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2024年10月29日

主婦の恋はニセモノだから

ホントに相手のことを
好きなわけじゃないけど
そうなんだと思い込んでいる
その時だけはそう思っている

家族は
すべてが当たり前の中にあり
いち個人というよりも
家族のために用事をすることが
当たり前の存在だ
自身のことよりも家族を優先
子供のことは当然だが
子が独立したら
夫婦ふたりになっても
夫は妻に当たり前の世話をされる
男はずっと誰かがやってくれるまま
姓が変わらず
出産もせず
妻がいれば仕事のみする
それはそれで立派なことだが
妻のことを母親と同じように見てしまい
気持ちなど蔑ろにしやすくなる

そんな長い時間を過ごしている中で

家族が祝ってくれない誕生日に
「おめでとう」とメッセージをくれる
そんな他人がいたら
そんな男性がいたら
「嬉しい気持ち」を抱いた相手に
魅かれていくそれも当然必然

自分のことを
ささいなことでも認めてくれる相手には
好意を抱くものだ

そしてそれを恋と思い込んで
そういうシチュエーションになれば
恋愛感情さながら
夢中になって必然なのだ

だって
家族は家族であって
いて当然
やってもらって当然
自分はやってもらえないことを
家族はやってもらえて
蔑ろにしても当然
そんな暮らしの中で

小さなきっかけでも
自分のことを見てくれてる
誕生日に
「おめでとう」をくれる
夫婦ふたりになっても
夫は妻の誕生日などスルーで
「おめでとう」もない
贈り物もされたこともない

そりゃあ
相手が遊びだとわかっても
恋する気になるものだろう

嬉しいことをされたら
その相手のことを
好きになるものだろう

婚外恋愛とか
不倫とか
それは
家庭をもったままが条件の
ただの思い込みの恋なんだ
本気じゃないから
「不倫してます」とか
自ら言えてしまうんだ

本気で好きなわけがない

単に
自分が「嬉しい」と感じることを
してくれる相手だっただけ
その相手といる自分が「楽しい」気分に
なれるから
何度も逢いに行く

それは

「好き」なわけではない
執着するのは
「好き」だからではなくて
家族がしてくれない「嬉しい」ことを
もっとしてほしいだけ
相手が去っていくことを悲しむのは
「好き」だからじゃなくて
「嬉しい」気分にしてもらえなくなる
それがいやだから
悲しい寂しいのだ

始めから別れることはわかっていて
いざその時には
じたばたするかもしれないが
1日すぎれば
けっこうどうってことなくなり
いつもどおりの
家族のための主婦になっている
何もなかったようにしている

好きだったと思い込んでいるが
実は
「好き」ではなかったことを
知るのは
ずっと後のことなんだが

「嬉しい」気分にしてくれた
必然の恋は
ニセモノなのだ








posted by 彩沙 at 00:08 | 今を生きる女
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