけで、テレンス・マリックにとっては、太平洋戦争であろうとベトナム戦争であろうと、戦争の歴史的事実の再現は特に問題ではなかったのだろうと思われます。
題名の「シン・レッド・ライン」ですが、レッドラインは文字通りの赤い線ではなくて、“超えてはいけない一線”というような意味合いがあるようで、その一線を超えることでまったく違う運命が待ち構えている、といった含みがあるようです。
例えば、トルストイの小説「戦争と平和」の中で、ナポレオン率いるフランス軍の猛攻に立ち向かうロシア軍の兵士たちの心情、「…彼我のあいだには両者を分けて、あたかも生者と死者とを隔てる一線のような、未知と恐怖のおそろしい一線が横たわっていた。だれもがその一線を意識し、自分たちはその一線を踏み超えられるのだろうか、踏み超えられないのだろうか、どんなふうに踏み超えるのだろうという疑問に彼らは胸を騒がせていた」(北垣信行訳)そんな描写があって、おそらく「シン・レッド・ライン」という題名も、そんなふうな一線を意味するのではないかと思います。
いずれにしても、3時間近い上映時間にもかかわらず、いっさい手を抜くことなく、首尾一貫したテーマの追求はお見事としか言いようがなく、静かな海辺に浮かぶヤシの実から芽を出しているラストシーンの美しさは素晴らしい余韻を残しました。
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