アフィリエイト広告を利用しています

広告

この広告は30日以上更新がないブログに表示されております。
新規記事の投稿を行うことで、非表示にすることが可能です。
posted by fanblog
プロフィール

mimiko
リンク集
<< 2015年12月 >>
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
最新記事

広告

この広告は30日以上更新がないブログに表示されております。
新規記事の投稿を行うことで、非表示にすることが可能です。
posted by fanblog
2015年12月31日
年末に思うこと
 たまにしか更新しないブログですが、見てくれる方がいることは有難いです。今年は、息子が正社員になれ、なんとか頑張って続いていることが何よりの我が家のニュースです。任せられる仕事も多くなり、それが本人には自信となっているようです。しかし、シーソーゲームのように息子が安定してくるのとは対照的に娘の調子が悪くなり、現在療養休暇中で、仕事を続けるかどうか迷っているようです。無理をすると体調を崩してしまうようで、競争の厳しい民間企業では、求められることも多く、ストレスが大きいようです。何とか娘が自分で考え、自分で決断し、行動してほしいところです。あとは、あまり本人に詰め寄ることなく、いざとなれば家へ戻ってきてやれることを気長に探していけばよいというスタンスでこれから先、親としては見守っていこうと思っています。来年はどうなるか全くわかりませんが、今までも何とかなってきたので、あせることなく1日1日を過ごしていきたいと思っています。
 皆さんもどうぞあせることなく、地固めをしっかりして2016年が実りある1年でありますようお祈りいたします。

2015年09月13日
元少年A「酒鬼薔薇聖斗」がホームページを開設したことについて
 神戸連続児童殺傷事件」の加害者『酒鬼薔薇聖斗』と名乗った「元少年A」がホームページを
開設したことが話題になっている。『存在の耐えられない透明さ』をタイトルがつけられたもので
リンクはこちら
内容については、そのタイトルとは違って、自己ポートレートがあったり、なめくじを使った作品が
あったりと自己顕示が強いように感じた。
 気になる点が一点。言葉の記載された作品の中で、「ボクを一人立ちさせた広大な母よ ボク
から目を離さないで守る事をせよ 常に母の気魄をボクに充たせよ」という文章が気になった。
胎内回帰願望が非常に強かったのではないかと本人言っているが、母親との関係はどうなのか
。また彼にとって父親とはどんな存在なのか。医療少年院でこの点はどう扱われたのかわから
いが、自分の犯した罪より自分がこういう人間になったのは親の責任もある(といういいかたは
適切かどうかわからないが)というような考え方をしているからこのような吐き気をもよおすような
(これは私の主観であるが)ホームページを開設できたりするのではないか。罪を償うことはたや
すいことではない。残された家族の悲しみ・苦しみを受け止め、社会人として生きているところから
の受け止め方で、自分の犯した罪を償ってほしい。


 


2015年09月13日
現在の子どもたち
 まずは、今回の台風で被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。
 ご無沙汰しておりますが、こどもたちの近況をお知らせしたいと思います。
 息子ですが、NPO法人にパート採用されておりましたが、1年間継続して
仕事ができたことが評価され、無事9月より正規雇用社員となることができ
現在、本人は張り切って仕事に努めています。給料は、高くないですが、
責任を持たされたことで、大変だとはいいながら頑張っております。
本人は、精神科への通院を雇用者に伝えないと気がすまないようで、夫と
自分は反対しましたが、オーナーさんに状況を告げました。何かあってか
らより、言ってもらってよかったということで、医師から就労可能の診断書
をもらい職場に提出したようです。提出前、不採用になるかなと心配しており
ましたが、オーナーさんがいい方で、「1年間の君の働きを見ているから、そ
んなことはしないよ」と言ってくれていたようで、自分の日々の行動がきちんと
認められたということで、本人は自信ももててきているようで、本当にいろいろ
あった息子を受け入れたいただいたことに感謝の気持ちでいっぱいです。
 娘は、4月より自分の専門が活かせる総数30名程の会社に就職しました。
他県で一人暮らし、また営業活動が主ということで大変だろうなと思っていた
ところ、休日に疲れきった顔で帰省してきました。動くのも大変なようで、帰る
時間になっても体調が悪いを繰り返すばかりなので、診療内科を受診させま
した。私からみて、性格的に弱い面があるので、夫は受診に反対しておりま
したが、本人の気持ちで納得できる部分があればと思い受診させました。
うつ傾向があるようで薬もだされ、2〜3週間休んだほうがよいとのことでし
たが、2日休んで何とか復帰しました。本人には、営業なら気がむけるとき
は気を抜いて、社会はいろいろな人がいるから、弱みをみせ、ひわきなおる
度胸ももって、自分を嫌う人もいれば、理解してくれる人もきっといるから
自分は自分と割り切れと伝えました。
 まだまだ先が長い2人の子どもたちを何とか見守っていきたいと思ってい
ます。


2015年02月08日
名古屋女子大生と佐世保高校生の殺人事件に思うこと
最近、ショッキングな事件が多いが、その中でこの2つの事件は、親の側としてみるとひとごとではない。我が家だって、いっときひどい状況のときは、「おまえらのせいでこうなった。どうしてくれる。一生迷惑かけてやる。どうなっても、おまえらが面倒みろ」と何度か言われた。だれも、殺人あるいはそこまでいかなくても人に迷惑を起こすような子に育てようなんて親は思わない。親は社会人として独り立ちしてもらおうと、一生懸命になる。その親の思いがあまりに子どもに重荷になると、ジレンマを起こし問題行動が起こるように今、自分の子どもとの関わりをふりかえり感じている。この2例について、何が問題であったか。まず、家族環境をみると父親はどちらも教育熱心で高学歴なところが共通点としてある。また、女の子なのにボーイッシュであったり、また一人暮らしをしていた点も共通している。両親が幼少よりどんな関わりをてきたかまではわからないが、思春期の多感な時期に父親の存在は彼女たちにどういう存在であったのか。父親を乗り越えようとして自らを男性的にしていたのか。そこに女性としての自分はどうであったのか。ここでフロイトの理論にあてはめて考えてみる。フロイトは、人間の心的構造を「エス」「自我」「超自我」の3領域からなる装置になぞらえて概念化した。「エス」とは、人間の心(精神装置)を構成する三領域(エス・自我・超自我)のうち、最も深奥にあって、欲動エネルギーの源泉をなす部分、いわば欲動の動力源であり、貯蔵庫である。エスは未分化で、その働きは無意識的であり、現実をも理想をも無視する、非論理的かつ無道徳的衝動としてひたすら快感原則に従い、ただむやみやたらと快を求め、解放を求めており、リビドーの直接的・即時的充足を目指す。「自我」は、意識的機能の主体を為すものである。これはエスの一部が現実に触れて変化したもので、現実を認識して順応し、エスの欲動エネルギーを表象化したり、制御したり、あるいは水路を与える。自我は快感原則ではなく次第に現実原則を目指し、現実に適応することを目指すようになる。また、自我は超自我を適当に満足させたり抑えたりする働きも持っている。 「超自我」は、個人が両親や権威者などを通してのしつけ・教育を学習し、内部に取り入れて出来た、いわゆる良心に該当し、個人の中に内在化された道徳・規範・理想をもって、自我を監視・禁圧する心的メカニズムである。
 フロイトによれば、人間は欲動(エス)に突き動かされるものだとされるが、文明社会における欲動の自然な発揮は禁止される。そこで性を抑圧するか、社会的活動に昇華するか、反動形成して逆の極みに走るか、抑圧が不十分で非社会的人格になるしかない。自我が弱いと現実認識(現実吟味)は不十分となり、過酷な良心(超自我)の命令のままに欲動を抑え過ぎたり(神経症的人格)、逆に欲動に飲み込まれて現実を見失ってしまう(精神病的人格)ことになる。
名古屋のO氏はツイッターで10月中旬に「とりあえず、清楚になるよりも先に社会適応者になる必要があると気づき始めた。」と言っている。ここに彼女の生の苦痛が感じられる。ここで、だれかこの想いをすくってやれなかったものか。思春期の多感な時期の子どもの精神構造は不安定で、暴走しかねない。フロイトのいう「超自我」形成に深く関わる親はしっかりと子どもを捉えて、(と同時に子どもの気持ちを汲んで)関わっていかなければいけないとしみじみ感じた事件である。



2015年02月05日
年度末近くになって思うこと
2月となると、3月末で退職となる人の噂がぼちぼちと聞こえてくる。その中には、40代前半という若さで退職する男性職員がいたりする。子供も小学生だし、体調が悪いなら療養休暇をとってなんとかふんばってみればいいのにと自分は思ってしまうが、当の本人はほとんど年休もとらないというから、もう限界なのだろう。何年か前、もうだめと涙目で職場でぼやいていた20代の男性が自殺した。そのことを思ってか、他の同僚も「死ぬこと考えるなら、やめちゃったほうがいいよね。」と一言。自分は、もう定年(60歳)まで10年をきった。30代40代に比べて、肩の力が抜けた気がする。人員が減っていくのに、仕事はふえ、そのくせ給料は、8年前がベストであとは低迷しているせいもあるが、何よりも仕事第一の考えを捨てたことが一番の要因だ。自分にとって何が大切か、仕事・友達・家族・・・ひとつひとつ吟味していくと、最後に残るのはやはり家族だ。家族、特に子供にとって親は責任を持つということもあるが、今は家族皆が健康で日々過ごせることが何よりだと感じている。そう思えば、仕事や外で陰口をたたかれようが何をいわれようが気にしない。何を言われても動じなければ、不思議と受け入れてもらえる気がする。今は、自分が健康でいることも家族を支えることにつながると考え、あまり子供たちの不安定さを深く考えることもしなくなった。決してあきらめたという意味ではない。一緒に生きていき、見守り、日々の生活の中でなんでもいいから良かったと思うことを見つけていってほしい。そう今は切に思っている。

2015年01月18日
統合失調症・躁鬱病の子のいる母の徒然日記を継続して見ていただいた皆様へ
  ご無沙汰しております。
  心が折れそうになった自分を奮い立たせるつもりではじめたこのブログ・・・
 いろいろありすぎて、自分の中で封印していました。
 同時にこどもたちがこのブログを見たらどう思うかを考えると綴ることができなくなりまし
 た。
 ようやく見る気が起きて、のぞいてみるとコンスタントにアクセスしてくれる方がいるような
ので、もしかしたら自分と同じような方が見ているのなら報告をしておこうと重い綴っており
ます。
 2011年から4年・・・
 結局、息子は大学を辞めました。
 一時は状態が悪く、2年間はほとんど寝たきり引きこもり状態でした。いくつかアルバイトを
転々とし、時には「お前なんか職まちがえてんじゃないの」とか、緊張するとトイレが近くなる
のをとがめられ「使えない奴」とかぼろくそに言われ、そのたびに落ち込みながら求職を続け、
今はなんとか適応しているのか、日々今日はどうだったと話をしてくれるので、とりあえず、
今の仕事を続けたいと本人は言っています。
 娘はちょっと遅れましたがなんとか大学を卒業し、今年4月から就職です。
 短いような長いような4年間・・・・なんとか主人と私も仕事を続けています。
 どうなっていくのかと不安ばかりだった4年前、もし現在私に近い悩みを持つかたに伝えた
いことは、
 どうなるか先が見えないときは、1日1日を大切に生きていってほしい。
 時には、そのまま流されても仕方がない・・・なるようになってどうにもならなければどこかに
 (時には県の保健センターや役場や地域の中核支援センターのような相談を受け付けてくれ
 るところ)つながればきっと何とか先に進めます。
 あと、子どもには、過度な期待をしないこと。他との比較もNG。皆違っていいのです。そして
世間体も気にしないようにしてください。うちの子はマイペースに生きていく子なので・・という
気持ちで世間には伝えればいいのです。自分もそう思うようになって、少しはこどもの気持ちで
考えるようになりました。そして、何より「いつも見守り支えてあげるよ」のメッセージをさりげなく
送ってあげてください。
 そして、親が健康で生きていくように心がけてください。子どもを支えてあげるのは、やはり親
なのです。
 これからは、親としてどう子どもたちを支えていけるか、それを軸に自分の退職後の生き方を
私は(たぶん夫も)考えて生きていきます。
 それでは、また不定期に綴らせていただきます。 
 今まで、このブログを追いかけていただいた方に感謝いたします。
 寒い日が続きますので、皆さんご自愛ください。
 
 
 

  




×

この広告は30日以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。