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2019年04月22日

2つの記憶を連合させる

最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。

記憶を作り変えるB

記憶の実態は、神経細胞の特定の集団だ
一部の細胞が活動すると集団全体が活動する

2つの記憶を連合させる

マウスに丸い部屋での体験と、よく分からない部屋に入れられていきなり電気ショックを与えられた経験を
学習させる。
それぞれの体験に対して、脳では特定のセルアセンブリができる。
マウスがくつろいでいる時に、レーザー光照射で両方のセルアセンブリを一緒に活性化させる。
マウスは丸い部屋の記憶と電気ショック記憶を同時に想起する。
その後、丸い部屋に入れると電気ショックへの恐怖に対するすくみ反応を見せるようになる。
別の形の部屋ではすくみ反応は見せない。

記憶をつなげ、切り離す

こうして、完全に人工的な手法でも、記憶を連合できることを示せた。
さらに、重要なことが示唆された。
「記憶が連合するときに記憶痕跡セルアセンブリで何が起こっているのか」という、
かねてからの謎に対する答えだ。

この実験では、記憶を連合させために、それぞれのセルアセンブリを同期活動させた。
個々の記憶に対する記憶痕跡セルアセンブリは、本来は別々のものであったのが、同期活動することで
シナプス結合の増強(シナプスの長期増強)を起こし、両者に所属する神経細胞(オーバーラップ神経細胞)
が増え、それらを介して1つの記憶痕跡セルアセンブリになったらしい。
その結果、丸い部屋を思い出せば、電気ショックが自動的に思い出されるようになったわけだ。

2つの記憶が連合するときに、それぞれの記憶痕跡セルアセンブリの間で両方に属する神経細胞が増えること
は、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のシルバ(Alcino Silva)のグループやカナダのトロント大学の
ジョセリン(Sheena Josselyn)のブループも報告している。

シルバらは、数時間以内に異なる2つの空間を経験すると、それぞれの空間記憶どうしの間に関連付けが起
きることを見出した。
同様に、ジョセリンらは、異なる恐怖体験を数時間以内に経験すると、恐怖記憶どうしが関連付けられること
を示した。
シルバらは海馬、ジョセリンらは扁桃体において、記憶が連合するときにそれぞれの記憶痕跡セルアセンブリ
で両方に属するオーバーラップ細胞が増大することを見出している。

そこで、私たちはオーバーラップした記憶痕跡セルアセンブリの役割を調べることにした。

ます、2つの異なる記憶課題をマウスに学習させた。
選んだ課題は味覚嫌悪学習と音恐怖条件づけ学習である。

味覚嫌悪学習では、マウスの好きな甘いサッカリン水溶液を与え、その30分後に軽い毒である塩化リチウム
溶液を投与して、気だるい状態になるようにした。
すると、マウスは大好きだったはずのサッカリン水溶液を避けるようになる。

一方、音恐怖条件づけ学習では、ブザー音と足への電気ショックを組み合わせた。
これを学習したマウスは、ブザー音を聞くと電気ショックへの恐怖からすくみ反応を示すようになる。

それぞれの学習は数日の間を空けて行っているので、味覚嫌悪と音恐怖は関連のないものとして記憶される。
サッカリン水溶液を飲んでも、電気ショックへの恐怖からすくむことはない。

その後、マウスがサッカリン水溶液を飲むと直ちにブザー音がなる経験を繰り返し与えた。
この時マウスは味覚嫌悪記憶を思い出すと同時に音恐怖記憶を思い出す。
すると、マウスはサッカリン水溶液を飲むとすくみ反応を示すようになった。
本来は別々に形成された味覚嫌悪記憶と音恐怖記憶が、繰り返して同時に想起されることによって
関連付けられたのだ。

同時想起を行ったマウスの脳を調べると、両方の記憶形成に関わる扁桃体で、味覚嫌悪と音恐怖の記憶痕跡
セルアセンブリの重なりが増えることが観察された。
2つの記憶が連合するときに、オーバーラップ記憶痕跡セルアセンブリが増大するわけだ。

また、繰り返し同時想起をすることで、味覚嫌悪と音恐怖のそれぞれのセルアセンブリが同期して活動し、
それが両者の間のオーバーラップを引き起こし、2つの記憶の連合が強化されることが明らかになった。

次に、この実験で関連付けられた記憶を切り離すことを試みた。
まず、遺伝子組換え技術と光遺伝学の手法を組み合わせて、オーバーラップした細胞だけに、光に反応する
タンパク質ArchTを発現させた。
ArchTを持つ神経細胞に光をあてると、その神経細胞の活動を抑制することができる。

マウスはサッカリン水溶液を飲むと、連合した記憶を思い出してすくみ反応を示す。
実験では、サッカリン水溶液を飲んだ時に、光照射することでオーバーラップしたセルアセンブリの活動だけ
を選択的に抑えるようにした。

すると、サッカリン水溶液が引き金となるすくみ反応が弱くなった。
一方で、この操作は、もともとの味覚嫌悪記憶と音恐怖条件づけ記憶の想起には、影響を与えなかった。
つまり、サッカリン水溶液への嫌悪やブザー音でのすくみ反応は消滅しないのだ。

これらの一連の実験をまとめる。
独立した2つの記憶は、繰り返し同時想起で増えていくオーバーラップしたセルアセンブリによって関連付けられることが明らかになった。
また、記憶の連合だけに関わり、記憶そのものの想起には必須でないセルアセンブリが存在することも明らかになった。
こうして、記憶が関連付けられる時にセルアセンブリレベルで起きていることはかなりわかってきた。
セルアセンブリは経験に応じてダイナミックに変化していくのだ。

脳科学研究を変えた光遺伝学

光遺伝学(オプトジェネティクス)は、レーザー光を照射することで特定の細胞だけを活性化したり不活性に
したりする技術。
この技術の登場により、特定の神経細胞の活動を自在にコントロールできるようになり、脳科学の研究が一気
に加速した。
光遺伝学では、特定の波長の光に反応する「オプシン」という膜タンパク質を使う。
オプシンは藻類などが持つタンパク質で、光の刺激によって細胞内へのイオンの出入りを調節する役割がある。
これをウイルスベクターの力を借りて、マウスのような実験動物の脳細胞などに組み込む。
こうすると、光のON/OFFで神経細胞の活動を操作することが可能になる。

オプシン遺伝子をプロモーターと呼ばれるDNA配列の後ろにつなぐと、遺伝子は特定の細胞でのみ活性化する。
改変した遺伝子をウイルスベクターに組み込んで、マウスの脳に注射する。
ウイルスベクターは多数の神経細胞に感染するが、プロモーターの制御があるため特定の神経細胞のみが
オプシンタンパク質を作る。
光ファイバーを脳に挿入し、神経細胞に光を当てて、特定の神経活動をコントロールする。

参考文献:別冊日経サイエンス『最新科学が解き明かす脳と心』
2017年12月16日刊
発行:日経サイエンス社 発売:日本経済新聞出版社
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タナカマツヘイ
総合診療科 医学博士 元外科学会専門医指導医、元消化器外科学会専門医指導医、元消化器外科化学療法認定医、元消化器内視鏡学会専門医、日本医師会産業医、病理学会剖検医
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