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2018年03月24日

Dorian Yates

Dorian Yates back_NEW.jpg

〔生年月日〕1962年4月19日
〔出身地〕イングランド サットン・コールドフィールド
〔身長〕177cm
〔主な戦績〕
・1992 Mr. Olympia 1st
・1993 Mr. Olympia 1st
・1994 Mr. Olympia 1st
・1995 Mr. Olympia 1st
・1996 Mr. Olympia 1st
・1997 Mr. Olympia 1st
〔外部リンク〕
Dorian Yates – Facebook
Dorian Yates Nutrition
〔Sky Raker's eye〕
ドリアン・イェーツといえば、「ヘビーデューティートレーニング」ですね。一時期、日本でも大ブームになりました。「超々々高強度の1セットを一週に一度程度行うことで、最も効率的に筋量を増やせる」というマイク・メンツァーが確立したトレーニング理論。ただ、「超々々高強度の1セット」の実践が難しく、ブームは去りました。
しかし、ドリアン・イェーツの最も偉大な業績は、「ヘビーデューティートレーニングを広く世に広めた」ことではありません。「ボディビルコンテストにおける高評価対象の体形を、Y字型からX字型へ変えた」ことです。分かりやすく言うと、「”上半身サイズ>下半身サイズ”で末端(前腕・カーフ)が細い”北斗の拳キャラ”平面型(横の広がり重視)」から、「”上半身サイズ=下半身サイズ”で末端(前腕・カーフ)まで太い”ドラゴンボールキャラ”立体型(前後の厚みも大切)」への転換です。この傾向は今でも続いており、Y字型よりX字型の体形の方が高く評価されます。Y字型は古典的な美しさがあるので、Y字型がダメ=劣っているという事ではないんですが、「筋肉美」という「曖昧で主観的」な基準で競うボディビル競技においては、トレンドが評価を大きく左右するので仕方ありません。
それから、トレンドに合わせて「隙のない肉体」を作り上げていくと、どうしても似たり寄ったりの体形になってしまうものですが、ドリアンは「超個性的」な体形をしています。あえて欠点を挙げるとしたら上腕と胸ということになりますが、それはドリアンの他の部位が凄過ぎるから上腕と胸の発達が不十分・不完全に見えるだけで、基本的には弱点のない肉体です。6年連続世界一ですから、当然ですね。でも、シルエットだけで明らかにドリアンだと分かる肉体で、ボディビルファンの脳裏に強烈な印象を残した偉大なチャンピオンです。

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2018年03月21日

ボディビルコンテストの審査基準

審査基準を知らなければ、コンテストで何を競ったらいいのか分かりません。

IFBB Professional League WOMEN'S BODYBUILDING
原文Google日本語訳

IFBB Professional League MEN'S BODYBUILDING
原文Google日本語訳

NPC WOMEN'S PHYSIQUE
原文Google日本語訳

NPC BODYBUILDING
原文Google日本語訳

NPCJ BODYBUILDING
原文

JBBF 競技規程
原文

Nicole Wilkins.jpg

2018年03月18日

ボディビルによるマインドフルネス

最近、よく「マインドフルネス」という言葉を耳にするようになりました。
「マインドフルネス」とは、古来より知られた「明鏡止水」のこと。
「一点の曇りもない鏡のような静かな水面」の如く「邪念がなく澄み切って落ち着いた心の状態」を指します。

Frank Zane meditation.jpg

瞑想やヨガやピラティスにより自身をマインドフルネスの状態にし、
心身の緊張を緩和して交感神経と副交感神経のバランスを整えることにより、
@ストレスを解消し
➁思考をクリアにし
B集中力を高める
効果があると言われています。

そして、「ターゲット部位の筋収縮に意識を集中し」「思考はレップス数のカウントのみとなる」ボディビルのウェイトトレーニングには、高いマインドフルネス効果があります。
「心身の緊張が解け」「満たされた幸福感で満たされる」ボディビルのウェイトトレーニングを、是非実践してみてください。

2018年03月11日

Rachel McLish

Rachel McLish Poster.jpg

〔生年月日〕1955年6月21日
〔出身地〕米国テキサス州ハーリンゲン
〔身長〕169cm
〔主な戦績〕
・1980 US Bodybuilding Championship 1st
・1980 Frank Zane Invitational 2nd
・1980 IFBB Ms. Olympia 1st
・1981 IFBB Ms. Olympia 2nd
・1982 Pro World Championship 1st
・1982 IFBB Ms. Olympia 1st
・1983 Caesars World Cup 3rd
・1984 IFBB Ms. Olympia 2nd
〔外部リンク〕
Rachel McLish - Facebook
〔Sky Raker's eye〕
初代ミス・オリンピアのレイチェル・マクリッシュ。
現役ピークの頃の写真を見ると、現在の女子フィギュア選手くらいの筋量ですが、女子フィットネスの先駆者として人気・知名度共に抜群の存在で、興行収入250万ドル超のハリウッド映画で主演も果たしました。『Pumping Iron II: The Women』でも主演されています。
女子フィットネスの象徴的存在として現在も美しいプロポーションを維持されており、かつ上品で、彼女が初代ミス・オリンピアで本当に良かったというか、同じ競技に携わる後輩としては、誇らしい気持ちで一杯です。

Rachel McLish M&F.jpg
Rachel McLish IRONMAN.jpg

2018年03月04日

杉田 茂

杉田茂_NEW.jpg

〔生年月日〕1947年1月26日
〔出身地〕大阪府
〔身長〕166cm
〔主な戦績〕
・1972年 ミスター日本 優勝
・1976年 NABBA Mr.ユニバース(アマチュア部門)ショートクラス&オーバーオール 優勝
・1981年 IFBB Mr.インターナショナル(プロ部門)ミドル級 優勝
〔外部リンク〕
杉田茂 - Facebook

杉田茂3_NEW.jpg

〔Sky Raker's eye〕
NPO法人日本フィジーク委員会(JPC)代表である杉田茂氏は、日本人で唯一「NABBA Mr.ユニバース オーバーオール優勝」を成し遂げた人物。さらに、あのアーノルド・シュワルツェネッガーも杉田氏にカーフのトレーニング法について教えを請うたという、伝説のボディビルダーです。杉田氏が世界一の称号を獲得していなかったとしたら、故北村克己さんや山岸秀匡プロの活躍もなかったかもしれません。
杉田氏が日本人ボディビルダーの意識を改革した偉業は、大きく二つ。「日本人でも世界トップレベルで競える」こと、「ボディビルのウエイトトレーニングでオーバートレーニングになる心配など無用である」ことを、ご自身で証明したことです。杉田氏は現役時代、超ヘビーウエイトで毎日100セット、週6日のトレーニングをこなし、Mr.ユニバースの時は、コンテスト3ヶ月前から牛肉を1日に2kg食べていたそうです。素質に恵まれ、相当にタフだったのは確かだと思いますが、杉田氏のトレーニングボリュームで停滞や異化作用が起こらないのであれば、「大多数のトレーニーにオーバートレーニングなど起こり得ない」と言えるでしょう。
杉田氏が執筆された「筋トレ虎の巻 ハンディ版―指導書には載っていない筋トレの極意を伝授」はご覧になりましたか? 定説とされている「トレーニングのセオリー」を覆す、目から鱗の貴重なメソッドが盛りだくさんの、「ボディビルダー必読の書」です。

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2018年02月25日

清水恵理子

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〔生年月日〕1965年
〔出身地〕群馬県(高崎市)
〔身長〕160cm
〔主な戦績〕
・2009年 ミス東京 優勝
・2009年 ジャパン・オープン 優勝
・2009年 日本女子マスターズ オーバーオール 優勝
・2009年 ミス日本 6位
・2010年 ミス日本 3位
・2011年 ミス日本 4位
・2012年 ミス日本 2位
・2013年 ミス日本 2位
・2014年 ミス日本 2位
・2015年 ミス日本 3位
・2016年 ミス日本 8位
・2017年 ミス日本 4位
〔外部リンク〕
清水恵理子 - Facebook

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〔Sky Raker's eye〕
清水恵理子さんは、私が個人的に一番好きな女子ボディビルダーなんですが、客観的に見ても、最もミス日本に相応しいトータルバランス、優美さ、存在感(オーラ)を兼ね備えていると思います。そして、「ステージ上に一人でも映えるボディビルダー1」です。
ボディビル競技はビキニのみを着用し、当然のことながら綺麗な衣装などは纏いません。また、筋肉美を競うものなので、派手なダンスをポージングに取り入れることもありません。飾ることができるのはヘアスタイル、メイク、ネイルくらいなので、ステージ上に一人で立ったときに、「魅せる」ことが非常に難しい採点競技なのです。人気アイドルグループを想像していただければ分かると思いますが、「綺麗な衣装を着て」「大勢で」「派手なダンスを踊る」と、例え一人一人のクオリティが高くなくても、ステージ上では華やかに見えます。逆に一人だと、例え音や動きのクオリティが高くても、プラスアルファの「個性(オリジナリティ)」と「存在感(オーラ)」が無いと、観客を魅了するパフォーマンスとして成立しないのです。清水恵理子さんには、そのプラスアルファがあるんですね。優美で伸びやかなポージングをされるので、ステージ上では実際の身長より高く見えますし、女王に相応しい品格とオーラを纏った方です。比較審査では筋量不足の部位があるとどうしても目に付くので、順位付けをした際によりマッシブな選手が上位となりがちですが、一位の選手が筋肉美で一番とは限りません。(特に、JBBFの審査ではそれが顕著です。) 実際、「ミス日本より清水恵理子さんのフィジークに憧れる」女性の方が多いのではないでしょうか?
国際的に活躍する選手を育成していくためには、「木を見て森を見ず」的な審査基準を変えていく必要があるでしょう。

2018年02月16日

勝利のみに囚われず、「なりたい体」を目指しましょう。

コンテストビルダーが、勝利に拘るのは当然のこと。しかし、勝利のみに囚われてトレンド偏重の体づくりをしてしまうと、いずれ後悔します。人それぞれ、自分の思い描く「筋肉美」があります。「なりたい体」を目指すことで個性が開花し、審査員が注目するボディビルダーになれます。

例えば、212Olympiaタイトルを持つKevin English。男性の皆さん、あの体になりたいですか? 朝起きて、鏡に映る自分の体がKevin Englishだったら、ショックじゃないですか? 勝てばいい、という訳ではないですよね。

Kevin English.jpg

2018年02月12日

Arnold Schwarzenegger

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〔生年月日〕1947年7月30日
〔出身地〕オーストリア・シュタイアーマルク州グラーツ
〔身長〕181.6cm
〔主な戦績〕
・1966 Mr. Universe 1st
・1967 Mr. Universe 1st
・1968 Mr. International 1st
・1968 Mr. Universe 1st
・1968 Mr. Universe Tall class 1st
・1969 Mr. Universe 1st
・1969 Mr. Olympia 2nd
・1969 Mr. Universe 1st
・1970 Mr. Universe 1st
・1970 AAU Pro Mr. World 1st
・1970 Mr. Olympia 1st
・1971 Mr. Olympia 1st
・1972 Mr. Olympia 1st
・1973 Mr. Olympia 1st
・1974 Mr. Olympia 1st
・1975 Mr. Olympia 1st
・1980 Mr. Olympia 1st
〔その他経歴〕
・1986 ケネディ元大統領の姪マリア・シュライヴァーと結婚
・1989〜 アーノルド・スポーツフェスティバルを毎年開催
・1991 映画『ターミネーター2』全世界興行収入5億1984万ドル達成
・2003〜2011 カリフォルニア州知事を務める
〔外部リンク〕
Official Website of Arnold Schwarzenegger
Arnold Schwarzenegger - Facebook
Arnold Schwarzenegger - twitter
Arnold Schwarzenegger - instagram
Arnold Sports Festival
〔Sky Raker's eye〕
シュワルツェネッガーは、今は亡きジョー・ウィダーと共に「ボディビル競技を世界中に定着させ」、「ボディビルダーの社会的地位を著しく向上させた」立役者です。シュワルツェネッガーが存在しなかったとしたら、ボディビルディングというものがどうなっていたのか、全く想像もつきません。それほど、シュワルツェネッガーはボディビル業界に強大な影響力を持つ最重要人物なのです。
優勝ばかりの戦績を見ていただければ分かる通り、シュワルツェネッガーは"ボディビルの申し子"とも言うべき優れた素質を持ったボディビルダーですが、更に"いちボディビルダー"に留まる器ではない特別なカリスマ性を持った選手でした。(若い頃から特別だった彼のカリスマ性は、映画『パンピング・アイアン』で垣間見ることが出来ます。) そのカリスマ性に目を付けたジョー・ウイダーが、シュワルツェネッガーをアメリカへと招待して指導し、ボディビルのアイコンとしてスターに育て上げたのです。
その後、映画一本の出演料が数十億円のハリウッドスターになり、ケネディ元大統領の姪と結婚し、カリフォルニア州知事となった彼のサクセスストーリーは、誰もが知るところです。そして、世界的知名度を得たのと並行してアーノルド・スポーツフェスティバルを全世界規模で毎年開催し、ボディビルの地位向上に貢献し続けている偉人でもあります。シュワルツェネッガーが「ボディビル界のスター」で終わっていたら、おそらくボディビルダーは今でも「偏執的なナルシスト」として嘲笑の対象とされていたでしょう。彼がハリウッドのトップスターとなり、「筋肉=カッコいい」「筋肉=アクティブな生活の礎となるもの」というイメージを全世界に定着させたからこそ、筋肉礼賛の風潮が醸成されたのです。
「全てのボディビルダーはシュワルツェネッガーに足を向けて寝られない」と言っても過言ではない程、世界中のボディビルダーが彼の努力の恩恵の元に活動できている現状を、本当に心から感謝しないといけませんね。

Arnold Schwarzenegger Maria Shriver.jpg

Arnold Schwarzenegger The Terminator.jpg

Arnold Schwarzenegger California Governor.jpg

2018年02月10日

Tonya Knight

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〔生年月日〕1966年3月24日
〔出身地〕米国ミズーリ州ペキュリアー
〔身長〕173cm
〔主な戦績〕
・1988 Pro World Championship 5th
・1988 IFBB Ms. Olympia 4th(later disqualified)
・1989 Ms. International 1st(later disqualified)
・1991 IFBB Grand Prix Italy 1st
・1991 Ms. International 1st
・1992 Ms. International 6th
・1993 Jan Tana Classic 3rd
〔外部リンク〕
Tonya Knight - Facebook
Gold(Tonya Knight) | American Gladiators
〔Sky Raker's eye〕
トニア・ナイトは、女子ボディビルディングの人気がピークだった時代に、最もキュートだったボディビルダーです。米国の人気TV番組「アメリカン・グラディエーター」の"ゴールド"としても人気があり、私も憧れていました。戦績の見事さからも分かるように、かなりマッシブな肉体の持ち主でしたが、キュートなルックスが際立っていたせいか、女子ボディビルダーが陥りがちな"アマゾネス"感は全くありませんでした。現在のビキニのカテゴリーに出場している選手のような、バービー的華やかさを持っていましたね。女子ボディビルダーの肉体がマッシブになり過ぎて人気が低迷し、コンテストの"女子ボディビル"カテゴリーもなくなってしまいましたが、トニア・ナイトは、まだ女子ボディビルの集客力があった頃に、誰よりも一般受けするボディビルダーでした。

Tonya Knight IRONMAN2.jpgTonya Knight IRONMAN.jpg

2018年02月03日

北村克己(マッスル北村)

マッスル北村1.jpg

〔生没年月日〕1960年10月6日〜2000年8月3日
〔出身地〕東京都(練馬区)
〔身長〕173cm
〔主な戦績〕
・1984年 ミスター関東 優勝
・1985年 ミスター東京 優勝
・1985年 ミスター全日本実業団 優勝
・1985年 ミスターアジア ライトヘビークラス 優勝
・1986年 ミスターパシフィック 優勝
・1986年 ミスターオールジャパンチャンピオンシップス 優勝
・1999年 WABBA 太平洋世界選手権 総合優勝
・1999年 NPC トーナメント・オブ・チャンピオンズ ヘビー級 3位
〔その他経歴〕
・東京大学理科U類中退
・東京医科歯科大学医学部中退
・太田プロ所属タレントとしてTV・映画等メディア出演多数
〔外部リンク〕
マッスル北村 マッスル企画 公式ページ
〔Sky Raker's eye〕
2000年8月26日開催のNPC トーナメント・オブ・チャンピオンズ出場に向けた過酷なトレーニングとダイエットが引き金となり、39歳の若さで逝去された北村さん。北村さんと言えば、奇行とも思える数多の超絶努力伝説。天命に突き動かされるかのように、全身全霊でボディビルに情熱を注がれました。(詳しくはIRONMAN誌特別編集の「ボクの履歴書」や「マッスル北村 伝説のバルクアップトレーニング」をご参照ください。)
そして、北村さんが存在しなかったとしたら、現在の日本のボディフィットネス業界の繁栄はあり得ません。日本のボディフィットネス業界に最も影響を与えた人物こそ、北村克己(マッスル北村)さんなのです。北村さんは、「日本人がボディビル競技で黒人・白人と対等に競えるはずがない」という常識を覆し、「日本人ボディビルダーも世界を舞台に戦える」ことを証明しました。勿論、それ以前にも杉田茂さんや須藤幸三さん等による世界的な活躍はありましたが、後進や業界への影響力という点では、類稀なカリスマ性を持った北村さんの方が上でした。現在の日本のボディフィットネス業界は、北村さんの影響を強く受けた「北村チルドレン」とも言うべき人達が牽引している、と言っても過言ではないでしょう。(日本における古参のボディビル団体はJBBFですが、「日本のボディフィットネス業界を大きく発展させた主要人物達は皆JBBFメンバー以外の人達だった」という皮肉な事実があります。)
1986年7月20日の 「ジャパン チャンピオンシップス」において優勝し世界大会への切符を手にしたものの、当時JBBFドーピングコントロール委員長であった後藤紀久の策略により、「筋肉増強剤であるナンドロロン使用」と判定され失格とされた不幸な過去がありますが(事実は不使用)、ハンデ(業界からの排斥)に負けず、「肉体と精神の調和」を唱え海外で活躍された北村さんは、真に偉大なボディビルダーです。
男性ボディビルダーであれば、北村さんのトレーニングビデオ「極限の肉体を求めて」「世紀末バルクアップ1999」「限界への挑戦」は必ず観てください。このビデオを見るのと見ないのとでは、その後の自身の成長に大きな差が生まれます。必見の3本です。そして、「北村イズム」の継承者になること間違いなしです。
北村さんはもうこの世にいませんが(肉体は滅びましたが)、魂は私たち後進の心の中で永遠に生き続けます。

マッスル北村2.jpg
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倉崎 楓子さんの画像
倉崎 楓子
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