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2016年07月04日

110年の悲しい歴史、竜山基地に生きている

今朝の聯合ニュースの韓国紙ヘッドラインで朝鮮日報に、こんなタイトルが
あったが惜しいかな日本語電子版になかった〜〜〜  いずれにしても
タイトルからして、週末恒例が一日遅れの自虐ネタ、で詳しい情報をWIKIから
持ってきたが、まあ最初からして清国軍、そして日本軍、そして米軍、徹収して
そして米軍と現代に至る〜〜〜〜  そして70年、ほんと悲しみの民族資質・・
安全保障の概念など無いに等しいわ〜〜な・・


<朝鮮日報>110年の悲しい歴史、竜山基地に生きている

概説[編集]
龍山基地は、ソウル駅の南方わずか1キロの地点に置かれている。
面積は2.9平方キロ。龍山基地北側の「メイン・ポスト」には在韓米軍司令部、
第8軍司令部、在韓国連軍司令部、米韓連合司令部など軍事機構の中枢が集中し、南側の「サウス・ポスト」には寮、学校、病院、スポーツクラブ、娯楽施設などが存在する。なお、
国防上の理由から、韓国内で発行される地図(観光地図を含む)には基地は
一切記載されておらず、ネイバー地図の衛星写真では、基地部分に森林画像を
合成している
(ただし、googleマップでは青瓦台同様そのまま掲載されている)。

歴史[編集]
1882年(明治15年)、壬午事変に日本軍とともに介入した
清国軍が龍山に駐留した。以後、
龍山には常に外国軍が駐留することになる。

1904年(明治37年)、日露戦争の際に日本軍は龍山の土地およそ300万坪を
買い上げ、兵営を置いた。

日本統治時代、龍山基地は大日本帝国陸軍の駐屯地として使われ、
朝鮮軍司令部などが置かれた。
1945年(昭和20年)の太平洋戦争敗戦に伴う日本軍の撤退後、米軍第7師団の
およそ1万5千人が日本軍の兵営を引き継いだ。
1949年(昭和24年)に米軍は一時撤収したが、朝鮮戦争休戦後の
1953年(昭和28年)、再び米軍が駐留。その後、
現在の在韓米軍司令部にまで発展した。
posted by 豊後国主 at 15:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 記事
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