芸能人やスポーツ選手の「移籍制限」に厳しい視線…公取委検討会の報告書を検証 写真はイメージ(プラナ / PIXTA)
公正取引委員会は2月15日、「人材と競争政策に関する検討会」の報告書を公開した。この中で、発注者が個人事業主(芸能人やスポーツ選手など)の移籍制限をとり決めることが、独占禁止法上の問題になりうると指摘している。
この動きと同時に、芸能界やスポーツ界では、所属タレントや選手との契約を見直す動きも出ている。報道によると、日本ラグビー協会は2月19日、トップリーグの選手が移籍して公式戦に出場するために必要だった前所属チームの「選手移籍承諾書」を撤廃したことを発表した。
なぜ移籍制限が独占禁止法上の問題になりうるのか。今回の報告書の意義や、今後の課題について籔内俊輔弁護士に聞いた。
●労働法が適用されず、独禁法の適用対象に
ーーそもそも、なぜ独占禁止法が芸能人やスポーツ選手に適用されるのでしょうか?
芸能人やスポーツ選手は、従業員として雇われているというケースもあると思いますが、そうではなくて指揮命令を受けず独立した事業者(個人事業主)として活動をしている場合もあるかと思います。
従業員として雇用されている場合には、従業員(労働者)と雇主(使用者)との間の関係は労働基準法などの労働関係諸法令による規制を受けることになりますが、例えば個人事業主である芸能人やスポーツ選手(役務提供者)と取引関係にある芸能事務所やスポーツチーム等(発注者)との関係は、事業者間の取引ということで独禁法の適用対象となります。
過去からも個人事業主を含め事業者間の取引には独禁法が適用されると考えられてはいたのですが、今回の報告書の中では労働法と独禁法の関係にも説明されており、雇用主から指揮命令を受ける典型的な「労働者」ではない芸能人やスポーツ選手などの役務提供者との取引については独禁法が適用されるという考え方が示されています。
●フリーランスの増加という社会的な背景
ーーなぜ、公取委がこのような動きを見せているのでしょうか?
今回の検討会開催の背景としては、旧来的な終身雇用等の労働形態から、働き方の多様化を求める人が増えており、個人として働く人(フリーランス)が増加してきているという社会の変化があること、また、それに伴って人材の獲得に関する競争が活発化する可能性があるが、その競争を制限しようとする行為が行われる可能性もあることが、報告書の中で説明されています。
さらに、政府が推進している働き方改革の議論の中でも、柔軟な働き方の実現のため「雇用関係によらない働き方」(フリーランス)を働き方の選択肢として確立していくことが挙げられており、この点も影響があるのではないかと思われます。海外でも人材獲得に関する競争を巡って独禁法上問題があるとされた事例等が出ていたことや、最近の個別の芸能人のトラブル事例も関係があるかもしれません。
●既に業界内でルール見直しの動きが出ている
ーー報告書の公表によって、どのような動きがあるのでしょうか?
今回の報告書では、例えば移籍・転職に関する取り決めを発注者(芸能事務所やスポーツチーム等)が他の同業者と行ったり、同業者の団体で取り決めたりすることは、必ず違反になるとまでは断言していませんが、独禁法上問題になることがあると指摘しています。また、発注者(芸能事務所やスポーツチーム等)が単独で、役務提供者(芸能人やスポーツ選手等)に専属義務等を課すことも、独禁法上問題になりうるとしています。
既にこの検討会での検討と並行して準備をしていたのではないかと思われますが、日本ラグビー協会は2月19日に移籍選手の出場制限に関する取決めを廃止した旨が報じられています。また、芸能界でも日本音楽事業者協会が、報告書の公表日に「専属芸術家統一契約書」の見直し検討を進めている旨を公表しています。
公取委が、今後直ちにフリーランスとの取引に関する独禁法違反行為を積極的に摘発するようになるかは不透明ですが、今回の報告書で独禁法上問題となる行為が整理されたことから、フリーランスとのトラブルが多い業界では独禁法違反ではないかとの情報提供が多く公取委に寄せられる可能性もありますので、注意が必要でしょう。
●「育成費用の回収のため」という理由は通用するのか
ーーこれまで、発注者側が移籍制限をしてきた理由の1つとして、芸能人や選手などの育成には費用がかかり、その回収のためだとする考え方がありますが、今回の報告書ではどう示されたのでしょうか。
日本音楽事業者協会の公表文では、芸能プロダクションが、人材の育成に時間・労力・資金を投資している旨が指摘されています。こうした投資の回収のために、移籍・転職制限の取決めや専属義務等の設定が正当化されないか(独禁法上問題ないといえないか)が報告書の中でも検討されています。
報告書の中では、人材育成に要した投資の回収ができるようにすることで、人材育成に向けた投資インセンティブを確保・促進する(競争促進的な面がある)という点は、移籍・転職制限の取決めや専属義務等の設定が、独禁法違反を否定する方向で考慮しうる事情であるとはしています。
ただし、(1)回収を要するという育成費用の水準(算定方法)が適切か否か、(2)移籍・転職制限の取決めや専属義務等の設定によって回収される金額が育成費用相当の範囲内か否か、(3)移籍・転職制限の取決めや専属義務等の設定以外により独禁法上の問題が生じないような手段がないか、を検討すべきとしています。
さらに、報告書は、上記(3)に関連して、複数の発注者間での移籍・転職制限の取決めをする場合は、通常、育成費用の回収のための他の適切な手段が存在しないということはないと指摘しています(他方、専属義務等についても同様に考えるべきか否かについては必ずしも明確な記載はありません)。
つまり、移籍にあたって移籍先から移籍元に移籍金等を支払うことなど、別の手段によって、育成費用(投資)の回収自体は可能であるということです。ですから、「育成費用の回収」という名目があるというだけでは、発注者側が「独禁法違反ではない」と主張しても、正当化はされるとは限らないということです。
この指摘の背景には、移籍・転職制限の取決め等が、人材獲得競争への悪影響や役務提供者の自由を奪う程度が大きいことも考慮しているのではないかと思われます。
●芸能とスポーツ以外のフリーランスでも問題が生じる可能性はある
ーー今後、何が課題になりうるのでしょうか。
報告書とともに、検討会事務局である公取委が行ったヒアリング調査の結果概要も公表されていますが、その中では芸能とスポーツの分野のヒアリング結果が、その他のフリーランスからのヒアリング結果と分けて記載されています。芸能とスポーツの分野での実態が、その他の業界とは異なることを示すものといえます。
既に述べたとおり、芸能とスポーツの分野では、報告書の公表を受けた対応がみられますが、その他のフリーランス、例えば、記者、作家、ライター、技術開発関係のフリーランスもヒアリング調査の対象者としては数が多く、こうしたフリーランスに関しても独禁法上の問題は生じえます。
芸能とスポーツの分野以外でのフリーランスの保護については、別途法整備を厚労省等が検討しているとの報道もあり、今後の法整備の検討の方向性を注視する必要があるでしょう。また、これらの業種には下請法が適用される場合もあると思われますが、昨今、下請法の執行が強化されているので、その面でも今回の報告書の公表を踏まえて、フリーランスと取引をする発注者側は現状の取引に問題がないか見直す契機にすべきでしょう。
(弁護士ドットコムニュース)
https://www.bengo4.com/internet/n_7616/
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