2008年03月31日
猫姫の舞踏 20
「母が死んだ後、わたしたちは――わたしと父、それにまだ幼かったブランは――悲しみに暮れていたわ。特に父は、しばらく仕事が手に付かないほどだった。
それでも周りのみんなが助けてくれたおかげで、一月、二月と経つにつれて何とか、母を失った悲しみが和らいでいったわ。
……でも、一人だけ、助けてくれるどころか、どん底に突き落とした人がいたわ」
そこでノアールは言葉を切る。彼女の悔しそうな顔が、カインの目に映る。
「ノアール?」
「……今でも、あの人の真意が分からない」
わたしの父は牧師だった。
少数派で、教会には異端扱いされている「猫」と結婚したせいで、あまり出世はできなかったみたいだけど、誰にでも優しくしていたから、町のみんなからの信頼は、とても厚い人だったわ。
だから、母が亡くなった時は一緒に嘆いてくれたし、落ち込んで教会に出られなくなった時も、温かく励ましてくれた。そのおかげで、母を失って2ヶ月も経った頃には、父もようやく仕事に戻れたの。
「……皆さん、2ヶ月もの間教会を閉ざしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
久々に教卓に立った父は少しやつれていたけれど、穏やかな顔で集まったみんなに挨拶していた。
「まず、私の心の整理と、妻の平穏を祈るため、これだけ、語らせていただきます。
妻の死は、私にとって心を引き裂かれるようなことでした。平静な私ならば、『これも神のお導きでしょう』と言うべきところなのでしょうが、お恥ずかしい話――わが身に降りかかれば、とてもそんな一言で片付けられるものではない。
嘆き、苦しむ私に、皆さんは優しく手を差し伸べてくださいました。そして――プラチナさんの言葉が無かったら、私は今なお、深い悲しみの底にたゆとうていたでしょう」
言葉を所々詰まらせながら、父は集まってくれたみんなに頭を下げた。そして最後に、母の姉だと言う、プラチナさんに深々とお辞儀した。
「本当に、ありがとう……」
プラチナさんはゆっくり首を振って、静かに言った。
「いいえ、あなたが悲しんでいたら、あの子もきっと、悲しんだだろうから」
プラチナさんは母が亡くなる前日、突然わたしたちのところにやって来た。
それまでずっと、母とは会っていなかったそうなの。どうやって母のことを知ったのか、そしてどこから来たのかも――分からなかった。
でもあの人がいなかったらきっと、父は自分で言った通り、落ち込んだままだったと思うわ。本当に、その時はお世話になった。
……その時、までは。わたしたち本当に、感謝していたわ――伯母さんが街を去る、その時までは。
(黄輪)