2013年06月22日投稿。
別に私は生まれがどうとか気にしたことなんてない。
物心ついた時にはじじばばの元で育てられたし、母を捨てたとか言う父の存在なんて気にするどころか、それ以前に知らないし、知らないものは気にもならない。ただ周りはそれを冷やかすのが好きらしい。
はっ、面倒臭い奴等だ。
私は鴉天狗達が暮らす小さな集落に生まれた。父の存在は知らないし、じじばばともども教えてくれないから分かりもしないが、ただ、目が碧かったんじゃないかと思う。
小さい頃、私は自分の顔を知らなかった。邸の庭で鞠ばかりついていたもんだから、外に行ったこともなくて。そんな退屈な毎日だったから、ある日本当に退屈になって、こっそり邸を抜け出した。
そして私は初めて知った。
あぁ、私は人とは違うんだ、と。
最初、皆が何故私を見て煙たい顔をしているのか、判らなかった。着ているものも皆と変わらないはずだし、髪だって毎日ばばが整えてくれてる。何にもおかしいところなんてない。ないはずだ。
じろじろと見やがって。
私は舌を打った。
すると、一人の子が、母らしき人に尋ねる。無垢な顔で。無垢な声で。
「ねぇ、あれが異端の子なの? だって、おめめ、碧いもの」
その時、私は初めて知った。
私の目はそこここにいる赤や黒の目とは違う。じじばばのように金色でもなければ、人っ子のように茶色ですらないのだ。
私は自分の顔なんぞ見たことなかったもんだから、自分の目がじじばばと違うなんてとんと知らなかった。
その日からだ。
あぁ、きっと、私の父は目が碧かったんだな、と、思ったのは。
一度外に出てしまったら、私はすぐに慣れた。そして、もっと外を知りたいと思った。周りは相変わらずの反応だったけれど。私があまりに抜け出すもので、じじばばも諦めたのか何も言わなくなった。私は別に自分が特別なんだとも思わなかった。目の色ごときなんだって言うんだ。
私はそんなことより、もっと世界が知りたかった。
そうして幾歳か過ぎた。
相変わらずだいたいの奴等は私を異端だなんだと外れ者にしていたが、そんなのは集落の外に出れば関係のないことだ。私はちょくちょく人里に飛んでいっては、人っ子のふりをして町の者たちと話していた。元々話し相手がじじばばと一人二人いるかいないかの友人だけだったから、外に出て話すのはとても楽しかった。
また人っ子は面白いことに、私が話をするとたいそう喜んでいろんなものをくれた。簪に鞠に切り子細工、きらきら光るものを、たくさん、たくさん。そのほとんどは私には要らないものだったが、私はそれを喜んで受け取った。そして礼には満たないかもしれないが、私も村にある誰かしらの家の柿をもいでくれてやったり、山菜や筍が余ったらくれてやった。
そうすると、また、いろいろ話を聞けるし、また、いろいろ貰えるのだ。
人っ子とは面白い。本当に面白い生き物だった。
こちらが聞けば要らぬ情報からどこかで使えそうな情報まで、べらべらべらべら喋ってもらえるもんだから、私は調子に乗っていろいろ聞いてやった。
そうして人里をうろついていたある日、その人を見掛けた。
とは言っても、一瞬目があったような気がしただけで、実際に目があったわけではないのかもしれない。その人はすぐに飛んでいってしまったからだ。
でもその姿がなんとなく気になって、もしかしてそこに行けばまた会えるかもなんて淡い期待を、少しだけ、少しだけ、抱いてしまった。
まぁ、人里で見たのはそれ一回っきりだったのだけど。
暫くして、じじばばも死んでしまった。じじもばばもいい人で大好きではあったけれど、私が知りもしない父に対しては、最後まで悪態を吐いていたもんだから、なんだか虚しくなって、これで良かったんだと思った。だって、死んでしまったら、もう、誰かへの憎悪なんて、なくなってしまうんだから。これで、良かったんだ、って。
私はとうとうひとりぼっちになって、寂しいからよく唯一とも言える友人のもとへ訪ねて行ったのだけど、そいつもどうやら様子が芳しくない。昔からひょろっこい奴だと思ってはいたけども、ここまでくると、もしかして、と、考えてしまう。
縁側で二人腰掛けて、いつも通りの日向ぼっこだけれど考えると気が重く、私は溜め息を吐いた。
すると奴は咳をしながら、くすくすと笑って言う。
「溜め息なんて珍しいね、考え事?」
「珍しいって、私が溜め息吐いたり考え事してるのがそんな珍しいって? 私だっていろいろ考えてるのよ」
「そう? お祖父さんが亡くなった時も、お祖母さんが亡くなった時も、あっけらかんとしてたように見えたけど」
「ちょっと、私が血も涙もないみたいに言わないでくんない」
それにあの時は…、
私は思い出す。異端の子を匿っていたとかなんだで、じじの死んだ時も、ばばの死んだ時も、皆は白い目で見るだけだった。
そんな時、身体の調子がよくないにも関わらず私の元に手向け花を持ってきてくれたのは、こいつだけだった。
私はまた溜め息を吐く。
するとまた、くすくすと笑う。
昔からそうだった。何でも分かったような風をして、それでいて何も知らない無垢な顔で、くすくすくすくす、楽しそうに笑ってるんだ。
私はやりきれなくなって、そのまま寝転び天を仰いだ。
「あぁあ、ばっかみたいにいい天気!」
「ねぇ、大天狗様が君に目をつけてるって話、知ってる?」
「は?」
「大天狗様がね、君は使えそうな人材だから、部下に欲しいんだってさ」
すごいねぇ。
言って、またくすくすと笑っている。
「私、そんなの初耳なんですけど。っていうか大天狗様に会ったことすらないのに何でそんな」
さぁ、
くすくす笑いながら、その手が私の長い髪を撫でる。
「君は人里やらどこへやら、行きたいところに行ってはいろんな話を仕入れてくるじゃない? だからだよ、たぶん」
「ふーん、それにしたって、異端の子を、ねぇ…、」
「異端とか、関係ないじゃない」
「何それ、人のこと異端の子ってアンタが言ってたんでしょ」
「あはははははっ! それは皆言ってるよ。僕が言いたいのはね、異端だろうがどうだろうが君は面白い生き物だってことだよ、大天狗様も気に掛けるほどね」
そう言って笑った後の、少しだけ、寂しそうな顔。
私は見ていられなくなって、あぁあ、と、大袈裟に声を吐くと、ばっと立ち上がった。
「ま、大天狗様とかそんなん、私には関係ないけどね!」
「……、」
そうして翼を広げると、じゃ、またな、って、縁側から羽ばたくと、何処へともなく、飛んでいった。
それから何度かまた話す機会があったのだけど、その話はそれ以降出なかった。私がその話を嫌がったのが、何となくわかってたのかもしれない。
結局私は、最後まで気を遣わせてばっかりだった。
その日は雨だった。
その日は突然やってきた。
私はぼんやり雨宿りしながら、濡れた顔をごしごしと乱暴に拭った。
そしてやっと、言わずにいた言葉が、するりと落ちた。
「あぁあ、本当に独りぼっちになっちゃったなぁ」
そしてその場に座り込み、膝を抱えた。
じじばばのいない邸は広すぎて、耐えきれなくて遊びに行って、それなのに、もうそんなことも出来ないなんて。何処に行っても、もう、独りぼっちだ。
私は、ぼんやり地面を見つめながら、思った。
その時、ふっと視界が暗くなる。
誰だよ、そう思って私に影を落とした奴を睨み付けると、それは、いつか人里で見掛けたその人だった。
「……、」
その人は、膝を抱えた私に、何も言ってはこなかった。代わりに、すっと右手を差し出してきて。その右手の意味を、理解してはいたのだけど、私は首を振って拒絶した。今はそんな気分じゃない。放っておいてくれ。そんな風に。
「……、」
「……、」
「…………、」
その人は何も言わない。
それなのに、ぽつり、私の口から、言葉が漏れる。そう、一つ口にしてしまうと、ぽつぽつと、次から次へと、溢れ出してくる。
「独りぼっちになっちゃった」
「……、」
「大切な友達だったのに、何にもできないままだった。私なんかと一緒にいて、自分だって白い目で見られちゃうのに、馬鹿な奴だなぁ、って、思って」
「……、」
「私、知ってる。アイツが貴方に言ってたんでしょ、私が使えるヤツだって。私なんかより、貴方の部下にはアイツのがぴったりだったってのに、残ったのは私一人なんだから、酷い話だね」
「……、」
その時、ふっと、頭に手が乗せられる。温かくて、大きな手だ。
お父さんってものが存在したら、それはきっとこんな感じかな、と、ぼんやり思った。
「私なんか……、」
「確かに俺はアイツから話を聞いて、お前に目をつけた。元々アイツを部下にと思ってたのも間違いじゃない。アイツはあんなだが頭が切れるからな」
「じゃあ何で私を……、」
「迎えに行ってやってほしい、と、頼まれたからだ」
「……、」
最後まで、本当にアイツは……。
私は溜め息を吐いた。
もう久しく、溜め息すら吐いていなかった気がする。
「そうだな、迎えに行ってやってほしいと言われたこともあるが……、」
「……、」
「いつか見たとき、独りにしておけないな、と、そう思った。そんなもんだ」
「……、」
私は溜め息を吐く。でも、さっきよりは軽い。
そうして立ち上がって、右手を差し出した。
「どうせ行く宛もないし、私なんかが役に立つなら、どうぞ、」
それがアイツへの、最後の手向けになる。
そう思ったから。
そして何より、真っ直ぐ自分を見つめてくれたこの人を、信じてみようと思ったから、だ。
そうして私は手を取った。
が、その直後、ちょっと待ってと手を放す。
怪訝な表情を浮かべるのをものともせず、私は懐剣を取り出すと、自分の長い髪をひっつかみ、乱雑にばさりと切った。そしてその髪束をぐっとその人の目の前に差し出して見せて、言った。
「アイツが長い髪がきれいだ何だと言ってたから伸ばしてた。もう、必要ない。これは、アイツへくれてやって」
私の突拍子もない行動に呆れたのか、肩を竦めたけれど、それをしっかり受け取ると、空いた手でまた、私の頭を撫でた。
そうして私は、その人についていくことになった。
その人は人使いが荒いところやちょっといろいろ不安なところがあったけれど、だからこそ、仕方ない私が支えてやるか、って思わされるような不思議な人で、その人の部下として私が生きていくのは、また、別の話である。
終わってしまう
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