「と学会」会長にして作家の山本弘の作品はどうも当たり外れが大きく思えるのだが、キャリアが長いこともあって良質な作品も数多い。
「時の果てのフェブラリー」などはこっ恥ずかしくもSFらしい青春を描いていて、私はこれをきっかけに山本弘を読むようになったのだが、Honya Club.com提供のテーマである「無人島に一冊だけ持って行ける本」に選ぶには少し辛い。
切なさが勝ってしまい、おそらくそんな環境では最後まで読み切れまいと思う。それならば、同じくらい好きな同作者の作品である「神は沈黙せず」を選びたい。自己の存在を見つめることになるだろう内容は、自分以外に誰もいない無人島という舞台では身に染みることだろう。
冒頭から、山本弘自身の思想が物語の本筋とほとんど関係なく垂れ流されるのが珠に瑕だが(南京大虐殺に関しての文言とか)、それも本作に限ったことではないので目を瞑って先に進んだ方が賢明である。
小説であるのだから当然フィクションなのだが、その下敷きにしている筑波大学の八目車輪の実験などはそのものだけでも興味深いのだが、それの料理の仕方が実に巧い。
要するに、話の根幹は人工知能と遺伝的アルゴリズムに関するものになるわけだが、人工物がランダムめいた進化をしてゆく様子や、そこに関連してくる「神」の存在、ファフロツキーズ(空から降る説明のつかないもの)などの点が上巻でばら撒かれ、下巻で壮大な線の収束をしてゆく流れは、それなりの厚さでしかも上下巻分冊というハンデをものともしない面白さである。
「神」の正体については納得がいかない点も多々あるのだが、その欠点を補って余りあるほどの内容は時間的にも金銭的にも損をさせない。ただ、結末に納得がいかないことを許せない性質の人は読まない方が良いかも知れない。私もその傾向があるが、それでも面白いと思ってしまったのだから白旗を上げる以外にはない。テーマの大上段さには面食らうかも知れないが、SFにはわりと頻出する類のものなのでSF好きならば問題はあるまい。SFを読みつけない人でも、ガチガチのハードSFではないのだから読めないことはないと思う。
とはいえ、文庫版の刊行が六年前なので、書店に足を運んでもそれなりに規模の大きな書店でなければ置いていない可能性が高い。しかし先に挙げたHonya Club.comでは宅配便などでの受け取りの他、提携書店での受け取り無料というサービスを行っている。これならば、仕事で不在がちな人も帰路の途中にある書店で気軽に受け取ることが可能だ。
無人島のような静かな環境で読むにはうってつけの本作、是非手に取ってみて欲しい。