2014年03月07日
和を以て貴しとなす憲法作ろう
和をもって貴しとなす”
私は今夏、齢67歳になる、2020年東京五輪まであと6年73歳になるが。
安倍首相そのときには新憲法も公布され、国軍も整備され日本があたらしい国に
なっている・・
狂奔するお隣の三カ国に囲まれ、仮初め平和憲法で育った私たちの世界でも二派に
わかれる。
いつの時代でも世界は激動の時代、独裁国家、ロシア、中華、邪悪な共産主義の
香りを漂わせ自らの権益のみに奔走する。
ほんとに新しい日本が見れるか人間70年生きれば残りの人生が気になる、
和を以て貴しとなす憲法作ろう
2014.3.7 03:06 [正論] □比較文化史家 東京大学名誉教授・平川祐弘
新しい憲法について国民的な議論を高めたい。
比較文化史家として私も提案させていただく。
≪聖徳太子の「十七条憲法」≫
「和を以って貴しとなす」。
この聖徳太子の言葉を私は日本憲法の前文に掲げたい。
和とは平和の和である。
平和を尊ぶ日本の国家基本法の冒頭には、わが国古来の言葉で理想を謳いたい。
大和の国の伝統に根ざす和を尊ぶことで国内をまとめたい。
和を尊ぶべきことを広く世界に訴え、かつ私たちの行動の指針としたい。
和は和諧の和であり、英語のharmonyであり、諸国民の和合である。
現在の日本にはむろん不平も不和もあるだろう。しかし東洋の他国と比べれば、
和諧社会の理想にまだしも近いことは明らかだ。西洋諸国と比べても、貧富の格差が
少ない平安な長寿社会といえるのではないか。大和島根に住む人々が心中で和を
以って貴しとしている以上、この理想こそ日本国民が胸をはって主張できる世界に
誇り得る理念ではあるまいか。米国の大新聞は、
日本事情がよく分かりもせぬくせに偉そうな説教を垂れたがるが、このような
憲法改正には文句のつけようがないだろう。
憲法はそのように日本の歴史と文化に根ざす前文であり本文でありたい。
『日本書紀』にある「以和為貴」は、聖徳太子が制定した日本最初の成文法の最初の
言葉である。14世紀前の推古天皇12年、西暦604年に十七条憲法は
制定された。
外から仏教が伝来したとき内なる神道との対立が破壊的な抗争に及ぶことを危惧した
聖徳太子は、十七条の第一条で「和を以って貴しとなす」と宣言した。
信仰や政治の原理を説くよりも先に、複数価値の容認と平和共存を優先した。
大陸文化を導入しようとした蘇我氏とそれに敵対した物部氏の抗争を目撃した太子は、
仏教を尊びつつも宗教的熱狂の危険を察知したのだろう。
支配原理でなく「寛容」の精神をまず説いたのである。
こうした国家基本法の第一条は世界史的に珍しい。
≪一神教と八百万の神道の違い≫
というのも世界の大宗教は唯一神への信仰を求める。モーセの十戒は
「わたしのほかに、なにものも神としてはならない」を第一条とする。しかし各宗教の
神がその基本原理を唱え、原理主義者(ファンダメンタリスト)に忠実に
従うよう求めるならどうなるか。宗教的熱狂者が他者を激しく排除し、争いが
絶えるまい。
地中海地域ではキリスト教、ユダヤ教、イスラム教という一神教同士が今も
猛烈な争いを続ける。
イスラム教も、スンニ派とシーア派に分かれて殺し合いを演じている。
西洋で和の思想が生まれたのは、キリスト教同士が旧教のカトリックと
新教のプロテスタントに分かれ、宗教戦争で殺し合った結果である。
あまりに悲惨な流血への反省から、17世紀に平和共存の思想が宗教の外側から
生まれた。寛容の思想の歴史は新しい。
一神教の世界では、ダンテ『神曲』が描くように、神の敵は容赦なく地獄に落とす。
その点、日本人の考え方は例外的だ。八百万(やおよろず)の神の神道は死者は
区別せず等しく祀(まつ)る。善人も悪人も神になる。
「善(よ)き神にこひねぎ、悪しき神をもなごめ祭る」
(本居宣長『直毘霊(なおびのみたま)』)。
政治の次元では敵味方を区別する日本人だが、慰霊の次元では死者は区別しない。
政治が慰霊をも支配する中国や朝鮮では今もなお政敵の墓を爆破したり
(例、汪兆銘)あばかせたり(李完用)する。
日本人はそれはしない。
宗教心に和の気持ちがしみこんでおり、祟(たた)りをおそれる。
死者の差別や分祀(ぶんし)はあり得ない。
≪和唱える平和主義へ転換も≫
憲法の前文は外国語の翻訳調であってはならない。現行憲法の前文には
「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと
決意した」と歯の浮くようなことが書いてある。
だが急速に軍備を拡大し海洋進出を図る隣の大国が日本の安全と生存を
保持してくれるとは私たちは思わない。
私たちは実際は自衛隊と日米安保体制に依存して国の平和を維持してきた。
近隣諸国の「公正と信義に信頼して」きたわけではない。
だが日米同盟に依存するあまり、自助努力を怠り、いつまでも他力頼みのおめでたい
国であっていいはずはない。
現行憲法は、平和主義の美名の下、米国が敗戦国日本に武装解除を宣言させたもので
ある。もっとも、敗戦後の日本人は軍部支配の軍国主義よりも1946年憲法の
平和主義を良しとした。私もその平和主義で育った一人だ。
だが新しい憲法の制定に際しては、そんな敗北主義的平和主義と訣別(けつべつ)し、
和を唱える平和主義に改めたい。
そのように平和主義を日本の伝統に即したものとすることで、新しい憲法を真に
私たち自身の憲法に改めたい。そうすれば、初めて国民各層の深い支持を得る憲法と
なるのではあるまいか。日本が国家間の紛争、文明間の宗教的対立、階級間の貧富の
抗争よりも和を尊ぶ国であり、
和諧社会こそがわが国の古代からの理想であることを、この際、はっきりと世界に
宣言したいものである。
(ひらかわ すけひろ)
私は今夏、齢67歳になる、2020年東京五輪まであと6年73歳になるが。
安倍首相そのときには新憲法も公布され、国軍も整備され日本があたらしい国に
なっている・・
狂奔するお隣の三カ国に囲まれ、仮初め平和憲法で育った私たちの世界でも二派に
わかれる。
いつの時代でも世界は激動の時代、独裁国家、ロシア、中華、邪悪な共産主義の
香りを漂わせ自らの権益のみに奔走する。
ほんとに新しい日本が見れるか人間70年生きれば残りの人生が気になる、
和を以て貴しとなす憲法作ろう
2014.3.7 03:06 [正論] □比較文化史家 東京大学名誉教授・平川祐弘
新しい憲法について国民的な議論を高めたい。
比較文化史家として私も提案させていただく。
≪聖徳太子の「十七条憲法」≫
「和を以って貴しとなす」。
この聖徳太子の言葉を私は日本憲法の前文に掲げたい。
和とは平和の和である。
平和を尊ぶ日本の国家基本法の冒頭には、わが国古来の言葉で理想を謳いたい。
大和の国の伝統に根ざす和を尊ぶことで国内をまとめたい。
和を尊ぶべきことを広く世界に訴え、かつ私たちの行動の指針としたい。
和は和諧の和であり、英語のharmonyであり、諸国民の和合である。
現在の日本にはむろん不平も不和もあるだろう。しかし東洋の他国と比べれば、
和諧社会の理想にまだしも近いことは明らかだ。西洋諸国と比べても、貧富の格差が
少ない平安な長寿社会といえるのではないか。大和島根に住む人々が心中で和を
以って貴しとしている以上、この理想こそ日本国民が胸をはって主張できる世界に
誇り得る理念ではあるまいか。米国の大新聞は、
日本事情がよく分かりもせぬくせに偉そうな説教を垂れたがるが、このような
憲法改正には文句のつけようがないだろう。
憲法はそのように日本の歴史と文化に根ざす前文であり本文でありたい。
『日本書紀』にある「以和為貴」は、聖徳太子が制定した日本最初の成文法の最初の
言葉である。14世紀前の推古天皇12年、西暦604年に十七条憲法は
制定された。
外から仏教が伝来したとき内なる神道との対立が破壊的な抗争に及ぶことを危惧した
聖徳太子は、十七条の第一条で「和を以って貴しとなす」と宣言した。
信仰や政治の原理を説くよりも先に、複数価値の容認と平和共存を優先した。
大陸文化を導入しようとした蘇我氏とそれに敵対した物部氏の抗争を目撃した太子は、
仏教を尊びつつも宗教的熱狂の危険を察知したのだろう。
支配原理でなく「寛容」の精神をまず説いたのである。
こうした国家基本法の第一条は世界史的に珍しい。
≪一神教と八百万の神道の違い≫
というのも世界の大宗教は唯一神への信仰を求める。モーセの十戒は
「わたしのほかに、なにものも神としてはならない」を第一条とする。しかし各宗教の
神がその基本原理を唱え、原理主義者(ファンダメンタリスト)に忠実に
従うよう求めるならどうなるか。宗教的熱狂者が他者を激しく排除し、争いが
絶えるまい。
地中海地域ではキリスト教、ユダヤ教、イスラム教という一神教同士が今も
猛烈な争いを続ける。
イスラム教も、スンニ派とシーア派に分かれて殺し合いを演じている。
西洋で和の思想が生まれたのは、キリスト教同士が旧教のカトリックと
新教のプロテスタントに分かれ、宗教戦争で殺し合った結果である。
あまりに悲惨な流血への反省から、17世紀に平和共存の思想が宗教の外側から
生まれた。寛容の思想の歴史は新しい。
一神教の世界では、ダンテ『神曲』が描くように、神の敵は容赦なく地獄に落とす。
その点、日本人の考え方は例外的だ。八百万(やおよろず)の神の神道は死者は
区別せず等しく祀(まつ)る。善人も悪人も神になる。
「善(よ)き神にこひねぎ、悪しき神をもなごめ祭る」
(本居宣長『直毘霊(なおびのみたま)』)。
政治の次元では敵味方を区別する日本人だが、慰霊の次元では死者は区別しない。
政治が慰霊をも支配する中国や朝鮮では今もなお政敵の墓を爆破したり
(例、汪兆銘)あばかせたり(李完用)する。
日本人はそれはしない。
宗教心に和の気持ちがしみこんでおり、祟(たた)りをおそれる。
死者の差別や分祀(ぶんし)はあり得ない。
≪和唱える平和主義へ転換も≫
憲法の前文は外国語の翻訳調であってはならない。現行憲法の前文には
「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと
決意した」と歯の浮くようなことが書いてある。
だが急速に軍備を拡大し海洋進出を図る隣の大国が日本の安全と生存を
保持してくれるとは私たちは思わない。
私たちは実際は自衛隊と日米安保体制に依存して国の平和を維持してきた。
近隣諸国の「公正と信義に信頼して」きたわけではない。
だが日米同盟に依存するあまり、自助努力を怠り、いつまでも他力頼みのおめでたい
国であっていいはずはない。
現行憲法は、平和主義の美名の下、米国が敗戦国日本に武装解除を宣言させたもので
ある。もっとも、敗戦後の日本人は軍部支配の軍国主義よりも1946年憲法の
平和主義を良しとした。私もその平和主義で育った一人だ。
だが新しい憲法の制定に際しては、そんな敗北主義的平和主義と訣別(けつべつ)し、
和を唱える平和主義に改めたい。
そのように平和主義を日本の伝統に即したものとすることで、新しい憲法を真に
私たち自身の憲法に改めたい。そうすれば、初めて国民各層の深い支持を得る憲法と
なるのではあるまいか。日本が国家間の紛争、文明間の宗教的対立、階級間の貧富の
抗争よりも和を尊ぶ国であり、
和諧社会こそがわが国の古代からの理想であることを、この際、はっきりと世界に
宣言したいものである。
(ひらかわ すけひろ)
タグ:日本国憲法
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
https://fanblogs.jp/tb/2280118
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。
この記事へのトラックバック