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2014年09月10日

映画 "鳴梁" 悲しすぎる、韓国社会

映画 ”鳴梁”も思わぬ敵が現れたと聞いたが、韓国社会と、”ぺ氏一族”、
どころの話ではないな。・・・  敵は大きすぎる朝鮮半島真の歴史だ。
朝鮮水軍・李舜臣の前の指揮官、”金、何とか”いう将軍も政敵だろう、日記に
あるのだろう。
李舜臣を陥れ、指揮官に復帰したがこの海戦前の戦いで秀吉軍に破れ戦死・・
只の漁船12隻しか無かったのだろう、  つまる所日本軍が秀吉が亡くなり
朝鮮半島から徹退している状況を、撃退と評しているだけではないか!
歴史歪曲は日本ではなく、朝鮮半島そのものだ、日本の半島併合もその当時の
国際法からすれば合法、しかも、侵略や、騙したものでもなく李氏朝鮮王朝から
譲渡ではなく、委譲だ。日本に行政を委ねるだ。


【時視各角】「映画『鳴梁』は歴史歪曲だ」(1)
2014年09月10日08時31分 [中央日報/中央日報日本語版]

李舜臣(イ・スンシン)将軍の丁酉年(1597年、鳴梁海戦当時)日記は
2種類がある。一つは簡単な事実だけを記録したもので、もう一つは
もう少し詳しい。
詳しい日記に記録された慶尚右水師・ペ楔(ペ・ソル)の関連内容はこうだ。

8月17日に軍営(康津)に到着すると、誰もいなかった。
慶尚水師のペ楔は私が乗る船を送らなかった
/18日、会寧浦に行った。ペ楔は船酔いを口実に出てこなかった
/19日に将帥らに教書に粛拝させたが、ペ楔はしなかった
/25日、唐布の漁夫が避難民の牛を盗みながら外敵が来たと嘘をつき、驚かせた。(嘘ということを知って)軍士らは安心したが、ペ楔はすでに逃げた
/27日、ペ楔が来たが、おびえていた。私はそっと
「水師はどこかに行ってしまったのではなかったのか」と話した
/30日、ペ楔は敵が押し寄せるのを心配して逃げようとした。
このため彼の部下の将帥らを呼んで率いた。ペ楔が奴婢を通じて
「病気がひどく健康管理をしたい」と求めた。
陸地で健康管理をするよう公文書を送った。ペ楔は右水営を離れて陸地に上がった
/9月2日、ペ楔が逃げた。

この記録に改めて目を通したのは、この秋夕(チュソク、中秋)に“ホット”な
先祖イシューを投げかけたのがペ楔将軍だったからだ。
彼の子孫が「映画『鳴梁』がペ楔の名誉を傷つけた」とし、上映中止要請とともに
製作スタッフを告訴すると主張した。李舜臣将軍との葛藤は上の記録ほどだが、
映画ではペ楔が暗殺の動きに亀甲船を燃やす“悪党”として描写されたという
理由だ。

正直、映画を見ながらこうした事態を予想した。実際、
ペ楔だけでなく大将の船を置いて後退した他の艦船指揮官の子孫も批判するかも
しれないと考えた。
各家門が自分の先祖に対する評価を問題視するのはありふれた光景だからだ。

【時視各角】「映画『鳴梁』は歴史歪曲だ」(2)
2014年09月10日08時33分 [中央日報/中央日報日本語版]

「子孫が出世すれば先祖を筆で育てる」という昔の言葉がある。
このように韓国では先祖の地位が子孫の現在の地位と無関係でない。
朝鮮が開国して「龍飛御天歌(朝鮮の建国を称える歌)」を書いたように、
各家門ごとに先祖の業績を称えて崇拝する「門中史学」がある。
このような門中の人物は一様に欠陥がなく、歴史的な過ちは政敵の謀略のためと
することも多い。それで小説・映画のような虚構の創作物だけでなく、
歴史学者の人物解釈も門中の気分を害すれば問題に巻き込まれやすい。

頻発する先祖関連訴訟で、裁判所では「死者名誉毀損は遺族だけが
その救済手続きを踏むことができ、子孫は特別な措置を取ることができない」と
いう趣旨の判決を相次いで出しても、門中の訴訟は絶えない。
実際こうした訴訟はそれ自体が作家には圧力となり、創作意志を失わせたりもする。私も法曹界を担当した当時、こうした紛争がどれほど執拗かを目撃し、
自国の歴史小説は書かないと決心したほどだ。それで歴史小説は中国に素材を探す。

我々には多くの歴史的な人物がいるが、残念ながら思い出す人物は少ない。
先祖の歴史が重要なのは、彼らの功績・失敗・過ちを評価して論争する過程で、
歴史が繰り返される現実を生きていく知恵と教訓を得るためだ。しかし
失敗や過ちがない、美化されて粉飾された門中の先祖がそのような生きた
教訓を与えることができるだろうか。

映画の中のペ楔は事実と違う。しかしそれは映画だ。
これを通じて我々はペ楔という人物を知った。記録によると、ペ楔は1599年に
先祖の墓で権慄(クォン・ユル)に捕まりソウルで斬刑されたが、その後、
武功が認められ、宣武原従功臣1等に記録された。
李舜臣将軍が『鳴梁』で戦った船12隻は、彼が漆川海戰で保存した船だ。
人のことはこのように意図しないことが絡んでいる。したがって
一人の人生を単に功績と功過善悪で評価することはできない。ある人物を総体的に
探索して評価する作業を通じて、我々の精神的資産はよりいっそう豊かになる。
我々の先祖を門中の人物として過保護するのではなく、公共の資産として
解く時になったのではないだろうか。

ヤン・ソンヒ論説委員
タグ:日本、韓国
posted by 豊後国主 at 11:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 記事
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