2014年02月13日
トリウム
トリウム (英: thorium) は原子番号90の元素で、元素記号は Th である。アクチノイド元素の一つで、銀白色の金属。
1828年、スウェーデンのイェンス・ベルセリウスによってトール石 (thorite、ThSiO4) から発見され、その名の由来である北欧神話の雷神トールに因んで命名された[2]。
モナザイト砂に多く含まれ、多いもので10 %に達する。モナザイト砂は希土類元素(セリウム、ランタン、ネオジム)資源であり、その副生産物として得られる。主な産地はオーストラリア、インド、ブラジル、マレーシア、タイ。
天然に存在する同位体は放射性のトリウム232一種類だけで、安定同位体はない。しかし、半減期が140.5億年と非常に長く、地殻中にもかなり豊富(10 ppm前後)に存在する。水に溶けにくく海水中には少ない。 トリウム系列の親核種であり、放射能を持つ(アルファ崩壊)ことは、1898年にマリ・キュリーらによって発見された。
トリウム232が中性子を吸収するとトリウム233となり、これがベータ崩壊して、プロトアクチニウム233となる。これが更にベータ崩壊してウラン233となる。ウラン233は核燃料であるため、その原料となるトリウムも核燃料として扱われる。
目次 [非表示]
1 性質
2 化合物
3 同位体
4 用途
5 危険性
6 脚注
7 関連項目
性質[編集]
銀白色の柔らかい金属で、非常に延性に富む。結晶構造は面心立方格子で、1400 °C付近で体心立方格子へ転移する。また、融点と沸点の差が大きく、液体状態をとる温度幅は2946 °Cと元素中最大[3]。
酸化しやすいが、表面に酸化皮膜が形成されるとそれ以上進行しない。空気中で加熱すると白光を発して激しく燃焼し、粉末は常温で自然発火する。高温ではほかに、水素、窒素、ハロゲンと反応する。純度が高ければ空気中でも安定しているが、酸化物と混合すると酸化が促進され、灰色から最終的には黒色となる。高純度の試料でも0.1 %ほどの酸化物を含んでいる。
水と反応して水酸化物を生じるが、不溶性なので不動態状となって反応は進みにくい。塩酸、王水には溶けるが、硝酸には不動態被膜が形成され溶けない。ただし、濃硝酸に触媒として少量のフッ化物イオンを加えると、不動態が破られ溶けるようになる[4]。アルカリ溶液には不溶。
酸化物は、ほとんどの酸に溶けにくい[3]。塩類(塩酸塩、硝酸塩、硫酸塩)は水溶性だが、塩基性にすると不溶性の沈殿を生じる。
化合物[編集]
トリウムの化合物はその酸化数が+4のとき安定となる[5]。
二酸化トリウム 酸化物中、融点が最高 (3300 °C)[6]。
フッ化トリウム(IV) ThF4)・4H2O 水和物をつくる[5]。
水酸化トリウム(IV) Th(OH)4 不溶性であり、両性ではない。
硝酸トリウム(IV) Th(NO3)4・4H2O 水和物をつくる[5]。
炭酸トリウム(IV) Th(CO3)2[5]
過酸化物 不溶性固体の中にわずかに存在する。この性質を利用すると、他のイオンとの混合溶液からトリウムを分離することができる[4]。
リン酸イオンの存在下では、Th4+ はさまざまな組成の化合物を作り、どれも水や酸性溶液に不溶である[4]。
フッ化カリウムやフッ化水素酸と混ぜると、Th4+ は ThF62- のような錯イオンを作り、不溶性の塩 K2ThF6 として沈殿する[4]。
同位体[編集]
詳細は「トリウムの同位体」を参照
トリウムの同位体は全て放射性同位体で、存在率100.00 %のトリウム232をはじめ、27種が知られている。 原子量は210 uから236 uまで[7]。
ほとんどの同位体の半減期は10分以内と短く、比較的安定な以下の4種を除いて全て30日以内である。
トリウム230(イオニウム) ウラン238の崩壊生成物で、半減期は75380年。
トリウム229 励起エネルギーが7.6 eVと著しく低い核異性体を持つ[8]。半減期は7340年。
トリウム228(ラジオトリウム) 半減期は1.92年。
用途[編集]
直熱型真空管:仕事関数を下げ熱電子放出を促進させるため、フィラメント表面に塗布された。主に送信管で使用され、トリウムまたはトリエーテッド・タングステン・フィラメントと呼ばれた。
高屈折率レンズ:1948年アメリカで発明されたトリウムレンズは、酸化トリウムを10-30 %程含む超低分散光学ガラスによる。色収差が小さく、1950-1970年頃販売されたが、崩壊生成物放射線の懸念からランタノイドに置き換えられた。経年変化によるブラウニング現象でガラスが黄変するという欠点がある。通常の紫外線には反応しないが、短波長紫外線照射で青色蛍光を発するので鑑別できる[9]。
X線血管造影剤:第二次世界大戦前後、トロトラスト(二酸化トリウムのコロイド製剤)が用いられたが、大部分が肝臓に沈着し、数十年後に肝腫瘍(肝内胆管癌、血管肉腫など)の原因となった。
るつぼ:二酸化トリウムが高融点酸化物で、高温下でも安定なことから用いられた。
アーク溶接電極:着火性がよいTIG溶接用として、酸化トリウムまたはタングステン合金が用いられる。
ガス灯のガスマントル:硝酸トリウムを含浸させた繊維を灰化した発光体で、白熱ガス灯に用いられた。また、アルファ線の電離作用でランタンの炎を安定させる目的で使われる。
合金素材:耐熱マグネシウム合金や、タングステンとの合金が、前述のフィラメント、アーク溶接棒として用いられる。
触媒:不飽和炭化水素の水素化反応に用いられる。
核燃料:第二次大戦後のアメリカでトリウム燃料サイクル[10]が着目、研究された。現在はインドのトリウム炉で利用されている。
天文学:超新星爆発時の元素合成モデルの推定のため、スペクトル観測される[11]。
危険性[編集]
燃焼性:粉末状態のトリウムは自然発火性で、注意して扱うべき金属である。
放射性:トリウムは半減期の長いアルファ線源であり、外部被曝より内部被曝のリスクが高い。体内に入ると、肺、すい臓、肝臓について発癌危険性がある。国際がん研究機関 (IARC) は、トリウム232とその崩壊生成物を「ヒトに対して発癌性がある」Group 1に分類している[12]。
脚注[編集]
1.^ Magnetic susceptibility of the elements and inorganic compounds, in Handbook of Chemistry and Physics 81st edition, CRC press.
2.^ 桜井 弘 『元素111の新知識』 講談社、1998年、365頁。ISBN 4-06-257192-7。
3.^ a b Hammond, C. R. (2004). The Elements, in Handbook of Chemistry and Physics 81st edition. CRC press. ISBN 0849304857.
4.^ a b c d Hyde, Earl K. (1960). The radiochemistry of thorium. Subcommittee on Radiochemistry, National Academy of Sciences−National Research Council.
5.^ a b c d “Toxicological Profile Information Sheet”. Department of Health and Human Services. 2009年5月21日閲覧。
6.^ Emsley, John (2001). Nature's Building Blocks ((Hardcover, First Edition) ed.). Oxford University Press. pp. 441. ISBN 0198503407.
7.^ Uusitalo, J. et al. (1995). “α decay of the new isotopes 210Th and 211Th”. Phys. Rev. C 52: 113. doi:10.1103/PhysRevC.52.113.
8.^ Beck, B. R. et al. (2007). “Energy Splitting of the Ground-State Doublet in the Nucleus 229Th”. Phys. Rev. Lett. 98: 142501. doi:10.1103/PhysRevLett.98.142501. PMID 17501268.
9.^ 「写真工業」2004年9月号
10.^ トリウム燃料の製造について 日本原子力学会 (PDF)
11.^ 銀河系外の星にアクチノイド元素トリウムを初検出すばる望遠鏡
12.^ “Agents Classified by the IARC Monographs, Volumes 1–100 (PDF)” (英語). 国際がん研究機関. pp. 4 (2010年5月27日). 2010年6月30日閲覧。 “Thorium-232 and its decay products”
1828年、スウェーデンのイェンス・ベルセリウスによってトール石 (thorite、ThSiO4) から発見され、その名の由来である北欧神話の雷神トールに因んで命名された[2]。
モナザイト砂に多く含まれ、多いもので10 %に達する。モナザイト砂は希土類元素(セリウム、ランタン、ネオジム)資源であり、その副生産物として得られる。主な産地はオーストラリア、インド、ブラジル、マレーシア、タイ。
天然に存在する同位体は放射性のトリウム232一種類だけで、安定同位体はない。しかし、半減期が140.5億年と非常に長く、地殻中にもかなり豊富(10 ppm前後)に存在する。水に溶けにくく海水中には少ない。 トリウム系列の親核種であり、放射能を持つ(アルファ崩壊)ことは、1898年にマリ・キュリーらによって発見された。
トリウム232が中性子を吸収するとトリウム233となり、これがベータ崩壊して、プロトアクチニウム233となる。これが更にベータ崩壊してウラン233となる。ウラン233は核燃料であるため、その原料となるトリウムも核燃料として扱われる。
目次 [非表示]
1 性質
2 化合物
3 同位体
4 用途
5 危険性
6 脚注
7 関連項目
性質[編集]
銀白色の柔らかい金属で、非常に延性に富む。結晶構造は面心立方格子で、1400 °C付近で体心立方格子へ転移する。また、融点と沸点の差が大きく、液体状態をとる温度幅は2946 °Cと元素中最大[3]。
酸化しやすいが、表面に酸化皮膜が形成されるとそれ以上進行しない。空気中で加熱すると白光を発して激しく燃焼し、粉末は常温で自然発火する。高温ではほかに、水素、窒素、ハロゲンと反応する。純度が高ければ空気中でも安定しているが、酸化物と混合すると酸化が促進され、灰色から最終的には黒色となる。高純度の試料でも0.1 %ほどの酸化物を含んでいる。
水と反応して水酸化物を生じるが、不溶性なので不動態状となって反応は進みにくい。塩酸、王水には溶けるが、硝酸には不動態被膜が形成され溶けない。ただし、濃硝酸に触媒として少量のフッ化物イオンを加えると、不動態が破られ溶けるようになる[4]。アルカリ溶液には不溶。
酸化物は、ほとんどの酸に溶けにくい[3]。塩類(塩酸塩、硝酸塩、硫酸塩)は水溶性だが、塩基性にすると不溶性の沈殿を生じる。
化合物[編集]
トリウムの化合物はその酸化数が+4のとき安定となる[5]。
二酸化トリウム 酸化物中、融点が最高 (3300 °C)[6]。
フッ化トリウム(IV) ThF4)・4H2O 水和物をつくる[5]。
水酸化トリウム(IV) Th(OH)4 不溶性であり、両性ではない。
硝酸トリウム(IV) Th(NO3)4・4H2O 水和物をつくる[5]。
炭酸トリウム(IV) Th(CO3)2[5]
過酸化物 不溶性固体の中にわずかに存在する。この性質を利用すると、他のイオンとの混合溶液からトリウムを分離することができる[4]。
リン酸イオンの存在下では、Th4+ はさまざまな組成の化合物を作り、どれも水や酸性溶液に不溶である[4]。
フッ化カリウムやフッ化水素酸と混ぜると、Th4+ は ThF62- のような錯イオンを作り、不溶性の塩 K2ThF6 として沈殿する[4]。
同位体[編集]
詳細は「トリウムの同位体」を参照
トリウムの同位体は全て放射性同位体で、存在率100.00 %のトリウム232をはじめ、27種が知られている。 原子量は210 uから236 uまで[7]。
ほとんどの同位体の半減期は10分以内と短く、比較的安定な以下の4種を除いて全て30日以内である。
トリウム230(イオニウム) ウラン238の崩壊生成物で、半減期は75380年。
トリウム229 励起エネルギーが7.6 eVと著しく低い核異性体を持つ[8]。半減期は7340年。
トリウム228(ラジオトリウム) 半減期は1.92年。
用途[編集]
直熱型真空管:仕事関数を下げ熱電子放出を促進させるため、フィラメント表面に塗布された。主に送信管で使用され、トリウムまたはトリエーテッド・タングステン・フィラメントと呼ばれた。
高屈折率レンズ:1948年アメリカで発明されたトリウムレンズは、酸化トリウムを10-30 %程含む超低分散光学ガラスによる。色収差が小さく、1950-1970年頃販売されたが、崩壊生成物放射線の懸念からランタノイドに置き換えられた。経年変化によるブラウニング現象でガラスが黄変するという欠点がある。通常の紫外線には反応しないが、短波長紫外線照射で青色蛍光を発するので鑑別できる[9]。
X線血管造影剤:第二次世界大戦前後、トロトラスト(二酸化トリウムのコロイド製剤)が用いられたが、大部分が肝臓に沈着し、数十年後に肝腫瘍(肝内胆管癌、血管肉腫など)の原因となった。
るつぼ:二酸化トリウムが高融点酸化物で、高温下でも安定なことから用いられた。
アーク溶接電極:着火性がよいTIG溶接用として、酸化トリウムまたはタングステン合金が用いられる。
ガス灯のガスマントル:硝酸トリウムを含浸させた繊維を灰化した発光体で、白熱ガス灯に用いられた。また、アルファ線の電離作用でランタンの炎を安定させる目的で使われる。
合金素材:耐熱マグネシウム合金や、タングステンとの合金が、前述のフィラメント、アーク溶接棒として用いられる。
触媒:不飽和炭化水素の水素化反応に用いられる。
核燃料:第二次大戦後のアメリカでトリウム燃料サイクル[10]が着目、研究された。現在はインドのトリウム炉で利用されている。
天文学:超新星爆発時の元素合成モデルの推定のため、スペクトル観測される[11]。
危険性[編集]
燃焼性:粉末状態のトリウムは自然発火性で、注意して扱うべき金属である。
放射性:トリウムは半減期の長いアルファ線源であり、外部被曝より内部被曝のリスクが高い。体内に入ると、肺、すい臓、肝臓について発癌危険性がある。国際がん研究機関 (IARC) は、トリウム232とその崩壊生成物を「ヒトに対して発癌性がある」Group 1に分類している[12]。
脚注[編集]
1.^ Magnetic susceptibility of the elements and inorganic compounds, in Handbook of Chemistry and Physics 81st edition, CRC press.
2.^ 桜井 弘 『元素111の新知識』 講談社、1998年、365頁。ISBN 4-06-257192-7。
3.^ a b Hammond, C. R. (2004). The Elements, in Handbook of Chemistry and Physics 81st edition. CRC press. ISBN 0849304857.
4.^ a b c d Hyde, Earl K. (1960). The radiochemistry of thorium. Subcommittee on Radiochemistry, National Academy of Sciences−National Research Council.
5.^ a b c d “Toxicological Profile Information Sheet”. Department of Health and Human Services. 2009年5月21日閲覧。
6.^ Emsley, John (2001). Nature's Building Blocks ((Hardcover, First Edition) ed.). Oxford University Press. pp. 441. ISBN 0198503407.
7.^ Uusitalo, J. et al. (1995). “α decay of the new isotopes 210Th and 211Th”. Phys. Rev. C 52: 113. doi:10.1103/PhysRevC.52.113.
8.^ Beck, B. R. et al. (2007). “Energy Splitting of the Ground-State Doublet in the Nucleus 229Th”. Phys. Rev. Lett. 98: 142501. doi:10.1103/PhysRevLett.98.142501. PMID 17501268.
9.^ 「写真工業」2004年9月号
10.^ トリウム燃料の製造について 日本原子力学会 (PDF)
11.^ 銀河系外の星にアクチノイド元素トリウムを初検出すばる望遠鏡
12.^ “Agents Classified by the IARC Monographs, Volumes 1–100 (PDF)” (英語). 国際がん研究機関. pp. 4 (2010年5月27日). 2010年6月30日閲覧。 “Thorium-232 and its decay products”
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