2015年11月04日
パワースポット 不動岩 熊本県山鹿市 5
山鹿市蒲生三玉(みたま)地区の不動岩(ふどういわ/ふどうがん)に行ってきました。
不動岩へ上がる山の中腹に、
←金比羅神社参道と金比羅神社・作之神・ 穴観音 ・足手荒神・ 宮地嶽神社
の看板があったので、寄って みました。
穴観音
金比羅神社
宮地嶽神社
足手荒神
不動岩
前不動、中不動
前不動の高さは約80メートル、根回りは100メートル。
近くで見ると、その大きさに圧倒されます。
不動岩は前不動、中不動、奥不動岩の3つの岩から構成されてます。
奥不動
前不動の前にある不動神社 不動明王
台風の影響?で、拝殿がなくなってました。
不動岩の名の由来は、平安時代、山伏たちがこの山中にこもり、
不動明王を本尊として祀り修行したことに由来するといわれてます。
不動岩は日本列島が出来るはるか以前、5億年以上も前の古生代(オルドビス紀)の
「変はんれい岩」からできています。
この「変はんれい岩」が長い年月をかけて崩れて海に流され、
海水に洗われて小さな小石や砂になります。これを「さざれ石」と言います。
さざれ石は次第に海底に厚く積み重なっていき、強い圧力を受けて岩盤となります。
日本の国歌にも詠われているあの「さざれ石の巌となりて・・・」という状態です。
海底で形成されたさざれ石の岩盤がその後隆起して地上に姿を現したのが
この「不動岩」です。
動岩にまつわる伝説
山鹿市三岳の彦岳と不動岩は異母兄弟で、母は実子の不動岩を可愛がっていた。
ある日、母は『首引きをして勝った者に宝物の3つの玉を与える』と約束した。
そこで二人は一生懸命力をふりしぼって戦ったところ、彦岳の方が強く、
不動岩の首が一ツ目神社の上の丘に飛んでいってしまった。
これが、今の『首石』であり、その時の出血で三玉の土は赤土となった。
首引きの時、二人の力で土が盛り上がってできた山が、今の震岳であり、
この山の頂上の2つの凹地は首引きの際の縄跡であると言われています。
不動岩へ上がる山の中腹に、
←金比羅神社参道と金比羅神社・作之神・ 穴観音 ・足手荒神・ 宮地嶽神社
の看板があったので、寄って みました。
穴観音
金比羅神社
宮地嶽神社
足手荒神
不動岩
前不動、中不動
前不動の高さは約80メートル、根回りは100メートル。
近くで見ると、その大きさに圧倒されます。
不動岩は前不動、中不動、奥不動岩の3つの岩から構成されてます。
奥不動
前不動の前にある不動神社 不動明王
台風の影響?で、拝殿がなくなってました。
不動岩の名の由来は、平安時代、山伏たちがこの山中にこもり、
不動明王を本尊として祀り修行したことに由来するといわれてます。
不動岩は日本列島が出来るはるか以前、5億年以上も前の古生代(オルドビス紀)の
「変はんれい岩」からできています。
この「変はんれい岩」が長い年月をかけて崩れて海に流され、
海水に洗われて小さな小石や砂になります。これを「さざれ石」と言います。
さざれ石は次第に海底に厚く積み重なっていき、強い圧力を受けて岩盤となります。
日本の国歌にも詠われているあの「さざれ石の巌となりて・・・」という状態です。
海底で形成されたさざれ石の岩盤がその後隆起して地上に姿を現したのが
この「不動岩」です。
動岩にまつわる伝説
山鹿市三岳の彦岳と不動岩は異母兄弟で、母は実子の不動岩を可愛がっていた。
ある日、母は『首引きをして勝った者に宝物の3つの玉を与える』と約束した。
そこで二人は一生懸命力をふりしぼって戦ったところ、彦岳の方が強く、
不動岩の首が一ツ目神社の上の丘に飛んでいってしまった。
これが、今の『首石』であり、その時の出血で三玉の土は赤土となった。
首引きの時、二人の力で土が盛り上がってできた山が、今の震岳であり、
この山の頂上の2つの凹地は首引きの際の縄跡であると言われています。
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