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2024年09月11日

イディオム−モンタギュー文法からGPSGそしてHPSGへ14

 Thomason(1972)は、(24)のような述語の誤った種類への適用から生じた表現を分類上不正確(sorial incorrectness)と呼び、それに対して真理値はないと考えている。*

(24)Der Schatten der Zentralheizung ist warm.

 (24)の否定が一見真であるようにみえる。しかし、否定には、選択的な意味(ある選択をすることがすでに他を選択している)と排他的な意味(単に否定されることが拒絶される)があるとして、(24)の否定を前者の意味と考え、真理値付与の対象外として扱っている。* では、真でも偽でもない表現は、どこに位置づけられるのであろうか。
 諸々の特性なり役割からなる論理空間(Logical Space: LS)があるとする。* これは、ある種の概念上の資源から生成される。LSにおける形式言語Lには、二項述語PにLSの部分集合(LSの構成要素の順序対の集合)を割り当てる分類上の指定SPがある。* この部分集合(SPの地域)は、Qが肯定も否定もされうる点を含んでいる。 
 (24)の所在地は、ここである。言語Lには、SPと関連して二項述語QにSP(Q)の部分集合s(Q)(sは指標<i, j>)を当てるsが存在する。すなわち、ILの基本表現に指示対象を対応付けるために、ここでは、PTQとは異なる二段階の手順を踏んでいる。
 M、i、j、gに関するILの有意表現αの外延記述を(25)の形に修正する。

(25)αM,E, i, j, g

 s(Q)を設けることにより、LS中の点pを占める個体Qv1, v2(v1, v2はそれぞれ個体変項)を満たすように、pの集合を指定することができ、spielen‘‘が項としてdie-erste-Geigeだけを選択することが説明される。

花村嘉英(2022)「イディオム−モンタギュー文法からGPSGそしてHPSGへ」より

イディオム−モンタギュー文法からGPSGそしてHPSGへ13

4.2 モデル理論の修正

 GPSGが採用しているPTQのモデルの定義とは、基本表現に対して次の形式で指示対象を当てていく。あるタイプの可能な指示対象の集合として、De、Dt、D(a, b) 、D(s, a) がある。*

(23)M=<A, I, J,≦,F>およびg。
1 A, I, Jは、それぞれ空でない個体、可能世界、時点の集合。
2 ≦は、Jに関する線形順序。
3 Fは、ILのすべての定項を定義域とする関数。
4 a∈Type、α∈Conaならば、F(a) ∈S a。
5 gは、ILのすべての変項の集合を定義域とする関数。
6 uがタイプaの変項であるとg(u) ∈D a。  

 ここで、Fは、aタイプの定項(Con aは、ILのaタイプの定項の集合)に対してその内包としてS aの要素を当て、gは、aタイプの変項に対してその指示対象D aの要素を当てる。しかし、(22)の2種のspielenの内包表現にこの方式を当てた場合、指標の指定に問題が生じる。spielen‘とspielen‘‘は、それそれ<NP, VP>タイプの抵抗ゆえにそれらの外延は、指標に依存することになる。(23)4 αM, i, j, g=F(α)。ここでαは、spielen‘またはspielen‘‘。Mは、上記モデル、iは、i∈I、jは、j∈Jである。または、これらがNPタイプを項とし、VPタイプの複合表現を生むことから関数適用規則が使われる。α(β)M, i, j, g=αM, i, j, g(βM, i, j, g)。ここで、βは、die-erste-Geige‘またはdie-erste-Geige‘‘である。この際、spielen‘‘がその項としてdie-erste-Geigeだけを選択する点が説明できない。この点をThomason(1972)に従って修正してみよう。

花村嘉英(2022)「イディオム−モンタギュー文法からGPSGそしてHPSGへ」より

イディオム−モンタギュー文法からGPSGそしてHPSGへ12

4 イディオムの構成性

4.1 GPSGのイディオム表記

 これまでのイディオムに関する分析の多くがイディオム内に統語構造は認めるが、その全体の意味が部分の意味からは合成されないとの立場に立っている。* 一方、GPSGは、イディオムの一部に修飾(19)なり量化(20)がかかることを理由として上げ、その部分的な意味にも目を向けた記述法を採用している。*

(19)auf den leibhaftigen Hund kommen.
(20)zweiten Nachwuchs ins Leben rufen.
(21)die erste Geige spielen.

 (21)のdie erste Geige とspielenは、複合的な語彙翻訳のメカニズムによって、それぞれ2種の内包表現が割り当てられる。* インフォーマルに記すと、前者は、die-erste-Geige‘(第一バイオリンの内包)とdie erste Geige‘‘(音頭の内包)、後者は、spielen‘(弾くの内包)とspielen‘‘(取るの内包)である。これらの内包表現は、他動詞の翻訳をNPタイプの内包からVPタイプの指示対象への部分関数として扱うことにより結びつけられる。

(22)fi(spielen‘(die-erste-Geige‘))=spielen‘‘(die-erste-Geige‘‘)

 ここで、fiは意味上の結合しであり、spielen‘とspielen‘‘の定義域は異なる。しかし、このような部分関数を適用するには、モデル理論に関する若干の修正が必要である。

花村嘉英(2022)「イディオム−モンタギュー文法からGPSGそしてHPSGへ」より

イディオム−モンタギュー文法からGPSGそしてHPSGへ11

 次に、Cラベルの接点の娘の翻訳を結ぶ際に、(16)のタイプ駆動の方式が採用されている。*

(17)α∈ME(a, b), β∈ME a, →α(β)∈ME b

(17)は、α、βがそれぞれ意味タイプ<a, b>、<a>を持つILの有意表現ならば、α(β)は、タイプの有意表現となることを示している。例えば、(15)のS、NP、VPタイプのILへの翻訳は、(18)となる。

(18)1 FR:(S, {NP‘, VP‘}m)={ VP‘(NP)}
2 FR:(NP, {Det‘, N‘}m)={ Det‘(N)}
3 FR:(VP, {V[2]‘, NP‘}m)={ V[2]‘(NP)}

 関数実現(Functional Realization: FR)は、タイプaとマルチセットS(有限回繰り返される同一要素を含む集合)を入力都市、関数適用の際、要素の複数買いの使用を禁止する制限およびタイプaのILの適切な表現を条件とする集合が出力となる。* こうして(10)のID規則、それに対するLP規則、素性に関する諸条件、(15)のタイプ割り当ておよびタイプ駆動の翻訳を経て、(11‘‘)の木が認可される。

(11‘‘)  S, lesen‘(ein‘(Buch‘))(ein‘(Mann‘))
△  NP, ein‘(Mann‘) Det, ein‘ N1, Mann‘ VP, lesen‘ (ein‘(Buch‘)) V [2], lesen‘ NP, ein‘(Buch‘)
Ein  N[1], Mann‘ liest Det, ein‘ N1, Buch‘ ein N[1],Buch‘, Buch

花村嘉英(2022)「イディオム−モンタギュー文法からGPSGそしてHPSGへ」より

イディオム−モンタギュー文法からGPSGそしてHPSGへ10

 ここでは、Dowty et al (1981)に従い、PTQで採用されている個体概念(s, e)の代わりに単に個体(e)を当てている。表現のタイプ付与は、モデル内でのそのタイプの可能な支持対象(D)の決定につながる。指示対象は、モデル理論のプリミティブな要素(個体(e), 真理値(t), 内包または指標(s))からなり、例えば、D(指標(s)(可能世界(i)と時点(j)の対)の集合からtタイプの集合への関数と読む)は、命題を、Dは、個体の集合を、D<s, , t>>は、個体の集合の属性を表す。
 PTQのように、統語カテゴリーに意味タイプを割り当ててから翻訳規則が設定されることはない。まず、カテゴリーCの語彙項目(α)の翻訳が(16)の部分木により認可される。* 

(16) C,α‘
     ↓
     α

花村嘉英(2022)「イディオム−モンタギュー文法からGPSGそしてHPSGへ」より

イディオム−モンタギュー文法からGPSGそしてHPSGへ9

3.2 タイプと翻訳

 PTQは、統語カテゴリーと意味タイプ(ILの有意表現の意味上のクラス分け)間に準同形または構成性の写像を持つが、GPSGでは、双方をつなぐ関数タイプを準同形としては扱わない。これは、1.2.1にも示したように、GPSGでは、統語カテゴリーが意味構造の反映のない素性値指定の場合からなる複合体と見なされているからである。関数タイプによる(10)の統語カテゴリーに対するタイプ割り当ては、(15)になる。但し、複合タイプには、簡略化のためにカテゴリーラベルを用い、Sは、文カテゴリーを、Sは、内包タイプを表している。

(15)
1 TYP(S):
2 TYP(NP): , t>>
3 TYP(N1): , t>>
4 TYP(Det):< N1, NP>
5 TYP(VP):

花村嘉英(2022)「イディオム−モンタギュー文法からGPSGそしてHPSGへ」より

イディオム−モンタギュー文法からGPSGそしてHPSGへ8

3 意味論

3.1 GPSGの意味論

 モデル理論の枠組みで優位表現に対し指示対象を回帰的に定義していくGPSGの意味論は、Montague Grammar 同様、真理条件意味論および可能性世界意味論を備えている。しかし、若干の修正は見られ、以下でその点を考察していく。

花村嘉英(2022)「イディオム−モンタギュー文法からGPSGそしてHPSGへ」より

イディオム−モンタギュー文法からGPSGそしてHPSGへ7

2.2.4 FFP、CAP、HFC

 これらは、木の中での素性の分布を決定する普遍的な制約である。FFPは、部分木の親カテゴリーの足素性がその娘の足素性のユニフィケーションに等しいことを示してくれる。*足素性は、NP[NULL, +]/NPというカテゴリーのSLASH素性や関係代名詞の素性値指定[WH[WHMOR R]]などに現れる。NULLは、空のX2を導く(13)のメタ規則により認可される。

(13)スラッシュ終端メタ規則1(Slash Termination)
   X→W, X2

X→W, X2[NULL, +]

(14) ein Mann, dessen die Welt bedarf, liest ein Buch. 
S △ NP[PLU, −] → VP 
△ liest ein Buch NP[PLU, −] S
ein Mann △
NP[WH[WHMOR R]] S/NP

N[WH[WHMOR R]]   NP[PLU, −] →VP/NP
dessen die Welt NP[NULL, +]/NP V bedarf

 CAPは、部分木の娘同士の素性間を受け持つ。例えば、部分木の文末のうち、因数であるカテゴリーの素性を関数であるカテゴリーに引き渡す役割を果たす。* この種のCAPが作用して、(14)のNP素性がVPに伝わる。HFCは、部分木の語彙的主要部となる娘カテゴリーにその親カテゴリーが待つ主要部素性を受け渡していく。* HFCは、部分木の語彙的主要部となる娘カテゴリーにその親カテゴリーが持つ主要部素性を受け渡していく。

(11‘)S[N, −][V, +][V[FIN]]
△ NP[N, +][V, −][PLU, −][PER, 3] VP[N, −][V, +][V[FIN]][PLU, −]
△ Det N1 [N, +][V, −][PLU, −][PER, 3] △  V[N, −][V, +][V[FIN]][PLU, −] NP
Ein Mann N[N, +][V, −][PLU, −][PER, 3] liest ein Buch

花村嘉英(2022)「イディオム−モンタギュー文法からGPSGそしてHPSGへ」より  

イディオム−モンタギュー文法からGPSGそしてHPSGへ6

2.2.3 メタ規則

 メタ規則は、基本的なID規則だけでは表現できない、ID規則からID規則への関係(受身、等値、スラッシュな)を扱う。その適用範囲は、語彙的ID規則に限られている。また、この規則は、回帰的には使われない。その数を有限とすることで文脈自由の性質を保つのである。*

(12)主語−助動詞倒置メタ規則(Subject-Aux Inversion: SAI)
V2[[SUBJ, −]] →W
V2[[INV, +], [SUBJ, +]] →W, NP

(12)のメタ規則は、(10)4のようなID規則から文カテゴリーSを平らなS構造へと展開する。Wは、ID規則の中の任意のカテゴリーを表す変数である。また、素性値指定[INV, +]は、[VFORM[FIN]](時制)を素性値指定[SUBJ, +]は、[N, −], [V, +], [BAR, 2]を含意している。*

花村嘉英(2022)「イディオム−モンタギュー文法からGPSGそしてHPSGへ」より

イディオム−モンタギュー文法からGPSGそしてHPSGへ5

2.2.2 ID規則とLP規則

 親とそれが直接支配する娘とからのみ構成される部分木は、ID規則により写し出される。ID規則の担う情報は、親と娘の直接支配関係だけで、部分木の構成要素間の線的順序は、LP規則に委ねられる。こうした情報の二分化は、ドイツ語などに比べてより語順が自由な言語の場合*、従来のPSGでは、一度に一つの規則が述べられるだけで、句構造を全て列挙しなければならなくなるゆえに取られた措置である。* 

(9)
PSG A→BCD, B→BDC, B→CD, C→ABD, C→BAD, C→BDA
GPSG ID規則 A→B, C, D, B→C, D, C→A, B, D LP規則 B
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花村嘉英(はなむら よしひさ) 1961年生まれ、立教大学大学院文学研究科博士後期課程(ドイツ語学専攻)在学中に渡独。 1989年からドイツ・チュービンゲン大学に留学し、同大大学院新文献学部博士課程でドイツ語学・言語学(意味論)を専攻。帰国後、技術文(ドイツ語、英語)の機械翻訳に従事する。 2009年より中国の大学で日本語を教える傍ら、比較言語学(ドイツ語、英語、中国語、日本語)、文体論、シナジー論、翻訳学の研究を進める。テーマは、データベースを作成するテキスト共生に基づいたマクロの文学分析である。 著書に「計算文学入門−Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか?」(新風舎:出版証明書付)、「从认知语言学的角度浅析鲁迅作品−魯迅をシナジーで読む」(華東理工大学出版社)、「日本語教育のためのプログラム−中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで(日语教育计划书−面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用)」南京東南大学出版社、「从认知语言学的角度浅析纳丁・戈迪默-ナディン・ゴーディマと意欲」華東理工大学出版社、「計算文学入門(改訂版)−シナジーのメタファーの原点を探る」(V2ソリューション)、「小説をシナジーで読む 魯迅から莫言へーシナジーのメタファーのために」(V2ソリューション)がある。 論文には「論理文法の基礎−主要部駆動句構造文法のドイツ語への適用」、「人文科学から見た技術文の翻訳技法」、「サピアの『言語』と魯迅の『阿Q正伝』−魯迅とカオス」などがある。 学術関連表彰 栄誉証書 文献学 南京農業大学(2017年)、大連外国語大学(2017年)
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