2020年01月27日

生き物の名前って便利


生き物はみんな、「◯◯科」とか「◯◯類」とか分類されていますね。

この、全部分類するというやり方、
何か見つける度に「あっ生き物だ! ところでこれは何類?」と
生き物をデータのように見がちなことに
最初は違和感を持っていたのですが

たくさんの生き物たちに会いに行って、調べてみて、
今更ながら「名前って良いものだな」と再確認しました(*゚ロ゚)



まず、名前があることで、
名前を呼ぶことができるんですね。
当たり前ですが(*´▽`*)

名前を呼ぶことができるから、
カメムシはカメムシ、バッタはバッタと
認識を共有できます。



また、今はインターネットで調べられるのが良いですね!
アブを調べたければ検索することで情報が出るし、
一種類の生き物の世界にどっぷり浸かることもできます。



紙の図鑑しかない頃だと、図鑑に載っていない虫は
いくらページをめくってももちろん情報は出てきませんでしたが

インターネットだとなんでも出てきて、
虫たちがどういう場所で何をしているとか知れて
虫好きな人がたくさんいるんだということも知れて
ついでに別の生き物の情報も、知ることができたりします。
また、勝手にどんどん更新されていきます。

これは生き物に名前があって、
インターネットが発達したからこそできるようになった楽しみ方ですね。
ありがたいです!



ちょっと話がそれますが、
虫好きの人のブログって面白いのが多いんですね。
なぜだか分かりませんが……。

ただ生き物の名前を調べようとしただけなのに
文章の面白さに笑い転げてしまうことが多いです(°ー°;)

多様性を認める大らかな心を持っているからとか、
人間以外の多くの生き物たちに目を向けて人生を楽しむ
余裕を持っているから、とかでしょうか……?

自分は陰気でつまらない人間ですが、
少しは見習いたいものです(`・ω・´;)



というわけで(?)生き物に名前があるおかげで、
情報を共有しやすく、
世界がグッと広がるということを知りました。

これはきっと生き物以外のことでも同じですね!

現代になって
自分の好きなことの仲間を見つけたり、
情報を得たり、発信したりできて、
自信を持てるようになった人はたくさんいると思います。



前は、
「生き物は生き物、命は命で良いじゃないか」と思っていました。

自分が契約やらルールやら書類やら一般論やらで
存在を縛られているように感じるから、

生き物たちは自由であってほしい、
生き物たちまで細かな概念で縛ってほしくない、というふうに
感じていたように思います。



でも生き物を分類することは束縛じゃなく、
理解なのだと知りました。

「全部同じ生き物で、同じ命」と言ったって
湿度を好む生き物を乾燥した場所に放り出したら死んでしまいます。

どの生き物が何の仲間で、
だから同じ特徴を持っているとか
違う部分もあるとか
どう進化してきたとか

名前を付けることは、
個性を知ることなんですね。



生き物はみんな平等だけれど、
みんなに同じ接し方をすることが平等なのではないんですね。
犬は犬、猫は猫としての特徴があって、それを理解していくべきです。

それは人間でも同じですよね〜。

静かなのが好きな子、
賑やかなのが好きな子、
いろんな人がいます。



だから、「全員同じにすればいい」ってもんじゃないですね。

集団行動が苦手な人もいる。
独りぼっちが苦手な人もいる。
それぞれのタイプに合ったケアが必要です。



生き物に名前を付けるのも、
誰がどういう環境に住むか、
何を好むのかを理解するためのものだったんですね。

名前があるおかげで情報が集まって、
情報が集まっているおかげで、そこにアクセスすることで、
初対面の生き物たちの情報まで引き出せるようになりました。



分類するなんて人間的であって
自然に反する人間の勝手な行為だと思っていましたが
ホント、変な思い込みを持つのはやめた方が良いですね(>_<*)

なぜそうするのか、
なぜそういうことになっているのか

知らないままに違和感があるだとか、
苦手だとか決め付けない方が良いです。



で、ここまで語ったんだから
たくさんの生き物の名前を調べて理解するつもりがあるのかというと……

無理です( ̄▽ ̄;)

何か大きな活動をする気もなければ
自分で生き物たちのルーツや行動を観察し尽くす気も
カメラについて調べて昆虫写真を極める気力も
今のところありません。

手元にある道具と
身近な生き物たちと
多くの方が積み上げた情報の力をお借りして
ちょこっと世界を覗き見る程度です。

……思い込みも良くないけれど、
大口叩いてできもしない持論を展開するのも災難の元ですね〜。



今のところ、調べてみて、名前を知って、
興味のある話が聞ければラッキーくらいに思っています(*^-^*)

そんな気分次第の娯楽を、理解とは呼ばないですね(ノ∀`;)

でも興味のあるところから
興味のあるものをそれぞれ探求していけば、
人間の世界が面白いことで満たされていって、
多くのものが大切にされるようになる気がします。

まずは面白いことから。



面白くなければ辛くなるし、
辛くなれば何かに興味を示す気力もなくなるし、
興味がなくなれば重要性も分からなくなり
理解も繋がりも失っていく気がします。

なんとなくご縁を感じた。
なんとなく触れ合えた気がした。
ただただ楽しかった。

そんなことにも大事な意味があってほしいな〜と思います。






posted by 四月一日 at 20:02| Comment(0) | TrackBack(3) | 雑記
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