政権維持のため電撃解散に打って出た安倍晋三首相。だが、最も政治の手を必要とする当事者は、またも置き去りにされようとしている。投票する権利も意思もあるのに、高齢などで心身が弱り、投票できなくなった有権者たちだ。郵便で投票する制度があるが実際にはハードルは高く、改善の提案も議論されないまま。与野党の議論は白熱する中、本当に困っている当事者の声を聴く姿勢は見えない。 (三浦耕喜)
総選挙へと走りだした国会で、受け止める者がいないまま放置されている報告書がある。今年六月十三日に総務省の有識者研究会が公表した「高齢者の投票環境の向上について」。「投票の意思があっても、投票に行けない高齢者の投票環境の向上は重要課題」と位置付け、半年以上の議論を経てつくられた。
「投票の意思があっても、投票に行けない高齢者」。その多くは政治家ならだれもが国政の大事と口にする介護保険制度に支えられている。だが、そういう「消えた有権者」がどれだけいるかという基本データすら、国は把握していない。
本紙は年代別の投票率に着目し、八十歳以上に限っても二百万人以上が「消えた有権者」になっている可能性を今年四月五日付で指摘した。施設入所者は施設内で投票できる場合もある点を考慮する必要はあるが、投票困難者は八十歳未満にもいる。「二百万人以上」は、寝たきりとなる率が急増する要介護3以上を足した約二百二十万人とも符合する数字でもある。
研究会の報告書は不十分ながら改善の方途を示したものだ。
現状では、在宅での郵便投票が認められているのは、重度の障害者の他は「要介護5」の人のみ。これを要介護4、3の人にも拡大するべきだと提言した。要介護4の九割、3の半数が寝たきり状態にあるという実態をくんだ提案だ。報告書を公表した記者会見で、高市早苗総務相(当時)は早期実現を期待しつつも、「各党各会派での議論も必要だ」と、国会での議論を促した。
だが、突如の解散で、議論されないまま総選挙へ。「『消えた有権者』は放置されたということです」と話すのは、大阪の大川一夫弁護士。障害者を含め、ハンディを負うために一票が投じられない人々の相談に乗ってきた。大川弁護士は言う。「最も政治が守っていくべき人たち。その当事者が声を上げられないまま、政治が決められようとしている」
そもそも、「現行の郵便投票制度が煩雑すぎる」と大川弁護士は指摘する。地元選挙管理委員会との間を何度も書類をやりとりし、ようやく郵便での一票が認められる。本人の自筆が原則で、代筆なら手続きはさらに増える。「ただでさえ弱っている人たちに、さらに手間をかけさせるむごい制度だ」と大川氏。
昔は広く代筆も含めた郵便投票が認められていた。だが一九五〇年代にそれを悪用した選挙違反が多発。一度制度を廃止し、手続きを厳しくして復活させた経緯がある。「それは半世紀前の話。今やさまざまな技術で本人の意思が確認できる時代だ。高齢化社会が到来するのを知りながら、『この人の一票も』という努力もないまま、漫然と数十年が過ぎた」と大川弁護士。
報告書には「情報通信技術(ICT)の活用で在宅で投票できる環境の向上」との方向性も示されている。だが、果たして何人の国会議員が報告書に目を通したのだろうか。問われることもないまま、総選挙が始まろうとしている。
東京新聞 2017年10月4日
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