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2022年08月11日
私って誰?私って実は、ま・ぼ・ろ・し!by 空海
私って誰?結局「私の世界」って幻なの?
「哀しい哉 哀しい哉
哀れが中の哀れなり
悲しい哉 悲しい哉
悲しみが中の悲しみなり
哀しい哉 哀しい哉 復 哀しい哉」
空海の言葉は人の世は哀しみに
満ち溢れているようにみえますよね?
「哀しい哉 哀しい哉
哀れが中の哀れなり
悲しい哉 悲しい哉
悲しみが中の悲しみなり
哀しい哉 哀しい哉 復 哀しい哉」
でも、この
かなしいかな、かなしいかな、
あわれが「中」のあわれなり
かなしみが「中」のかなしみ
最後は復=また、哀しいかな。
っていってるのね?
この「中」が
マイナスでもプラスでもない心の在り方
私たちは長年にわたる
「ポジティブ信仰」に
毒されているって思いませんか?
最近ではポジティブ思考が、
日本人の性質に
あまりフィットしないという
観点もありますよね。
日本人が、とつけたのは、
どこかの調査で中国やアメリカの人々に
比べて、日本人は「自分に自信がない」
という点で世界最低点だということでも
わかります。
中国やアメリカでは50%ぐらいの人が
自分に自信を持っている。
けれども日本は17%だったかな?
ともかく自己評価が低すぎる
ということが話題になりました。
自己愛が、足りなすぎ!
私がやっている写経塾では中庸という
「プラスでもマイナスでもない状態」
を書くことで感じる体験を
していただいています。
漂う雲のように「自我」を薄くしていく。
意識をぼやかして
「あたたかい光」のような
エネルギーの中に溶け込んで
いくような気持。
書くことに集中して、
自分のことを
一時忘れてしまうような「書く瞑想」
として般若心経を
1巻書く時間を使います。
書きなれている方は40分ほど、
初心者でも1時間ぐらいで
書き上げることができます。
その間は静かに普通の呼吸をして
漢字に集中しています。
頭を空っぽにして
「何かを思い出したり」
「自分はダメダメ」
なんてことは考えません。
ただただ漢字を目で追って書く。
なかには「空」「無」という漢字が
何度も出てきます。
意味は解説書で
自分の好きな意味を勉強するのも良いし、
知らなくても構いません。
知らない方がスッと心に
温かいものが入ってくることもあります。
言葉の持つ「霊」が
「こだわったりすることはありませんよ」
「悲しんだりする必要はありませんよ」
「宇宙のエネルギーがここに転写していますよ」
と頭の中に入ってきます。
心の中に沁みて広がってきます。
私は最後の18文字までを讃える言葉
「感謝のお経」と思っています。
良く知られる最後の
「ぎゃーてーぎゃーてー」には
意味はありません。
というよりも
仏教者ではないので「おまじない」と捉えています。
「最高に強力なおまじない」。
私は私であってもいいし、私でなくてもいい。
エネルギーとしてここにあるだけ。
集合的無意識の大きなエネルギーの
一部でもあり、そのすべてでもある。
マイナスでもプラスでもなく、
ものさしがない状態を受け入れています。
という状態かな?
無理をしなくても
人って前を向いていきますから、
無理をしない程度の
プラス思考を持っていて、
過去のことを
クヨクヨ悩む必要がないことを
知っている。
プラスとマイナスの均衡がとれていて
ニュートラルな状態を「中庸」いいます。
文字の持つ「霊」が
このことを教えてくれる。
書くことで知らない間に
瞑想状態のシータ脳波がでるの。
文字の言霊を書いて
「真言の智慧を讃え感謝する」ことで、
自分を発見して、
幸せな心の状態を紙にも
心にも定着させることができます。
空海の秘儀「右脳ハック」っていうのは、
「中庸」の気持ちを整えて
「宇宙」を讃えて、
生きている喜びに感謝できるようになる
そういう「智慧」を書いて引き出せるの。
写経ってジジ臭いとか、
仏教臭いとか思いがちです。
でもスケジュール帳に
古今東西の「名言」を
書き込んだりするのと同じ。
ちょっと形が違うけれど、
「最強のおまじない」を書く、
心には強く刻印しつつ、
宇宙に向かって
エネルギーを最大出力で放出する。
ご利益は満載なの。
本屋さんにはたくさん「なぞり書き」も
できる本があるから、ぜひ覘いてみてね。
マイナスでもプラスでもない
「中庸」とういう心の状態、
空海がいうところの「中」は
人間は生れてきた以上は
生きてくだけで大変だし「哀しい」
そして滑稽なほど「悲しい」けど
「哀しい」というのは「あわれ」
あわれって、みじめなことじゃないの!
「哀れ」「あはれ」は「儚いこと」
生きてる間なんてあっという間の儚さ。
そこを言っているのね!
四苦八苦のこと言ってるんじゃないの
そこを目指しましょ!