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2017年09月22日

トーマス・マンとファジィ19

 Dr. Krokowski が、Davos の療養所で行う講演や日常会話の中で用いる 音にまつわるイロニーの問題を考察してみよう。Hans Castorp、Dr. KrokowskiそしてJoachim Ziemßen 三者がおりなすイロニーの距離が対象になる。Dr. Krokowskiは、療養所の患者たちを前に定期的に講演会を開く。 Hans Castorpは、当初Dr. Krokowski の講演に居合わせた Chauchat 婦人が気になって、話の内容がつかめなかった。どうやらテーマは愛の力のよ うだ。純潔と愛の戦いは、まず純潔が勝利しますが、愛は死なずに生きており、暗がりの中で自らを満たそうとする。はたしてどのような形で愛は再び現れるのであろうか。愛は病気という形で現れると Dr. Krokowski は説く。こうした結論は、療養所にいる患者たちに対するDr. Krokowski 一流の気配りである。しかし、Hans Castorp は、健康を自負しており、 次回から講演会に参加する気にはならなかった。そのため、カタルを患うJoachim Ziemßenとの距離は、比較的遠いといえる。
 ここで問題となるのは、Dr. Krokowski の話し振りである。引きずるよ うな柔らかい感じの “r” を遠方から聞こえるかのように鳴らすバリトンのため、舌音と唇音の間に薄い母音を伴う1.5音節の彼の“ Liebe”は、 水気の多いミルクのように何やら青白い気の抜けたイメージのものとなり、Hans Castorpには不快でならなかった。それもあってか、講演後、 Hans Castorp は、Joachim Ziemßen に Dr. Krokowski の話しはさほど満足のいくものではなかったと語っている。
 療養所は、午後安静療養の時間になる。Hans Castorp が Dr. Krokowski と対話をする場面がある。バリトンで柔らかい引きずるような何か飾りをつけた異国風の口蓋音 “r” に特徴がある Dr. Krokowski の話し振りは、Hans Castorp と Joachim Ziemßen のイロニー的な距離にも影響を与える。「我々の関係は新しい段階に入りました。つまり、あなたは、客人から同胞 (Kamerad)になったのです。私の目にはカタルを患っているように見え ます」と Dr. Krokowski は説明する。Hans CastorpとDr. Krokowski の距離が同胞となったことにより、Hans Castorp とJoachim Ziemßen は、同じ病気(カタル)を患う療養所の住民という関係になった。つまり、二人のイロニー的な距離は近づいてきた。

花村嘉英(2005)「計算文学入門−Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか?」より
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花村嘉英
花村嘉英(はなむら よしひさ) 1961年生まれ、立教大学大学院文学研究科博士後期課程(ドイツ語学専攻)在学中に渡独。 1989年からドイツ・チュービンゲン大学に留学し、同大大学院新文献学部博士課程でドイツ語学・言語学(意味論)を専攻。帰国後、技術文(ドイツ語、英語)の機械翻訳に従事する。 2009年より中国の大学で日本語を教える傍ら、比較言語学(ドイツ語、英語、中国語、日本語)、文体論、シナジー論、翻訳学の研究を進める。テーマは、データベースを作成するテキスト共生に基づいたマクロの文学分析である。 著書に「計算文学入門−Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか?」(新風舎:出版証明書付)、「从认知语言学的角度浅析鲁迅作品−魯迅をシナジーで読む」(華東理工大学出版社)、「日本語教育のためのプログラム−中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで(日语教育计划书−面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用)」南京東南大学出版社、「从认知语言学的角度浅析纳丁・戈迪默-ナディン・ゴーディマと意欲」華東理工大学出版社、「計算文学入門(改訂版)−シナジーのメタファーの原点を探る」(V2ソリューション)、「小説をシナジーで読む 魯迅から莫言へーシナジーのメタファーのために」(V2ソリューション)がある。 論文には「論理文法の基礎−主要部駆動句構造文法のドイツ語への適用」、「人文科学から見た技術文の翻訳技法」、「サピアの『言語』と魯迅の『阿Q正伝』−魯迅とカオス」などがある。 学術関連表彰 栄誉証書 文献学 南京農業大学(2017年)、大連外国語大学(2017年)
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