2019年03月21日
息遣い
数年前、栃木県の地方の病院に勤めていた時のことです。
その日は仕事でおそくなり、病院を出たのは夜10時を過ぎていました。
家は病院の職員住宅で、病院とは300メートルばかりのところにあり、その日は歩いての帰宅になりました。
途中かなり広い道路なのですが、9時を過ぎると街灯が消されてしまい、足下も暗くなってしまっています。
道路のまわりは田んぼでちょうど田植えが終わった時期でもあり、水田になっていました。
私は帰宅を急ぎ、やや早足で歩いていました。
ふと、5メートルほど先を白い服を着たおじいさんが杖をついて、ゆっくり歩いてるのに気がつきました。
おじいさんとの間隔はどんどんつまってきます。
すぐに追い付きそうになりました。
で、それにしてもおかしいと思いました。
街灯が消えているといっても、薄明かりぐらいあるし、人がいたのなら最初から気付いているはずなんです。
道のわきの田んぼも人がかくれられる所はないですし。
そう考えたら背筋に寒気が走りました。
まあ、暗がりの中を独りで歩いているのですから最初から恐いなあ、とは思っているわけなんですけど。
意表をつかれたこともあり、もしかしたらこの人はこの世のものではないのかもしれない、そんな感じがしてドキドキしながらもついに追い付きました。
追い抜くときにその人にならびました。
で、背の低い腰の曲がったおじいさんでしたが、人間の存在感というか息遣いを感じることはできました。
抜き去る間のほんの一瞬でしたが。
ああよかった、やっぱりこの世の人だ、普通の人だと、ひとまず安心できました。
そして自分とその人との距離はどんどんひらいてゆくのでした。
と、その次にまた凍りついたんです。
あれ、足音が聞こえない、おかしいぞ、と。
そう思うやいなや、怖いものみたさで、反射的に振り向きました。
するとなんというか、、誰もそこにはいなかったのでした。
もちろん人がかくれられる様な場所ではありません。
消えてしまったとしか思えません。
やっぱり第一印象のとおりだった。
この世の人ではなかったのだと思います。
でも、追い抜く時には人間の存在感をはっきりと感じたのです。
それは人の気配というよりももっと強く、確かに息遣い、体温とかのはっきりと実体を持ったものとして感じられたのですが。
不思議な体験でした。
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