2017年12月10日
やはり偉大な野茂英雄投手〜国際社会に負けないぞ!
こんばんわ。
なんとなく憂鬱になるこの時間、、、ブログを更新したいと思います。
今日はほんとに自分の生活として平均的な日曜でした、気分的にも行動的にも。家で昼食をすませ、その後かみさんがネイルに行くというので送っていき、終わるのを待っている時間ちょっとバーゲン前の下見を兼ねてウインドウショッピングを。その後かみさんと合流し、別に買い物に出かけていた子供をピックアップしそのまま夕食して帰宅という一日でした。まぁいい一日だったかな。
夜のニュースで元日本ハムの大谷選手がエンゼルスに入団が決まったことを知りました。二刀流はMLBでも通じるのか楽しみですね!がんがんホームラン打って、三振をどんどん積み上げる姿を期待するばかりです。最近は海を渡る日本人がすごく増えてますよね。自分たちの小さい頃に比べてやっぱりスポーツに関してのフィールドは世界に確実に広がってますよね。日本人が世界で活躍する姿は本当に勇気づけられます!
こんなことを考えていたらふと野茂投手のことを書きたくなりました。野茂英雄投手は日本人2人目となるメジャーリーガーということはすごく有名ですが、このことは当時大学生だった自分にすごく衝撃でした。なにがどうというわけではないのですが、当時の自分にとって外国人、特に欧米についてはブラウン管の中の人たちっていう感覚が強くて、音楽なんかは洋楽ばかり聴いていたにもかかわらず、日本人がどんなに背伸びしてもかないっこない、同じ土俵で考えること自体はおかしい、というぐらいな感じでした。
僕なんかは同世代の人間と比べてもすごく保守的な性格だったので、当時でも笑われたかもしれないけど、本当にそう思っていたんです。もちろん当時は英語は学校・受験英語だけで自ら話すなんてとんでもない、ハローすら恥ずかしくて言うこともできない人間でしたよ。
そんな考え方に風穴を開けてくれたのが野茂投手なんです。メジャーへの移籍発表があった時は、あんな体のでかい外国人とほんとにやりあうのか、無理だろう、話題作りのためなのか、もったいない日本でもっと稼げたのになんて思ったものです。確かそんなことを友達とも話していました。でも本心は、ちょっと違っていたかもしれません、日本人があのメジャーリーガーをねじ伏せることができるのか、見れるなら見てみたいなんて想像していたかもしれません。僕らのような団塊ジュニアはたぶん親(団塊世代)からいかに欧米は偉大かっていうのを聞かされて育った人多いんじゃないかな。
そんな偉大な巨人を日本の侍が!って勝手にイメージ作ってわくわくしていたんじゃないかと思います。いよいよMLB開幕、そしたらもう興奮しかなかったですよ。だって心配なんて吹っ飛ぶぐらいのトルネード旋風、唸るストレート、きれっきれのフォークボールでばんばん強豪メジャーリーガーから三振を奪っていくじゃないですか!日本人なめんなよっ!って全然関係ないのに自分と全然関係なのにうれしかったですね。
とにもかくにも僕が初めてスポーツ選手に涙したのが野茂投手です。1996年(であってると思うんですけど)に、ノーヒットノーラン、メジャーリーガーだってこの偉業を達成したらえらいことなのに、野茂投手は小さくガッツポーズ。うわぁっ、これぞ日本人!これはほんとに衝撃でした。なんか勝手におれでもできるかもしれない、スポーツではないけど世界で戦うことは可能なんだってすごく勇気をもらったんです。
それから野茂投手はもう一回やったんですよ、ノーヒットノーラン。。ほんとにとんでもない人ですよね。
その後自分は社会人になり入社した会社が自らの意思とは関係なく2年足らずで外資系企業に買収されてしまい、海外とのやり取りがメインの部署に配属され上司が外国人になり、当時英語がしゃべれなかった自分は相当ひどい思いをしました。最初は悔しさすら感じないんですよね、わけがわからないから。それがだんだん悔しさを感じるようになって、夜も寝れない日もあったり。でもやっぱりそんな時野茂投手のことを思いだして、悔しくて寝れなかったら寝れない時間を勉強すればいい、これって野球の素振りやシャドーピッチングみたいなもんじゃんみたいに割り切り、あと買収されるまで経験した自分のスキルは絶対に通じるんだって気持ちを奮い立たせていました。野茂投手はノーヒットノーランしたんだ、だから自分だってそんな大きな偉業はできないけど、今の状況ぐらいだったら打開できる!いやするんだっ!って。
そのおかげで26歳で初めてチームを持たせてもらえるようになって、それからはつらいことばっかりですが、いろいろな人から助けてもらいながらも仕事では好きに自分がしたいことを好きにできてきたように思います。これからも仕事においては非常にしんどいですが国際社会のなかで少なくとも自分がいるエリアの中では存在感をもっていたいなと感じている今日この頃です。因みに26歳から、それからトントンと偉くなっていったかという話は、、、おかしいなぁ、同期と比べても異例の出世だったのになぁ。。悲しくなるからやめましょう。そう僕は現場一筋、現場主義なんです(泣…笑)!
さぁ、これからさらに進む国際社会に日々勉強です。
【ジャパンタイムズ デジタル版】Never miss what’s happening in Japan
なんとなく憂鬱になるこの時間、、、ブログを更新したいと思います。
今日はほんとに自分の生活として平均的な日曜でした、気分的にも行動的にも。家で昼食をすませ、その後かみさんがネイルに行くというので送っていき、終わるのを待っている時間ちょっとバーゲン前の下見を兼ねてウインドウショッピングを。その後かみさんと合流し、別に買い物に出かけていた子供をピックアップしそのまま夕食して帰宅という一日でした。まぁいい一日だったかな。
夜のニュースで元日本ハムの大谷選手がエンゼルスに入団が決まったことを知りました。二刀流はMLBでも通じるのか楽しみですね!がんがんホームラン打って、三振をどんどん積み上げる姿を期待するばかりです。最近は海を渡る日本人がすごく増えてますよね。自分たちの小さい頃に比べてやっぱりスポーツに関してのフィールドは世界に確実に広がってますよね。日本人が世界で活躍する姿は本当に勇気づけられます!
こんなことを考えていたらふと野茂投手のことを書きたくなりました。野茂英雄投手は日本人2人目となるメジャーリーガーということはすごく有名ですが、このことは当時大学生だった自分にすごく衝撃でした。なにがどうというわけではないのですが、当時の自分にとって外国人、特に欧米についてはブラウン管の中の人たちっていう感覚が強くて、音楽なんかは洋楽ばかり聴いていたにもかかわらず、日本人がどんなに背伸びしてもかないっこない、同じ土俵で考えること自体はおかしい、というぐらいな感じでした。
僕なんかは同世代の人間と比べてもすごく保守的な性格だったので、当時でも笑われたかもしれないけど、本当にそう思っていたんです。もちろん当時は英語は学校・受験英語だけで自ら話すなんてとんでもない、ハローすら恥ずかしくて言うこともできない人間でしたよ。
そんな考え方に風穴を開けてくれたのが野茂投手なんです。メジャーへの移籍発表があった時は、あんな体のでかい外国人とほんとにやりあうのか、無理だろう、話題作りのためなのか、もったいない日本でもっと稼げたのになんて思ったものです。確かそんなことを友達とも話していました。でも本心は、ちょっと違っていたかもしれません、日本人があのメジャーリーガーをねじ伏せることができるのか、見れるなら見てみたいなんて想像していたかもしれません。僕らのような団塊ジュニアはたぶん親(団塊世代)からいかに欧米は偉大かっていうのを聞かされて育った人多いんじゃないかな。
そんな偉大な巨人を日本の侍が!って勝手にイメージ作ってわくわくしていたんじゃないかと思います。いよいよMLB開幕、そしたらもう興奮しかなかったですよ。だって心配なんて吹っ飛ぶぐらいのトルネード旋風、唸るストレート、きれっきれのフォークボールでばんばん強豪メジャーリーガーから三振を奪っていくじゃないですか!日本人なめんなよっ!って全然関係ないのに自分と全然関係なのにうれしかったですね。
とにもかくにも僕が初めてスポーツ選手に涙したのが野茂投手です。1996年(であってると思うんですけど)に、ノーヒットノーラン、メジャーリーガーだってこの偉業を達成したらえらいことなのに、野茂投手は小さくガッツポーズ。うわぁっ、これぞ日本人!これはほんとに衝撃でした。なんか勝手におれでもできるかもしれない、スポーツではないけど世界で戦うことは可能なんだってすごく勇気をもらったんです。
それから野茂投手はもう一回やったんですよ、ノーヒットノーラン。。ほんとにとんでもない人ですよね。
その後自分は社会人になり入社した会社が自らの意思とは関係なく2年足らずで外資系企業に買収されてしまい、海外とのやり取りがメインの部署に配属され上司が外国人になり、当時英語がしゃべれなかった自分は相当ひどい思いをしました。最初は悔しさすら感じないんですよね、わけがわからないから。それがだんだん悔しさを感じるようになって、夜も寝れない日もあったり。でもやっぱりそんな時野茂投手のことを思いだして、悔しくて寝れなかったら寝れない時間を勉強すればいい、これって野球の素振りやシャドーピッチングみたいなもんじゃんみたいに割り切り、あと買収されるまで経験した自分のスキルは絶対に通じるんだって気持ちを奮い立たせていました。野茂投手はノーヒットノーランしたんだ、だから自分だってそんな大きな偉業はできないけど、今の状況ぐらいだったら打開できる!いやするんだっ!って。
そのおかげで26歳で初めてチームを持たせてもらえるようになって、それからはつらいことばっかりですが、いろいろな人から助けてもらいながらも仕事では好きに自分がしたいことを好きにできてきたように思います。これからも仕事においては非常にしんどいですが国際社会のなかで少なくとも自分がいるエリアの中では存在感をもっていたいなと感じている今日この頃です。因みに26歳から、それからトントンと偉くなっていったかという話は、、、おかしいなぁ、同期と比べても異例の出世だったのになぁ。。悲しくなるからやめましょう。そう僕は現場一筋、現場主義なんです(泣…笑)!
さぁ、これからさらに進む国際社会に日々勉強です。
【ジャパンタイムズ デジタル版】Never miss what’s happening in Japan
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