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2019年10月11日
家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <51 駆け落ち>
駆け落ち
真也が幼稚園に通うようになったころ梨央は食欲不振になった。機嫌はいいが顔色が悪い。そういう様子は前に一度経験していた。真也の時には義母がサポートしてくれた。だが、今は義母は義父の世話をしなければならなかった。
義父の田原純一は、今は経営からは退いて一日家にいた。右足が動かない以外に特に問題はなかった。生活の不自由と言えば車が乗れないことぐらいだった。俺は時々経営の相談をしに家に行った。義母はよく義父の世話を焼いていた。この家はどうもみな世話女房だ。食事の時にはピッタリ寄り添って食べる。この生活に水を差すのも申し訳ない気がした。
梨央に家政婦を雇うことを提案した。「ありがとう、そうしてもらえると嬉しいんだけど、ママがどういうでしょうねえ。また自分が面倒を見るって言わないかと思って。」そうだ、これが難問だった。
今でも真也が行けば義父の世話はいったん中断になる。義父は特に世話が必要な体ではないので怒りはしないが、しょっちゅうになれば不自由も出てくるだろうと思った。
梨沙ちゃんは社長業で忙しい。今となればえり兆ビルのカフェや呉服店、ギャラリーなどの経営を一手にひきうけていた。梨沙ちゃんが遅くなる日は梨沙ちゃんの夫の新田詩音の夕飯は義母の世話になるようだった。
義母は頑張る性格だった。今義母に体を壊されると、やっぱり義父は困るだろう。最初は週2日だけ家政婦さんに来てもらうことにした。義母の気持ちを考えてなおかつ義母の体調を考えた苦肉の策だった。俺は、こんなに人の気持ちを汲む人間になったんだと我ながら感心した。
そんな時、俺の妹が駆け落ちをしたと連絡があった。梨央と同じ年の恵美だった。駆け落ちってこの時代にまだそんなことをする人間がいるのかと驚いた。親に反対されても結婚すればいいだけだ。なにも行方をくらまさなくても、いい大人なんだから勝手に暮らせばいいだけじゃないのか?と駆け落ちという言葉に納得がいかなかった。現に俺たち夫婦だって俺の親の意向とは違う形で暮らしている。
久しぶりに実家に帰った。継母は今までとは全く違う対応だった。丁寧に仏間に通されたので実母に線香をあげることができた。父は深く頭をさげた。俺は継母よりも、頼りない父に腹が立った。今は会長という立場にはあったが会社の経営には全くかかわっていなかった。俺は浜野興産のことも田原の義父に相談した。その方が間違いないと思っていた。
恵美は最近夜遊びをするようになっていた。習い事で知り合った友達とクラブというものに出入りしていたらしい。駆け落ちの相手はそのクラブの経営者の男だということだ。そのクラブは経営状態が悪くて経営者は夜逃げ同然に姿をくらましていた。恵美はその男に付いていったようだ。
「一緒に暮らすので安心してほしい。落ち着いたら連絡する。」というメモを残していた。500万程度あった預金は全額おろしていた。男に金を渡しているのは目に見えていた。情けなくて涙が出てきた。無事で居てほしい。できることなら幸福でいてほしいと思った。俺は警察に届けるように言ってから家に帰った。帰り際に末娘の郁美から外で会いたいとメモを渡された。
続く
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真也が幼稚園に通うようになったころ梨央は食欲不振になった。機嫌はいいが顔色が悪い。そういう様子は前に一度経験していた。真也の時には義母がサポートしてくれた。だが、今は義母は義父の世話をしなければならなかった。
義父の田原純一は、今は経営からは退いて一日家にいた。右足が動かない以外に特に問題はなかった。生活の不自由と言えば車が乗れないことぐらいだった。俺は時々経営の相談をしに家に行った。義母はよく義父の世話を焼いていた。この家はどうもみな世話女房だ。食事の時にはピッタリ寄り添って食べる。この生活に水を差すのも申し訳ない気がした。
梨央に家政婦を雇うことを提案した。「ありがとう、そうしてもらえると嬉しいんだけど、ママがどういうでしょうねえ。また自分が面倒を見るって言わないかと思って。」そうだ、これが難問だった。
今でも真也が行けば義父の世話はいったん中断になる。義父は特に世話が必要な体ではないので怒りはしないが、しょっちゅうになれば不自由も出てくるだろうと思った。
梨沙ちゃんは社長業で忙しい。今となればえり兆ビルのカフェや呉服店、ギャラリーなどの経営を一手にひきうけていた。梨沙ちゃんが遅くなる日は梨沙ちゃんの夫の新田詩音の夕飯は義母の世話になるようだった。
義母は頑張る性格だった。今義母に体を壊されると、やっぱり義父は困るだろう。最初は週2日だけ家政婦さんに来てもらうことにした。義母の気持ちを考えてなおかつ義母の体調を考えた苦肉の策だった。俺は、こんなに人の気持ちを汲む人間になったんだと我ながら感心した。
そんな時、俺の妹が駆け落ちをしたと連絡があった。梨央と同じ年の恵美だった。駆け落ちってこの時代にまだそんなことをする人間がいるのかと驚いた。親に反対されても結婚すればいいだけだ。なにも行方をくらまさなくても、いい大人なんだから勝手に暮らせばいいだけじゃないのか?と駆け落ちという言葉に納得がいかなかった。現に俺たち夫婦だって俺の親の意向とは違う形で暮らしている。
久しぶりに実家に帰った。継母は今までとは全く違う対応だった。丁寧に仏間に通されたので実母に線香をあげることができた。父は深く頭をさげた。俺は継母よりも、頼りない父に腹が立った。今は会長という立場にはあったが会社の経営には全くかかわっていなかった。俺は浜野興産のことも田原の義父に相談した。その方が間違いないと思っていた。
恵美は最近夜遊びをするようになっていた。習い事で知り合った友達とクラブというものに出入りしていたらしい。駆け落ちの相手はそのクラブの経営者の男だということだ。そのクラブは経営状態が悪くて経営者は夜逃げ同然に姿をくらましていた。恵美はその男に付いていったようだ。
「一緒に暮らすので安心してほしい。落ち着いたら連絡する。」というメモを残していた。500万程度あった預金は全額おろしていた。男に金を渡しているのは目に見えていた。情けなくて涙が出てきた。無事で居てほしい。できることなら幸福でいてほしいと思った。俺は警察に届けるように言ってから家に帰った。帰り際に末娘の郁美から外で会いたいとメモを渡された。
続く
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2019年10月10日
家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <50 遊園地>
遊園地
高校から大学のころ何度か遊園地に来ている。いつも女の子たちと一緒だった。俺は、いつも、どのタイミングで手をつなごうか?人のいない所ではキスしてもいいだろうか?と考えていた。
大学を卒業するころには、何とかその子の部屋に行けないか?出来たらそこで嬉しいことが起きないか?そんなことばかり考えていた。そして、社会へ出て接待というものを経験するとすぐに、夜の仕事をする女の子たちと関係ができた。
手をつなぐタイミングもキスをする場所も何も考える必要はなかった。人恋しい日は誘えば必ずセックスが付いてきた。交際などしなくてもサラッとそういう関係になった。そうなると遊園地などという健康的な明るい場所とはどんどん縁が切れていった。梨央が聞いたら卒倒してしまうかもしれない。
ところが親になって真也と一緒に遊園地というものに来てみれば想像を絶するほど楽しい場所だった。真也は興奮して、ずっと走っていた。活発な子だがこんなに走っている姿は見たことがなかった。とにかくよく笑う。ヒーローもののショーを見ては一緒に戦うポーズをした。
特に俺が感動したのが、急流下りというアトラクションだった。梨央と真也と3人で乗った。俺が真也を抱いていた。ほんの少しだがトロッコのような乗り物が急な坂を高速で降りる。その時、水しぶきがかかって真也は恐怖感と興奮で一瞬小さな肩が緊張で固まったが終わってみれば大歓声だった。
「パパ、パパ、もっかい乗る」というので真也と二人でもう一度乗った。世の中にはこんな楽しいことがあったのかと感動してしまった。梨央がカメラを構えてこちらを見ている。真也は今度は余裕で梨央の方にピースサインを出した。
俺は一度もこんな遊びをさせてもらった経験はなかった。俺の育った環境は贅沢はさせてくれたが、こんな場所に子供を連れてくるような発想はなかった。俺は思った。母はきっと父と二人で俺を連れて遊園地へ来たかったのではないかと。
で、感動冷めやらぬ俺は食事中も梨央に「一瞬真也の体がこわばったんだよ。キャーって声を出すもんだから大丈夫かなって心配したんだけど、大喜びだったから本当にびっくりしたんだ。」としゃべり続けて梨央にあきれられてしまった。
「遊園地であなたにこんなに喜んでもらえるなんて夢にも思わなかった。誘ってよかったわ。また連れてってあげるから早くご飯食べなさい、真君」といわれた。
「梨央、母親が早く亡くなるって、子供は普通の楽しみも味わえないことになるんだ。梨央、何があっても長生きしてくれ。」と頼んだ。梨央は、「父親だっておんなじよ。あなたこそ何があっても長生きしてよね。」と俺を抱きしめた。
夫婦は円満だった。梨央も俺も健康だった。それなのに、梨央はまだ妊娠しなかった。どうも俺は命中率が良くない体質らしい。
続く
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大学を卒業するころには、何とかその子の部屋に行けないか?出来たらそこで嬉しいことが起きないか?そんなことばかり考えていた。そして、社会へ出て接待というものを経験するとすぐに、夜の仕事をする女の子たちと関係ができた。
手をつなぐタイミングもキスをする場所も何も考える必要はなかった。人恋しい日は誘えば必ずセックスが付いてきた。交際などしなくてもサラッとそういう関係になった。そうなると遊園地などという健康的な明るい場所とはどんどん縁が切れていった。梨央が聞いたら卒倒してしまうかもしれない。
ところが親になって真也と一緒に遊園地というものに来てみれば想像を絶するほど楽しい場所だった。真也は興奮して、ずっと走っていた。活発な子だがこんなに走っている姿は見たことがなかった。とにかくよく笑う。ヒーローもののショーを見ては一緒に戦うポーズをした。
特に俺が感動したのが、急流下りというアトラクションだった。梨央と真也と3人で乗った。俺が真也を抱いていた。ほんの少しだがトロッコのような乗り物が急な坂を高速で降りる。その時、水しぶきがかかって真也は恐怖感と興奮で一瞬小さな肩が緊張で固まったが終わってみれば大歓声だった。
「パパ、パパ、もっかい乗る」というので真也と二人でもう一度乗った。世の中にはこんな楽しいことがあったのかと感動してしまった。梨央がカメラを構えてこちらを見ている。真也は今度は余裕で梨央の方にピースサインを出した。
俺は一度もこんな遊びをさせてもらった経験はなかった。俺の育った環境は贅沢はさせてくれたが、こんな場所に子供を連れてくるような発想はなかった。俺は思った。母はきっと父と二人で俺を連れて遊園地へ来たかったのではないかと。
で、感動冷めやらぬ俺は食事中も梨央に「一瞬真也の体がこわばったんだよ。キャーって声を出すもんだから大丈夫かなって心配したんだけど、大喜びだったから本当にびっくりしたんだ。」としゃべり続けて梨央にあきれられてしまった。
「遊園地であなたにこんなに喜んでもらえるなんて夢にも思わなかった。誘ってよかったわ。また連れてってあげるから早くご飯食べなさい、真君」といわれた。
「梨央、母親が早く亡くなるって、子供は普通の楽しみも味わえないことになるんだ。梨央、何があっても長生きしてくれ。」と頼んだ。梨央は、「父親だっておんなじよ。あなたこそ何があっても長生きしてよね。」と俺を抱きしめた。
夫婦は円満だった。梨央も俺も健康だった。それなのに、梨央はまだ妊娠しなかった。どうも俺は命中率が良くない体質らしい。
続く
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2019年10月09日
家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <49 大家の男>
大家の男
梨央の怒りが和らいで地獄のような日々が終わったと感じたと同時に律子さんのことが気になった。もともと、お互いに酔っていたし、俺は事が終わると同時に激しい後悔に襲われていた。全く最低だった。梨央を裏切ったことも大きかったが俺が自分に幻滅したのは、律子さんの夫である前田を裏切ったという事実だった。
前田は梨央を助けてくれた恩人だ。前田が襲われたのは梨央のことが直接の原因ではないにしても全く無関係ではなかった。それを酔ったはずみで裏切っていた。心配なのは律子さんだ。梨央に対する報復のような形で俺と関係を持った。そんなことをするほど心の傷は深かったのだ。心の底から寂しかったのだ。
男女の感情を通り越して同情した。どんなに経済的な面が安定しても夫とおなかの子を無くした悲しみはそう簡単に癒えるはずはないのだ。俺が恐れたのは律子さんが早まったことをしないかということだ。誰かに頼まなければならない。自分はもう近づいてはいけない。
思い付いたのは、あの店の大家だった。住まいも近いようだった。あの商店街でそれなりに発言力も持っていそうだった。俺は大家に電話をした。
「須藤です。ご無沙汰しています。「それいゆ」さん、いい商売してはりますね。」と愛想がよかった。
「実は私、仕事の都合であまりそちらへ行けなくなりました。それで、前田さんに全部お渡しすることにしたんです。今の状態なら家賃も払って生活費も十分出ると思います。」
「ほうう、エライ気前のいいことですな。」
「ええ、なにしろ妻の恩人ですからきちんと恩返しさせてもらいたい一心です。そろそろお役御免の時かなと思っています。」
「お若いのに義理堅いことですな。」
「それで、お願いなんですが、いくらめどがついたとはいえ全く安心というものでもないと思うんです。それで、そちらでちょくちょく様子を見てあげていただけないかなと思いまして。」
「それはもちろん構いません。近所のよしみもありますし。コーヒー飲みながら世間話さしてもらいます。経営状態は見たらわかりますからな。」
「よろしくお願いします。やっぱり少し精神的に不安定な部分があります。私はそこを気にしています。」
「ほお、何かありましたか?」
「いえ、特に何かあったというわけじゃありません。犯罪被害にあわれた方はなかなか傷が癒えないと聞いておりますんで。」といいながら梨央を思い浮かべた。
大家の男は何か感づいたかもしれなかった。別に構わなかった。もう付き合いは無くなるだろう。ただ、律子さんが無事に、できることなら明るく日々を送ってくれたらそれでよかった。
続く
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梨央の怒りが和らいで地獄のような日々が終わったと感じたと同時に律子さんのことが気になった。もともと、お互いに酔っていたし、俺は事が終わると同時に激しい後悔に襲われていた。全く最低だった。梨央を裏切ったことも大きかったが俺が自分に幻滅したのは、律子さんの夫である前田を裏切ったという事実だった。
前田は梨央を助けてくれた恩人だ。前田が襲われたのは梨央のことが直接の原因ではないにしても全く無関係ではなかった。それを酔ったはずみで裏切っていた。心配なのは律子さんだ。梨央に対する報復のような形で俺と関係を持った。そんなことをするほど心の傷は深かったのだ。心の底から寂しかったのだ。
男女の感情を通り越して同情した。どんなに経済的な面が安定しても夫とおなかの子を無くした悲しみはそう簡単に癒えるはずはないのだ。俺が恐れたのは律子さんが早まったことをしないかということだ。誰かに頼まなければならない。自分はもう近づいてはいけない。
思い付いたのは、あの店の大家だった。住まいも近いようだった。あの商店街でそれなりに発言力も持っていそうだった。俺は大家に電話をした。
「須藤です。ご無沙汰しています。「それいゆ」さん、いい商売してはりますね。」と愛想がよかった。
「実は私、仕事の都合であまりそちらへ行けなくなりました。それで、前田さんに全部お渡しすることにしたんです。今の状態なら家賃も払って生活費も十分出ると思います。」
「ほうう、エライ気前のいいことですな。」
「ええ、なにしろ妻の恩人ですからきちんと恩返しさせてもらいたい一心です。そろそろお役御免の時かなと思っています。」
「お若いのに義理堅いことですな。」
「それで、お願いなんですが、いくらめどがついたとはいえ全く安心というものでもないと思うんです。それで、そちらでちょくちょく様子を見てあげていただけないかなと思いまして。」
「それはもちろん構いません。近所のよしみもありますし。コーヒー飲みながら世間話さしてもらいます。経営状態は見たらわかりますからな。」
「よろしくお願いします。やっぱり少し精神的に不安定な部分があります。私はそこを気にしています。」
「ほお、何かありましたか?」
「いえ、特に何かあったというわけじゃありません。犯罪被害にあわれた方はなかなか傷が癒えないと聞いておりますんで。」といいながら梨央を思い浮かべた。
大家の男は何か感づいたかもしれなかった。別に構わなかった。もう付き合いは無くなるだろう。ただ、律子さんが無事に、できることなら明るく日々を送ってくれたらそれでよかった。
続く
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2019年10月08日
家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <48 髭剃り>
髭剃り
翌朝は朝ひげをそるときに梨央に声をかけた。真也はベビーラックにいれられて傍に来ていた。
梨央がひげを剃る間、梨央は俺の膝の上に座らせた。「だから、そういう目的じゃないの。ちゃんと肌の手入れをしないとみっともないの!第一、あなた痛くないの?」と怒られたが、それでも無理に膝の上に座らせた。
「あのね、カミソリを持った女が不安定な体制で目の前にいると怖いの。安定した体勢でやってくれる?」というと、「そりゃそうだわね。危ないわ。ちょっとごめんなさい。」と言って膝の上にまたがった。態勢はとても安定したが俺の情緒は極端に不安定になった。
カバンをもって玄関まで見送ってくれた。以前通りに戻った。真也が行くなといって泣いている。「パパ今夜早く帰るよ〜。」と言ってから梨央に「今日は肉にしてくれ。濃くしなくちゃな。」と言って家を出た。
夜、家に帰るとステーキが待っていた。梨央の期待の大きさが見て取れて笑い出しそうになった。梨央、君はツマンナイ女なんかじゃないんだよ。殺してくれと泣いた日から一週間たったら、今度は夫の精液を濃くするためにステーキを焼いてるんだぜ。こんな女他にいるか?君はされるがままじゃないんだ。頭をしびれさせるほどエキサイティングなスキルがあるんだぜ。
それにね強いママなところも好きなんだ。おとなしそうな顔して、やきもちの焼きっぷりが凄いのも好きなんだ。とにかく、俺と相性がいいんだ。内心、あの仏様にプログラムされていると思っていた。それでよかった。
ベッドで待っていると梨央が入ってきた。真也はベビーベッドですやすや寝ていた。梨央から例のオードトワレの香がした。ハワイで買ったブランドだ。学生向けかと思うような値段のどこにでもあるようなものだった。ずっと、この香しかつけなかった。
キスをしてから「ごめんな。苦しめてごめんな。許してほしい。」というと「許さない、絶対許さない。今この時もあなたが他の女の人に私と同じことをしたのかと思うと本当に嫌になるの。本当にその人を憎んでいるの。」と言って泣いてしまった。
「梨央と同じことなんかしない。」
「でも、イったんでしょ。どんな声を出したの。どんな顔をしたの。その人の名前を呼んだの?」
「梨央、何にも覚えてないんだよ。とにかく後は後悔だけしか残ってなかったんだよ。俺にとって人生で一番いやな思い出なんだ。頼むから蒸し返さないでほしいんだ。」
「何を言ってるの?私の方が人生で一番いやな思い出じゃないの!」と大きな声を出した後で「蒸し返さないでほしいの。どんなに腹が立っても、あなたが好きなの。愛しているの。離れたら死ぬわ。」といった。その夜の梨央は柔らかだった。久しぶりに心癒される時間だった。
続く
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翌朝は朝ひげをそるときに梨央に声をかけた。真也はベビーラックにいれられて傍に来ていた。
梨央がひげを剃る間、梨央は俺の膝の上に座らせた。「だから、そういう目的じゃないの。ちゃんと肌の手入れをしないとみっともないの!第一、あなた痛くないの?」と怒られたが、それでも無理に膝の上に座らせた。
「あのね、カミソリを持った女が不安定な体制で目の前にいると怖いの。安定した体勢でやってくれる?」というと、「そりゃそうだわね。危ないわ。ちょっとごめんなさい。」と言って膝の上にまたがった。態勢はとても安定したが俺の情緒は極端に不安定になった。
カバンをもって玄関まで見送ってくれた。以前通りに戻った。真也が行くなといって泣いている。「パパ今夜早く帰るよ〜。」と言ってから梨央に「今日は肉にしてくれ。濃くしなくちゃな。」と言って家を出た。
夜、家に帰るとステーキが待っていた。梨央の期待の大きさが見て取れて笑い出しそうになった。梨央、君はツマンナイ女なんかじゃないんだよ。殺してくれと泣いた日から一週間たったら、今度は夫の精液を濃くするためにステーキを焼いてるんだぜ。こんな女他にいるか?君はされるがままじゃないんだ。頭をしびれさせるほどエキサイティングなスキルがあるんだぜ。
それにね強いママなところも好きなんだ。おとなしそうな顔して、やきもちの焼きっぷりが凄いのも好きなんだ。とにかく、俺と相性がいいんだ。内心、あの仏様にプログラムされていると思っていた。それでよかった。
ベッドで待っていると梨央が入ってきた。真也はベビーベッドですやすや寝ていた。梨央から例のオードトワレの香がした。ハワイで買ったブランドだ。学生向けかと思うような値段のどこにでもあるようなものだった。ずっと、この香しかつけなかった。
キスをしてから「ごめんな。苦しめてごめんな。許してほしい。」というと「許さない、絶対許さない。今この時もあなたが他の女の人に私と同じことをしたのかと思うと本当に嫌になるの。本当にその人を憎んでいるの。」と言って泣いてしまった。
「梨央と同じことなんかしない。」
「でも、イったんでしょ。どんな声を出したの。どんな顔をしたの。その人の名前を呼んだの?」
「梨央、何にも覚えてないんだよ。とにかく後は後悔だけしか残ってなかったんだよ。俺にとって人生で一番いやな思い出なんだ。頼むから蒸し返さないでほしいんだ。」
「何を言ってるの?私の方が人生で一番いやな思い出じゃないの!」と大きな声を出した後で「蒸し返さないでほしいの。どんなに腹が立っても、あなたが好きなの。愛しているの。離れたら死ぬわ。」といった。その夜の梨央は柔らかだった。久しぶりに心癒される時間だった。
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2019年10月07日
家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <47 画家の忠告>
画家の忠告
ある夜、俺が風呂から出て顔を歯を磨いていると梨央が洗面所に入ってきた。歯を磨き終わるとタオルで口の周りを拭いてくれた。梨央は自分が見ているときに俺が何かをしていたらちょこっと世話を焼いてくれる。母親と早く分かれている俺はそういう世話を焼かれるのが好きだった。
何やら化粧品を出してきて、顔中にべったりとその化粧品を塗りたくられた。「ほんとに荒れ放題ね。目に隈が出てる。ひげ剃る時痛かったでしょ。ちょっとだけ我慢」と言ってマッサージを始めた。梨央を足の間に挟んで洗面所の椅子にすわった。
梨央は美容師のように優しくマッサージしてくれた。俺は単純だった。それだけで、もうにやにやしてしまう。「どうした?何があった?」と聞くと、マッサージしながら「今日ね詩音さんが来たの。梨沙ちゃんやママに内緒で。」
「なんで内緒なんだ。」
「ちょっと、その、そっちの話だったの。」
「なんで、詩音が梨央にそっちの話をするんだよ。」と気色ばんでしまった。他の人と経験するという言葉が引っ掛かっていた。
「私達二人とも肌が荒れ放題で目に隈が出てるんだって。あの人職業柄なのか人をしっかり観察してるのよ。それでね、わざわざ来てアドバイスしてくれたの。」
「なんであのオッサンが梨央にアドバイスするんだよ。」
「もう、いちいち怒らないの。詩音さん、いい人なのよ。」
「あのね」と言って俺の耳に口を近づけてきた。梨央は性的な話を正面切って話せなかった。耳に口を近づけてくるのは性的な話をするときの梨央の癖だった。
「回数が多すぎると精子の濃度が薄くなってできにくいんだって。ホントに欲しかったら回数より質が大事なんだって。」
「ほんとか?」と真顔で聞いてしまった。
「詩音さんは私達が目に隈ができるほど努力してると思ってるの。」
「でも、画家のいうことなんか信用できるか?なんか変な情報を信じてるんじゃないのか?」
「あの人、そっちではものすごく苦労して色々調べたんだって。凄く詳しいんだって。」
「そうかあ。わざわざ言いに来てくれたのか。」久しぶりの夫婦らしい会話だった。
どっちにしても夫婦で目に隈を作ってると周りの人はいろんな想像をするんだなって。」といわれて、なんだか笑いが込み上げてきた。周りは俺たちが毎晩そういうことをしていると知っているんだと思うと気恥ずかしくなった。
「ねえ、明日ひげを剃るとき呼んで。剃ってあげる。こんなに傷だらけで毎朝流血事故だったのよね。」
「うん、毎朝事故ってたんだよ。」と梨央を抱きしめた。
「だからね、今夜はお利口さんにしなきゃダメなの。」と念を押された。もう、本当にほっとした。現実的に今日はもう無理だった。「オッサン、ありがとう。」俺は詩音に二重の感謝をした。
続く
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コラーゲン、植物プラセンタ、鉄、ヒアルロン酸、エラスチンを同時配合した美容サプリメント。
ある夜、俺が風呂から出て顔を歯を磨いていると梨央が洗面所に入ってきた。歯を磨き終わるとタオルで口の周りを拭いてくれた。梨央は自分が見ているときに俺が何かをしていたらちょこっと世話を焼いてくれる。母親と早く分かれている俺はそういう世話を焼かれるのが好きだった。
何やら化粧品を出してきて、顔中にべったりとその化粧品を塗りたくられた。「ほんとに荒れ放題ね。目に隈が出てる。ひげ剃る時痛かったでしょ。ちょっとだけ我慢」と言ってマッサージを始めた。梨央を足の間に挟んで洗面所の椅子にすわった。
梨央は美容師のように優しくマッサージしてくれた。俺は単純だった。それだけで、もうにやにやしてしまう。「どうした?何があった?」と聞くと、マッサージしながら「今日ね詩音さんが来たの。梨沙ちゃんやママに内緒で。」
「なんで内緒なんだ。」
「ちょっと、その、そっちの話だったの。」
「なんで、詩音が梨央にそっちの話をするんだよ。」と気色ばんでしまった。他の人と経験するという言葉が引っ掛かっていた。
「私達二人とも肌が荒れ放題で目に隈が出てるんだって。あの人職業柄なのか人をしっかり観察してるのよ。それでね、わざわざ来てアドバイスしてくれたの。」
「なんであのオッサンが梨央にアドバイスするんだよ。」
「もう、いちいち怒らないの。詩音さん、いい人なのよ。」
「あのね」と言って俺の耳に口を近づけてきた。梨央は性的な話を正面切って話せなかった。耳に口を近づけてくるのは性的な話をするときの梨央の癖だった。
「回数が多すぎると精子の濃度が薄くなってできにくいんだって。ホントに欲しかったら回数より質が大事なんだって。」
「ほんとか?」と真顔で聞いてしまった。
「詩音さんは私達が目に隈ができるほど努力してると思ってるの。」
「でも、画家のいうことなんか信用できるか?なんか変な情報を信じてるんじゃないのか?」
「あの人、そっちではものすごく苦労して色々調べたんだって。凄く詳しいんだって。」
「そうかあ。わざわざ言いに来てくれたのか。」久しぶりの夫婦らしい会話だった。
どっちにしても夫婦で目に隈を作ってると周りの人はいろんな想像をするんだなって。」といわれて、なんだか笑いが込み上げてきた。周りは俺たちが毎晩そういうことをしていると知っているんだと思うと気恥ずかしくなった。
「ねえ、明日ひげを剃るとき呼んで。剃ってあげる。こんなに傷だらけで毎朝流血事故だったのよね。」
「うん、毎朝事故ってたんだよ。」と梨央を抱きしめた。
「だからね、今夜はお利口さんにしなきゃダメなの。」と念を押された。もう、本当にほっとした。現実的に今日はもう無理だった。「オッサン、ありがとう。」俺は詩音に二重の感謝をした。
続く
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2019年10月06日
家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <46 他の経験>
他の経験
梨央が笑うのは真也に話しかけるときだけだった。声を荒げるわけでもないし、食事が手抜きなわけでもなかった。ただ、夜は背中を向けて寝てしまう。眠れない日は夜遅くまでテレビの前から離れなかった。寝室へ入るタイミングをずらされていると感じていた。俺が寝込んだタイミングでベッドに入る。俺は自分が悪いのにむくれた。
梨央のわがままで喧嘩になった時には、俺は全力で機嫌を取る。キスをして優しい言葉をかける、それでダメならあちこち触っては気を引いて、それでもダメならデートに誘う。普通はこれで機嫌が治まる。困った女房だと思いながらややこしいゲームに挑戦して勝ったときには悦に入るのだ。
ところが今回は完全に俺が悪い。俺は自己嫌悪に弱い。優しい言葉が出てこない。最初は謝って機嫌を取るが、それでダメなら静観する以外に方法を知らない、それがダメなら自分が悪いのにむくれる、そして余計にこじれる。かれこれ2週間ぐらい不快な関係が続いていた。
ある夜、もう10時を過ぎるかという時間に梨央が外出しようとしていた。きれいに化粧をして少し派手目の服を着ていた。「どこへ行くんだ?」驚いて声をかけた。「ちょっと遊んでくる。むしゃくしゃする。」と言って出かけようとする。「バカ、今頃でかけたら危ないぞ。慣れてないのが分かるんだから、どんな奴に引っかかるかわからないぞ。」と言って腕をつかんだ。
梨央は「危なくてもいいの。ちょっと遊んでみたいのよ。あなたが遊んでいいのに私が遊んでいけないことないでしょ!ほかの人とも経験したらやきもち焼かなくなるかもしれない。そしたらあなたもっと自由になれるわよ。私だっていろんなこと覚えてあなたを喜ばせてあげられるかもしれないじゃない!されるがままでツマンナイ女じゃ浮気もしたくなるわよね。」と今まで聞いたこともないような嫌味を言った。
頭に血が上った。梨央が出て行こうとする腕を捕まえてそのまま梨央を壁に押し付けていた。「梨央、覚えとけ。何があっても他の男に渡さない。何があってもだ。」と言って梨央の首を手のひらで壁に押し付けていた。「今どき、そんな派手な化粧は流行らないんだよ。遊び慣れない女が無理してるのがバレバレなんだよ。」なぜ、こんなひどいことを言うのか自分でわからなかった。
梨央は一瞬目を大きく開いて両手で俺の手首をつかんだ。不思議なことにその手首を全力で自分の首に引き寄せた。「何してるんだ。逃げなきゃダメじゃないか。」というと「殺してほしいの。死んだ方が楽なの。苦しいの。
毎日、隠れてあなたの持ち物チェックして、あなたがいないときにパソコンチェックして、それでも不安で不安で。ねえ殺して。真也はママに見てもらって。梨沙ちゃんもいる。ねえ、もうこのまま消えたいの。」と泣いた。
梨央が俺の持ち物やパソコンをチェックしているのは知っていた。かまわなかった。それで気が済むならいくらでも見ればいいと思っていた。だいたい梨央がなぜ急に他の経験をするなんて発想をしたのか理由ははっきりしていた。
もう2週間以上開いていた。邪険に拒否するのは梨央だった。それでも、イライラがつのっているのは分かっていた。それはこっちも同じだった。
強引に寝室へ連れて行った。梨央は相変わらず拒否した。「他の経験するなんて言うな。ホントに言われるだけでも嫌なんだ。理不尽は分かってるんだ。でも嫌なんだ。」と強引に服を脱がせた。キスをしたが歯を食いしばっていた。鼻をつまむと自然に口を開いた。舌を絡ませると抵抗できなくなるのを知っていた。胸や背中を所かまわず触った。梨央は抵抗できなくなっていった。
次の夜も次の夜も許さなかった。梨央は相変わらず最初は嫌がるが結局は性欲の沼に落ちていった。これで関係がよくなる気はしなかった。それでも、よそで遊ばれたらもう取り返しがつかないと思った。関係した男が梨央に執着するのが分かっていた。梨央は、真也の世話と家事と夜で精いっぱいになっていた。そんな日が5,6日続いた。さすがに疲れた。
続く
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梨央が笑うのは真也に話しかけるときだけだった。声を荒げるわけでもないし、食事が手抜きなわけでもなかった。ただ、夜は背中を向けて寝てしまう。眠れない日は夜遅くまでテレビの前から離れなかった。寝室へ入るタイミングをずらされていると感じていた。俺が寝込んだタイミングでベッドに入る。俺は自分が悪いのにむくれた。
梨央のわがままで喧嘩になった時には、俺は全力で機嫌を取る。キスをして優しい言葉をかける、それでダメならあちこち触っては気を引いて、それでもダメならデートに誘う。普通はこれで機嫌が治まる。困った女房だと思いながらややこしいゲームに挑戦して勝ったときには悦に入るのだ。
ところが今回は完全に俺が悪い。俺は自己嫌悪に弱い。優しい言葉が出てこない。最初は謝って機嫌を取るが、それでダメなら静観する以外に方法を知らない、それがダメなら自分が悪いのにむくれる、そして余計にこじれる。かれこれ2週間ぐらい不快な関係が続いていた。
ある夜、もう10時を過ぎるかという時間に梨央が外出しようとしていた。きれいに化粧をして少し派手目の服を着ていた。「どこへ行くんだ?」驚いて声をかけた。「ちょっと遊んでくる。むしゃくしゃする。」と言って出かけようとする。「バカ、今頃でかけたら危ないぞ。慣れてないのが分かるんだから、どんな奴に引っかかるかわからないぞ。」と言って腕をつかんだ。
梨央は「危なくてもいいの。ちょっと遊んでみたいのよ。あなたが遊んでいいのに私が遊んでいけないことないでしょ!ほかの人とも経験したらやきもち焼かなくなるかもしれない。そしたらあなたもっと自由になれるわよ。私だっていろんなこと覚えてあなたを喜ばせてあげられるかもしれないじゃない!されるがままでツマンナイ女じゃ浮気もしたくなるわよね。」と今まで聞いたこともないような嫌味を言った。
頭に血が上った。梨央が出て行こうとする腕を捕まえてそのまま梨央を壁に押し付けていた。「梨央、覚えとけ。何があっても他の男に渡さない。何があってもだ。」と言って梨央の首を手のひらで壁に押し付けていた。「今どき、そんな派手な化粧は流行らないんだよ。遊び慣れない女が無理してるのがバレバレなんだよ。」なぜ、こんなひどいことを言うのか自分でわからなかった。
梨央は一瞬目を大きく開いて両手で俺の手首をつかんだ。不思議なことにその手首を全力で自分の首に引き寄せた。「何してるんだ。逃げなきゃダメじゃないか。」というと「殺してほしいの。死んだ方が楽なの。苦しいの。
毎日、隠れてあなたの持ち物チェックして、あなたがいないときにパソコンチェックして、それでも不安で不安で。ねえ殺して。真也はママに見てもらって。梨沙ちゃんもいる。ねえ、もうこのまま消えたいの。」と泣いた。
梨央が俺の持ち物やパソコンをチェックしているのは知っていた。かまわなかった。それで気が済むならいくらでも見ればいいと思っていた。だいたい梨央がなぜ急に他の経験をするなんて発想をしたのか理由ははっきりしていた。
もう2週間以上開いていた。邪険に拒否するのは梨央だった。それでも、イライラがつのっているのは分かっていた。それはこっちも同じだった。
強引に寝室へ連れて行った。梨央は相変わらず拒否した。「他の経験するなんて言うな。ホントに言われるだけでも嫌なんだ。理不尽は分かってるんだ。でも嫌なんだ。」と強引に服を脱がせた。キスをしたが歯を食いしばっていた。鼻をつまむと自然に口を開いた。舌を絡ませると抵抗できなくなるのを知っていた。胸や背中を所かまわず触った。梨央は抵抗できなくなっていった。
次の夜も次の夜も許さなかった。梨央は相変わらず最初は嫌がるが結局は性欲の沼に落ちていった。これで関係がよくなる気はしなかった。それでも、よそで遊ばれたらもう取り返しがつかないと思った。関係した男が梨央に執着するのが分かっていた。梨央は、真也の世話と家事と夜で精いっぱいになっていた。そんな日が5,6日続いた。さすがに疲れた。
続く
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2019年10月05日
THE FOURTH STORY 真と梨央 <45 露見>
露見
午後の早い時間には家に着く予定だった。そういう日は早く風呂に入ってゆっくりすることが多かった。真也と遊んだり散歩をしたりして楽しむ。梨央は少し豪華な夕食を作ってくれる。夜は時間をかけて楽しんだ。梨央がそういう心づもりをして待っているのが分かっていた。
その日は帰りは夕方になった。疲れていたし帰るのに気後れしていた。大阪を出る前に、風邪気味で頭が痛いと連絡しておいた。家に着くなり梨央が心配そうに額に手を当てた。「あ、大丈夫、熱はないわね。ご飯食べれる?胃、むかむかしない?」と心配する割には矢継ぎ早に話しかけてきた。弱った亭主を見て少しいそいそしていた。
真也が喜んで駆け寄って来るので抱き上げようとしたが、「真ちゃん、パパ風邪でちゅよ〜。移っちゃうから今日はダメ。ママで我慢しようね。」と取り上げられてしまった。仮病はろくなことがない。
「シャワーを浴びたい。」というと、「お風呂いれたから湯舟につかってね。あったまった方がいいから。」いい世話女房だった。家は清潔だし梨央も清潔だった。昨日のことが嘘のようだった。とにかく今日は頭痛で通して明日は普段通りだ。昨日のことは忘れようと思っていた。
梨央に言われた通り湯舟にしっかりつかって風呂を出た。梨央があわてて脱衣所に入ってきた。「ごめんなさい。下着忘れちゃって。余計風邪ひかしちゃう。」と脱衣かごに下着を置いたついでにバスタオルで体を拭いてくれた。「大丈夫?」といったっきり何も言わなくなった。「ああ、楽になった。飯もしっかり食えそうだ。」と返事をしたが何も言わない。
「どうした?」と振り向いて梨央を見ると梨央の顔が凍っていた。「どうした?」ともう一度聞くと「誰と何をして風邪をひいたの?」と言って持っていたバスタオルを俺にぶつけて出て行ってしまった。
背中を鏡で見た。変な姿勢になった。わき腹の後ろの方に真っ赤なあざのようなものができていた。風呂で温まって真っ赤に充血していた。全身から血の気が引いた。わざとやりやがった。揉めさせようとしやがったと感じた。
梨央は恨まれている。前田が殺されるきっかけになったのは梨央のことだと確信した。俺と関係を持つことで梨央に報復をしたのだ。梨央は何も知らないことだった。パジャマを着てからリビングに出たが梨央はいなかった。真也と一緒に寝室にいた。
俺はわざと明るい声で「どこかにぶつけたらしいな。気が付かなかった。」というと、「ごまかさないで。私だっていい年なんだから、なんでもごまかせると思わないで!私を馬鹿にしてるんでしょ!適当にいっとけばごまかせるって。」と涙声になった。
真也が泣き出した。梨央は笑顔で「ごめんね。ごめんね。ママはダメだよね〜。真也のご飯忘れちゃいけないね〜。」と言いながら真也を抱いてリビングへ行ってしまった。追いかけるしかなかった。
この調子でまた揉めるのかと思うとぞっとした。
その夜、梨央は「律子さんでしょ。私わかってたの。あの人があなたのこと気にしてるって。でもあなたが簡単にそんなことになるわけないって信じてたの。私はバカなのよ、いつも大切な時にぼんやりしているの。」と悔しがった。
「ごめん、あの人が夜中に突然来たんだ。ものすごい酔ってて、しょうがないからソファに寝かせて、俺は寝室に寝たんだよ。俺も酔ってた。様子を見に行った時に、向こうから抱きついてきた。わかるだろ、制御できないんだよ。酔っているときに突然来られると。」というと、梨央の目にみるみる涙があふれて、やがては大きな声にかわった。いつまでも止まらなかった。「ああ〜地獄だ」と思った。
あくる日の朝は、梨央は普通に朝食を作ってくれたが必要以外のことは何もしゃべらない。いつもなら玄関で手渡しでくれるかばんは玄関におかれていた。出勤前や帰った時には着替えを手伝うのが習慣になっていたが、それもなかった。
続く
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午後の早い時間には家に着く予定だった。そういう日は早く風呂に入ってゆっくりすることが多かった。真也と遊んだり散歩をしたりして楽しむ。梨央は少し豪華な夕食を作ってくれる。夜は時間をかけて楽しんだ。梨央がそういう心づもりをして待っているのが分かっていた。
その日は帰りは夕方になった。疲れていたし帰るのに気後れしていた。大阪を出る前に、風邪気味で頭が痛いと連絡しておいた。家に着くなり梨央が心配そうに額に手を当てた。「あ、大丈夫、熱はないわね。ご飯食べれる?胃、むかむかしない?」と心配する割には矢継ぎ早に話しかけてきた。弱った亭主を見て少しいそいそしていた。
真也が喜んで駆け寄って来るので抱き上げようとしたが、「真ちゃん、パパ風邪でちゅよ〜。移っちゃうから今日はダメ。ママで我慢しようね。」と取り上げられてしまった。仮病はろくなことがない。
「シャワーを浴びたい。」というと、「お風呂いれたから湯舟につかってね。あったまった方がいいから。」いい世話女房だった。家は清潔だし梨央も清潔だった。昨日のことが嘘のようだった。とにかく今日は頭痛で通して明日は普段通りだ。昨日のことは忘れようと思っていた。
梨央に言われた通り湯舟にしっかりつかって風呂を出た。梨央があわてて脱衣所に入ってきた。「ごめんなさい。下着忘れちゃって。余計風邪ひかしちゃう。」と脱衣かごに下着を置いたついでにバスタオルで体を拭いてくれた。「大丈夫?」といったっきり何も言わなくなった。「ああ、楽になった。飯もしっかり食えそうだ。」と返事をしたが何も言わない。
「どうした?」と振り向いて梨央を見ると梨央の顔が凍っていた。「どうした?」ともう一度聞くと「誰と何をして風邪をひいたの?」と言って持っていたバスタオルを俺にぶつけて出て行ってしまった。
背中を鏡で見た。変な姿勢になった。わき腹の後ろの方に真っ赤なあざのようなものができていた。風呂で温まって真っ赤に充血していた。全身から血の気が引いた。わざとやりやがった。揉めさせようとしやがったと感じた。
梨央は恨まれている。前田が殺されるきっかけになったのは梨央のことだと確信した。俺と関係を持つことで梨央に報復をしたのだ。梨央は何も知らないことだった。パジャマを着てからリビングに出たが梨央はいなかった。真也と一緒に寝室にいた。
俺はわざと明るい声で「どこかにぶつけたらしいな。気が付かなかった。」というと、「ごまかさないで。私だっていい年なんだから、なんでもごまかせると思わないで!私を馬鹿にしてるんでしょ!適当にいっとけばごまかせるって。」と涙声になった。
真也が泣き出した。梨央は笑顔で「ごめんね。ごめんね。ママはダメだよね〜。真也のご飯忘れちゃいけないね〜。」と言いながら真也を抱いてリビングへ行ってしまった。追いかけるしかなかった。
この調子でまた揉めるのかと思うとぞっとした。
その夜、梨央は「律子さんでしょ。私わかってたの。あの人があなたのこと気にしてるって。でもあなたが簡単にそんなことになるわけないって信じてたの。私はバカなのよ、いつも大切な時にぼんやりしているの。」と悔しがった。
「ごめん、あの人が夜中に突然来たんだ。ものすごい酔ってて、しょうがないからソファに寝かせて、俺は寝室に寝たんだよ。俺も酔ってた。様子を見に行った時に、向こうから抱きついてきた。わかるだろ、制御できないんだよ。酔っているときに突然来られると。」というと、梨央の目にみるみる涙があふれて、やがては大きな声にかわった。いつまでも止まらなかった。「ああ〜地獄だ」と思った。
あくる日の朝は、梨央は普通に朝食を作ってくれたが必要以外のことは何もしゃべらない。いつもなら玄関で手渡しでくれるかばんは玄関におかれていた。出勤前や帰った時には着替えを手伝うのが習慣になっていたが、それもなかった。
続く
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2019年10月04日
家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <44 疲労感>
疲労感
律子さんに経営を完全に任せたいという話をした。律子さんは少し戸惑っていた。「まあ、心配いりません。いつでも相談に乗れるような段取りは付けますよ。」というと「まあ、なんかお世話になりっぱなしで、こんなことでいいんやろか。そやけど、たまにはお寄りくださいね。」と笑った。
「もちろん、家内も気になるでしょうし。また一緒に伺いますよ。おいしいコーヒーを味わいにね。」と言って帰った。それが夕方の4時ごろだった。
その日は夜も接待があったので大阪へ帰って大阪の家に泊まった。その夜、1時を過ぎたころにインターフォンが鳴った。接待から帰ったばかりで少し酔っていた。「はい」と返事をするとインターフォン越しに「夜分すみません。前田です。前田律子です。」と聞こえた。
何事かと思って門を開けると律子さんはいきなり倒れ込んできた。「酔っぱらってしもて。」と言ってその場にへたり込んでしまう。いくら何でも人に見られてはいけないと思った。とにかく家に入れてソファーに座らせたがそのまま寝てしまった。
どうしようもなかった。もううんざりした。「なんだ、このざまは。前田が悲しむぞ。」と腹が立った。俺は律子さんに毛布を掛けてそのまま寝室へ戻った。
それでもほったらかしにするわけにもいかないので、1時間ぐらいたってから様子を見に戻った。
律子さんはソファーに座ってひどく泣いていた。「目が覚めましたか?お送りしますよ。」
「いえ、遅いですから、このままタクシーで帰ります。」
「いや、美人が酔って夜中に一人で動くのは危ない。お送りします。とにかく、タクシーを呼びましょう。」内心腹が立っていた。
「お水、飲みますか?」とコップをテーブルに置いた手を律子さんが両手で包んで放さない。
「いや、困るな。何の真似です。」というと「何で梨央さんは何もかも持ってて、私は何にも持ってないの?」と聞かれた。何を言っているのかわからなかった。
「あの人には、あなたがいて子供がいてお金持ちで、美人でなにかもあって、私の夫は亡くなって赤ちゃんも亡くなって親もいなくて、毎日寂しくて。今だけ、ちょっとだけ、あなたに抱きしめられたいって思ってもいいやない。この瞬間だけ、ちょっとだけ抱きしめてもらったらいけないの?」
可哀そうだった。いくら生活のめどがついたといっても、それだけで寂しさが癒えるわけもなかった。「今だけ、今だけよ。」と腰に手を回されて理性を無くした。
律子さんは、朝方タクシーで一人で帰った。俺は梨央と前田を裏切った。不快な疲労感に襲われていた。
続く
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律子さんに経営を完全に任せたいという話をした。律子さんは少し戸惑っていた。「まあ、心配いりません。いつでも相談に乗れるような段取りは付けますよ。」というと「まあ、なんかお世話になりっぱなしで、こんなことでいいんやろか。そやけど、たまにはお寄りくださいね。」と笑った。
「もちろん、家内も気になるでしょうし。また一緒に伺いますよ。おいしいコーヒーを味わいにね。」と言って帰った。それが夕方の4時ごろだった。
その日は夜も接待があったので大阪へ帰って大阪の家に泊まった。その夜、1時を過ぎたころにインターフォンが鳴った。接待から帰ったばかりで少し酔っていた。「はい」と返事をするとインターフォン越しに「夜分すみません。前田です。前田律子です。」と聞こえた。
何事かと思って門を開けると律子さんはいきなり倒れ込んできた。「酔っぱらってしもて。」と言ってその場にへたり込んでしまう。いくら何でも人に見られてはいけないと思った。とにかく家に入れてソファーに座らせたがそのまま寝てしまった。
どうしようもなかった。もううんざりした。「なんだ、このざまは。前田が悲しむぞ。」と腹が立った。俺は律子さんに毛布を掛けてそのまま寝室へ戻った。
それでもほったらかしにするわけにもいかないので、1時間ぐらいたってから様子を見に戻った。
律子さんはソファーに座ってひどく泣いていた。「目が覚めましたか?お送りしますよ。」
「いえ、遅いですから、このままタクシーで帰ります。」
「いや、美人が酔って夜中に一人で動くのは危ない。お送りします。とにかく、タクシーを呼びましょう。」内心腹が立っていた。
「お水、飲みますか?」とコップをテーブルに置いた手を律子さんが両手で包んで放さない。
「いや、困るな。何の真似です。」というと「何で梨央さんは何もかも持ってて、私は何にも持ってないの?」と聞かれた。何を言っているのかわからなかった。
「あの人には、あなたがいて子供がいてお金持ちで、美人でなにかもあって、私の夫は亡くなって赤ちゃんも亡くなって親もいなくて、毎日寂しくて。今だけ、ちょっとだけ、あなたに抱きしめられたいって思ってもいいやない。この瞬間だけ、ちょっとだけ抱きしめてもらったらいけないの?」
可哀そうだった。いくら生活のめどがついたといっても、それだけで寂しさが癒えるわけもなかった。「今だけ、今だけよ。」と腰に手を回されて理性を無くした。
律子さんは、朝方タクシーで一人で帰った。俺は梨央と前田を裏切った。不快な疲労感に襲われていた。
続く
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2019年10月03日
家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <43 開店>
開店
前田の奥さんを家に連れて帰った。俺たちはあまりにも衝撃的な現実にショックを受けていた。そのせいで少しドラマチックな反応をしてしまったのかもしれない。しかし、もう後に引き返すわけにはいかなかった。
田原興産の役員に精神病院を紹介してもらった。俺たちが恐れていたのは奥さんが早まったことをするのではないかということだった。それに、夜の仕事に戻るのは止めてほしかった。きれいなのでやっていけるだろうが前田が悲しむと思った。新聞に載ったのだったら近隣では有名人だろう。親切にしてくれる人もいるだろうが、下心を持って近づくものも多いだろうと思った。
診察には俺が付き添った。梨央に真也を連れてうろうろさせるのは無理があった。病院ではすぐに診断が付いた。うつ病だった。その日のうちに入院した。睡眠障害と摂食障害もあるといわれた。自分を守るために夫がなくなり、そのショックで流産していた。精神的なダメージは相当なものだろう。当たり前だった。
入院は3ヵ月にもなった。とにかくよく眠ったらしい。食事が普通に摂れるようになって顔色も回復していた。退院の翌月俺たちは東京へ引っ越した。梨央の実家の傍の一軒家だった。
前田の奥さんは律子さんといった。律子さんは家に帰って2か月後に店を再開した。以前働いていた若い店員が戻ってきた。俺はくれぐれも気を付けてくれるように頼んだ。この店の大家にも頼んだ。
俺は名目だけだがこの店のオーナーだった。大阪へ出張するときには、必ず寄るようにしていた。営業の報告を受ける名目だったが律子さんの様子を確認するのが目的だった。営業は順調だった。大きな利益が出るわけではなかったが律子さんに、それなりの給料が出せるようにはなった。
もともとは自分の店だ。やり方は分かっているし繁盛店に伸ばす方法も知っている。気持ちがしっかりしてくればいちいち人に言われなくても、自分でできる人だ。そろそろ手を引こうと思っていた。
1年ぐらいたったころには気軽に世間話をするようになった。梨央が一緒に来ることもあった。俺達夫婦は真也の兄弟を作ろうとしていた。家庭は円満だった。
続く
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前田の奥さんを家に連れて帰った。俺たちはあまりにも衝撃的な現実にショックを受けていた。そのせいで少しドラマチックな反応をしてしまったのかもしれない。しかし、もう後に引き返すわけにはいかなかった。
田原興産の役員に精神病院を紹介してもらった。俺たちが恐れていたのは奥さんが早まったことをするのではないかということだった。それに、夜の仕事に戻るのは止めてほしかった。きれいなのでやっていけるだろうが前田が悲しむと思った。新聞に載ったのだったら近隣では有名人だろう。親切にしてくれる人もいるだろうが、下心を持って近づくものも多いだろうと思った。
診察には俺が付き添った。梨央に真也を連れてうろうろさせるのは無理があった。病院ではすぐに診断が付いた。うつ病だった。その日のうちに入院した。睡眠障害と摂食障害もあるといわれた。自分を守るために夫がなくなり、そのショックで流産していた。精神的なダメージは相当なものだろう。当たり前だった。
入院は3ヵ月にもなった。とにかくよく眠ったらしい。食事が普通に摂れるようになって顔色も回復していた。退院の翌月俺たちは東京へ引っ越した。梨央の実家の傍の一軒家だった。
前田の奥さんは律子さんといった。律子さんは家に帰って2か月後に店を再開した。以前働いていた若い店員が戻ってきた。俺はくれぐれも気を付けてくれるように頼んだ。この店の大家にも頼んだ。
俺は名目だけだがこの店のオーナーだった。大阪へ出張するときには、必ず寄るようにしていた。営業の報告を受ける名目だったが律子さんの様子を確認するのが目的だった。営業は順調だった。大きな利益が出るわけではなかったが律子さんに、それなりの給料が出せるようにはなった。
もともとは自分の店だ。やり方は分かっているし繁盛店に伸ばす方法も知っている。気持ちがしっかりしてくればいちいち人に言われなくても、自分でできる人だ。そろそろ手を引こうと思っていた。
1年ぐらいたったころには気軽に世間話をするようになった。梨央が一緒に来ることもあった。俺達夫婦は真也の兄弟を作ろうとしていた。家庭は円満だった。
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2019年10月02日
家族の木 THE FOURTH STORY 真と梨央 <42 前田の妻>
前田の妻
店は閉まっていた。裏口が家の玄関になっていた。インターフォンを押すと「ハイ」と女の消え入りそうな声がした。「あの、一度お会いしたことがある、前田さんにお世話になったものです。」と声をかけると、「店を開けます。店から入ってください。」ということで店に回るとシャッターを開けてくれた。中に居たのは、やせた弱々しい女だった。あのいかついおばはんは、元は背の高い美人だったようだ。「惚れられていたんだな。」と思った。
「ああ、いつか来てくれはった浜野さんでしたっけ。昔ラウンジで働いてたからお客さんの名前覚えるのん得意ですねん。」といった。「この度はご愁傷さまでした。ちっとも知りませんでご挨拶が遅れてしまいました。」と夫婦で一礼したが、それには返事をしなかった。
「まあ、かわいらしい!おいくつ?」と聞かれたので「2歳です。あの、差し出がましいんですがお子様は?」と聞くと「流産してしもて、遅い子やったからものすごく喜んだんですけどパパとおんなじ日に逝ってしもて。結局ひとりぼっち」と笑った。
店には俺が贈った「それいゆ」と名前を入れた大鏡が壁に貼り付けられていた。隣に鮮魚前田と名前を入れた大鏡が立てかけてあった。奥さんは両親がなくなっていて、兄弟とも縁が切れているという話だった。
「あの、失礼ですが暮らしの方は?」と聞いてみた。怒られるかと思ったが、軽い調子で「昔に逆戻り、こんなおばはんでも働かしたげよって言うスナックがあるんです。来月から店に出ます。ここも引き払わななりません。」「えっ、ここを出られるんですか?」一人で放っておくことはできなかった。
「あの、ここは大事な店じゃないんですか?前田さんもここが好きなようでした。コーヒーうまいって。」「おばはんいかついけど?」と言って笑った。
「家賃高いんですよ。この場所でこの広さでしょ。私にはもう払われへんから。」
「いや、喫茶店なさったらいいじゃないですか。」
「もう、そんな気力ありません。生きてるんも、ほんまは嫌やねんけど、しょうがないもんね。」とまた笑った。」
「あの、何とかここ続けましょう。夜の仕事は向いてないと思う。」と梨央が言った。
その時、男が店に入ってきた。「こんにちは、あ、奥さん、お客さんですか?出直しましょか?内装の話だけやから。」といった。
「いえ、もう今月末には出ます。あとは好きにしてもろたらいいんです。」
「この内装惜しいなあ。それと、その鏡もどうします?ええもんやけど、店の名前入ってるしなあ。」
「あの、もうちょっとだけ、ここお借りできません?」梨央が声を出した。
「あの、ここの大家さんですか?ここお借りしたいんですよ、このまま。私、あの、こういうものです。うちの事業関係でこの物件、お借りしたいんですよ。」と名刺を見せた。
「あ、失礼しました。私、ここの持ち主です。」と向こうも名刺を出した。
「私、この店経営します。この人に任せようと思ってますよ。まあ、しばらく休業です。この人の体が回復しないことには、始められませんから。でも、継続してお借りしたいんです。内装はこちらで、鏡、もう一面張っていいですよね。」というと、「もちろんです。いや、店開店するつもり有るんやったら頑張ってほしいんですわ。前田さんのことはこのあたりのもんは皆胸痛めてます。周りの店も喜ぶと思います。」
三宮と言っても少し裏通りになる。昔からこの地で商売をしている人も多そうだ。周りが暖かければ何とかなりそうな気がした。さっきから奥さんは涙一滴こぼさない。泣く場面で笑う。誰かそばに居なければ危ない気がした。
「ねえ、奥さま、あのね、ちょっと入院しましょう。上げ膳据え膳で気が済むまで寝てばっかりしましょう。」梨央が突然病院を探せといいだした。たしかに、そうだ。この人には療養が必要だ。「そんな入院なんて。病気やないんですから。来月から働かないといけないんです。部屋も探さないと住むとこないんやから。」
「そんなこと言っても、探せます?」梨央は後に引かなかった。真也はぐずぐず言い出した。「息子がおなかをすかせてるんです。急いで用意してください。」と命令口調で言った。
前田の妻は梨央に命令されるままに身の回りをまとめた。多分、今まで何をしていいのかわからなかったのだ。だから、ただ、日々をぼんやり過ごしていたのだろう。急に命令されて訳もわからないままただ動いていた。とにかく今日は家に来ることになった。梨央が「手伝ってほしい。」と頼んだのだ。
その夜は3人でうどんを食べた。部屋は、客間を使ってもらうことにした。その夜、梨央は何度も目を覚まして前田の妻の様子を見に行っていた。早く入院してもらわないと梨央の体が持たないと思った。
続く
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店は閉まっていた。裏口が家の玄関になっていた。インターフォンを押すと「ハイ」と女の消え入りそうな声がした。「あの、一度お会いしたことがある、前田さんにお世話になったものです。」と声をかけると、「店を開けます。店から入ってください。」ということで店に回るとシャッターを開けてくれた。中に居たのは、やせた弱々しい女だった。あのいかついおばはんは、元は背の高い美人だったようだ。「惚れられていたんだな。」と思った。
「ああ、いつか来てくれはった浜野さんでしたっけ。昔ラウンジで働いてたからお客さんの名前覚えるのん得意ですねん。」といった。「この度はご愁傷さまでした。ちっとも知りませんでご挨拶が遅れてしまいました。」と夫婦で一礼したが、それには返事をしなかった。
「まあ、かわいらしい!おいくつ?」と聞かれたので「2歳です。あの、差し出がましいんですがお子様は?」と聞くと「流産してしもて、遅い子やったからものすごく喜んだんですけどパパとおんなじ日に逝ってしもて。結局ひとりぼっち」と笑った。
店には俺が贈った「それいゆ」と名前を入れた大鏡が壁に貼り付けられていた。隣に鮮魚前田と名前を入れた大鏡が立てかけてあった。奥さんは両親がなくなっていて、兄弟とも縁が切れているという話だった。
「あの、失礼ですが暮らしの方は?」と聞いてみた。怒られるかと思ったが、軽い調子で「昔に逆戻り、こんなおばはんでも働かしたげよって言うスナックがあるんです。来月から店に出ます。ここも引き払わななりません。」「えっ、ここを出られるんですか?」一人で放っておくことはできなかった。
「あの、ここは大事な店じゃないんですか?前田さんもここが好きなようでした。コーヒーうまいって。」「おばはんいかついけど?」と言って笑った。
「家賃高いんですよ。この場所でこの広さでしょ。私にはもう払われへんから。」
「いや、喫茶店なさったらいいじゃないですか。」
「もう、そんな気力ありません。生きてるんも、ほんまは嫌やねんけど、しょうがないもんね。」とまた笑った。」
「あの、何とかここ続けましょう。夜の仕事は向いてないと思う。」と梨央が言った。
その時、男が店に入ってきた。「こんにちは、あ、奥さん、お客さんですか?出直しましょか?内装の話だけやから。」といった。
「いえ、もう今月末には出ます。あとは好きにしてもろたらいいんです。」
「この内装惜しいなあ。それと、その鏡もどうします?ええもんやけど、店の名前入ってるしなあ。」
「あの、もうちょっとだけ、ここお借りできません?」梨央が声を出した。
「あの、ここの大家さんですか?ここお借りしたいんですよ、このまま。私、あの、こういうものです。うちの事業関係でこの物件、お借りしたいんですよ。」と名刺を見せた。
「あ、失礼しました。私、ここの持ち主です。」と向こうも名刺を出した。
「私、この店経営します。この人に任せようと思ってますよ。まあ、しばらく休業です。この人の体が回復しないことには、始められませんから。でも、継続してお借りしたいんです。内装はこちらで、鏡、もう一面張っていいですよね。」というと、「もちろんです。いや、店開店するつもり有るんやったら頑張ってほしいんですわ。前田さんのことはこのあたりのもんは皆胸痛めてます。周りの店も喜ぶと思います。」
三宮と言っても少し裏通りになる。昔からこの地で商売をしている人も多そうだ。周りが暖かければ何とかなりそうな気がした。さっきから奥さんは涙一滴こぼさない。泣く場面で笑う。誰かそばに居なければ危ない気がした。
「ねえ、奥さま、あのね、ちょっと入院しましょう。上げ膳据え膳で気が済むまで寝てばっかりしましょう。」梨央が突然病院を探せといいだした。たしかに、そうだ。この人には療養が必要だ。「そんな入院なんて。病気やないんですから。来月から働かないといけないんです。部屋も探さないと住むとこないんやから。」
「そんなこと言っても、探せます?」梨央は後に引かなかった。真也はぐずぐず言い出した。「息子がおなかをすかせてるんです。急いで用意してください。」と命令口調で言った。
前田の妻は梨央に命令されるままに身の回りをまとめた。多分、今まで何をしていいのかわからなかったのだ。だから、ただ、日々をぼんやり過ごしていたのだろう。急に命令されて訳もわからないままただ動いていた。とにかく今日は家に来ることになった。梨央が「手伝ってほしい。」と頼んだのだ。
その夜は3人でうどんを食べた。部屋は、客間を使ってもらうことにした。その夜、梨央は何度も目を覚まして前田の妻の様子を見に行っていた。早く入院してもらわないと梨央の体が持たないと思った。
続く
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