2015年04月12日
スタジオジブリ「かぐや姫の物語」(高畑勲監督作品) レビュー・感想・考察
自分は映画館で見て良い作品だなぁと思っていたのですが、
先日に地上波で放送をされ、なかなか世間的に評価が低いようなので、、
フォローというわけではないですが
あくまで自分なりの感想や考察を書いてみようと思います。
まず、作品の売りである、日本画風のタッチなのですが、
映画館で見た時はやはり大画面ですので、
一つ一つの細かい線の動きがしっかり見えて
かなりの迫力や勢いのようなダイナミクスを感じたのですが、
地上波放送を見た時そちらを感じとれず
この作品の良さが伝わらないかなと感じました。
特にかぐや姫が疾走するシーンなど地上波放送だと
あまり「凄い感」がなくなってしまい、
見てからこれはやはり映画向けの作品だったんだと実感をしました。
宮崎駿作品なども映画館とテレビ地上波の両方で見ていますが
このようにはっきりとした差を今まで感じたことはありませんでした。
そういう意味でも是非まだ見ていない方は
なるべく大画面で視聴されることをオススメします
内容については語るまでもなく、
基本的なストーリーは全く皆さんも知っている
国語の教科書に載っていた竹取物語です。
物語をどういう角度で捉えるかでメッセージや深みを
高畑勲監督は出しているのだと思います。
というか、この作品を見て初めて気づいたのですが、
そもそも竹取物語という作品が現代にも通じる、
人生の悲哀や、幸せとは何かなど、不変のテーマを持っていて、
シェイクスピア作品のような時間を超える強度を持つ作品であることでした。
今さら「日本の古典文学も凄いんだな、、」と思ってしまいました。
それといつも話題になる「かぐや姫の罪と罰」については
高畑勲監督本人がインタビューで語っていてわかりやすい記事も多くあります。
鈴木プロデューサーがセールスコピーとして付けてしまったとのこと。
ただ、このコピーなど本当に鈴木プロデューサーは
素晴らしいセールスマンなのだと感じます、
NHKのプロフェッショナルの仕事を見た時も、
彼あってのジブリだったのだなと思いました。
まずジブリということで、
やはり宮崎駿監督との比較となってしまうのですが、
自分が宮崎作品に以前から感じていた違和感の要因を
このかぐや姫の物語を見てはっきりと確認しました。
それは、宮崎作品に登場する女性は全て、
男性(宮崎監督)が思い描く憧れの女性像でしかなく
あまりリアリティーがないのです。
強さや女性らしさ、優しさ、など全て
あくまで男性視点で、行動などもヒロイニズムの権化です。
当たり前といえば、当たり前なのですが、現在
少女漫画に出てくる男性は全く男性から見てリアリティーがないし、
昨今のアニメはほとんど女性にリアリティーがないように感じます。
どのキャラクターも作者、読者の憧れを凝縮しただけのアイコンにすぎないのです。
この日本のアニメの流れ自体も「カリオストロの城」や「ガンダム」などが
原型になっているようにも思えます。
かぐや姫の物語はこのような視点とは全く別になっていて、
かぐや姫自体にリアリティーを感じる女性は多いのではないでしょうか。
自分の幸せとは何かと悩みながら、間違えたり、悲哀とともに生きていく。
また、周りの人間の滑稽とも思える行動なども、
人生の中でのリアリティーを感じる瞬間があると思います。
ただ、そもそもお二人の作品は比較するものではなく、
それぞれのベクトルがあり、
エンターテイメント性や本人の表現欲が優位な宮崎作品と、
人間や人生に迫る高畑作品という理解でよいのでしょうが、、
あえて比較した場合の感想を書かせてもらいました。
「かぐや姫の物語」自分としては感銘を受けた作品ですので
是非大きな画面で視聴することをオススメします
先日に地上波で放送をされ、なかなか世間的に評価が低いようなので、、
フォローというわけではないですが
あくまで自分なりの感想や考察を書いてみようと思います。
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まず、作品の売りである、日本画風のタッチなのですが、
映画館で見た時はやはり大画面ですので、
一つ一つの細かい線の動きがしっかり見えて
かなりの迫力や勢いのようなダイナミクスを感じたのですが、
地上波放送を見た時そちらを感じとれず
この作品の良さが伝わらないかなと感じました。
特にかぐや姫が疾走するシーンなど地上波放送だと
あまり「凄い感」がなくなってしまい、
見てからこれはやはり映画向けの作品だったんだと実感をしました。
宮崎駿作品なども映画館とテレビ地上波の両方で見ていますが
このようにはっきりとした差を今まで感じたことはありませんでした。
そういう意味でも是非まだ見ていない方は
なるべく大画面で視聴されることをオススメします
内容については語るまでもなく、
基本的なストーリーは全く皆さんも知っている
国語の教科書に載っていた竹取物語です。
物語をどういう角度で捉えるかでメッセージや深みを
高畑勲監督は出しているのだと思います。
というか、この作品を見て初めて気づいたのですが、
そもそも竹取物語という作品が現代にも通じる、
人生の悲哀や、幸せとは何かなど、不変のテーマを持っていて、
シェイクスピア作品のような時間を超える強度を持つ作品であることでした。
今さら「日本の古典文学も凄いんだな、、」と思ってしまいました。
それといつも話題になる「かぐや姫の罪と罰」については
高畑勲監督本人がインタビューで語っていてわかりやすい記事も多くあります。
鈴木プロデューサーがセールスコピーとして付けてしまったとのこと。
ただ、このコピーなど本当に鈴木プロデューサーは
素晴らしいセールスマンなのだと感じます、
NHKのプロフェッショナルの仕事を見た時も、
彼あってのジブリだったのだなと思いました。
まずジブリということで、
やはり宮崎駿監督との比較となってしまうのですが、
自分が宮崎作品に以前から感じていた違和感の要因を
このかぐや姫の物語を見てはっきりと確認しました。
それは、宮崎作品に登場する女性は全て、
男性(宮崎監督)が思い描く憧れの女性像でしかなく
あまりリアリティーがないのです。
強さや女性らしさ、優しさ、など全て
あくまで男性視点で、行動などもヒロイニズムの権化です。
当たり前といえば、当たり前なのですが、現在
少女漫画に出てくる男性は全く男性から見てリアリティーがないし、
昨今のアニメはほとんど女性にリアリティーがないように感じます。
どのキャラクターも作者、読者の憧れを凝縮しただけのアイコンにすぎないのです。
この日本のアニメの流れ自体も「カリオストロの城」や「ガンダム」などが
原型になっているようにも思えます。
かぐや姫の物語はこのような視点とは全く別になっていて、
かぐや姫自体にリアリティーを感じる女性は多いのではないでしょうか。
自分の幸せとは何かと悩みながら、間違えたり、悲哀とともに生きていく。
また、周りの人間の滑稽とも思える行動なども、
人生の中でのリアリティーを感じる瞬間があると思います。
ただ、そもそもお二人の作品は比較するものではなく、
それぞれのベクトルがあり、
エンターテイメント性や本人の表現欲が優位な宮崎作品と、
人間や人生に迫る高畑作品という理解でよいのでしょうが、、
あえて比較した場合の感想を書かせてもらいました。
「かぐや姫の物語」自分としては感銘を受けた作品ですので
是非大きな画面で視聴することをオススメします
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