ずっと大事に使わずに高校生まで部屋に飾っていたのだが、青森市から来た小学生のいとこの男の子がこれを気に入り、くれたやったことがある。その時、同時に姐御が使っていた金田一京助監修の分厚い小学館の国語辞典も青森にに持って帰っている。小5の頃にはグリコ・プリッツのラベルを集めて、確か憧れのトランシーバーを当てようとしたのだが、1999年までのカレンダーが印刷されたハガキが参加賞として届いただけだった。
ハガキの裏全面に細かい数字がびっしり並んでいて、最後の行の1999年には自分は39歳になるのだと分かった。それは想像もつかないような遠い未来のような気が当時していたものだが、あっという間に通り過ぎてしまい現在がある。今思うと39歳なんて、まだまだ若造だった。あの頃は極貧で、おばあちゃんに灯油を買いに頼まれたり、玄米をコイン精米してきたりすると、お駄賃で300円づつ手数料として差し引いてから返金したものだ。
その年の秋には郵便貯金の全財産3万円のうちの1万円札をATMで取り忘れたりで、散々な年だった。まさか当時はそんな自分であろうとは思いもしなかったが。確か赤堂鈴之助のバッグには小学生の時同級生だった和菓子屋の娘の同級生から貰った金色の自分のイニシャルが貼り付けてあり、ABCも少しは分かっていたようだ。
猫日記より(2021.12.16)
昨日駐車場にたまった使用済みの猫砂をまいたので、今日から別々の猫砂を同じ袋で混ぜて回収に変更。つまり、冬期間は天日干しできないんおで、猫砂が溜まってしまうこともあり、そのまま廃棄処分することに決めた。
【このカテゴリーの最新記事】
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image