2019年12月22日
おもいでの年賀状
学生の頃、大学の近くにアパートを借りて下宿していた。
大家さんは年の頃80歳ぐらいのおばあちゃんで、アパートの隣でその町で一番古い喫茶店を経営している、とても気さくで親切な人だった。
ある年の冬のこと。いつも何かとお世話になっている大家さんに、実家からお歳暮にりんごを送ってもらったことがあった。ちょうど冬休みの時期だったので実家に帰っていたら、お正月に大家さんからお礼状を兼ねた年賀状が届いた。
年賀状は「このたびは美味しいりんごを送っていただきどうもありがとうございました」というような書きだしで始まり、離れて住んでる家族やお店の常連さんたちにもお裾分けさせてもらってみんなで食べたというようなことが書かれていた。慣れない毛筆で一生懸命綴ってくれたらしい文章に私は新年早々とてもほのぼのとした温かい気持ちになった。しかし結びの一文を読んだ瞬間、私は思わずお茶を吹き出してしまうような笑撃に見舞われた。私は自分が見間違っただけに違いないと何度も何度もその一文を見返した。でも紛れもなくそこにはこう書かれてあった。
『女もいただきました』
と!
まだ箸が転んでもおかしい年頃だった私は、このまさかの一文がみごとツボにはまってしまい、もう腹筋が張り裂けそうになるぐらい笑いに笑ってしまったのだが、ひとたび落ち着きを取り戻したところで家族と「はたして大家さんはこの文章で何を伝えようとしたんだろう」という話になった。これがルパン三世からの置き手紙ならともかく、なんといっても今回の手紙の主は高齢のご婦人である。その言葉の意味を額面どおり受け取るわけにはいくまい。「単なる字の書き間違い」「娘さんかお嫁さんのことなんじゃないか」などいろんなことが考えられたが、その場に居合わせた弟は「これは大家さんが自分のことをへりくだって『女』と言っているにちがいない。一人では食べきれないのでいろんな人にりんごを分けさせてもらったけど、もちろん私めもしっかりいただきましたよ、と最後の最後に自分をアピールする一文を持ってきたのだ」という、わけわかるようなわかんないような微妙な見解を示していた。弟はその頃ちょうど思春期真っ只中の高校生だったと思うが、私や母を前にいつになく少しあわてた調子で力説している姿が可笑しかった。
結局、本当のところはわからずじまいだったが、今でも年賀状書きのシーズンになると、あの震えるような筆文字で書かれた大家さんの「女もいただきました」という一文を思い出し、笑いがこみあげてくる。
さて、気がつけば令和元年の今年も残すところあと9日。年賀状の受付締切(元日配達の)は12月25日らしい。やばい。あと3日しかないぢゃないの。のんきに日記なんか書いてる場合じゃなかった。がんばって年賀状書かなくちゃ。
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