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2018年03月09日
サハラ砂漠の真実に世界が震えた!
世界最大を誇るサハラ砂漠。
実はこのサハラ砂漠、今から約8000年前まで、森林が生い茂る豊かな土地だったと言われているのだ。
それではなぜこんなにも巨大な砂漠地帯に様変わりしてしまったのだろうか?
今回はその謎に迫っていこう。
サハラ砂漠ってどんなところ?
サハラ砂漠はアフリカ大陸の北部にある砂漠で氷雪気候の南極を除けば世界最大の砂漠である。
南北1700qに渡り面積は約1000万にも及ぶ。
アフリカ大陸の3分の1近くを占めておりその面積はなんとアメリカ合衆国とほぼ同じである。
サハラ砂漠全体の人口は約2500万人でありそのほとんどはモーリタニア、モロッコ、アルジェリアに住んでいる。
また、サハラ砂漠はさほど鉱物資源の多い地域ではないが、それでもいくつかの大規模鉱山が存在している。
サハラ砂漠で最も豊富で価値のある資源は石油であり、アルジェリアとリビアには豊富な石油が埋蔵されている。
それ故に数多くの巨大油田が開発されており両国の経済を支える重要な地域と言えるだろう。
湿潤と乾燥の繰り返し
実はサハラ砂漠は完新世(1万年前〜現在)以降湿潤と乾燥を繰り返してきた。
2万年前から1万2千年前は、サハラ砂漠が最も拡大した時期で現在のサヘル地帯のほとんどがサハラ砂漠に飲み込まれていたのだ。
その後最終氷期の終焉と共にサハラ砂漠は湿潤化を開始しおよそ8千年前に最も湿潤な時期を迎え森林も誕生した。
その後一時乾燥したがすぐに回復し5千年前までの期間は湿潤な気候が続いていた。
しかし、その後徐々に乾燥化が始まり現在に至るまでは乾燥した気候が続いている。
5千年前と比べると砂漠の南限は1,000qも南下しており乾燥化は現在も進行し砂漠の南下も進行中である。
なぜ砂漠化したのか?
昔は森林や水の富んでいたこの地域が、一体なぜこのような殺伐とした地帯に変貌してしまったのだろう。
実は砂漠化の原因は我々人類にあったのだ。
8千年前、人類がナイル川付近に進出しサハラ地域を西進しながら畑作や牧畜を広く始めたことが砂漠かの大きな原因であると言われている。
というのも、畑作によって土が太陽光に晒されるようになり、牧草を餌とする家畜によって更に土が露出したことで地球が太陽光を反射する割合が増加し降雨量が減少したことで砂漠化は進んでいったのだ。
ライト教授は自説を裏付ける考古学的証拠の収集のため今後もかつて湖だった場所に残された当時の植生変化を調べる予定であると話している。
人災説はまだ仮説の域をでないが、この説を支持している研究者はライト教授だけではない。
一説によればモアイ像で有名なイースター島も人口爆発と森林破壊の結果砂漠化が進んだと言われている。
まだまだ謎は多いこの説であるが今後の研究に期待したい。
宇宙で命を落としたらどうなるのか?
NASAは2030年代に人類を火星に送ることを目標にしている。
火星まで片道だけで半年以上かかるうえ戻るには更に莫大な費用も掛かる。
火星移住を計画している会社「マーズ・ワン」は二度と戻れないという条件のもと火星移住希望者を募ったところ20万人もの応募者が集まるほど、ある意味宇宙が身近にものにとでもいうのか、すでにSFの夢物語ではない時代に我々は突入しているようだ。
そうなると避けて通れないのが、「宇宙での死」に関する問題だろう。
今のところ公式には宇宙空間で死者は出ていない。
だが、近い未来宇宙で最期を迎える人類は増えるのではないか?
「未来の終活」を考えてみよう。
どんな死に方?
例えば宇宙空間で生身で出てしまった場合映画などで見るような「人体が破壊する」・「血液が沸騰する」・「すぐ凍結する」などは実際には起こらないという。
まず、体内には眼球や身体を破裂させるのに十分な圧力がない。
地球上で我々が生きている気圧はおよそ1気圧これが0気圧になったとしてもその差分は1気圧分。
海へもぐるダイバーは10気圧もの気圧差があっても身体は大丈夫なことを思えば納得だ。
また宇宙空間は非常に寒いが体温が一気に奪われることはない。
宇宙空間(真空状態)は真空ポット(魔法瓶)の効果を考えてもわかるように高い断熱性を持っている。
体温を下げるのは水分を気化するときに起こる気化熱のみである。
そして血液は血管で覆われており心臓が止まっても一定の圧力が存在するため沸騰はしないのだ。
では、どう死ぬのか?
一言でいえば窒息だ。
血液中に溶け込んでいる気体が泡になって血管を疲らせ減圧症になり筋肉などに深刻な障害が起こる。
真空は空気がないので息を吐くことしかできず呼吸困難を起こし脳の酸素不足で意識が途切れ窒息死する。
おそらく1〜2分で死ぬと思われるが実際の限度はわかっていないという。
破裂や沸騰に比べてある意味地味だが実際には窒息が一番苦しそうだ。
本当は何分ぐらいで死ねるのかわからないというのも地味に怖い。
そうならないために宇宙空間では様々な機能を持った宇宙服を着るわけだが高性能で服というよりはむしろ「小さな宇宙船」とも呼べるものである。
余談だが宇宙服は宇宙服アセンブリ(胴体・四肢・頭部を包み込む人間の形をした圧力容器で恒星されているもの)が100万ドル(約1億円)生命維持装置が900万ドル(9億5千万円)で、合わせて1000万ドル(約10億5千万円)するとのこと。
これも、怖い・・・
死後は?
事故にせよ、何にせよ、いずれ寿命が来れば死ぬ。
それが中空間だった場合どんな処置がされるのか?
映画の様に遺体を宇宙葬として宇宙空間に放てばいいという意見もあるだろうがそれは、国連の決議によって禁止されている。
もし遺体を宇宙空間に投機すると他の宇宙船に衝突する恐れがあるからだ。
では、どうするか?
実は、NASAは宇宙飛行士が死亡した対処よりも死亡そのものを防ぐ方に重点をおいているのでNASAの正式なマニュアルにはないらしい。
宇宙飛行士は死のような最悪の事態に対処する訓練は受けているというが、今のところ遺体をどのように処置するか適切な方法は見出されていないという。
今後もっと議論を重ねて確立していかねばならない課題の1つであろう。
現状提示されている案の一つに葬儀会社のプロメッサとNASAが協同で考案した遺体袋案がある。
寝袋に遺体を入れロープを付けて船外に放ち船外でカチカチに凍った遺体はロープに引っ張られ激しく揺さぶられ粉々に砕けてしまうというやり方だ。
なんとなく人道的にどうなのか?と思ってしまうが、遺体を燃やしたり、埋めたりするのも考えようによっては酷いことの様に思うが、伝統的な方法として皆何も思わずにやっていることなので要は慣れの問題なのかもしれない。
葬儀も宇宙規模で考えねばならない時代はもうすぐそこなのだ。
少年王ツタンカーメンの正体に世界が震えた!
煌びやかな黄金に装飾が施されたマスクで有名なツタンカーメン、実は意外と知られていない謎多き王なのである。
ツタンカーメンの呪いも有名だが、読むだけなら怪死はしないと思うので是非一緒に覗いてみよう。
ツタンカーメンとは?
ツタンカーメンとは、古代エジプト第18王朝第12代の少年王である。
ツタンカーメンがファラオとして君臨したのは今から約3300年前、9歳で即位し19歳で他界するまでの僅か10年間だった。
在位期間が短かったにもかかわらずツタンカーメンが現代で最も有名な王なのは、1922年に王墓や黄金のマスクを始めとする富の象徴の数々が手付かずの状態で発見・発掘されたからである。
最新のDNAの調査の結果、ツタンカーメンはマラリアと骨障害に苦しむ虚弱体質だたことが分かった。
さらに、近親相姦でできた子供だったこともわかり、それが虚弱体質の一因だった可能性も浮上している。
ツタンカーメンの呪い
1922年11月4日、ハワード・カーター率いる考古学調査隊は後に「20世紀最高の発見」と称賛される偉業を成し遂げた。
エジプトの「王家の谷」でツタンカーメンの墓の入口を発見したのである。
しかし、その輝かしい発見と引き換えに謎の怪死事件が続出することとなる。
有名な「ツタンカーメンの呪い」である。
その前兆は墓の入口が発見された、その日に起きた。
カーターが飼っていたカナリアがコブラに食べられてしまったのだ。
カナリアはエジプトで幸運の鳥とされていたが、それがツタンカーメンの墓を発見した直後に死んでしまうとはなんと不吉なことか。
封印されていたツタンカーメンの墓の入口には警告の碑文が刻まれていた。
「偉大なるファラオの墓に触れた者に死はその素早き翼を持ってとびかかるであろう」
この碑文の内容は現実となる。
調査隊のスポンサーで墓の開封にも立ち会ったカーナヴォン卿が発掘の翌年4月に原因不明の高熱で急死していしまった。
犠牲者はこれだけにとどまらずカーナヴォン卿の死の直後には墓の開封に立ち会った考古学者のアーサー・メイス も急死。
同じく開封に立ち会った、アラン・ガーディナー、ジェイムズ・ブレステッド、ハーバード・ウィンロック、アーサー・キャレンダー、リチャード・ベセルも相次ぎ死亡。
さらにツタンカーメンのミイラの検査を行ったダグラス・デリーが肺虚脱で亡くなり、同じく検査を行ったアルフレッド・ルーカスも同時期に急死した。
犠牲者はこの後も続き1930年までに墓の発掘に携わった22人が死亡。
呪いを科学的に説明するものとして細菌感染説などが唱えられる一方実は全部デタラメと誇張だらけだったという説もある。
3400年間錆びない剣と神からのメッセージ
ツタンカーメンのミイラの右大腿部分に1本のナイフが納められていた。
ナイフの柄や鞘は水晶や金で作られユリや羽の模様が描かれていた見事な工芸品だが、刃の部分に研究者を悩ませ続けた謎があった。
研究チームは、このナイフが隕石から作られたと結論づけている。
刃の部分のニッケルとコバルトの割合が鉄隕石と合致する。
これは最初期の太陽系で起きた物質分化の名残でもあるとのこと。
一連の結果より、研究チームは古代エジプト人が隕石に価値を見出し貴重品を作る際に利用していたという。
更に空から降ってくる巨大な鉄の塊を「神からのメッセージ」と受け止めていたかもしれないと考察する。
つまり、この時代鉄の精錬技術はなかったが鉄隕石を「天からもたらされた物質」として珍重し、加工するだけの高い工業技術はあった可能性が高いという。
古代エジプト人の知恵や信仰心には感嘆するばかりだが、変形した足の痛みに耐えながら杖を使って歩いていたといわれる幼き王ツタンカーメンの人生とは果たして幸せだったのであろうか・・・