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2014年02月13日

ヒ素

ヒ素(砒素、ヒそ、英: arsenic、羅: arsenicum)は、原子番号33の元素。元素記号は As。第15族元素(窒素族元素)の一つ。

最も安定で金属光沢のあるため金属ヒ素とも呼ばれる「灰色ヒ素」、ニンニク臭があり透明なロウ状の柔らかい「黄色ヒ素」、黒リンと同じ構造を持つ「黒色ヒ素」の3つの同素体が存在する。灰色ヒ素は1気圧下において615 °Cで昇華する。

ファンデルワールス半径や電気陰性度等さまざまな点でリンに似た物理化学的性質を示し、それが生物への毒性の由来になっている。



目次 [非表示]
1 用途
2 人体への影響 2.1 中毒

3 関連法規
4 ヒ素の化合物
5 歴史
6 分析法
7 ヒ素鉱石
8 同位体
9 脚注
10 関連項目
11 外部リンク


用途[編集]

生物に対する毒性が強いことを利用して、農薬、木材防腐に使用される。

III-V族半導体であるヒ化ガリウム (GaAs) は、発光ダイオードや通信用の高速トランジスタなどに用いられている。

ヒ素化合物であるサルバルサンは、抗生物質のペニシリンが発見される以前は梅毒の治療薬であった。

中国医学では、硫化ヒ素である雄黄や雌黄はしばしば解毒剤、抗炎症剤として製剤に配合される。

ほとんどの生物にとっては有毒だが、ヒ素を必須元素とする生物も存在する。微生物のなかに一般的な酸素ではなく、ヒ素の酸化還元反応を利用して光合成を行っているものも存在する[5]。2010年には、GFAJ-1という細菌が、生体内で使われる核酸等のリンの代わりにヒ素を用いているという発表があった[6]が、2012年のサイエンス誌上での報告によって主張は完全に否定されている[7][8][9][10]。詳細はGFAJ-1の項目を参照)。

人体への影響[編集]

ヒ素およびヒ素化合物は WHO の下部機関 IRAC より発癌性がある (Type1) と勧告されている。また、単体ヒ素およびほとんどのヒ素化合物は、人体に非常に有害である。飲み込んだ際の急性症状は、消化管の刺激によって、吐き気、嘔吐、下痢、激しい腹痛などがみられ、場合によってショック状態から死に至る。慢性症状は、剥離性の皮膚炎や過度の色素沈着、骨髄障害、末梢性神経炎、黄疸、腎不全など。慢性ヒ素中毒による皮膚病変としては、ボーエン病が有名である。単体ヒ素及びヒ素化合物は、毒物及び劇物取締法により医薬用外毒物に指定されている。日中戦争中、旧日本軍では嘔吐性のくしゃみ剤ジフェニルシアノアルシンが多く用いられたが、これは砒素を含む毒ガスである。

一方でヒ素化合物は人体内にごく微量が存在しており、生存に必要な微量必須元素であると考えられている[11][12]。ただしこれは、一部の無毒の有機ヒ素化合物の形でのことである。低毒性の、あるいは生体内で無毒化される有機ヒ素化合物にはメチルアルソン酸やジメチルアルシン酸などがあり、カキ、クルマエビなどの魚介類やヒジキなどの海草類に多く含まれる。さらにエビには高度に代謝されたアルセノベタインとして高濃度存在している。人体に必要な量はごく少なく自然に摂取されると考えられ、また少量の摂取でも毒性が発現するため、サプリメントとして積極的に摂る必要はない。

亜ヒ酸を含む砒石は日本では古くから「銀の毒」、「石見銀山ねずみ捕り」などと呼ばれ殺鼠剤や暗殺などに用いられていた。

宮崎県の高千穂町の山あい土呂久では、亜ヒ酸製造が行われていた。この地区の住民に現れた慢性砒素中毒症は、公害病に認定された。症状としては、暴露後数十年して、皮膚の雨だれ様の色素沈着や白斑、手掌、足底の角化、ボーエン病、およびそれに続発する皮膚癌、呼吸器系の肺癌、泌尿器系の癌がある。発生当時は、砒素を焼く煙がV字型の谷に低く垂れ込め、河川や空気を汚染したものと考えられた。上に記した症状は、特に広範な皮膚症状は、環境による慢性砒素中毒を考えるべき重要な症状である。この症状が重要であり、長年月経過すれば、病変、皮膚、毛髪、爪などには、砒素を検出しない。

「土呂久ヒ素公害」を参照

上流に天然のヒ素化合物鉱床がある河川はヒ素で汚染されているため、高濃度の場合、流域の水を飲むことは服毒するに等しい自殺行為である。低濃度であっても蓄積するので、長期飲用は中毒を発症する。地熱発電の排水は砒素などの有害物質を多く含む。このため環境中へ流出しないよう採取地の地下へ戻すことが多い[要出典]。慢性砒素中毒は、例えば井戸の汚染などに続発して、単発的に発生することもある。このような河川は中東など世界に若干存在する。砒素中毒で最も有名なのは台湾の例であり、足の黒化、皮膚癌が見られた。汚染が深刻な国バングラデシュでは、皮膚症状、呼吸器症状、内臓疾患をもつ患者が増えている。ガンで亡くなるケースも報告されている。中国奥地にもみられ、日本の皮膚科医が調査している。

中毒[編集]

詳細は「ヒ素中毒」を参照

1955年の森永ヒ素ミルク中毒事件では粉ミルクにヒ素が混入したことが原因で、多数の死者を出した。この場合は急性ヒ素中毒である。年月が経過し、慢性ヒ素中毒の報告もある。日本において急性ヒ素中毒で有名なのは、1998年に発生した和歌山毒物カレー事件であり、この稿には詳細な急性中毒の報告が記載されている。

この他、1908年に死去した清の光緒帝も、ヒ素による毒殺だった可能性が高いとされている。

2004年には英国食品規格庁がヒジキに無機ヒ素が多く含まれるため食用にしないよう英国民に勧告した。これに対し、日本の厚生労働省はヒジキに含まれるヒ素は極めて微量であるため、一般的な範囲では食用にしても問題はないという見解を出している[13]。

関連法規[編集]

土壌汚染対策法において、ヒ素およびその化合物は第2種特定有害物質に定められている。

ヒ素の化合物[編集]
アルシン (AsH3)
カコジル ((CH3)2As-As(CH3)2)
ヒ化ガリウム (GaAs, GaAs3)
三酸化二ヒ素 (As2O3) - 急性前骨髄球性白血病 (APL) の治療薬。商品名トリセノックス。海外では骨髄異形成症候群 (MDS)、多発性骨髄腫 (MM) に対しても使われている。その他血液癌、固形癌に対する研究も進められている。
サルバルサン (C12H12As2N2O2) - 元々は梅毒の治療薬

歴史[編集]

13世紀にアルベルトゥス・マグヌスにより発見されたとされる[14]。ヒ素の元素名(arsenic)は、黄色の顔料を意味するギリシャ語「arsenikon」に由来するといわれている[15]。

ヒ素は無味無臭かつ、無色な毒であるため、しばしば暗殺の道具として用いられた。ルネサンス時代にはローマ教皇アレクサンデル6世(1431年 - 1503年)と息子チェーザレ・ボルジア(1475年 - 1507年)はヒ素入りのワインによって、次々と政敵を暗殺したとされる。

入手が容易である一方、体内に残留し容易に検出できることから狡猾な毒殺には用いられない。そのためヨーロッパでは「愚者の毒」という異名があった。中国でも天然の三酸化二ヒ素が「砒霜」の名でしばしば暗殺の場に登場する。例えば、『水滸伝』で潘金蓮が武大郎を殺害するのに使用したのも「砒霜」である。

分析法[編集]

無機ヒ素は容易に水素化物として気化する。このため、無機及び全ヒ素の分析法では専ら強酸分解試料に水素化試薬を加え、生成気化したアルシンを原子吸光法、誘導結合プラズマ発光 (ICP) 法、ICP質量分析 (ICP-MS) 法で測定するか、吸収液で捕集し吸光度法で測定する。感度は ICP-MS法 > ICP法 > 原子吸光法 > 吸光度法 の順に高感度である。原子吸光法では装置のバーナヘッド部を加熱セルに交換するか、バックグラウンド吸収が低いアルゴン-水素炎を用いる。感度・精度ともアルゴン-水素炎よりも加熱セルを採用した方が優れている。有機ヒ素化合物の分析では、未分解の試料を溶媒で抽出後、HPLC で分離し ICP-MS で検出する方法が採用される。

全ヒ素の分析手順は概ね次のようなものである。
1.試料を強酸分解する。硝酸-過塩素酸、硝酸-硫酸、硝酸-過塩素酸-硫酸のような混酸が用いられる。
2.分解液を水素化物発生装置の試料容器に採る。
3.これに塩酸、ヨウ化カリウム、塩化スズ(II) を加え、しばらく放置する。この操作でヒ素(V)をヒ素(III)に還元する。
4.さらに水素化試薬(水素化ホウ素ナトリウム、亜鉛粉末等)を加え、試料容器を密閉する。
5.水素化ヒ素が気相に追い出されてくる。
6.気相を原子吸光分析装置に導入する。
7.波長193.7 nmの吸光度を測定する。

アルゴン-水素炎で測定する場合は、通常のスロットバーナで可能。バーナヘッド部を加熱セルに変更した場合は、セル温度を950 °Cに設定する。

一昔前は水素化ヒ素発生装置の操作が面倒であったが、最近はオートサンプラ付きの自動水素化物発生装置が市販されている。試薬の濃度や組合せを変更すれば鉛、セレン、アンチモン等の分析にも対応できるなど、とても簡便になっている。

ヒ素鉱石[編集]

ヒ素鉱石を構成する鉱石鉱物には、次のようなものがある。
自然砒 (As) - 三方晶系
輝砒鉱 (As) - 斜方晶系
パラ輝砒鉱 (As) - 斜方晶系
紅砒ニッケル鉱 (NiAs)
砒鉄鉱(砒毒砂、レーリンジャイト)(FeAs2)
鶏冠石 (As4S4)
雄黄(石黄)(As2S3)
輝コバルト鉱 (CoAsS)
硫砒鉄鉱 (FeAsS)
硫砒銅鉱 (Cu3AsS4)
方砒素華 (As2O3) - 天然の三酸化二ヒ素。砒霜とも。
スコロド石 (FeAsO4•2H2O)
コバルト華 (Co3(AsO4)2•8H2O)
ミメット鉱 (Pb5(AsO4)3Cl)
オリーブ銅鉱 (Cu2AsO4(OH))
アダム石 (Zn2AsO4(OH))

同位体[編集]

詳細は「ヒ素の同位体」を参照

脚注[編集]

[ヘルプ]

1.^ Arsenic, mindat.org
2.^ Gokcen, N. A (1989). “The As (arsenic) system”. Bull. Alloy Phase Diagrams 10: 11–22. doi:10.1007/BF02882166.
3.^ Ellis, Bobby D. (2004). “Stabilized Arsenic(I) Iodide: A Ready Source of Arsenic Iodide Fragments and a Useful Reagent for the Generation of Clusters”. Inorganic Chemistry 43: 5981. doi:10.1021/ic049281s.
4.^ editor-in-chief, David R. Lide. (2000). “Magnetic susceptibility of the elements and inorganic compounds”. Handbook of Chemistry and Physics (81 ed.). CRC press. ISBN 0849304814.
5.^ T. R. Kulp, et al., "Arsenic(III) Fuels Anoxygenic Photosynthesis in Hot Spring Biofilms from Mono Lake, California", Science 321, 967 (2008). doi:10.1126/science.1160799
6.^ 「砒素で生きる細菌を発見」の意味、WIRED.jp、2010年12月3日。
7.^ http://usatoday30.usatoday.com/tech/science/story/2012-07-07/arsenic-microbe/56098788/1
8.^ http://www.sciencemag.org/content/337/6093/467
9.^ http://www.nature.com/news/arsenic-loving-bacterium-needs-phosphorus-after-all-1.10971
10.^ http://www.philly.com/philly/blogs/evolution/Bad-Science-More-Bovine-Waste-from-the-Arsenic-Bacteria-Team.html
11.^ 生体と金属(愛知県衛生研究所)
12.^ 身の回りのヒ素とアンチモンの化合物と環境影響(鹿児島大学工学部生体工学科 前田滋)
13.^ ヒジキ中のヒ素に関するQ&A(厚生労働省)
14.^ 前田正史 (2005), 研究課題「循環型社会における問題物質群の環境対応処理技術と社会的解決」研究実施終了報告書, 社会技術研究開発事業・公募型プログラム 研究領域「循環型社会」, 科学技術振興機構 社会技術研究開発センター, p. 8 2009年7月18日閲覧。
15.^ 桜井 弘 『元素111の新知識』 講談社、1998年、177頁。ISBN 4-06-257192-7。
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