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2020年02月23日
はてなの茶碗
京都のお話ですが音羽の滝が御座います。
その滝の前に茶店が在ります。
そこに腰を下ろしてお茶を飲んでいたのは
歳の頃は五十前後のどっから見ても大店の主の格好をした方。
飲み終わった後に不思議そうに茶碗をひっくり返したり、日に透かして見たり首をひねって「はてな?」と言って茶碗をそこに、茶代を置いて出て行った。
横で同じようにお茶を飲んでいたのは電気の無い時代、行灯に入れる油を荷で担いで売る油屋さんです。
おやっさん
なんじゃいな油屋さん
ぼちぼち出かけるわ
もう少しゆっくりしていったらどうだ
こんな所で油を売っても一文にもならん
出て行って油を売らないと
面白い商売だな
頼みが在るだけどな。荷を担いでいると喉が渇く
得意先で湯を飲ましてほしいと頼むと気良く出してくれるんじゃが手が油まみれだ
茶碗に油がついてしまって水でゆすいでも落ちない
気兼ねなく自前の茶碗が欲しいんだ
悪いので構わないから安く一つ分けて貰おうと思って
そんな事かいな
籠の中に仰山ある持っていき
タダで良いの?
長年の馴染みだ
偉いすまんな
それじゃこれを貰っていくわ
あぁそれはあかん
こっちの籠に入っている方をもって行き
なんでだ?
同じじゃないか
あのな、その茶碗を大事に、丁寧に置きなされ
お前さんは知るまいが先ほど、この茶碗でお茶を飲んでいた方は
衣棚に住んでる茶道具屋の金兵衛っている人だ
人呼んで茶金さんという有名な方だ
京一の道具屋ってことは日本一って道具屋だな
あの人が目を付けて、「この品は」と指を一本差しただけで黙って十両の値打ちになる
どこが気に入ったのか最前から裏返したり、ひっくり返したりして首をひねって「はてな?」と言って置いて行った
ひょっとしたら千両の値打ち物かも知れないから、これはあげられん
こっちのはあげるから持っていき
なんや知ってたんか
茶金さんがえらいひねくり回しているさかいな
値打ち物かも知れんから上手い事を言って持って行ったれと思って
何を考えて、、、油断も隙も無い
あかんで
ばれたらしょうがない
ここにな小判が二枚ある
それで売ってもらいたい
申し訳ないが二両や三両では売らん
一つ間違えたら千両品物
そんなこと言うなよな
お前だって茶金さんこなかったら今日か明日にも割っていたかも知れないのに
小判二枚になったら御の字じゃないか
それはそうだがわしも運試し
これが千両になるか五百両になるか、それとも一文の価値も無い品か分からないが
ちょっと置いておきたいから堪忍して
わしから先に声をかけたんじゃないか
あるだけ出して頼んでるんじゃないか
もっとあったらもっと出す身代限りだ
・
・
そうか、もう良い諦めた
その代りお前も儲けさせない
この茶碗たたき割ってやる
おいおい無茶するな
無茶はそっちだ
こっちはこれだけ頼んでいるのに
・・え?願ごて出る?
あぁ願ごて出たらええ、こっちの手は油だらけ粗相で割ったと言ったら申し開きが立つ
黙って二両を貰うか、割ってしまうかどっちがええ?!
しかし二両は殺生だ・・・
あぁ!!待った待った売る!売る!
もう諦めた
儲ったら歩でも持ってこないとあかんで
みなまで言うな
わしはそんなケチな人間じゃない
儲かったら必ず挨拶に来るさかいな
それじゃこの茶碗確かに買うたぜ
乱暴な男が在ったもので強奪するように茶碗を持って帰ると
どっかから手をまわしましたか桐の箱へ右近の布に包んでこれを納めます。
この時分、更紗の風呂敷が流行ったものでこれを包み
自分も身なりを変えて道具屋の手代みたいな恰好をしてやってきました。
ちょっと茶金さんに見て貰いたくってやって参りましたが
へぇい
ちょっと主が手を離せませんもので番頭の私が代わりに拝見いたします。
あんたはここの番頭さん?
立派なものだな、これだけ大きなお店のご番頭なら立派な商人だけどな
この茶碗だけは茶金さんじゃなければ分からないと思うけどな
茶金さんに見せたら五百両、千両の値打ちに見てくれるんだけど
ほかの人が見たらただの安物ものだと
いやいやどのような品物でも一応店を預かります番頭の私が拝見いたしまして
目の届きません節に主の方に
規則ならしょうがない、見て貰おう
けどな、これを見たら笑ったらあかんで
笑いやしません
いいや、笑うかもわからん
笑いやがったらどつくさかい
笑いやしません
茶碗どすかいな
拝見いたします。
・
なかなかいい風呂敷ですな更紗もこの辺になりますと結構で
風呂敷を褒めいでもええねん
中の茶碗を褒めて
分かっております
拝見いたします
・
・
・
この茶碗ですか?お間違いはおまへんな?
・
偉い折角ですが手前どもでは目が届きませんでどっか他所さんへご持参を
だらかお前では分からんって茶金さん出したらええんや
茶金さんならこれを五百両、千両と!
いや、これは主を見せましても同じことで
左様ならば申し上げますが、これはなんぞのお間違えではおまへんか?
これはどこにでも転がっております清水焼でも一番安物の数茶碗
どこを見て五百両、千両と・・・
私かて商売人どすがな
そんな無茶を仰ったら(笑)
バシ!
何しなさる!
笑ったらどつくと始めっから言うてるやないか!
人の品物を見て!茶金さん出したらええんや!
店が騒がしいがどうした?
茶金さん、あんた見て欲しくて来てるのに
番頭のガキが横から出しゃばりやがって
人の品を見て鼻の先で笑ったりするさかい
人様のお品を拝見して笑うという事があるかいな
あんたもあんたじゃ
手をかけなさらいでも宜しい
私が拝見いたします。
あんたに見て貰ったら千人力だ
千両、五百両っていう品物さかいなこの茶碗
茶碗どすかいな
拝見を致します。
・
・
・
こ、この茶碗、、ふっ
あんさんに笑われたら心細いで
良く見ておくなされ
ちょいちょいあんたみたいなお方がお越しになる
妙なものを持ってきては五百両の千両言って
粗相でこっちが傷でもつけたらそれで因縁をつけて金にしようと
いやいや、あんさんがそうだって言うてんじゃない
ちょいちょいそういうお方があると申しております。
またそう思われてもしょうがない
番頭が笑ったのももっともな話どこにでも転がっている安茶碗
あんた箱から出しもせずそう言わはんな
もっと手にとて裏返したり、透かしたりしてみてなぁ
ほんまに値打ち無いの???
ただの安物か?
・
こら!お前さんくらいの人間になったらな世間の物はみんな知ってんねん
どこで迷惑する奴がおるか分からんのじゃ
ややこしい茶の飲みようさらすなよ
ややこしい茶の飲みよう??
あんたな、四、五日前に清水の滝の前の茶店で、この茶碗で茶を飲んでだろ
そぉか、どっかで見たようなお人じゃと思ってたら、傍におった人じゃ
もの言いましたがな、確か油屋さん
油屋さんやないわい
何でもない茶碗ならさっさと出て行かんかい
中のぞき込んだり、裏透かしたりして首ひねった後に
「はてな?」っと言って置いてったんや
あんたみたいな人が首にひねった後に置いてったんだから
これは掘り出し物だと思って茶店の親父と喧嘩までして・・二両
・
お前らはなぁ小判の二枚ぐらいどうってことないかも知らんがな
荷担いで、油売って回って小判二枚貯めようと思ったらな並大抵な事やないぞ
三年間食うもんも食わんでやっと貯めた小判放り出して来たんだ
何でもない茶碗ならなんで可笑しな真似しやがった
ちょっとお待ち
この茶碗どしたかいな
私お茶を頂いておりますと、茶がポタポタっと漏りますんでな
おかしいなぁ、ひび割れもあるかと見たら傷も無ければ
釉(うわぐすり)にもの何のさわりもない茶碗だけど茶が漏る
不思議な事があるもんだなぁと思い「はてな?」って言うて置いて帰った
・・・んなおかしな話ないでぇ
これ傷もんか?!
あ゛ぁエライことしたな
聞いておくんなされ実は大阪なの人間で極道が過ぎて親父に勘当された
しゃないさかい京に出てきて荷を担いで油を売って歩いてたけど
担ぎの油屋じゃうだつが上がらない
・
ぼちぼち親父も寄る年波や
久しぶりに顔を見せたいと思ってもまとまったものを握らな敷居が高くって
やっと貯めたこれで一山当てることが出来なか探していたら
あんたが茶碗をひねくり回している
これはと思って・・・誰も恨むわけにはいかんわ
博打はって目と出なかった
あぁ三年間棒の振ってもうたか
えらいすみません、そんなんさかい悪く思わんでくれ
まぁまぁちょっともう一遍お座りやす
あんさん大阪のお方?
そうでっしゃろうなぁ、京の人間はそんな真似は出来ん
やっぱり商いは大阪ですなぁ
たったそれでかの思惑で、失礼ながら二両と言ったらあなたには大金じゃろ
それを放り出しなさった
言わば茶金という名を買うて頂いた
あんたに損させてはわしの気が済まん
この茶碗、私が買わせて頂きます。
千両で?!
いやぁ千両では買わんがな
元での二両にもう一枚つけさせて頂きます
ここまでの足代、箱代、風呂敷代などとして納め下さい。
あんた一山当てようという気を犯したらあきません。
長年やっていても掘り出し物を探して損をするのはこの道や地道にお稼ぎやす。
親御さんだって憎くって勘当したわけじゃなかろう
あんたが三年間固く奉公し、一生懸命働いた
それが何よりも親御への土産じゃ
このお金をもって一日でも早く顔を見せに帰ってあげなされ
あほらしい、何を言ってなさる
己が勝手に思惑をはって当たったらわてが儲けて、外れたらあんさんが出してくれる。
そんな虫の良い、筋が通らん。
いやいや、そんな厚かましいことが出来まへん
いやぁあ、、
ねぇ・・・
なんぼなんでも・・
・
え?左様か?
実は明日油を仕入れる金もありませんのや
エライすみませんなぁ
そんならなぁこれはお借りいたしますわなぁ
いつ返せるか分からんが何とかなったらお礼と一緒に参上いたします。
この茶碗はどうぞ
こんなの要らんさかい持って帰りなされ
百貫のかたに笠一蓋ということも、まっまぁこれだけでも取っといて!
番頭はん堪忍しておくれよ
それではお騒がせいたしました
さようなら!!
逃げるように帰って行きました。
茶金さんくらいになりますと良い所にも出入りしております。
関白鷹司公のお屋敷に参上した折の話
茶金、最近世情で面白い話はないか?
この間手前どもの店でかようこのような事が御座いました。
それは面白い
麿(まろ)もその茶碗が見たい
早速人を走らせて茶碗を取り寄せました。
関白さんが水を注いでもやはりぽたり、ぽたり
覗いても調べても傷は無い
はてな?
面白茶碗だと短冊をとり
「清水の音羽の滝の落としてや茶碗もひびにもりの下露」
面白い狂歌がこれに添えられました。
公家さんたちの間これが評判になりその噂でもちきりです。
これが時も帝の耳に話が入りました。
朕も一度その茶碗が見たい
偉い事になりました。
茶金さんは桐の箱を新調致しまして、右近の布も更紗に変えて
精進潔斎して茶碗を御所へ持参いたしました。
どんな方の前に出ましても
茶椀に水を注ぐとぽたり、ぽたり
覗いても調べても傷は無い
面白い茶碗であると筆をとり箱の蓋に万葉仮名で
「波天奈」と箱書きが座った。
偉い値打ちものとして茶金さんの所に帰ってきた。
大阪の金持ち鴻池善右衛門がその話を聞いて
茶金さんその茶碗を千両で売って頂きたい。
有り難い事で御座いますがなぁ
尊い方の筆が染まったのでお売りする訳には参りません。
そんな事を言わんでなぁ
儂はその茶碗で一回茶会をやってみたいんじゃなぁ
その茶碗を一回預からして、あんたに千両を貸そうじゃないか
儂から千両借りてくれ、そして抵当としてとる。
質として千両貸すさかいはよ流せ。
偉い手間のかかる話ですが、早く言えば千両で売れという事です。
これをあの油屋に知らせてあげれば喜ぶだろうと思いますが
油屋は極まりが悪いので近所を通らないようにしています。
ある日の事
旦那
なんだい?
この間の油屋さんが隣の町内を歩いていましたよ
早く行って捕まえて来なさい!
え?!
誰や?引っ張ってくるのは?
ん?茶金さんところの子供さんじゃないか
え、旦那が会いたいって?
面目なくって会えるわけないじゃないか
そんなにひっぱたら油がこぼれるじゃないか
おぉ油屋さんこっちへ入ってきておくれ
茶金さん、こないだの三両返せって言ってももうないで
返せとは言わん、話があるんじゃ
まぁまぁそこへお座り
実はなあの茶碗
うわぁ!その話はせんように
茶碗と聞いただけで脇の下から冷や汗が出る
まぁ聞いておくれ
あれが千両で売れたんじゃ
・・・・え
そういうやつかお前は?!
京の人間はえげつないとは聞いていた
傷もんじゃ傷もんじゃと言って三両で値切って
まぁちょっと話を聞きなさい
え、
えぇ・・・
へぇ・・・
あの茶碗が・・・
鴻池さんが千両で!
恐れ入ったなぁ茶金さん
あんたは偉い人だなぁ
わしが持っていたら傷もんの茶碗、一文の値打ちも無いわ
あんたが持っていたからあれにそれだけの箔が付いた
仁徳でっせ茶金さん。良い話を聞いた
胸につかえていたんだけどその話を聞いてスーッとしたわ
これで気持ちよく商いが出来ます。
どうも有難う
ついてはわしはこの金を懐に入れるつもりはない
元はと言えばあんたがあんなものを持ち込んできたから起こった事
問い会えずは半分の五百両持って行ってもらおう
こんだけあったら大きな顔して大阪へ帰れるだろう
残った五百両は、この頃この京でも随分困っている方が大勢いるようになった
わしはこの金で出来るだけ施しを行いたい
取りあえずなこの五百両はあんたに持って帰ってもらわないと困る
何を仰ってるんです?!
渡した茶碗は三両貰った時に縁が切れております。
あれがこうなったのはあんたの仁徳でできたこと
筋が通らん
・
いやぁ五百両も貰えますかぁ
・
そんな厚かましい事・・・
・
・
左様か
それではこの中から、この間の三両を引いてもらって
三両くらいどうってことない
番頭さん小判五枚
この間頭を殴った膏薬代や
気にしてたんや、あんたが貰わんとわしもこの金貰いにくいんや
それとわしを見つけてくれた子供さん小判三両小遣いとしてとっておいて
それからお店に入る方に一枚ずつ
これこれ!小判をまきなさんな
大事にせなあかんで
これからな清水の茶店に行って親父さんを喜ばしてくる
有難う!
茶金さんも良い事をしてやった
これであの油屋さんも大阪に帰った事であろうと思っております
それから暫くたったある日のこと
表で騒がしくして何事かと覗いてみると
大勢の人が揃いの浴衣に向こう鉢巻でこっちに向かってきています。
一番前で扇子を広げて音頭をとっているのはあの油屋さん
偉いやっちゃ!偉いやっちゃ!
そこの家じゃ!担ぎこめ!
これ油屋さん
茶金さんか
十万八千両の金儲けじゃ
どうしたんじゃ
水がめの漏るやつ持って来たんじゃ
その滝の前に茶店が在ります。
そこに腰を下ろしてお茶を飲んでいたのは
歳の頃は五十前後のどっから見ても大店の主の格好をした方。
飲み終わった後に不思議そうに茶碗をひっくり返したり、日に透かして見たり首をひねって「はてな?」と言って茶碗をそこに、茶代を置いて出て行った。
横で同じようにお茶を飲んでいたのは電気の無い時代、行灯に入れる油を荷で担いで売る油屋さんです。
おやっさん
なんじゃいな油屋さん
ぼちぼち出かけるわ
もう少しゆっくりしていったらどうだ
こんな所で油を売っても一文にもならん
出て行って油を売らないと
面白い商売だな
頼みが在るだけどな。荷を担いでいると喉が渇く
得意先で湯を飲ましてほしいと頼むと気良く出してくれるんじゃが手が油まみれだ
茶碗に油がついてしまって水でゆすいでも落ちない
気兼ねなく自前の茶碗が欲しいんだ
悪いので構わないから安く一つ分けて貰おうと思って
そんな事かいな
籠の中に仰山ある持っていき
タダで良いの?
長年の馴染みだ
偉いすまんな
それじゃこれを貰っていくわ
あぁそれはあかん
こっちの籠に入っている方をもって行き
なんでだ?
同じじゃないか
あのな、その茶碗を大事に、丁寧に置きなされ
お前さんは知るまいが先ほど、この茶碗でお茶を飲んでいた方は
衣棚に住んでる茶道具屋の金兵衛っている人だ
人呼んで茶金さんという有名な方だ
京一の道具屋ってことは日本一って道具屋だな
あの人が目を付けて、「この品は」と指を一本差しただけで黙って十両の値打ちになる
どこが気に入ったのか最前から裏返したり、ひっくり返したりして首をひねって「はてな?」と言って置いて行った
ひょっとしたら千両の値打ち物かも知れないから、これはあげられん
こっちのはあげるから持っていき
なんや知ってたんか
茶金さんがえらいひねくり回しているさかいな
値打ち物かも知れんから上手い事を言って持って行ったれと思って
何を考えて、、、油断も隙も無い
あかんで
ばれたらしょうがない
ここにな小判が二枚ある
それで売ってもらいたい
申し訳ないが二両や三両では売らん
一つ間違えたら千両品物
そんなこと言うなよな
お前だって茶金さんこなかったら今日か明日にも割っていたかも知れないのに
小判二枚になったら御の字じゃないか
それはそうだがわしも運試し
これが千両になるか五百両になるか、それとも一文の価値も無い品か分からないが
ちょっと置いておきたいから堪忍して
わしから先に声をかけたんじゃないか
あるだけ出して頼んでるんじゃないか
もっとあったらもっと出す身代限りだ
・
・
そうか、もう良い諦めた
その代りお前も儲けさせない
この茶碗たたき割ってやる
おいおい無茶するな
無茶はそっちだ
こっちはこれだけ頼んでいるのに
・・え?願ごて出る?
あぁ願ごて出たらええ、こっちの手は油だらけ粗相で割ったと言ったら申し開きが立つ
黙って二両を貰うか、割ってしまうかどっちがええ?!
しかし二両は殺生だ・・・
あぁ!!待った待った売る!売る!
もう諦めた
儲ったら歩でも持ってこないとあかんで
みなまで言うな
わしはそんなケチな人間じゃない
儲かったら必ず挨拶に来るさかいな
それじゃこの茶碗確かに買うたぜ
乱暴な男が在ったもので強奪するように茶碗を持って帰ると
どっかから手をまわしましたか桐の箱へ右近の布に包んでこれを納めます。
この時分、更紗の風呂敷が流行ったものでこれを包み
自分も身なりを変えて道具屋の手代みたいな恰好をしてやってきました。
ちょっと茶金さんに見て貰いたくってやって参りましたが
へぇい
ちょっと主が手を離せませんもので番頭の私が代わりに拝見いたします。
あんたはここの番頭さん?
立派なものだな、これだけ大きなお店のご番頭なら立派な商人だけどな
この茶碗だけは茶金さんじゃなければ分からないと思うけどな
茶金さんに見せたら五百両、千両の値打ちに見てくれるんだけど
ほかの人が見たらただの安物ものだと
いやいやどのような品物でも一応店を預かります番頭の私が拝見いたしまして
目の届きません節に主の方に
規則ならしょうがない、見て貰おう
けどな、これを見たら笑ったらあかんで
笑いやしません
いいや、笑うかもわからん
笑いやがったらどつくさかい
笑いやしません
茶碗どすかいな
拝見いたします。
・
なかなかいい風呂敷ですな更紗もこの辺になりますと結構で
風呂敷を褒めいでもええねん
中の茶碗を褒めて
分かっております
拝見いたします
・
・
・
この茶碗ですか?お間違いはおまへんな?
・
偉い折角ですが手前どもでは目が届きませんでどっか他所さんへご持参を
だらかお前では分からんって茶金さん出したらええんや
茶金さんならこれを五百両、千両と!
いや、これは主を見せましても同じことで
左様ならば申し上げますが、これはなんぞのお間違えではおまへんか?
これはどこにでも転がっております清水焼でも一番安物の数茶碗
どこを見て五百両、千両と・・・
私かて商売人どすがな
そんな無茶を仰ったら(笑)
バシ!
何しなさる!
笑ったらどつくと始めっから言うてるやないか!
人の品物を見て!茶金さん出したらええんや!
店が騒がしいがどうした?
茶金さん、あんた見て欲しくて来てるのに
番頭のガキが横から出しゃばりやがって
人の品を見て鼻の先で笑ったりするさかい
人様のお品を拝見して笑うという事があるかいな
あんたもあんたじゃ
手をかけなさらいでも宜しい
私が拝見いたします。
あんたに見て貰ったら千人力だ
千両、五百両っていう品物さかいなこの茶碗
茶碗どすかいな
拝見を致します。
・
・
・
こ、この茶碗、、ふっ
あんさんに笑われたら心細いで
良く見ておくなされ
ちょいちょいあんたみたいなお方がお越しになる
妙なものを持ってきては五百両の千両言って
粗相でこっちが傷でもつけたらそれで因縁をつけて金にしようと
いやいや、あんさんがそうだって言うてんじゃない
ちょいちょいそういうお方があると申しております。
またそう思われてもしょうがない
番頭が笑ったのももっともな話どこにでも転がっている安茶碗
あんた箱から出しもせずそう言わはんな
もっと手にとて裏返したり、透かしたりしてみてなぁ
ほんまに値打ち無いの???
ただの安物か?
・
こら!お前さんくらいの人間になったらな世間の物はみんな知ってんねん
どこで迷惑する奴がおるか分からんのじゃ
ややこしい茶の飲みようさらすなよ
ややこしい茶の飲みよう??
あんたな、四、五日前に清水の滝の前の茶店で、この茶碗で茶を飲んでだろ
そぉか、どっかで見たようなお人じゃと思ってたら、傍におった人じゃ
もの言いましたがな、確か油屋さん
油屋さんやないわい
何でもない茶碗ならさっさと出て行かんかい
中のぞき込んだり、裏透かしたりして首ひねった後に
「はてな?」っと言って置いてったんや
あんたみたいな人が首にひねった後に置いてったんだから
これは掘り出し物だと思って茶店の親父と喧嘩までして・・二両
・
お前らはなぁ小判の二枚ぐらいどうってことないかも知らんがな
荷担いで、油売って回って小判二枚貯めようと思ったらな並大抵な事やないぞ
三年間食うもんも食わんでやっと貯めた小判放り出して来たんだ
何でもない茶碗ならなんで可笑しな真似しやがった
ちょっとお待ち
この茶碗どしたかいな
私お茶を頂いておりますと、茶がポタポタっと漏りますんでな
おかしいなぁ、ひび割れもあるかと見たら傷も無ければ
釉(うわぐすり)にもの何のさわりもない茶碗だけど茶が漏る
不思議な事があるもんだなぁと思い「はてな?」って言うて置いて帰った
・・・んなおかしな話ないでぇ
これ傷もんか?!
あ゛ぁエライことしたな
聞いておくんなされ実は大阪なの人間で極道が過ぎて親父に勘当された
しゃないさかい京に出てきて荷を担いで油を売って歩いてたけど
担ぎの油屋じゃうだつが上がらない
・
ぼちぼち親父も寄る年波や
久しぶりに顔を見せたいと思ってもまとまったものを握らな敷居が高くって
やっと貯めたこれで一山当てることが出来なか探していたら
あんたが茶碗をひねくり回している
これはと思って・・・誰も恨むわけにはいかんわ
博打はって目と出なかった
あぁ三年間棒の振ってもうたか
えらいすみません、そんなんさかい悪く思わんでくれ
まぁまぁちょっともう一遍お座りやす
あんさん大阪のお方?
そうでっしゃろうなぁ、京の人間はそんな真似は出来ん
やっぱり商いは大阪ですなぁ
たったそれでかの思惑で、失礼ながら二両と言ったらあなたには大金じゃろ
それを放り出しなさった
言わば茶金という名を買うて頂いた
あんたに損させてはわしの気が済まん
この茶碗、私が買わせて頂きます。
千両で?!
いやぁ千両では買わんがな
元での二両にもう一枚つけさせて頂きます
ここまでの足代、箱代、風呂敷代などとして納め下さい。
あんた一山当てようという気を犯したらあきません。
長年やっていても掘り出し物を探して損をするのはこの道や地道にお稼ぎやす。
親御さんだって憎くって勘当したわけじゃなかろう
あんたが三年間固く奉公し、一生懸命働いた
それが何よりも親御への土産じゃ
このお金をもって一日でも早く顔を見せに帰ってあげなされ
あほらしい、何を言ってなさる
己が勝手に思惑をはって当たったらわてが儲けて、外れたらあんさんが出してくれる。
そんな虫の良い、筋が通らん。
いやいや、そんな厚かましいことが出来まへん
いやぁあ、、
ねぇ・・・
なんぼなんでも・・
・
え?左様か?
実は明日油を仕入れる金もありませんのや
エライすみませんなぁ
そんならなぁこれはお借りいたしますわなぁ
いつ返せるか分からんが何とかなったらお礼と一緒に参上いたします。
この茶碗はどうぞ
こんなの要らんさかい持って帰りなされ
百貫のかたに笠一蓋ということも、まっまぁこれだけでも取っといて!
番頭はん堪忍しておくれよ
それではお騒がせいたしました
さようなら!!
逃げるように帰って行きました。
茶金さんくらいになりますと良い所にも出入りしております。
関白鷹司公のお屋敷に参上した折の話
茶金、最近世情で面白い話はないか?
この間手前どもの店でかようこのような事が御座いました。
それは面白い
麿(まろ)もその茶碗が見たい
早速人を走らせて茶碗を取り寄せました。
関白さんが水を注いでもやはりぽたり、ぽたり
覗いても調べても傷は無い
はてな?
面白茶碗だと短冊をとり
「清水の音羽の滝の落としてや茶碗もひびにもりの下露」
面白い狂歌がこれに添えられました。
公家さんたちの間これが評判になりその噂でもちきりです。
これが時も帝の耳に話が入りました。
朕も一度その茶碗が見たい
偉い事になりました。
茶金さんは桐の箱を新調致しまして、右近の布も更紗に変えて
精進潔斎して茶碗を御所へ持参いたしました。
どんな方の前に出ましても
茶椀に水を注ぐとぽたり、ぽたり
覗いても調べても傷は無い
面白い茶碗であると筆をとり箱の蓋に万葉仮名で
「波天奈」と箱書きが座った。
偉い値打ちものとして茶金さんの所に帰ってきた。
大阪の金持ち鴻池善右衛門がその話を聞いて
茶金さんその茶碗を千両で売って頂きたい。
有り難い事で御座いますがなぁ
尊い方の筆が染まったのでお売りする訳には参りません。
そんな事を言わんでなぁ
儂はその茶碗で一回茶会をやってみたいんじゃなぁ
その茶碗を一回預からして、あんたに千両を貸そうじゃないか
儂から千両借りてくれ、そして抵当としてとる。
質として千両貸すさかいはよ流せ。
偉い手間のかかる話ですが、早く言えば千両で売れという事です。
これをあの油屋に知らせてあげれば喜ぶだろうと思いますが
油屋は極まりが悪いので近所を通らないようにしています。
ある日の事
旦那
なんだい?
この間の油屋さんが隣の町内を歩いていましたよ
早く行って捕まえて来なさい!
え?!
誰や?引っ張ってくるのは?
ん?茶金さんところの子供さんじゃないか
え、旦那が会いたいって?
面目なくって会えるわけないじゃないか
そんなにひっぱたら油がこぼれるじゃないか
おぉ油屋さんこっちへ入ってきておくれ
茶金さん、こないだの三両返せって言ってももうないで
返せとは言わん、話があるんじゃ
まぁまぁそこへお座り
実はなあの茶碗
うわぁ!その話はせんように
茶碗と聞いただけで脇の下から冷や汗が出る
まぁ聞いておくれ
あれが千両で売れたんじゃ
・・・・え
そういうやつかお前は?!
京の人間はえげつないとは聞いていた
傷もんじゃ傷もんじゃと言って三両で値切って
まぁちょっと話を聞きなさい
え、
えぇ・・・
へぇ・・・
あの茶碗が・・・
鴻池さんが千両で!
恐れ入ったなぁ茶金さん
あんたは偉い人だなぁ
わしが持っていたら傷もんの茶碗、一文の値打ちも無いわ
あんたが持っていたからあれにそれだけの箔が付いた
仁徳でっせ茶金さん。良い話を聞いた
胸につかえていたんだけどその話を聞いてスーッとしたわ
これで気持ちよく商いが出来ます。
どうも有難う
ついてはわしはこの金を懐に入れるつもりはない
元はと言えばあんたがあんなものを持ち込んできたから起こった事
問い会えずは半分の五百両持って行ってもらおう
こんだけあったら大きな顔して大阪へ帰れるだろう
残った五百両は、この頃この京でも随分困っている方が大勢いるようになった
わしはこの金で出来るだけ施しを行いたい
取りあえずなこの五百両はあんたに持って帰ってもらわないと困る
何を仰ってるんです?!
渡した茶碗は三両貰った時に縁が切れております。
あれがこうなったのはあんたの仁徳でできたこと
筋が通らん
・
いやぁ五百両も貰えますかぁ
・
そんな厚かましい事・・・
・
・
左様か
それではこの中から、この間の三両を引いてもらって
三両くらいどうってことない
番頭さん小判五枚
この間頭を殴った膏薬代や
気にしてたんや、あんたが貰わんとわしもこの金貰いにくいんや
それとわしを見つけてくれた子供さん小判三両小遣いとしてとっておいて
それからお店に入る方に一枚ずつ
これこれ!小判をまきなさんな
大事にせなあかんで
これからな清水の茶店に行って親父さんを喜ばしてくる
有難う!
茶金さんも良い事をしてやった
これであの油屋さんも大阪に帰った事であろうと思っております
それから暫くたったある日のこと
表で騒がしくして何事かと覗いてみると
大勢の人が揃いの浴衣に向こう鉢巻でこっちに向かってきています。
一番前で扇子を広げて音頭をとっているのはあの油屋さん
偉いやっちゃ!偉いやっちゃ!
そこの家じゃ!担ぎこめ!
これ油屋さん
茶金さんか
十万八千両の金儲けじゃ
どうしたんじゃ
水がめの漏るやつ持って来たんじゃ
2019年01月09日
つる
こんにちは
めずらしいじゃないか
まぁまぁこちらへおあがり
ごちそうさまです
おかずはなんですか?
なんだいご馳走様って?
だって隠居が今言ったでしょう
飯(まんま)おあがりって・・・
飯じゃないって
まぁまぁこちらへおあがりって言ったんだ
お前も変わった人だ
遊びに来ると日に何べんも何べんも遊びに来る
来ないとぴたりと来なくなる
しばらく顔を見せなかったじゃないか
察するところ若い者と床屋で下らない話でもしていたんじゃないかい
隠居の前ですが最近は下る話をしていましたよ
なんだい下る話って
そうだこの前ね、若い者が床屋に集まったんだ
床の間に一年中ね鶴の絵が掛けてあるんだよ
そうしたら六んべの野郎がねその鶴の絵をじーっと見ていて
「鶴は日本の名鳥だ」ってこう言うんですよ
なんで鶴は名鳥なんだって聞くと訳はわからないそうだ
それで隠居さんは物知りだから聞いてみようって
今日聞きに来たんだ
これは驚いた私は六さんを見なおしたよ
八さんの前だけどその通り鶴は立派に日本の名鳥ですよ
どうして?
いや、どうしてって聞かれ方をしたら返事に窮するけど
ごくわかりやすく言うとあんなに日本に合っている鳥はない
姿かたちを思い浮かべて御覧
足がスッーと長くって胴が締まっていて
首が長くってくちばしが長い、おまけに頭に丹頂を頂いている
第一日本の名木に松って木があるだろう
松に鶴、画になるだろう
言われてみればそうだ
松に鶴!絵になるねぇ花札ではいい札だよ
なんの話をしているんだい
けど隠居さんの前だけどあれは随分首が長いね
あぁ長いな
扁桃腺をわずらったら治りが遅いでしょう
お前さんはつまらないことを気にするたちだね
けど首が長いって感心しているけどその通り
今は簡単に鶴って言っているけど
昔は首が長いところから首長鳥(くびながとり)って呼んでいたんだ
首長鳥がいつの頃か鶴になったんだよ
じゃあ隠居さんに改めて聞くけど
どういう訳で首長鳥が鶴になったんだい?
訳が聞きたいかい?
へぇ
今日中に?
出来れば今日中に願いたいねぇ
こんなこと聞くのに三泊四日は長すぎるからね
お前が分からないのであれば
私も退屈だらから教えてあげよう
どういう訳で首長鳥が鶴となったかと言うと
昔、一人の白髪の老人が
浜辺の岩頭の立って小手をかざし沖を見ていると
遥か唐土(モロコシ)の方角から一羽の首長鳥のオスが
つ―――――――――――っと飛んで来て浜辺の松にぽいっとまったんだ
後からメスが
る―――――――――――っと飛んで来て「つる」だよ
へぇ?隠居さん何か言った?
どういう訳で首長鳥が鶴に・・・
こういうことは二度も三度も言わせるもんじゃないよ
昔、一人の白髪の老人が
浜辺の岩頭の立って小手をかざして沖を見ていると
遥か唐土の方角から一羽の首長鳥のオスが
つ―――――――――――っと飛んで来て浜辺の松にぽいっとまったんだ
後からメスが
る―――――――――――っと飛んで来て「つる」だよ
面白い!ありがとうございました
まぁ良いじゃないかゆっくりして行きな
また来ます、さようなら〜
驚いたねあの隠居はよくものを知っているね
あそこに行くと一つ利口になるね
誰かに教えてみてぇなぁ・・・・
辰んべの所に行ってやってやろう
辰の野郎は人を馬鹿にしてやがるんだからね
・
・
おう!!
辰ちゃんいるかい?
いねぇよ
いねぇもんが返事する訳ないじゃないか
もう馬鹿にしてやがるんだ、開けるぞ!
・
辰ちゃんあれ知ってる?
知ってる
俺はまだ何も言ってねぇんだけど・・・
ほら鶴ね昔は首長鳥って言ってたんだ
どういう訳で首長鳥が鶴になったか辰ちゃん聞きたいだろう?
聞きたくねぇよ、そんなこと
俺は忙しいんだ
忙しんだってそこにボーと座ってるだけだろ
お聞きよ利口になるから
昔、一人の百八つの老人が
浜辺で浣腸しながらこてを振り回し沖を見ていると
遥かトウモロコシの方から一羽の首長鳥のオスが
つる――――――――――っと飛んで来て浜辺の松にぽいっとまったんだ
後からメスが・・・・・(゚◇゚;)
たっ、辰ちゃんおっ落ち着きましょう
落ち着いてるよ俺は!
どういう訳で首長鳥が鶴になったかと言うと
辰ちゃん良くお聞き
昔、一人の百八つの老人が
浜辺で浣腸しながらこてを振り回し沖を見ていると
遥かトウモロコシの方から一羽の首長鳥のオスが
つる――――――――――っと飛んで来て浜辺の松にぽいっとまったんだ
後からメスが・・・・・(゚◇゚;)
さようなら
何しに来たんだあいつは???
隠居さんどういう訳で首長鳥が鶴に?
お前どこかでやってきたな
目が上ずってるよ
良く聞かなくてはいけないよ
・
昔一人の白髪の老人が
白髪?!百八つじゃないの?
浜辺の岩頭に立って
浜辺の岩頭?
浜辺で浣腸していたんじゃないのか
小手をかざして沖を見ていると
遥か唐土の方から一羽の首長鳥のオスが
つ―――――――――――っと飛んで来て浜辺の松に・・・
ありがとうございました!
辰ちゃん
また来たのか
どういう訳で首長鳥が鶴になったかと言うと
まだやってんのかい?!!!
辰ちゃん良くお聞き
昔、一人の白髪の老人がだ
浜辺の岩頭に立って小手をかざして沖を見ていると
遥か唐土の方から一羽の首長鳥のオスが
つ―――――――――――っと飛んで来て浜辺の松にると止まったんだ
後からメスが・・・Σ( ̄□ ̄!)
後からメスが何と言って飛んで来たんだ?
黙って飛んできた
2018年09月02日
ぞろぞろ
浅草田んぼの真ん中に太郎稲荷というお稲荷様が御座いました
これは江戸の始めからありますお稲荷様で大変参詣人も多ございましたが
どういう訳か最近はとんと参詣人も参りません
こうなってくると神社仏閣は経営が困難になりましてな
お賽銭の上げてが無いと諸寺困ります
華々しくのぼりが立っておりましたが一つずつ消えまして
今では古いのぼりポツンとたった一本
昭八お稲荷様と書いてある文字が雨風にさらされ薄れてしまいまして
どうにも読めやしません
諸寺も荒れて参りましたが、その前に茶店が御座います。
肝心のお社がこの様では、わざわざ茶店に来てお茶を飲んで帰ろうなんて風流人は御座いません。
ともどもさびれてしまい、茶店では成り立たないので傍らで荒物を並べ
傍ら飴菓子を商って年寄り夫婦が細々と暮らしております。
このお年寄りは心がけが良いのですな
以前の繁盛を忘れません
朝起きるとお社の掃除が先です。水を汲むとお鉢に備える
ご飯を炊くときはお洗米と言うので甲斐甲斐しく使えておりました
ある日の事夕立が御座いました。
田んぼ道ではありますが人通りが多いところ
当りを歩いている人がみんなおじいさんの茶店に雨宿りに来て
人でいっぱいになりました。
おじいさん
お宅が在って助かったよ
ホントに地獄に仏とはこのことですよ
ところでこの夕立は場違いだね
夕立はさっと振って上がるんだけどこの夕立はなかなか上がりそうもないな
お茶をくれ
はなはだ粗茶でございます
あぁ天気になった
ありがたい
おじいさんこれは僅かですがお茶代ですよ
すっと出て行った奴が
駄目だ
なんだい?
今の雨ですっかりぬかっちゃって滑るのなんの
歩くたびにつるっと来るかね
そんな生易しい滑り方じゃないよ
つるつるつる!!!って元に戻っちゃった
あぁおじいさんの所に草鞋はあるかい?
へい、八文でございますよ
おう、俺も貰うよ
こっちにもくれよ
雨宿りの人が残らず草鞋を買って入って帰ると
おばぁさんあれで品切れになったよ
また草鞋が雨宿りに人の分だけあったんだね
ありがたい神事だ
月に一辺は塩水につけて天気に乾かすから丈夫になっているが
あの売れたことのない草鞋がね
・
お稲荷様のご利益だ
おばぁさん明日はお礼参りだよ
まずお神酒を上げてくれ
それからね赤のご飯を炊いて、尾頭付きも
忘れっぽいから覚えておくんだよ
おじいさん
おぉ元さん
どうしてたんだ今の土砂降り
雨宿りをしていたんだけどここまでに来る途中に何度も足を取られたか
これから鳥越まで行くんだけど草鞋を売ってくれよ
お前さんが来るのを知っていたら一足取っておいたんだけど
雨宿りのお客が一足ずつ買って帰ると品切れになったんだ
いや、一足だよ
ねぇもんはねぇんだよ
どうして年寄りは強情なんだ
雁首をひんねじって天井を見てご覧
一足ぶら下がってるよ
どう首をひねろうとも売り切れた草鞋が・・・あれ??
あったよ
在るから頼んでんだよ
おいらには売らないのかい?
嫌事言っちゃやだよ
歳とてもうろくしてたんだ
八文だよ
お代はいつでもいいからなぁ
すっと草鞋を取ると新しい草鞋が後からぞろっと出てきた
おやっと思っていると新しい買い手が来てこの草鞋を取るとまた
後からぞろっと
もうこの茶店草鞋の買い出しはしません
天井裏からぶら下がっている草鞋を取ると後か新しい草鞋がぞろり
取ればぞろりっといくらでも出てくる
この評判が世間に広がると、あの年寄り夫婦は正直者で
太郎稲荷様のご利益だろうと言うと参詣人が増えました
納物も大変で天にまで届きそうになり、のぼりは林のように並び
縁日は出るし大変な景気
ほど近い田町にちっとも流行らない髪結い所が在り
親方、今日は暇かね
何言ってやがるんだ
入って来て店に誰もいないで、俺があぐらかいてひげを抜いてるんだ
暇かどうかなんて見て分かるだろ
なんだい?儲け仕事かい?
儲け仕事じゃないけど太郎稲荷の御利益だって
茶店の話聞いたかい?
聞いたよ
草鞋の一軒だろ
一足ぶら下がっていると後からぞろぞろ出る話だろ
太郎稲荷様のご利益だって
何言ってやがるんだろうなご利益も提灯袋もあるか
世の中には神仏の御利益なんてあってたまるものか
え?太郎稲荷に行くって
俺も暇だから一緒に行くよ
生涯草鞋を履かなくっても良い者でもお土産に買って帰るので茶店は大繁盛
へぇ凄いなぁこれがご利益か
種も仕掛けもねぇんだなぁ
世の中にご利益はある
在るとなれば俺も授かろう
・
今日が思い立ったが吉日、七日の裸足参りをしよう
この前の茶店同様の御利益をお願いいたします
南無太郎稲荷大明神様、茶店同様の御利益を
一心に七日の間願をかけまして
おかえりなさい
今日はお前、盆と正月が一緒に来たようだ
店が大反響だよ
早く仕事にかかり!
へぇこれは凄いねぇ
すぐに取り掛かるから大丈夫だよ
・
皆さまお待ち同様です
私がここの髪結いどころの主で御座います
自慢ではありませんが腕に覚えが在りますからお手間はとらせません
順にやらせて頂きますのでどなたがお先でしたか?
おぉ親方帰って来たか
俺が一番先に来ているんだ
ひげをやってくれ
畏まりました
その人のほっぺたを見ると熊の毛のごとくびっしりと生えている
腰掛椅子に座らせて、ひげを湿らせて自慢の剃刀ですっと剃ると
後から毛がぞろぞろ・・・
これは江戸の始めからありますお稲荷様で大変参詣人も多ございましたが
どういう訳か最近はとんと参詣人も参りません
こうなってくると神社仏閣は経営が困難になりましてな
お賽銭の上げてが無いと諸寺困ります
華々しくのぼりが立っておりましたが一つずつ消えまして
今では古いのぼりポツンとたった一本
昭八お稲荷様と書いてある文字が雨風にさらされ薄れてしまいまして
どうにも読めやしません
諸寺も荒れて参りましたが、その前に茶店が御座います。
肝心のお社がこの様では、わざわざ茶店に来てお茶を飲んで帰ろうなんて風流人は御座いません。
ともどもさびれてしまい、茶店では成り立たないので傍らで荒物を並べ
傍ら飴菓子を商って年寄り夫婦が細々と暮らしております。
このお年寄りは心がけが良いのですな
以前の繁盛を忘れません
朝起きるとお社の掃除が先です。水を汲むとお鉢に備える
ご飯を炊くときはお洗米と言うので甲斐甲斐しく使えておりました
ある日の事夕立が御座いました。
田んぼ道ではありますが人通りが多いところ
当りを歩いている人がみんなおじいさんの茶店に雨宿りに来て
人でいっぱいになりました。
おじいさん
お宅が在って助かったよ
ホントに地獄に仏とはこのことですよ
ところでこの夕立は場違いだね
夕立はさっと振って上がるんだけどこの夕立はなかなか上がりそうもないな
お茶をくれ
はなはだ粗茶でございます
あぁ天気になった
ありがたい
おじいさんこれは僅かですがお茶代ですよ
すっと出て行った奴が
駄目だ
なんだい?
今の雨ですっかりぬかっちゃって滑るのなんの
歩くたびにつるっと来るかね
そんな生易しい滑り方じゃないよ
つるつるつる!!!って元に戻っちゃった
あぁおじいさんの所に草鞋はあるかい?
へい、八文でございますよ
おう、俺も貰うよ
こっちにもくれよ
雨宿りの人が残らず草鞋を買って入って帰ると
おばぁさんあれで品切れになったよ
また草鞋が雨宿りに人の分だけあったんだね
ありがたい神事だ
月に一辺は塩水につけて天気に乾かすから丈夫になっているが
あの売れたことのない草鞋がね
・
お稲荷様のご利益だ
おばぁさん明日はお礼参りだよ
まずお神酒を上げてくれ
それからね赤のご飯を炊いて、尾頭付きも
忘れっぽいから覚えておくんだよ
おじいさん
おぉ元さん
どうしてたんだ今の土砂降り
雨宿りをしていたんだけどここまでに来る途中に何度も足を取られたか
これから鳥越まで行くんだけど草鞋を売ってくれよ
お前さんが来るのを知っていたら一足取っておいたんだけど
雨宿りのお客が一足ずつ買って帰ると品切れになったんだ
いや、一足だよ
ねぇもんはねぇんだよ
どうして年寄りは強情なんだ
雁首をひんねじって天井を見てご覧
一足ぶら下がってるよ
どう首をひねろうとも売り切れた草鞋が・・・あれ??
あったよ
在るから頼んでんだよ
おいらには売らないのかい?
嫌事言っちゃやだよ
歳とてもうろくしてたんだ
八文だよ
お代はいつでもいいからなぁ
すっと草鞋を取ると新しい草鞋が後からぞろっと出てきた
おやっと思っていると新しい買い手が来てこの草鞋を取るとまた
後からぞろっと
もうこの茶店草鞋の買い出しはしません
天井裏からぶら下がっている草鞋を取ると後か新しい草鞋がぞろり
取ればぞろりっといくらでも出てくる
この評判が世間に広がると、あの年寄り夫婦は正直者で
太郎稲荷様のご利益だろうと言うと参詣人が増えました
納物も大変で天にまで届きそうになり、のぼりは林のように並び
縁日は出るし大変な景気
ほど近い田町にちっとも流行らない髪結い所が在り
親方、今日は暇かね
何言ってやがるんだ
入って来て店に誰もいないで、俺があぐらかいてひげを抜いてるんだ
暇かどうかなんて見て分かるだろ
なんだい?儲け仕事かい?
儲け仕事じゃないけど太郎稲荷の御利益だって
茶店の話聞いたかい?
聞いたよ
草鞋の一軒だろ
一足ぶら下がっていると後からぞろぞろ出る話だろ
太郎稲荷様のご利益だって
何言ってやがるんだろうなご利益も提灯袋もあるか
世の中には神仏の御利益なんてあってたまるものか
え?太郎稲荷に行くって
俺も暇だから一緒に行くよ
生涯草鞋を履かなくっても良い者でもお土産に買って帰るので茶店は大繁盛
へぇ凄いなぁこれがご利益か
種も仕掛けもねぇんだなぁ
世の中にご利益はある
在るとなれば俺も授かろう
・
今日が思い立ったが吉日、七日の裸足参りをしよう
この前の茶店同様の御利益をお願いいたします
南無太郎稲荷大明神様、茶店同様の御利益を
一心に七日の間願をかけまして
おかえりなさい
今日はお前、盆と正月が一緒に来たようだ
店が大反響だよ
早く仕事にかかり!
へぇこれは凄いねぇ
すぐに取り掛かるから大丈夫だよ
・
皆さまお待ち同様です
私がここの髪結いどころの主で御座います
自慢ではありませんが腕に覚えが在りますからお手間はとらせません
順にやらせて頂きますのでどなたがお先でしたか?
おぉ親方帰って来たか
俺が一番先に来ているんだ
ひげをやってくれ
畏まりました
その人のほっぺたを見ると熊の毛のごとくびっしりと生えている
腰掛椅子に座らせて、ひげを湿らせて自慢の剃刀ですっと剃ると
後から毛がぞろぞろ・・・
2018年04月15日
猿後家(さるごけ)
大きなお店の女将さんで旦那はもう亡くなりまして
何不自由なく暮らしております。
なんの因果か女将さんの顔が猿にそっくりという
表に出ると
おい、あの女を見て見ろよ
あれが猿後家って言われてる人だよ
え?でもいい女だぜ
それは後ろから見てるからだよ
前に回って見てご覧よ、ひどいから
へぇあれが猿後家かい
猿後家、猿後家・・・って言葉が耳に届くのでだんだん表に出なくなりました。
ここに勤めているの奉公人は猿という言葉が言えない
ああしなさる、こうしなさるって言えない
もしこんなことを言う者ならすぐにお暇が出てしまいます。
出入りの者が口を滑らしたら即座に出入り止めになる
定吉や
番頭さん御用ですか?
お前なちょっと悪いがさっきの所にもう一回使いを頼まれてくれ
へい
あっちょっと待ちな。お前はお使いが遅くって困るよ
この前遅いから様子を見に行ったら本を読みながら歩いてたな
なんでそんな事をするんだ?
お使いはさっと行って来て、さっと帰ってこないと意味がないんだよ
何の本を読んでいたんだ?
あれはですね、猿飛佐助って言うんですけど
お前!ちょっとこっちに来なさい
とんでもない事を言うんだな
何がですか?
何がじゃないよ
良かったよ女将さんが居なくって
ここの家は猿という言葉を言ってはいけないんだ
知っているだろ?
えぇ知ってますよ
じゃなんだい猿飛佐助って
あ!!!
お前はねぇ、うっかりでもお暇が出るんだから気を付けないと駄目だよ
あの本を捨てたんだろ?
え、まだとってあるのかい?
読み残しなんてどうでもいいから捨ててしまいなさい
他の本を読みなさい
分かりました
一緒に買ったヒヒ退治を読みます
馬鹿やろう
ヒヒは猿の親玉みたいな奴だろ
それを退治するって馬鹿だね
お前みたいな奴とかかわっていたらこっちが痩せる思いだよ
でも番頭さん世間で女将さんの事を猿に似ているって言うけど違いますよね
そうだな
お前も良い所もあるんだな
そうだよ、女将さんは猿になんか似てるものか
そうですよね
猿が女将さんに似てるんですよね
そうだよ
猿の方が女将さんに・・・
もういいから早く使いに行ってこい!
・
・
あぁあいつは駄目だな
とても長く奉公は勤まらないぞ
どうも、おはようございます
なんだい
善さんじゃないか
こっちに上がっておくれ
暫く来なかったけどどうした?
どうもご無沙汰しております。
お前が来ないから偉い目にあったんだぞ
何かありましたか?
聞いておくれよ
お前も知っての通り私は世辞が言えないたちなんだ
家の女将さんの顔があれだよ
表に出ないで家に閉じこもったまま
女将さんの楽しみはお前みたいな口達者な人にいい心持ちさせてくれる
それだけが楽しみなんだ
・
お前は三、四日来なかっただろ
機嫌が悪くってさ
昨日の事だよ喧嘩したよ
奥さん喧嘩したんですか?
だれと?
植木屋が庭の手入れをしていたんだけどさ
昨日、女将さんも退屈だったんだろ
自分で座布団と煙草盆をもって縁側に座って世間話をしていたんだ
「植木屋さんこの辺に木が欲しいんだけど何か無いかい?」って聞いたんだ
そしたらうっかりしていたのか「さるすべりの良いやつが在るからここに植えましょう」
さるすべりはまずいですね
あぁまずいさ
そこから芝居を見ているようだったよ
出ていけ恩知らず!!出入り止めだ!!って
植木屋も気が付いて始めは謝っていたけど、
女将さんが煙管(キセル)でもって頭を殴ったものだから
・
植木屋もふざけるなって、こっちは謝ってるじゃないか
なにも頭を殴ることないだろ!こうなったらここは出入りでもなんでもない
そんなにさるすべりが嫌なら柿の木を植えてやるから
それに登って渋柿でもかじっていろ!
また思い切ったことを言ったものですね
それから女将さんはおいおい、悔しい悔しいって泣いてね。
植木屋さんはそのまま帰ってしまったから未だに庭は散らかりっぱなし
ようやく今朝がた泣き止んだのは
そうですか
お前さんが来て機嫌を直してくれたら有り難いと思っていたんだよ
早速奥に行って機嫌を直しておくれよ
頼んだよ
おはようございます
善公で御座います
・・・あれ?
女将さん留守ですか?
また後程伺います
なんだい?善さんもう帰るのかい?
あの、どちら様ですか?
やだよ。私じゃないか
あの・・
やだよ
私の顔を忘れたのかい?
あれ?奥様ですか
すっかり見間違いをしました
なぜって会う度にどんどん若くなっているからね
てっきり私は京都の親戚のお千代さんと思ってましてね
やだよぉ〜
お千代は京都の水で洗いあげた本当の京美人じゃないか
あたしは五十近いおばあちゃんになってさ
そのおばあちゃんと十八の娘を間違えるなんてそそっかしいね
いえ、間違えますよ
いつ見ても美しいですからね
それに今日はことのほかにお化粧が上手く出来上がりましたからね
やだよぉ〜
まだ化粧前じゃないか
え?素顔なんですか?
それじゃお化粧をしたら後光がさすようでございましょうな
もうぉ〜やだよぉ
竹や!善さんが来たから鰻特上を頼んでおくれ、お酒もね
・
善さん暇なんだろ?
ゆっくりしておくれよ
それにしても暫く来なかったじゃないか
どうしてんだ?
実はですね
家の嬶(かかあ)の里から三人出て来まして
久しぶりに東京見学をしてい見たいって言うものですから方々を付き合いをしておりました。
その後田舎へ送って来ましてね
・
東京見物も田舎の人は足が丈夫なんですね
やたら歩くんですよ
もうへとへとになりまして、どうもすみません
すっかりご無沙汰になりまして
そうかい、それなら良いんだよ
お前さんが来なくなったから風邪を引いて寝てるんじゃないかって心配したんだよ
善さん、東京見物の話を聞かせておくれよ
まず東京って言うと二重橋を拝みました
足を延ばして日比谷公園に行って、年寄りのいく所じゃありませんね
若い者たちが仲良くやっているのを見て早々に退散いたしました
銀座通りを歩いて、新橋に行って大きな天ぷら屋がございますので
そこでもって皆さんにごちそうしました
まぁそれじゃお前さんが旦那になったのかい?
えぇ旦那になりました
まぁ偉いんだね
所ですがね、みなさん良く食べるんで一人あたり三人前くらいぺろぺろいくものですから
懐がさみしいものでどうのなるか心配で
なんだい
ここへちょっと寄ってくれればお小遣いをあげたのに
お前さんは皆さんにご馳走したから食べられなかったのかい?
いえ、私はちゃんと五人前食べました
なんだい、お前さんが一番良く食べたじゃないか(笑)
面白いねぇ
それからですね泉岳寺にお参りに行きましたがここへも歩きでしたので
もうそこへ行っただけでもヘトヘトになりました。
それでもなん百年もたったのか知りませんが大したものですね。
お線香の煙が煙ってましてねぇ
それから嫌がるのを無理やり電車に乗せて明治神宮にお参りして、
そこから新宿に出て靖国神社に行きました。
・
そうしたら歩いて上野公園まで行くって言うんですよ
歩いてってこっちは御免こうむりたいんですけどねぇ
でも何事も向こう様のお相手ですからね、上野公園にたどり着いたら足が棒みたいになりまして、
西郷様の銅像の所に茶店が在りまして腰を下ろすと脇の所に
江戸時代の俳諧で宝井其角の弟子で秋色(しゅうしき)っていう女の子が作った俳句ですかね。
・
その俳句の碑が立ってまして詳しくは覚えていませんが井戸端の 桜あぶなし 酒の酔とかなんとか
これがまだ子供のころに作ったって言うんだから大した物だなって思いましたね
脇に桜が立っておりまして、まぁこれはその頃のものではありませんがね
・
秋色の歳をとった時に作った俳句も御座いまして、
秋色もなんとかなりて姥桜(うばさくら) ・・ぁんてものも御座いまして、、
えっとここまで来たんだから上野動物・・・動物園はよそうなって、、、
それから、そうだ浅草の観音様にお参り致しまして、あそこはいつ行っても賑やかですね。
鳩に豆をやったりしましてね
それから裏手に行きますと大勢の黒山の人だかりになっておりまして
何だろうと思ってみて見ますと今に珍しい猿回しで芸が上手い物で私も奮発しまして三千円ばかり
お帰りよ
恩知らず
ちょっと待ってください
私何かまずい事を申し上げましたか?
おとぼけじゃないよ
観音様の裏手に大勢人がいたんだろ
えぇそうです。
その中に何が居たんだ?!
なにって今時珍しい猿まわ・・・あぁっとええっと
出ていけ!!
お前の顔なんか二度と見たくも無い、出入り止めだ!
帰らないのか!煮え湯を浴びせる!
番頭さん!!!!
なんだ騒がしいね
お願いが御座います。
どうしたんだい?
しくじっちゃたんです。
ですから奥に行ってお詫びしてくださいな
お前さんがかい?
なんでそんなことになったんだ?
それがですね東京見物の話をしているときにうっかり夢中になって
上野の動物園を上手く避けたんですが、安心しているすきに
観音様の裏手で人が大勢いたので、中を見てみると猿回しって
猿回し!!!
おいおいおい、それはまた一段ときつい事を言ったね
まぁとりあえず帰っておくれ
いえ、帰れません
今日はどうしても奥様のご機嫌を伺ってお小遣いを頂かないとお米買えないんです。
なんだい?お米が買えないって?
自分の商売をしたらいいだろ
商売って私は昔やっていた古本屋をやめて今は何もしていないんですよ
どうやってご飯を食べているんだ?
いえ、毎日こちらに伺って奥様のご機嫌を取ってお小遣いで
なにかい?ご機嫌取りを商売にしているのかい?
それだったらもう少し上手くやってもらわないと困るよ
お前さんがしくじると後は誰もいないよ
まぁ今日は帰っておくれ、日を改めて
いえ、、駄目なんです
そこの所を何とかしてください
番頭さんお願いです
困ったねぇ
それに比べると以前お出入りしていた仕立て屋の太平はお詫びの仕方が上手かったねぇ
仕立て屋の太平ってそんな人がいたんですか
いたよ
どんな人ですか?
どんなって、仕立て屋だよ
お前と同じようにご機嫌を取ってお小遣いをもらっていたよ
そういえば女の子がいたね
その子にねお師匠さんの方はお礼をするからって言って踊りを習わせていた
可愛がっていたんだよ
・
暫くするとね、踊りの方はって聞くと筋が良いと褒められております
今度のおさらいには靭猿(うつぼざる)をやりますって言ってしくじった
靭猿ですかぁ
それはうっかり出ますね
三ケ月ぐらい来なかったね
ある日、表でボロボロの汚い乞食が立っていたんだ
女将さんがそれを見て幾らかやってくれって
心が優しい方なんだ
・
私が小銭をもって渡そうとすると、実は太平で御座います。
とても伺えた義理では御座いませんが、あれからどこに行ってもあそこをしくじる様では
付き合えないと方々から断られてしまい今では仕事がなくなってしまいました。
親子三人首をくくって死のうと思っておりましたが、それを思いとどまりまして
四国巡礼の旅に出ようという事になりました。
・
在りもしない道具を売ろうとすると道具屋の前で娘が、
ここにお店のおばちゃんの絵が売っているから買ってちょうだい
言われて中を見ると瓜二つ。
それを買い求めまして、つきまして巡礼の守り本尊にしたくこの錦絵に魂をお入れ下さい
と言って見て私も驚いた
いやぁ水もたれる良い女さぁ
お詫びの仕方が上手いですね
それ錦絵が奥様に似ていたんですか?
馬鹿、、、似るわけないだろ
それでも女将さんの機嫌が直った
なんだい太平やそんな旅に出なくてもいいんだよ
これは私が買ってあげますからって言って上がらせて
お湯を沸かして風呂に入れたり、床呂屋を呼んで頭をきれいにして
着ている物も亡くなった旦那の着物や帯を着させて瞬く間に太平は見違えるようになった
女将さんは、錦絵を見て太平にご機嫌を取ってもらっている
いくらしたのか知らないけど随分な額でその錦絵を買っていたよ
上手くやりやがったなぁ
これだけ上手く言ったんだからお礼を言って早く帰ればよかったんだ
またしくじったんですか?
太平は本当に知恵が在るねって言ったら
ほんの猿知恵だって・・・それっきり来ないね
他人事じゃないな
番頭さんお願いですからお知恵を拝借
お知恵って言ってもな
昔に居た美女に例えたらどうだい?
小野小町や静御前、常盤御前、袈裟(けさ)御前なんか美人だったって言うだろ
そうですか
有難う御座います。
上手くやっておくれよ
善公ご機嫌伺い・・・
まだいるのかい?!
出ていけ!!
いったい何が気に入らなかったんです?
観音様の裏手に大勢人がいたんだろ
えぇそうです
その中に何が居たんだい?
ですから・・回しです。
もっとはっきり言い
ですから棒の先にお皿をまわしてくるくる回す「皿回し」です
話の途中でお皿回しって言いにくいから皿回しって言ったんです
その何がいけないんですか?
なんだい?
皿回しって言ったんのかい?
そうですよ
そうかい
それならいいんだよ
お前がはっきり言わないから聞き間違えるんだよ
竹や!早く鰻をお願いね
ゆっくり遊んでくれよ
えぇ有難う御座います。
でもね、番頭さんと話をしていたんですが日本に奥様程の美人はいませんねぇ
いやだよぉ
綺麗な人は沢山いるだろ
えぇ綺麗な人はいますけど奥様のように心に錦を着ている人はそういませんよ
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花なんて奥様の為にできた言葉です
昔で言えば静御前、常盤御前、今朝御前に晩の御前なんていう位のものでしょう
いやだよぉもう
お前さん生涯家に遊びに来ておくれよ
でもね、私の気になることは言っておくれでないよ
えぇそれは大丈夫です。
お宅様をしくじったら親子三人木から落ちた猿同様です・・・
何不自由なく暮らしております。
なんの因果か女将さんの顔が猿にそっくりという
表に出ると
おい、あの女を見て見ろよ
あれが猿後家って言われてる人だよ
え?でもいい女だぜ
それは後ろから見てるからだよ
前に回って見てご覧よ、ひどいから
へぇあれが猿後家かい
猿後家、猿後家・・・って言葉が耳に届くのでだんだん表に出なくなりました。
ここに勤めているの奉公人は猿という言葉が言えない
ああしなさる、こうしなさるって言えない
もしこんなことを言う者ならすぐにお暇が出てしまいます。
出入りの者が口を滑らしたら即座に出入り止めになる
定吉や
番頭さん御用ですか?
お前なちょっと悪いがさっきの所にもう一回使いを頼まれてくれ
へい
あっちょっと待ちな。お前はお使いが遅くって困るよ
この前遅いから様子を見に行ったら本を読みながら歩いてたな
なんでそんな事をするんだ?
お使いはさっと行って来て、さっと帰ってこないと意味がないんだよ
何の本を読んでいたんだ?
あれはですね、猿飛佐助って言うんですけど
お前!ちょっとこっちに来なさい
とんでもない事を言うんだな
何がですか?
何がじゃないよ
良かったよ女将さんが居なくって
ここの家は猿という言葉を言ってはいけないんだ
知っているだろ?
えぇ知ってますよ
じゃなんだい猿飛佐助って
あ!!!
お前はねぇ、うっかりでもお暇が出るんだから気を付けないと駄目だよ
あの本を捨てたんだろ?
え、まだとってあるのかい?
読み残しなんてどうでもいいから捨ててしまいなさい
他の本を読みなさい
分かりました
一緒に買ったヒヒ退治を読みます
馬鹿やろう
ヒヒは猿の親玉みたいな奴だろ
それを退治するって馬鹿だね
お前みたいな奴とかかわっていたらこっちが痩せる思いだよ
でも番頭さん世間で女将さんの事を猿に似ているって言うけど違いますよね
そうだな
お前も良い所もあるんだな
そうだよ、女将さんは猿になんか似てるものか
そうですよね
猿が女将さんに似てるんですよね
そうだよ
猿の方が女将さんに・・・
もういいから早く使いに行ってこい!
・
・
あぁあいつは駄目だな
とても長く奉公は勤まらないぞ
どうも、おはようございます
なんだい
善さんじゃないか
こっちに上がっておくれ
暫く来なかったけどどうした?
どうもご無沙汰しております。
お前が来ないから偉い目にあったんだぞ
何かありましたか?
聞いておくれよ
お前も知っての通り私は世辞が言えないたちなんだ
家の女将さんの顔があれだよ
表に出ないで家に閉じこもったまま
女将さんの楽しみはお前みたいな口達者な人にいい心持ちさせてくれる
それだけが楽しみなんだ
・
お前は三、四日来なかっただろ
機嫌が悪くってさ
昨日の事だよ喧嘩したよ
奥さん喧嘩したんですか?
だれと?
植木屋が庭の手入れをしていたんだけどさ
昨日、女将さんも退屈だったんだろ
自分で座布団と煙草盆をもって縁側に座って世間話をしていたんだ
「植木屋さんこの辺に木が欲しいんだけど何か無いかい?」って聞いたんだ
そしたらうっかりしていたのか「さるすべりの良いやつが在るからここに植えましょう」
さるすべりはまずいですね
あぁまずいさ
そこから芝居を見ているようだったよ
出ていけ恩知らず!!出入り止めだ!!って
植木屋も気が付いて始めは謝っていたけど、
女将さんが煙管(キセル)でもって頭を殴ったものだから
・
植木屋もふざけるなって、こっちは謝ってるじゃないか
なにも頭を殴ることないだろ!こうなったらここは出入りでもなんでもない
そんなにさるすべりが嫌なら柿の木を植えてやるから
それに登って渋柿でもかじっていろ!
また思い切ったことを言ったものですね
それから女将さんはおいおい、悔しい悔しいって泣いてね。
植木屋さんはそのまま帰ってしまったから未だに庭は散らかりっぱなし
ようやく今朝がた泣き止んだのは
そうですか
お前さんが来て機嫌を直してくれたら有り難いと思っていたんだよ
早速奥に行って機嫌を直しておくれよ
頼んだよ
おはようございます
善公で御座います
・・・あれ?
女将さん留守ですか?
また後程伺います
なんだい?善さんもう帰るのかい?
あの、どちら様ですか?
やだよ。私じゃないか
あの・・
やだよ
私の顔を忘れたのかい?
あれ?奥様ですか
すっかり見間違いをしました
なぜって会う度にどんどん若くなっているからね
てっきり私は京都の親戚のお千代さんと思ってましてね
やだよぉ〜
お千代は京都の水で洗いあげた本当の京美人じゃないか
あたしは五十近いおばあちゃんになってさ
そのおばあちゃんと十八の娘を間違えるなんてそそっかしいね
いえ、間違えますよ
いつ見ても美しいですからね
それに今日はことのほかにお化粧が上手く出来上がりましたからね
やだよぉ〜
まだ化粧前じゃないか
え?素顔なんですか?
それじゃお化粧をしたら後光がさすようでございましょうな
もうぉ〜やだよぉ
竹や!善さんが来たから鰻特上を頼んでおくれ、お酒もね
・
善さん暇なんだろ?
ゆっくりしておくれよ
それにしても暫く来なかったじゃないか
どうしてんだ?
実はですね
家の嬶(かかあ)の里から三人出て来まして
久しぶりに東京見学をしてい見たいって言うものですから方々を付き合いをしておりました。
その後田舎へ送って来ましてね
・
東京見物も田舎の人は足が丈夫なんですね
やたら歩くんですよ
もうへとへとになりまして、どうもすみません
すっかりご無沙汰になりまして
そうかい、それなら良いんだよ
お前さんが来なくなったから風邪を引いて寝てるんじゃないかって心配したんだよ
善さん、東京見物の話を聞かせておくれよ
まず東京って言うと二重橋を拝みました
足を延ばして日比谷公園に行って、年寄りのいく所じゃありませんね
若い者たちが仲良くやっているのを見て早々に退散いたしました
銀座通りを歩いて、新橋に行って大きな天ぷら屋がございますので
そこでもって皆さんにごちそうしました
まぁそれじゃお前さんが旦那になったのかい?
えぇ旦那になりました
まぁ偉いんだね
所ですがね、みなさん良く食べるんで一人あたり三人前くらいぺろぺろいくものですから
懐がさみしいものでどうのなるか心配で
なんだい
ここへちょっと寄ってくれればお小遣いをあげたのに
お前さんは皆さんにご馳走したから食べられなかったのかい?
いえ、私はちゃんと五人前食べました
なんだい、お前さんが一番良く食べたじゃないか(笑)
面白いねぇ
それからですね泉岳寺にお参りに行きましたがここへも歩きでしたので
もうそこへ行っただけでもヘトヘトになりました。
それでもなん百年もたったのか知りませんが大したものですね。
お線香の煙が煙ってましてねぇ
それから嫌がるのを無理やり電車に乗せて明治神宮にお参りして、
そこから新宿に出て靖国神社に行きました。
・
そうしたら歩いて上野公園まで行くって言うんですよ
歩いてってこっちは御免こうむりたいんですけどねぇ
でも何事も向こう様のお相手ですからね、上野公園にたどり着いたら足が棒みたいになりまして、
西郷様の銅像の所に茶店が在りまして腰を下ろすと脇の所に
江戸時代の俳諧で宝井其角の弟子で秋色(しゅうしき)っていう女の子が作った俳句ですかね。
・
その俳句の碑が立ってまして詳しくは覚えていませんが井戸端の 桜あぶなし 酒の酔とかなんとか
これがまだ子供のころに作ったって言うんだから大した物だなって思いましたね
脇に桜が立っておりまして、まぁこれはその頃のものではありませんがね
・
秋色の歳をとった時に作った俳句も御座いまして、
秋色もなんとかなりて姥桜(うばさくら) ・・ぁんてものも御座いまして、、
えっとここまで来たんだから上野動物・・・動物園はよそうなって、、、
それから、そうだ浅草の観音様にお参り致しまして、あそこはいつ行っても賑やかですね。
鳩に豆をやったりしましてね
それから裏手に行きますと大勢の黒山の人だかりになっておりまして
何だろうと思ってみて見ますと今に珍しい猿回しで芸が上手い物で私も奮発しまして三千円ばかり
お帰りよ
恩知らず
ちょっと待ってください
私何かまずい事を申し上げましたか?
おとぼけじゃないよ
観音様の裏手に大勢人がいたんだろ
えぇそうです。
その中に何が居たんだ?!
なにって今時珍しい猿まわ・・・あぁっとええっと
出ていけ!!
お前の顔なんか二度と見たくも無い、出入り止めだ!
帰らないのか!煮え湯を浴びせる!
番頭さん!!!!
なんだ騒がしいね
お願いが御座います。
どうしたんだい?
しくじっちゃたんです。
ですから奥に行ってお詫びしてくださいな
お前さんがかい?
なんでそんなことになったんだ?
それがですね東京見物の話をしているときにうっかり夢中になって
上野の動物園を上手く避けたんですが、安心しているすきに
観音様の裏手で人が大勢いたので、中を見てみると猿回しって
猿回し!!!
おいおいおい、それはまた一段ときつい事を言ったね
まぁとりあえず帰っておくれ
いえ、帰れません
今日はどうしても奥様のご機嫌を伺ってお小遣いを頂かないとお米買えないんです。
なんだい?お米が買えないって?
自分の商売をしたらいいだろ
商売って私は昔やっていた古本屋をやめて今は何もしていないんですよ
どうやってご飯を食べているんだ?
いえ、毎日こちらに伺って奥様のご機嫌を取ってお小遣いで
なにかい?ご機嫌取りを商売にしているのかい?
それだったらもう少し上手くやってもらわないと困るよ
お前さんがしくじると後は誰もいないよ
まぁ今日は帰っておくれ、日を改めて
いえ、、駄目なんです
そこの所を何とかしてください
番頭さんお願いです
困ったねぇ
それに比べると以前お出入りしていた仕立て屋の太平はお詫びの仕方が上手かったねぇ
仕立て屋の太平ってそんな人がいたんですか
いたよ
どんな人ですか?
どんなって、仕立て屋だよ
お前と同じようにご機嫌を取ってお小遣いをもらっていたよ
そういえば女の子がいたね
その子にねお師匠さんの方はお礼をするからって言って踊りを習わせていた
可愛がっていたんだよ
・
暫くするとね、踊りの方はって聞くと筋が良いと褒められております
今度のおさらいには靭猿(うつぼざる)をやりますって言ってしくじった
靭猿ですかぁ
それはうっかり出ますね
三ケ月ぐらい来なかったね
ある日、表でボロボロの汚い乞食が立っていたんだ
女将さんがそれを見て幾らかやってくれって
心が優しい方なんだ
・
私が小銭をもって渡そうとすると、実は太平で御座います。
とても伺えた義理では御座いませんが、あれからどこに行ってもあそこをしくじる様では
付き合えないと方々から断られてしまい今では仕事がなくなってしまいました。
親子三人首をくくって死のうと思っておりましたが、それを思いとどまりまして
四国巡礼の旅に出ようという事になりました。
・
在りもしない道具を売ろうとすると道具屋の前で娘が、
ここにお店のおばちゃんの絵が売っているから買ってちょうだい
言われて中を見ると瓜二つ。
それを買い求めまして、つきまして巡礼の守り本尊にしたくこの錦絵に魂をお入れ下さい
と言って見て私も驚いた
いやぁ水もたれる良い女さぁ
お詫びの仕方が上手いですね
それ錦絵が奥様に似ていたんですか?
馬鹿、、、似るわけないだろ
それでも女将さんの機嫌が直った
なんだい太平やそんな旅に出なくてもいいんだよ
これは私が買ってあげますからって言って上がらせて
お湯を沸かして風呂に入れたり、床呂屋を呼んで頭をきれいにして
着ている物も亡くなった旦那の着物や帯を着させて瞬く間に太平は見違えるようになった
女将さんは、錦絵を見て太平にご機嫌を取ってもらっている
いくらしたのか知らないけど随分な額でその錦絵を買っていたよ
上手くやりやがったなぁ
これだけ上手く言ったんだからお礼を言って早く帰ればよかったんだ
またしくじったんですか?
太平は本当に知恵が在るねって言ったら
ほんの猿知恵だって・・・それっきり来ないね
他人事じゃないな
番頭さんお願いですからお知恵を拝借
お知恵って言ってもな
昔に居た美女に例えたらどうだい?
小野小町や静御前、常盤御前、袈裟(けさ)御前なんか美人だったって言うだろ
そうですか
有難う御座います。
上手くやっておくれよ
善公ご機嫌伺い・・・
まだいるのかい?!
出ていけ!!
いったい何が気に入らなかったんです?
観音様の裏手に大勢人がいたんだろ
えぇそうです
その中に何が居たんだい?
ですから・・回しです。
もっとはっきり言い
ですから棒の先にお皿をまわしてくるくる回す「皿回し」です
話の途中でお皿回しって言いにくいから皿回しって言ったんです
その何がいけないんですか?
なんだい?
皿回しって言ったんのかい?
そうですよ
そうかい
それならいいんだよ
お前がはっきり言わないから聞き間違えるんだよ
竹や!早く鰻をお願いね
ゆっくり遊んでくれよ
えぇ有難う御座います。
でもね、番頭さんと話をしていたんですが日本に奥様程の美人はいませんねぇ
いやだよぉ
綺麗な人は沢山いるだろ
えぇ綺麗な人はいますけど奥様のように心に錦を着ている人はそういませんよ
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花なんて奥様の為にできた言葉です
昔で言えば静御前、常盤御前、今朝御前に晩の御前なんていう位のものでしょう
いやだよぉもう
お前さん生涯家に遊びに来ておくれよ
でもね、私の気になることは言っておくれでないよ
えぇそれは大丈夫です。
お宅様をしくじったら親子三人木から落ちた猿同様です・・・
2018年01月03日
太田道灌(おおおたどうかん)
こんにちは
しばらく顔見なかったな
まあまあ上がれ
ご馳走さまです。
何がだ?
いや、飯(まんま)をあがれって
そうじゃない
こっちに上がれ
そですか
陽気な上がろうか、陰気に上がろうか?
陰気は嫌いだ陽気に上がれよ
よっこらどっこいしょ
さぁ殺すなら殺せ!
誰が殺すか
お前を殺しても罪になる
人が来たら茶くらい出るけどな・・
催促するな
今出そうとしたところだ
ほら粗茶だ
どうも、、
うん、いい祖茶だ
お前が粗茶って言うな
まぁお前に言われて腹が立たないのがおもしろいな
まぁゆっくりと遊べ
あんた退屈せんか?
退屈もあるけど、
わしにも道楽が一つあって書画で楽しんでる
どうだ後ろの屏風
うわぁ汚い屏風だな
なんか古い絵をベタベタはって
お前に見せたら適わないな
これは名人が描いた絵ばっかりだぞ
そうか、値も高いな
値のことは言うな
銭金で買えないものがここに描いてある
左様か、じゃちょっと見直そうか
変わった絵が書いてるな
どこが変わってる?
侍がなんか唐人傘みたいなのを持って、虎の革の股引はいて。その下で女の子がペコペコ謝ってるな
これが有名な太田持資(おおたもちすけ)じゃ
後に太田道灌となる人だ
あぁあの
知ってるか?
おおた事もなければ、どうかも知らん
洒落を言うな
太田道灌はなかなか名将でな
遠出したところにわかの村雨だ
雨宿りするところがない
ふと見たら向こうにあばら家があったな
いや売れないだろ
油屋
油屋じゃないあばら家
壊れかかった家のことだ
そこに立ち寄って雨具の借用を願った
するとそこから出てきたのは賤の女(しずのめ)だ
・
盆の上に山吹の枝を乗せて
お恥ずかしゅうと言って出した
分からない人間だな
分からないか
道灌は傘を借りたいんだろ
山吹の枝なんか出されてもな
そこだ!
太田道灌程の人間もわからなかった
名将だけども乱世に育ち、歌道(かどう)に暗かった
家来に意味がわかる人がいた
恐れながら申し上げます
兼明親王の古歌に
「七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに なきぞ悲しき」と言うのがございます。
実のと蓑(みの)をかけた雨具の無い断りでございましょう
・
それを聞いた道灌は赤面をして家来と一緒にお城にお戻りになった。
侍の文武両道は車の両輪のごとし
わしは文に暗い、その他めに若い女子から恥辱を受けた
これは文を学ばないといけないと、一心不乱に勉強して日本一の歌人になった
どのくらい焼けたんだ?
なに、、?
日本一の火事になったんだろ
いや、歌の人と書いて歌人だ
そのお陰で前の歌の返しができた
「急がずば ぬれざらましを 旅人の あとよりはるる 野路の村雨」
雨具の断りは何て言うんでしたっけ?
七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに なきぞ悲しき
それをあなたの持っている扇に書いてくれるか?
わしの扇にか?
まぁ良いだろう
ひらがなでな
・
・
・
ありがとうございます
これを持って帰り友達が雨具を借りたときの断りをするんだ
あいつ等、借りるだけ借りて返さないんだ
面白いこと考えたな
まぁお茶でも飲で行くか?
いや、だいぶ曇ってきましたので
雨が降る前に帰ります
さようなら
なんでも知ってるなぁ
一つ利口になった
それにしても雨が降る前に帰ってきて正解だった
居るか?
来たな道灌め
なんだどうかん?
こっちの事とだ
お前はモノを借りに来たな
おっ良くわかったな
傘だろ?
いや、傘は持ってる
提灯を借りに来た
へ?
提灯なんかどうするんだ?
提灯どうするって、暗いから足元照らすに決まってるだろ
提灯貸して
提灯は無い
無いって後ろにつってあるだろ
しようがない
雨具を貸せって言ったら貸す
いや、雨具は持ってる
持ってても言え
雨具貸せって言ったら提灯を貸す
どうかしてるな
傘貸して
傘じゃない、雨具
面倒くさいやつだな
雨具貸して
お恥ずかしゅう
なんて、声を出してるんだ
え?扇を見ろって?
「ななへやへ はなはさけども やまぶきの みのひとつだに なきぞかなしき」
なんだこれは都々逸(どどいつ)か?
これを知らないなんてお前は歌道(かどう)に暗いな
角(かど)が暗いから提灯を借りに来たんだ
しばらく顔見なかったな
まあまあ上がれ
ご馳走さまです。
何がだ?
いや、飯(まんま)をあがれって
そうじゃない
こっちに上がれ
そですか
陽気な上がろうか、陰気に上がろうか?
陰気は嫌いだ陽気に上がれよ
よっこらどっこいしょ
さぁ殺すなら殺せ!
誰が殺すか
お前を殺しても罪になる
人が来たら茶くらい出るけどな・・
催促するな
今出そうとしたところだ
ほら粗茶だ
どうも、、
うん、いい祖茶だ
お前が粗茶って言うな
まぁお前に言われて腹が立たないのがおもしろいな
まぁゆっくりと遊べ
あんた退屈せんか?
退屈もあるけど、
わしにも道楽が一つあって書画で楽しんでる
どうだ後ろの屏風
うわぁ汚い屏風だな
なんか古い絵をベタベタはって
お前に見せたら適わないな
これは名人が描いた絵ばっかりだぞ
そうか、値も高いな
値のことは言うな
銭金で買えないものがここに描いてある
左様か、じゃちょっと見直そうか
変わった絵が書いてるな
どこが変わってる?
侍がなんか唐人傘みたいなのを持って、虎の革の股引はいて。その下で女の子がペコペコ謝ってるな
これが有名な太田持資(おおたもちすけ)じゃ
後に太田道灌となる人だ
あぁあの
知ってるか?
おおた事もなければ、どうかも知らん
洒落を言うな
太田道灌はなかなか名将でな
遠出したところにわかの村雨だ
雨宿りするところがない
ふと見たら向こうにあばら家があったな
いや売れないだろ
油屋
油屋じゃないあばら家
壊れかかった家のことだ
そこに立ち寄って雨具の借用を願った
するとそこから出てきたのは賤の女(しずのめ)だ
・
盆の上に山吹の枝を乗せて
お恥ずかしゅうと言って出した
分からない人間だな
分からないか
道灌は傘を借りたいんだろ
山吹の枝なんか出されてもな
そこだ!
太田道灌程の人間もわからなかった
名将だけども乱世に育ち、歌道(かどう)に暗かった
家来に意味がわかる人がいた
恐れながら申し上げます
兼明親王の古歌に
「七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに なきぞ悲しき」と言うのがございます。
実のと蓑(みの)をかけた雨具の無い断りでございましょう
・
それを聞いた道灌は赤面をして家来と一緒にお城にお戻りになった。
侍の文武両道は車の両輪のごとし
わしは文に暗い、その他めに若い女子から恥辱を受けた
これは文を学ばないといけないと、一心不乱に勉強して日本一の歌人になった
どのくらい焼けたんだ?
なに、、?
日本一の火事になったんだろ
いや、歌の人と書いて歌人だ
そのお陰で前の歌の返しができた
「急がずば ぬれざらましを 旅人の あとよりはるる 野路の村雨」
雨具の断りは何て言うんでしたっけ?
七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに なきぞ悲しき
それをあなたの持っている扇に書いてくれるか?
わしの扇にか?
まぁ良いだろう
ひらがなでな
・
・
・
ありがとうございます
これを持って帰り友達が雨具を借りたときの断りをするんだ
あいつ等、借りるだけ借りて返さないんだ
面白いこと考えたな
まぁお茶でも飲で行くか?
いや、だいぶ曇ってきましたので
雨が降る前に帰ります
さようなら
なんでも知ってるなぁ
一つ利口になった
それにしても雨が降る前に帰ってきて正解だった
居るか?
来たな道灌め
なんだどうかん?
こっちの事とだ
お前はモノを借りに来たな
おっ良くわかったな
傘だろ?
いや、傘は持ってる
提灯を借りに来た
へ?
提灯なんかどうするんだ?
提灯どうするって、暗いから足元照らすに決まってるだろ
提灯貸して
提灯は無い
無いって後ろにつってあるだろ
しようがない
雨具を貸せって言ったら貸す
いや、雨具は持ってる
持ってても言え
雨具貸せって言ったら提灯を貸す
どうかしてるな
傘貸して
傘じゃない、雨具
面倒くさいやつだな
雨具貸して
お恥ずかしゅう
なんて、声を出してるんだ
え?扇を見ろって?
「ななへやへ はなはさけども やまぶきの みのひとつだに なきぞかなしき」
なんだこれは都々逸(どどいつ)か?
これを知らないなんてお前は歌道(かどう)に暗いな
角(かど)が暗いから提灯を借りに来たんだ
2017年12月31日
加賀の千代(かがのちよ)
ちょいとお前さん
ちょいと・・ちょいとお前さん!
えっ
えっじゃないよ
ぼんやりしているけどね、今日は大晦日だよ
大 晦 日!!!
分かってるよ
そこでお前が顔中口にして「大晦日!!!」って言わなくたって
世間中どこに行っても大晦日だよ
明日はお正月なんだよ
えっ??
なんで今日の大晦日が分かってて
明日のお正月でえっ??って来るんだよこの人は・・・
ねぇどうすんだよ
なにが?
なにがじゃないよ
方々の店から支払いをして下さいって付けが山になってるだろ
この付けの山がお前さんの目に入らないのかい?
入らない
俺の目は紙くず籠じゃない
何言ってんの
見えないのかって言ってんの
見えてるよ
どうすんだよ
払ってくださいって言ってんだから
払うしかないじゃないか
払うしかないじゃないかって
あたしはお足がないんだよ
あたしもお足がないよ
両方で無いんじゃしょうがないじゃないか
しょうがないから井上のご隠居さんの所に行ってお足を借りてきておくれ
ご隠居さんのとこで?
それは駄目だよ
あのご隠居さんはのべつ借りにいってんだ
今日も行ったらまた来たのかって怒られちゃうよ
大丈夫だよ
井上のご隠居さんはお前を可愛くってしょうがないから
そんなことねぇだろ
子供でもねぇ孫でもねぇ可愛いわけねぇ
そういうもんじゃないんだよ
子供だから可愛い、孫だから可愛いってもんじゃない
お他人様でも気性が合えば引き立っても下さる
人間ばかりだけじゃないよ犬や猫をご覧
可愛がる人は膝に乗せたり懐に入れたり
自分の子供以上じゃないか
へぇ
生き物だけじゃないよ
植木だってそう朝顔だって可愛がる人がいるんだから
朝顔?
膝に乗せたり懐に入れたり・・・
いま私たち夫婦に必要なのは笑いじゃなくってお金なの
分かってる
うすうすと・・
分かってるんだったらちゃんと話を聞きなさいよ
あのね昔こんな話があるの
・
加賀の国にお千代さんって人がいてね
この人が大変歌がお上手でね国中の評判
この評判が加賀の国のお殿様の耳に入ってある日
御膳にしこうせよっと御達しがあったんだよ
・
しこうせよったってねあんなのは言われてすぐ出来るもんじゃないよ
俺だってね、いっぺんしか出来たことねんだから
なに?
四光 (しこう)だろ
松に坊主に桜に桐・・・
花札の話をしるんじゃないの
お殿様の前に出ることを伺候(しこう)って言うの
雨が降ると五光っと言うの
真面目に聞いておくれよ
・
お千代さんがお城へ上がる
広い座敷へ通されて頭を下げて待っていると
目の前の御簾が上がると加賀のお殿様
千代
苦しゅうない面を上げい
お千代さんが恐る恐る顔をあげてみると加賀のお殿様
梅鉢のご紋が付いていたからその時とっさに詠んだのが
見やぐれば香りも高き梅の花
これを聞いて殿様はお喜びになり
お褒めの言葉だけではない
大変なご褒美まで頂戴した
また国中の評判となったそうだ
・
・・・朝顔どうしたの?
これからそういう話になるんだよ
・
ある夏の日お千代さんが水を汲みに井戸に行くと
井戸の釣瓶(つるべ)に朝顔がつるを撒きつけて花が咲いていた
井戸の水をくむにはつるを切ったり花を捨てなくてはいけない
そういう事をするのはしのびないと方々から水を貰って歩いた
この時に詠んだのは
朝顔に釣瓶とられて貰い水
・
朝顔にだってこれだけ可愛がる人がいるんだから
ご隠居さんがお前のこと可愛がるの分かる話だろ
俺は朝顔か・・・
じゃなにご隠居さんの所にいくら借りてくればいいの?
そうだねぇ
二十円貸してくださいっと
そう言ってきておくれ
二十円!!それは駄目だよ
井上のご隠居さんはいつも行っても一円か二円しか借りねぇんだよ
それを二十円って言ったら驚いちゃうよ
あまり心の臓が強くねぇんだから
二十円ないと勘定が追い付かないの?
そうだねぇ
この付け全部で八円五〜六十銭だから
十円あればなんとかなる
じゃ十円って言わせてくれ
そのほうが俺も頼みやすい
それがものが分からないって言うんだよ
八円五〜六十銭の勘定のところに十円貸して下さいって言ってみなさい
お前は度々の事だから半分の五円にしておけって言われたら
たすきに短し帯に長しでしょうがないだろ
だから二十円って言って半分になっても勘定が追い付く
これが掛値って言うんだよ良く覚えておきなさい
分かりました
じゃ行ってくるから
ちょいと今日はね手ぶらで行くんじゃないよ
これをご隠居さんの所に持ってって
なに・・えっ町内の菓子屋の饅頭
駄目だよ町内の饅頭は皮ばっか厚くってあんこが少ししか入ってないんだよ
ご隠居さんのところはね、隣町の饅頭屋で買うんだけどこれはうまいよ
あんこの周りに皮の薄〜い饅頭でうめぇんだ
こんな饅頭を持って行っても
あのね食べても食べなくてもいいの
今日は義理をかけに持って行くんだからね
こんなもんでも持っていったら嫌だとは言えないだろ
向こうに行ったら女中のお清さんが出てくる
・
そうしたらねいきなりこれを出すんじゃなくって
「ご隠居さんはいらっしゃいますか?」って聞くんだ
それでいるって言ったらこれを差し出して
「これをご隠居さんのお目にかけてください」
いないって言ったら渡したらいけないよ
・
そうですかって言って町内を一回りしてきて
頃合いを見計らってまたご隠居さんはいらっしゃいますかって聞きなさい
ご隠居さんが戻ってくるまで町内をグルグルと回ってないといけないよ
いいかいしっかりやっておくれよ
今日お金を借りられないと年が越せないからね
へぇい
うちのかかぁいろいろ知ってるね
朝顔に釣瓶とられて貰い水
うめぇこと言うなぁ
・
・
・
こんばんわ
は〜い
あら、まぁ甚兵衛さんじゃないですか
お久しぶりです
ご隠居さんいますか?
はい、いますよ
いなければいないって言ってください
町内ひとまわりしてきますから
別にそんなことしなくってもいいんですよ
いるんですから
これをご隠居さんの目にものを見せてください!
あのご隠居さん、甚兵衛さんが
なんだい甚兵衛さんが来た
あぁなんだい久しぶりだなぁ
こっちへ通して・・・なんだいそんなものを持ってきたのか
これは気を使ったな
あとでお茶と一緒に出してあげなさい
あぁ甚兵衛さんか久しぶりだなぁ
いいからそこへお座りよ
・
お前は変った男だ
来るとなると日に二度も三度も来るのに
来ないとなるとまるきし顔を出さない
私はお前さんのことが好きなんだ
日に一遍はお前の顔を見ないとどうも体の塩梅が悪い
・
聞いたらうちに何か持ってきてくれたそうだね
いいんだよ気を使わなくっても
あたしもそんなの持っていくことねぇって言ったんですけどね
かかぁが今日は義理をかけるために持って行けって言うから
しょうがなく持って来たんですよ
そういうとこが好きだよ・・・
なんていうかねぇ
まるっきり腹には隠しておけないむき出しの優しさって言うのかな
とげのある優しみって言うのかねぇ
そうだお前が持ってきてくれた饅頭を食べようじゃないか
いえ、いりません
いやいや遠慮しなくってもいいんだよ
遠慮じゃないんです
どうせ食べるんだったら戸棚の中に入ってる
隣町の饅頭食べたいんですけど
たまらないなぁお前は、あぁ結構だ結構だ
お清、お清、戸棚の饅頭を出して
どうせならね手前より奥の方が新しいから奥のを
あぁ奥の・・・うん
しかしお前がそういうものを持ってきたところを
見るとまぁ大概のことは察しがついた
お前また仕事を怠けたろ
良い腕してるのに惜しい男だね
それでこの暮れになって勘定が追い付かなくなって
私のところにお金を借りに来たってわけかい
そうなんです
そうかいわかったわかった
でいったいいくら要りようなんだい?
それなんですよ
今日は普段と違うので驚かないでもらいたいんですよ
はいはい、別に驚かないよ
いくらかそう言ってごらん
本当に驚かないで下さいよ
別に驚きはしない
はやくそう言ってごらんよ
・
・
・
お前がどきどきしてどうするんだよ
いくらかってそう言ってごらん
二十円貸してもらいたいんです!!
あははは
なんだいお前が驚くなって言うから
ちょいと構えてしまったじゃないかい
二十円あればいいのかい
はいこれ二十円持っていきなさい
いっいや!違うんです違うんです!!
本当は二十円なんかじゃないんです!!!
なんだいこっちは耳が遠いんだ
はっきりと言っておくれ
なんだい百二十円あれば足りるのかい
あのなんですね!
ご隠居さんは案外ものの分からない人なんですね!
なんだなぁちゃんと言ってくれないと
じゃ二百二十円あれば・・・
しまいには怒りますよ!!!!
怒らなくっていい
まぁまぁいいから落ち着きな
ちょいと待ちな
お清!お清!!!
ちょいとせがれの所に行っておくれ
なんだかね甚兵衛さんが暮れの支払いで大変なことになってるんだ!
急いで行って店にあるお金をありったけこっちに持ってくるように
えっいやいや後のことはなんとでも始末をつける
急いで行っておくれよ!
本当はいくらあればいいのか、ちゃんと言ってごらん
八円五〜六十銭
お清ょ〜行かなくっていいよ〜
どうしてそう前はそうめんどくさいんだい
八円五〜六十銭の勘定だったら上を見て十円って言っとけばいいじゃないか
それがものが分からないって言うんですよ
八円五〜六十銭の勘定のところに十円貸して下さいって言うとね
お前は度々の事だから半分の五円にしておけって言われたら
いのちみじかしこいせよおとめで、どうにもならないでしょ
だから二十円って言って半分になっても勘定が追い付く
これが掛値って言うんだよ良く覚えておきなさい
これからもあることだから
これからもあるのかい??
そうかそうかぁわかったわかった
うんうんうん
お清ょ横を向いて笑いなさい
はい改めてな十円あれば足りるんだな
ありがとうございます
十円出てきた
やっぱり俺は朝顔だ
なんだい?
朝顔に釣瓶とられて貰い水
さようなら
おい・・ちょっ待ちな待ちな
おまえ何か妙なこと言ったな
朝顔に釣瓶とられて貰い水・・・はてどこかで聞いたような
・・・わかった!
加賀の千代か?
ううん
かかの知恵
価格:1,479円 |
2017年11月09日
死神(しにがみ)
お金は出来たのかい?
黙ったってわからないよ
出来ないのかい?!
・
・
あきれたねぇ
それで帰って来たのか
どうするんだよ?
出来ないものはしょうがないだろ
僅かばかりのお金も用意できないのかい
お前みたいな意気地なしは豆腐の角に頭をぶつけて死んでしまいなさい
いやぁお前ね
いくらなんでも豆腐の角に頭をぶつけて
死ねるよお前みたいな意気地なしなら
お金を用意できないなら家に入れないからな
出ていけ!!!
気の強い嬶(かかあ)だな
それにしても豆腐の角に頭をぶつけて死ねって言うのはいいけど
お前なら死ねるよって言い方は無いよな
銭が出来ないのってこんなにも辛いんだな
嬶にもうるさく言われるし、、、もう疲れたし死のうかな
どうやって死のう
川に身を投げようかな
いや、七つの時の井戸に落ちて、がばがば水を飲んで苦しかったな
なんか苦しまずにする方法は無いかな
・
立派な木だな
そうだ首をくくろう
しかし首ってどうやってくくるんだろう
教えてやろうか
え?!
誰だい?
俺だよ
木の陰から出て来たのを見ると、歳はもう八十以上にもなろうか
頭の毛がうっすらと生えていて、鼠色の着物をから前がはだけていて
あばら骨が一本一本数えるように痩せっこけている
藁草履をはいて竹の杖をついた貧相なおじいさん
教えてやろう
なんだ
死神だよ
え?死に・・
ここに来たら急に死にたくなったんだ
お前の仕業だな
そっちに行け
まぁまぁそう嫌うなよ
俺は行くよ
まぁ待ちなよ
お前が足で逃げても俺は風に乗って飛んでいけるんだ
こっちに寄るなよ
そう、邪険にするなよ
俺とお前とは昔に縁が在ったんだ
お前大分困っているようだな
助けてやるけどどうだ
いいよ、大丈夫だから
人間って言うのは死にたくっても寿命があればどうしても生きてしまう
逆にどんなに行きたくっても寿命が無ければ死んでしまう
お前はこれからまだまだ十分な寿命が在るから安心しろ
お前に良い事を教えてやるから医者になれ
儲かるぞ
医者って言われても脈の取り方を知らない
脈なんてどうでもいい
お前が命を救えば立派な医者になれる
他の者には分からないけど、お前には見えるようにしてやった
長の患いをしている患者には枕元か足元に必ず死神がいる
足元に座っている病人はまだ助かる見込みが在る
しかし枕元に座っている場合は寿命が尽きているから手を付けたらいけない
足元に座っていたら、お前が死神をはがす呪文を唱えるんだ
呪文ってな、なんです・・・
お前に教えてやるが人に教えてはいけないぞ
いいか
「アジャラカモクレンコウエイヘイヘケレッツノパ」
と唱えて手を二回叩くと死神が帰らないと行けないんだよ
それで病人を治せばお前は立派な医者だ
もう一回教えてください
・アジャラカ、え?モクレンコウエイヘイ、、、ヘケレッツノパ
で手を叩くのか
パンパンっとこれで良いのか?
おい?どこ行った?
死神さん?
・
そうか呪文を唱えたら帰ったのか
これは良い事を教わった
家に帰って来てかまぼこ板の裏にカナで「イシャ」っと表に出しました
こんなことで患者が来るのかと思っていた矢先に
ごめん下さいまし
へぃ!
米屋さんですか、今月は勘定は無理なんですよ
来月まで待ってくださいよ
いえ米屋では御座いません
あぁ酒屋さん
来月には必ず払いますので
酒屋ではありません
八百屋さん?ちがうの
乾物屋さん、そば屋さん?
方々に借りが在るんだな
こちらはお医者様では?
あ!そうだった医者だよ
なんですか
手前は越前屋白兵衛の手代で御座いますが
主人が長病で御座いましていろいろな先生に見て貰いましたが一向に良くなりません
大変当たる易者がおると言うので見て貰いましたところ
辰巳方角で一番最初の看板に目が付く先生に診て貰えば助かると言う易でして
えぇそうなんだ
じゃ行きましょうか
先生は?
私ですが行きましょう
頼んでみたものの風体が良くない人物で不安になる
店に行って話をして薬さえ飲ませなければ間違いはなかろう
診せるだけにしなさい
病人の部屋に案内されましたが、死神が足元におりました
ぉ足元だ、しめた!
え?何か仰いましたか?
いえいえ何でも御座いません
それでは、治せばお礼の所は貰えるのでしょうね
それは如何様にでも
私はね、術を使うんですよ
アジャラカモクレンコウエイヘイヘケレッツノパ
パンパン
死神をすっと離れると、今まで唸っていた病人が
おい、お茶を一杯くれ
喉がカラカラだ
・
お腹すいたなぁ
主人がお腹を空いたって申しておりますが
やはり病人なのでお粥など
何でもいいですよ
うな丼でも牛丼でも
え?
それではお薬を
あああぁ薬ね
じゃ家にいらっしゃい
家に帰りますと大根の葉っぱを細かく刻んで
お待ちどうさま
これは煎じるのでしょうか
煎じても茹でても
どういう風に
まぁ二杯を三杯にすればいい
この薬は増えるのでしょうか?
三杯でもまぁいいよ
これを飲ませるとケロッと治ってしまう
あの人は名医だと噂が流れまして
それでは私の所に、手前のところにっと引っ張りたこ
大抵は足元に死神が居る
・
たまたま枕元に座っていたらあぁこれは寿命です諦めてください
と敷居をまたいだ途端に病人が息を引き取る
生き神様ではないかと偉い評判になりました。
今までは裏でくすぶっていた奴が表に出て邸宅を構え
着たい物を着て、食べたいものを食べる贅沢な毎日
そうなりますと小じわが寄った女将さんなんか面白くない
乙な妾を置きまして、女将さんが口うるさく言う者だから
子供を付けて金をやるから別れよう
ねぇ先生。
上方見物に行きたいと思っているのよ
上方見物いいねぇ
世帯をしまっていこう
すっかり金に換えて上方見物
あっち、こっちへ金に飽かして贅沢三昧しました。
金は使えば無くなりますもので、惚れた相手じゃない
向こうの方からどっかへ消えてしまいました。
ぼんやりとして帰ってきました
また看板を掲げて医者を再開しましたが、どうしたことか患者が全く来ない
たまたま、頼まれていくと死神は枕元に座っております。
そのうち、麹町の伊勢屋善右衛門という金持ちで御座いまして
勢い込んでやってくると枕元に死神が座っている
折角ですが、この病人は寿命が無いのであきらめてください。
先生、そこを何とかお骨折りを
お骨折りと言っても寿命が無いものは
ですけれども、先生のお力で・・・
誠に失礼でございますが三千両までご用意いたしますので何とか
三千両貰ってもねぇ
寿命が無い物は仕方がないんだよ
では如何で御座いましょう
二〜三か月で構いませんので寿命を延ばして頂けましたら
五千両までお礼を致すのですが
金は欲しいのですが・・・・
どうにもならないのですよ
諦めてください
・・え?へい、そうかい
如何でしょうか
ひと月で構わないのですが一万両は如何でしょうか?
一万両ね!
何とかしたいんだよね
少し待っておくれ・・・
ここの家に力が在って息の合う人が四人ほど居るかい?
何人でも
いやいや、四人で大丈夫なんだ
病人が寝ている布団の四隅に一人ずつ座らして
私が合図をする、膝を叩こう
そうしたら、布団を持ち上げてぐるっと回してくれ
分かる?
頭の方が足になって、足の方が頭になるんだよ
これは一回しくじったらもう出来ないからね
万事支度をして死神の様子を見ている
夜が更けるにしたがって死神が目が異様に輝いてくる
病人が偉く苦しみ始めている
そうするうちに夜が明けてきて昼近くになりますと
死神だってそうそう張り切ってはばかりではいられない
疲れと見えまして居眠りを始める
病人も落ち着いてすやすや寝ている様子
ここだなっと思うと目配せをして膝をパッと叩く
寝ている布団がぐるっと回り間髪を入れず
アジャラカモクレンコウエイヘイヘケレッツノパ!!
パンパン!!
死神が驚いたのなんの
飛び上がって消えてしまいました
病人は今までと様子が変わって快方に向かいました
先生、有難う御座います
御礼金はご用意いたしますので
早速礼金が届きましたので、表に出かけて一杯ひっかけて
ありがたいなぁ
人間って言うのは苦しくなってくると知恵が出てくるな
死神の顔ってなかったね
・・・・バカやろう
なんであんなことをした?
え??
あっどうも暫くで
なんで俺にあんな真似をするんだ?
あなただったんですか?
死神さんは皆さん顔が似ているからな
分からなかったんですよ
まぁまぁしてしまったものはしょうがない
俺と一緒に来い
え?
勘弁して下しいよ
死神仲間たちにつるし上げにされるんでしょ
なんでもいいから来い
・
ここへ降りな
なんですか石段が在る
勘弁してくれよ
早く来い
危ないよ
落っこちてしまうよ
大丈夫だ
ここを見ろ
あっ!なんですか
随分ロウソクがついてますね
これはみんな人の寿命だ
そうですか
人の寿命はロウソクの火のようだって言いますが
大したものですね
長い物から短いものまで
・
ここにロウがたまって暗くなっている物が在りますね
そういうのは患っているんだ
ロウを払って火がスゥっと立つようになると元の通り体が良くなる
病人ですか
ここに恐ろしく長く威勢のいいのが在りますね
それはお前の倅だ
へぇそうですか
奴は丈夫なんですね
ここに半分くらいで威勢のいいのは?
・
あぁあの嬶ですか
ここに今にも消えそうなのは?
それはお前だよ
嘘だよ、冗談は
お前だよ
だって消えそうになってるよ
消えれば死ぬ
だ、だって前に会った時はまだ寿命が在るって言ったじゃん
教えてやるよ
こっちに半分より長く威勢のいいロウソクが本当のお前の寿命だったんだ
金に目がくらんでお前は寿命を取り換えたんだ
もうじき死ぬよ
そんなこと知らないから
お金は返しますので寿命を取り換えてください
いったん取り換えた寿命は駄目だ
そんな事を言わないで
お願いしますよ
・
後生だからお願いしますよ
しょうがねぇ野郎だな
ここに灯しかけがある
それと繋いでみな
上手くいくと寿命が延びる
こ、これに・・つなげば
早くしないと消えるよ
震えるなよ
黙っててください
早くしないと消えるよ
消えるよ
消える・・
黙ったってわからないよ
出来ないのかい?!
・
・
あきれたねぇ
それで帰って来たのか
どうするんだよ?
出来ないものはしょうがないだろ
僅かばかりのお金も用意できないのかい
お前みたいな意気地なしは豆腐の角に頭をぶつけて死んでしまいなさい
いやぁお前ね
いくらなんでも豆腐の角に頭をぶつけて
死ねるよお前みたいな意気地なしなら
お金を用意できないなら家に入れないからな
出ていけ!!!
気の強い嬶(かかあ)だな
それにしても豆腐の角に頭をぶつけて死ねって言うのはいいけど
お前なら死ねるよって言い方は無いよな
銭が出来ないのってこんなにも辛いんだな
嬶にもうるさく言われるし、、、もう疲れたし死のうかな
どうやって死のう
川に身を投げようかな
いや、七つの時の井戸に落ちて、がばがば水を飲んで苦しかったな
なんか苦しまずにする方法は無いかな
・
立派な木だな
そうだ首をくくろう
しかし首ってどうやってくくるんだろう
教えてやろうか
え?!
誰だい?
俺だよ
木の陰から出て来たのを見ると、歳はもう八十以上にもなろうか
頭の毛がうっすらと生えていて、鼠色の着物をから前がはだけていて
あばら骨が一本一本数えるように痩せっこけている
藁草履をはいて竹の杖をついた貧相なおじいさん
教えてやろう
なんだ
死神だよ
え?死に・・
ここに来たら急に死にたくなったんだ
お前の仕業だな
そっちに行け
まぁまぁそう嫌うなよ
俺は行くよ
まぁ待ちなよ
お前が足で逃げても俺は風に乗って飛んでいけるんだ
こっちに寄るなよ
そう、邪険にするなよ
俺とお前とは昔に縁が在ったんだ
お前大分困っているようだな
助けてやるけどどうだ
いいよ、大丈夫だから
人間って言うのは死にたくっても寿命があればどうしても生きてしまう
逆にどんなに行きたくっても寿命が無ければ死んでしまう
お前はこれからまだまだ十分な寿命が在るから安心しろ
お前に良い事を教えてやるから医者になれ
儲かるぞ
医者って言われても脈の取り方を知らない
脈なんてどうでもいい
お前が命を救えば立派な医者になれる
他の者には分からないけど、お前には見えるようにしてやった
長の患いをしている患者には枕元か足元に必ず死神がいる
足元に座っている病人はまだ助かる見込みが在る
しかし枕元に座っている場合は寿命が尽きているから手を付けたらいけない
足元に座っていたら、お前が死神をはがす呪文を唱えるんだ
呪文ってな、なんです・・・
お前に教えてやるが人に教えてはいけないぞ
いいか
「アジャラカモクレンコウエイヘイヘケレッツノパ」
と唱えて手を二回叩くと死神が帰らないと行けないんだよ
それで病人を治せばお前は立派な医者だ
もう一回教えてください
・アジャラカ、え?モクレンコウエイヘイ、、、ヘケレッツノパ
で手を叩くのか
パンパンっとこれで良いのか?
おい?どこ行った?
死神さん?
・
そうか呪文を唱えたら帰ったのか
これは良い事を教わった
家に帰って来てかまぼこ板の裏にカナで「イシャ」っと表に出しました
こんなことで患者が来るのかと思っていた矢先に
ごめん下さいまし
へぃ!
米屋さんですか、今月は勘定は無理なんですよ
来月まで待ってくださいよ
いえ米屋では御座いません
あぁ酒屋さん
来月には必ず払いますので
酒屋ではありません
八百屋さん?ちがうの
乾物屋さん、そば屋さん?
方々に借りが在るんだな
こちらはお医者様では?
あ!そうだった医者だよ
なんですか
手前は越前屋白兵衛の手代で御座いますが
主人が長病で御座いましていろいろな先生に見て貰いましたが一向に良くなりません
大変当たる易者がおると言うので見て貰いましたところ
辰巳方角で一番最初の看板に目が付く先生に診て貰えば助かると言う易でして
えぇそうなんだ
じゃ行きましょうか
先生は?
私ですが行きましょう
頼んでみたものの風体が良くない人物で不安になる
店に行って話をして薬さえ飲ませなければ間違いはなかろう
診せるだけにしなさい
病人の部屋に案内されましたが、死神が足元におりました
ぉ足元だ、しめた!
え?何か仰いましたか?
いえいえ何でも御座いません
それでは、治せばお礼の所は貰えるのでしょうね
それは如何様にでも
私はね、術を使うんですよ
アジャラカモクレンコウエイヘイヘケレッツノパ
パンパン
死神をすっと離れると、今まで唸っていた病人が
おい、お茶を一杯くれ
喉がカラカラだ
・
お腹すいたなぁ
主人がお腹を空いたって申しておりますが
やはり病人なのでお粥など
何でもいいですよ
うな丼でも牛丼でも
え?
それではお薬を
あああぁ薬ね
じゃ家にいらっしゃい
家に帰りますと大根の葉っぱを細かく刻んで
お待ちどうさま
これは煎じるのでしょうか
煎じても茹でても
どういう風に
まぁ二杯を三杯にすればいい
この薬は増えるのでしょうか?
三杯でもまぁいいよ
これを飲ませるとケロッと治ってしまう
あの人は名医だと噂が流れまして
それでは私の所に、手前のところにっと引っ張りたこ
大抵は足元に死神が居る
・
たまたま枕元に座っていたらあぁこれは寿命です諦めてください
と敷居をまたいだ途端に病人が息を引き取る
生き神様ではないかと偉い評判になりました。
今までは裏でくすぶっていた奴が表に出て邸宅を構え
着たい物を着て、食べたいものを食べる贅沢な毎日
そうなりますと小じわが寄った女将さんなんか面白くない
乙な妾を置きまして、女将さんが口うるさく言う者だから
子供を付けて金をやるから別れよう
ねぇ先生。
上方見物に行きたいと思っているのよ
上方見物いいねぇ
世帯をしまっていこう
すっかり金に換えて上方見物
あっち、こっちへ金に飽かして贅沢三昧しました。
金は使えば無くなりますもので、惚れた相手じゃない
向こうの方からどっかへ消えてしまいました。
ぼんやりとして帰ってきました
また看板を掲げて医者を再開しましたが、どうしたことか患者が全く来ない
たまたま、頼まれていくと死神は枕元に座っております。
そのうち、麹町の伊勢屋善右衛門という金持ちで御座いまして
勢い込んでやってくると枕元に死神が座っている
折角ですが、この病人は寿命が無いのであきらめてください。
先生、そこを何とかお骨折りを
お骨折りと言っても寿命が無いものは
ですけれども、先生のお力で・・・
誠に失礼でございますが三千両までご用意いたしますので何とか
三千両貰ってもねぇ
寿命が無い物は仕方がないんだよ
では如何で御座いましょう
二〜三か月で構いませんので寿命を延ばして頂けましたら
五千両までお礼を致すのですが
金は欲しいのですが・・・・
どうにもならないのですよ
諦めてください
・・え?へい、そうかい
如何でしょうか
ひと月で構わないのですが一万両は如何でしょうか?
一万両ね!
何とかしたいんだよね
少し待っておくれ・・・
ここの家に力が在って息の合う人が四人ほど居るかい?
何人でも
いやいや、四人で大丈夫なんだ
病人が寝ている布団の四隅に一人ずつ座らして
私が合図をする、膝を叩こう
そうしたら、布団を持ち上げてぐるっと回してくれ
分かる?
頭の方が足になって、足の方が頭になるんだよ
これは一回しくじったらもう出来ないからね
万事支度をして死神の様子を見ている
夜が更けるにしたがって死神が目が異様に輝いてくる
病人が偉く苦しみ始めている
そうするうちに夜が明けてきて昼近くになりますと
死神だってそうそう張り切ってはばかりではいられない
疲れと見えまして居眠りを始める
病人も落ち着いてすやすや寝ている様子
ここだなっと思うと目配せをして膝をパッと叩く
寝ている布団がぐるっと回り間髪を入れず
アジャラカモクレンコウエイヘイヘケレッツノパ!!
パンパン!!
死神が驚いたのなんの
飛び上がって消えてしまいました
病人は今までと様子が変わって快方に向かいました
先生、有難う御座います
御礼金はご用意いたしますので
早速礼金が届きましたので、表に出かけて一杯ひっかけて
ありがたいなぁ
人間って言うのは苦しくなってくると知恵が出てくるな
死神の顔ってなかったね
・・・・バカやろう
なんであんなことをした?
え??
あっどうも暫くで
なんで俺にあんな真似をするんだ?
あなただったんですか?
死神さんは皆さん顔が似ているからな
分からなかったんですよ
まぁまぁしてしまったものはしょうがない
俺と一緒に来い
え?
勘弁して下しいよ
死神仲間たちにつるし上げにされるんでしょ
なんでもいいから来い
・
ここへ降りな
なんですか石段が在る
勘弁してくれよ
早く来い
危ないよ
落っこちてしまうよ
大丈夫だ
ここを見ろ
あっ!なんですか
随分ロウソクがついてますね
これはみんな人の寿命だ
そうですか
人の寿命はロウソクの火のようだって言いますが
大したものですね
長い物から短いものまで
・
ここにロウがたまって暗くなっている物が在りますね
そういうのは患っているんだ
ロウを払って火がスゥっと立つようになると元の通り体が良くなる
病人ですか
ここに恐ろしく長く威勢のいいのが在りますね
それはお前の倅だ
へぇそうですか
奴は丈夫なんですね
ここに半分くらいで威勢のいいのは?
・
あぁあの嬶ですか
ここに今にも消えそうなのは?
それはお前だよ
嘘だよ、冗談は
お前だよ
だって消えそうになってるよ
消えれば死ぬ
だ、だって前に会った時はまだ寿命が在るって言ったじゃん
教えてやるよ
こっちに半分より長く威勢のいいロウソクが本当のお前の寿命だったんだ
金に目がくらんでお前は寿命を取り換えたんだ
もうじき死ぬよ
そんなこと知らないから
お金は返しますので寿命を取り換えてください
いったん取り換えた寿命は駄目だ
そんな事を言わないで
お願いしますよ
・
後生だからお願いしますよ
しょうがねぇ野郎だな
ここに灯しかけがある
それと繋いでみな
上手くいくと寿命が延びる
こ、これに・・つなげば
早くしないと消えるよ
震えるなよ
黙っててください
早くしないと消えるよ
消えるよ
消える・・
2017年11月05日
元犬(もといぬ)
犬の中に白犬というのは少なかったようです
白犬だなと思っても差し毛があったりして滅多にありません
白犬というのは人間に近いといいますが
いつの頃ですが浅草の蔵前の八幡様の境内に白犬が紛れ込んで来まして
おっ、この犬は本当に白いね、シロ可愛いねぇ
お前は今度は人間に生まれ変われるからな
つむじを撫でられるとシロは考えてしまい
おれは人間になれるのかね?
だけど今度の世って言ったな
今度の世じゃやだなぁ、今なりたいな人間に
八幡様にお願い申してみよう!
と言って八幡様へ三・七、二十一日の間
裸足参り入りを行いました
満願の当日になりますと何処から吹いてきた風のために
このシロの毛が飛んで人間になってしまいました
おぉ人間だ!!有難いねぇ〜
人間になると手が自由になってね有難いね立てるんだなぁ
立ってもな猿股も何もないんだよな
裸じゃどうしようもないよ弱ったな・・・
八幡様の奉納の手拭いを繋いで腰に巻きつけてっと
人間になったからにはどこかへ奉公しないとな
けど知っている人は誰もいないんだ
・
あっ向こうから来たのは上総屋の旦那だよ
旦那!!こんにちは〜!
誰だい
あたくし
おや?!色が真っ白な奇麗な若い人だね
どうして裸でいるの?
悪い奴に騙されたんだろ
腰に巻きつけてあるのはなんだい
奉納手拭い?もったいないことを
どうしたんだい?
奉公したいんですが世話して下さい
奉公?正直そうな人だから世話してあげよう
じゃ私の所へおいでよ
私の羽織を貸してあげるからこれを着な
羽織を着るの・・えっ羽織を着たことがない
被ってたら駄目だよ手を通してごらん
あそこだよ私のうちは
上総屋(かずさや)といってね
暖簾が掛かっているから一緒においで
じゃ伺います
おいおい這うんじゃないよ
手がむずむずしちゃってね
おかしいねどうも
あそこの家に付いて回ると台所の方になるから
足を洗って上がっておくれ分かるかい?
台所はね、この間お宅の女中さんに水をぶっかけられたんです
そんなことしやしないよ
今帰ってきたよ
え、うん色の白い若い人がね奉公したいって言うんだよ
可哀想だから連れてきた
あぁそこの台所でね足を洗っておくれ
雑巾でよく拭いてね
雑巾を絞っといて置いといておくれ
・・絞った水を飲むんじゃないよ!汚いなぁこの人は
おいそんな水飲むんじゃないよ
あとそこ水が跳ねちゃったから拭いといておくれ
そうそうぐ−−と、這い具合がうまいね
ごはん食べるかい御膳
食べるごはん?
えぇ
食べるか、おしり振るんじゃないよ
今朝は何もないんだ香々で食べておくれ
えっ香々食べたことないの
じゃあ干物ならどうだい?
干物なら大好きなんです
頭から食べちゃう
歯がいいんだね
えぇ歯がいいんです
噛み合ったって負けません
噛み合わなくったっていいよ
裸だからね私のを出してやってくれ
・
下帯を締めてね、下帯を締めるの首に巻いてどうするの
締めたこと無い?
厄介な人だねこっちにおいでよ締めてやるから
それから今度はね地盤を着て着物を着て帯を締めるんだ
帯を咥えてぐるぐると回ってるんじゃない
帯を締めたことも無いのかい
・
お前はね人間がずいぶん変わってるからね
変わっている人の所を紹介してやろう
あたしの知っている御隠居さんでね
当たり前の奉公人は嫌だって言うんだ
けどわざと変わっているのは嫌なんだと
お前さんみたいな人間は喜ぶよ
そこの家にお元さんという女中がいるんだ
でねお前さんと奉公人は二人だ
仲良くやっておくれよ
・
あたしの下駄を出しておくれ
その下駄を履き、下駄を咥えてどうするの?
下駄を履いた事も無いの?変わっているなぁ
それじゃね出かけるよ
おいなんで唸るんだよ
猫がいる?
いたって良いだろ
良いんですけどね
あん畜生ぉ〜癪に障るから食いついてやろうと
そんなことするんじゃないよ!
髭なんか生やして
別にいいだろ
人間が猫を食いつくんじゃないよ
おいおいおい!
片足上げて何してるんだよ!!
人前だからやめなさい
柳の木がある家だ
お前さんね表で待っていて
こんにちは
こんにちは
お上がんなさい
どうも御無沙汰しまして
変わった奉公人を連れて来ました
あぁそうかい
変わった方がいいね
どこにいるんだい
あそこにおります
表で敷居にあご乗せて寝ているでしょ
あれなんです
変わっているなぁ
こっちへお入りなさい
こっちへお入り
飛び上がって入ってくるんじゃないよ
こちらの御隠居さんにご挨拶しな
こんにちは
どうも色の白い綺麗な人だね
お前は体は丈夫なのかい?
じゃ初めて来た家だから座って下さい
それでは置いてってくんな
二〜三日したら来ておくれ
じゃ二〜三日経ちましたら来ますから
お前さん辛抱してね
御免ください
おいおい!!
その人に付いて行くんじゃないよ
お前さんは家に来たんだから
馴染むとついて行きたくなるんです
いけないよ
家に来たんだから上がっておくれ
えぇあたしの所にはお元(もと)という女中がいるからね
その女中とお前さんと二人きりだから仲良く暮らしておくれ
犬も朋輩(ほうばい)鷹も朋輩と言うからな
へぇ鷹がいるんですか
どこにいるんです?
ヴゥーーー
唸っちゃやだなぁ
鷹も朋輩と言う例えだよ
お前さんは生まれはどこだね
浅草の八幡様のところ
近いんだな
あそこのどこ
豆腐屋と八百屋の裏です
あの裏にあたしの仮借があるんだ
裏のどこで生まれた
あの突き当りなんです
突き当りは、はき溜めだ
えぇ、はき溜めで生まれた
あぁはき溜めのような所で生まれたって言うんだね
それは感心だ自分を卑下してな
おっとさんは?
親父は分かんないんですよ
どうして分からないの
大勢いるのでね
どれが本当の親父かわからない
なんでも酒屋のブチじゃないかって
変なこと言うんじゃないよ
でおっかさんは
お袋はどっかから毛並みのいいのが来たからね
それにくっついて行っちゃった
お前のおっかさんが浮気者だな
それで兄弟は
三匹
三人と言いなさい
お前が一番上か、後の兄弟は
一番下の弟は車にひかれて死んじゃった
それは可哀想だな
その次は
子供が首に縄をつけて橋の上から川に放り込んじゃった
乱暴な事をしたもんだね・・・
じゃお前さんは親も無し兄弟もいないんだな
木から落ちた猿だな
いえ、猿は嫌いです
猿とは付き合わないんです
お前さんは名前はなんて言うの
シロです
白吉かい
いえ
白太郎
シロです
白なんて言うの
それがシロなんです
ただシロです
忠四郎(タダシロウ)か良い名前だな
お前さんね、辛抱してくれよ
女中のお元が使いに行っちゃったからね
ちょっとお茶でも入れよう
鉄瓶の蓋がちんちんいってないか
チンチンやらないんですよ
しょうがないな
お茶を焙じろうと思っているんだが
焙炉(ほいろ)取ってくれ
えっ?
焙炉
ワン!
焙炉だよ
ワン!!
おいなんだよ
焙炉!
ワン!!!!!
御隠居さん飛びついてきたぁ!
気持ちがいいねぇこの人は
元や!元は居ぬ(犬)か?!!
えぇ今朝人間になりました
2017年10月29日
短命(たんめい)【長命(ちょうめい)】
ねぇ隠居さん
私は世の中にこんな訳の分からない話は無いと思ってるんだ
そう思うでしょ
何がだよ
表の質屋
伊勢谷の若旦那が三度死んだよ
八さん
そんな馬鹿な話は無い
人間が一度死んでまた死ぬかい
筋道を立てて話してごらん
言いますけどね
伊勢谷の旦那は遠の昔に亡くなったんだよ
後に残ったのは女将さんと家付きの一人娘さんだ
外に嫁出すことが出来ないから養子を迎えたんだけど
その養子が良い男でね
錦絵から抜け出た良い男なんだよ
・
この養子と家付きの娘が仲が良い
これに安心したわけではないけれども女将さんもお亡くなりになった
夫婦二人っきりで仲が良い
しかしね養子の顔色が悪くなってきた
青白い顔になったなとおもったら床について十日くらいで目を瞑った
・
葬式万端済ましたら親類が集まって、
まだ後家を通すには若いと言う訳で
二人目養子を迎えた
前の養子に懲りたのか丈夫一点張り
体なんかずんぐりむっくりして色なんか真っ黒け
顔なんか看板についてるってだけだ
・
娘さんって言っても今は女将さんだ
仲が良いんだよ
しかしねこの養子やろうの顔もだんだん悪くなってきた
前の養子は白かったから一目でわかったけど、
二人目の養子は顔が黒いから近くで見てはじめて分かった
妙な顔をしているなぁと思ったら床について十日経つか経たないかの内に死んじゃったんだ
で三人目に迎え入れた養子が昨日死んだんだ
これで伊勢谷の若旦那が三度死んだってことになるでしょ
そう言ってくれれば分かるけれども
いきなり飛び込んできて三度死んだって言うから
一人の人間が三度死んだっと思うでしょうが
・
じゃ何かい?八さん
伊勢谷に来る養子がみんなお亡くなりになる
そうなんだよ
あっしは弱ってるんだよ
別にお前が弱ることないだろう
養子に頼まれたわけじゃないだろ
そうなんですけど
その晩ね、みんな集まって厭味(いやみ)を言わないといけないんだよ
変わった家だね
厭味を言うのかい
この度はって
それは悔やみだよ
亡くなった人に厭味を言ってどうする
そうだよ、そのみだよ
来たって言うのはねご隠居さんに新しい悔やみを教えて貰おうと思って
悔やみに新しいも古いも無いよ
前にやったんだろ
前の通りで良いよ
同じでいいのか?
最初はどうやったんだ?
さてこの度は、、、
「この度は」は悔やみの決まりきった言葉だね
その後は?
ごちそう様です
・・・なんだい
いやね、この度はって頭を下げてね
ひょっと上げたらごちそうがいっぱい並んでいたからね
お前さんは食べ物に悔やみに行ったのかい
二度目は?
二度目はちょっと調子を変えようと思って腹の底から声を変えてね
さてこの度は
お前さんを見直した
良い声が出てるね
その後は?
ごちそう様です
同じじゃないか
八さんの前だけど悔やみと言う物は、相手に分からないように
口の中でごにょごにょ言っていれば良いんだよ
その分からないところが分からないから来たんでしょ
一番肝心な事はお辞儀の仕方だよ
見る人が見たらその人の気持ちが分かると言うよ
丁寧にお辞儀をしたら手を膝の上に置いて、相手の顔を見るような見ないような感じで
さて、この度はこちら様の・・・ご察し・・申し・・・
こんな感じでやってみなさい
これは面白いや
これ、悔やみを笑いながらやっていたら張ったり倒されるよ
でもまだ分からないんだよ
今度は何が分からないんだ
よく昔から良い事をしたらいい報いが在る
悪い事をしたら悪い報いが在るって言うよ
伊勢谷の旦那って人は大層できた人で、第一に商売が質屋で人に恨みを買っちゃいけないって言うんで町内の付き合いも進んでやっていた人だ。
・
この人の娘さんも出来て人で、長屋の女将さんが子供の物を持って質に入れに来る
子供の物のだから大した物は無いけれども嫌な顔しないで銭を貸して、
後でその家にこっそり品物を返してやったという位、気の優しい方だ
そこへ来る養子がみんな死んでしまうのはどういう事なんだ?
祟りかね??
祟りという事ではないけれども、娘と言っても今は女将さんかね
歳はお幾つだね
三十三だよ
では何かい伊勢谷の女将さんは美人かい?
あのね、ものすごく美人だよ
歳も二十七、八ぐらいに見える
そうかぁなるほどな
女将さんの歳が三十三で美人という事がご亭主は短命の元だな
なんです湯麺(たんめん)?
湯麺じゃない短い命で短命だ
長い命は拉麺(らーめん)かい
長い命は長命だよ
分からない話だな
女将さんが美人だったら頑張って働こうって思うじゃないか
どうして短命なんです
夫婦二人っきりだろ
隠居思い出した
世帯を持ちたて時は、夫婦はおまんまを食べるときはお膳を挟んで差し向えって歌の文句が在るだろ
ところがね、あそこの夫婦はご膳を退かして傍によって、
「あなたぁ」って色っぽい声を出すんだよ
それが短命の元だよ
女将さんがご飯をよそってご亭主に出す
ご亭主がそれを受取ろうとしてほっと手を出す
指と指とが触る、手と手が触れる
ひょっと前を見ると振るいつきたくなる女がいる
・・・短命だよ
指が触ると?
それってもしかして指に毒が?
あのね、
白魚のようなきれいな指だろ
突きたての餅みたいに柔らかい手だろ
その指と手が触り、ひょっと前を見ると綺麗な女だろ
・・・短命でしょ
そこに来ると分からないんですよ
お前は大人なんだから頭を使って考えなさい
いいかい?
例えばだよ寒い冬場、夫婦でこたつに当たっているだろ
まわりに出誰も居ない
何かのはずみに手が触り、指が触り
・・ね、短命でしょ
こたつでのぼせるのかい
どうして分からないんだ
お前さんも所帯を持ちたての時を考えてごらんよ
誰も居ない時に指だけで済むかい?
手だけで済むかい?
そこらじゅう触るだろ
指だけじゃないの・・・
手だけじゃないの・・・・
それは短命だぁ
・
って冗談じゃないよ
こっちは祟りだと怯えていたのに
こんなこと言っている場合じゃなかった
棚のこと用が在って駆けずり回ってたんだ
これから家に戻っておまんま食べて棚に手伝いに行かいといけないんだ
お手間を取らせてすみませんでした。
驚いたね
寿命縮めるほど触ることないのにね
考えてみると暫く触ってないな
・
今帰ったよ
何処のたくってんだよ!
棚の事で駆けずり回ってたんだ
お腹すいたらおまんまにしてくれ
おまんまも無いもんだよ
時分時(じぶんどき)に帰ってこないんだから
勝手によそってお上がりよ
ちょっとよそってくれても良いじゃないか
うるさいね
人使いが荒い割には金使いは細かいくせに
お鉢の蓋なんかこうやたら開くんじゃないか
茶碗としゃもじを持ってね
よそったって盛りが多いの少ないの言うくせに
なんだって私の事を使わないと損みたいな感じで
まったくもう
ほら!!
こんな山盛りにして仏前飯じゃねぇぞ
・・・けど指が触ったね
指が触って、手が触ってひょっと前を見ると
・・・・俺は長生きだ
私は世の中にこんな訳の分からない話は無いと思ってるんだ
そう思うでしょ
何がだよ
表の質屋
伊勢谷の若旦那が三度死んだよ
八さん
そんな馬鹿な話は無い
人間が一度死んでまた死ぬかい
筋道を立てて話してごらん
言いますけどね
伊勢谷の旦那は遠の昔に亡くなったんだよ
後に残ったのは女将さんと家付きの一人娘さんだ
外に嫁出すことが出来ないから養子を迎えたんだけど
その養子が良い男でね
錦絵から抜け出た良い男なんだよ
・
この養子と家付きの娘が仲が良い
これに安心したわけではないけれども女将さんもお亡くなりになった
夫婦二人っきりで仲が良い
しかしね養子の顔色が悪くなってきた
青白い顔になったなとおもったら床について十日くらいで目を瞑った
・
葬式万端済ましたら親類が集まって、
まだ後家を通すには若いと言う訳で
二人目養子を迎えた
前の養子に懲りたのか丈夫一点張り
体なんかずんぐりむっくりして色なんか真っ黒け
顔なんか看板についてるってだけだ
・
娘さんって言っても今は女将さんだ
仲が良いんだよ
しかしねこの養子やろうの顔もだんだん悪くなってきた
前の養子は白かったから一目でわかったけど、
二人目の養子は顔が黒いから近くで見てはじめて分かった
妙な顔をしているなぁと思ったら床について十日経つか経たないかの内に死んじゃったんだ
で三人目に迎え入れた養子が昨日死んだんだ
これで伊勢谷の若旦那が三度死んだってことになるでしょ
そう言ってくれれば分かるけれども
いきなり飛び込んできて三度死んだって言うから
一人の人間が三度死んだっと思うでしょうが
・
じゃ何かい?八さん
伊勢谷に来る養子がみんなお亡くなりになる
そうなんだよ
あっしは弱ってるんだよ
別にお前が弱ることないだろう
養子に頼まれたわけじゃないだろ
そうなんですけど
その晩ね、みんな集まって厭味(いやみ)を言わないといけないんだよ
変わった家だね
厭味を言うのかい
この度はって
それは悔やみだよ
亡くなった人に厭味を言ってどうする
そうだよ、そのみだよ
来たって言うのはねご隠居さんに新しい悔やみを教えて貰おうと思って
悔やみに新しいも古いも無いよ
前にやったんだろ
前の通りで良いよ
同じでいいのか?
最初はどうやったんだ?
さてこの度は、、、
「この度は」は悔やみの決まりきった言葉だね
その後は?
ごちそう様です
・・・なんだい
いやね、この度はって頭を下げてね
ひょっと上げたらごちそうがいっぱい並んでいたからね
お前さんは食べ物に悔やみに行ったのかい
二度目は?
二度目はちょっと調子を変えようと思って腹の底から声を変えてね
さてこの度は
お前さんを見直した
良い声が出てるね
その後は?
ごちそう様です
同じじゃないか
八さんの前だけど悔やみと言う物は、相手に分からないように
口の中でごにょごにょ言っていれば良いんだよ
その分からないところが分からないから来たんでしょ
一番肝心な事はお辞儀の仕方だよ
見る人が見たらその人の気持ちが分かると言うよ
丁寧にお辞儀をしたら手を膝の上に置いて、相手の顔を見るような見ないような感じで
さて、この度はこちら様の・・・ご察し・・申し・・・
こんな感じでやってみなさい
これは面白いや
これ、悔やみを笑いながらやっていたら張ったり倒されるよ
でもまだ分からないんだよ
今度は何が分からないんだ
よく昔から良い事をしたらいい報いが在る
悪い事をしたら悪い報いが在るって言うよ
伊勢谷の旦那って人は大層できた人で、第一に商売が質屋で人に恨みを買っちゃいけないって言うんで町内の付き合いも進んでやっていた人だ。
・
この人の娘さんも出来て人で、長屋の女将さんが子供の物を持って質に入れに来る
子供の物のだから大した物は無いけれども嫌な顔しないで銭を貸して、
後でその家にこっそり品物を返してやったという位、気の優しい方だ
そこへ来る養子がみんな死んでしまうのはどういう事なんだ?
祟りかね??
祟りという事ではないけれども、娘と言っても今は女将さんかね
歳はお幾つだね
三十三だよ
では何かい伊勢谷の女将さんは美人かい?
あのね、ものすごく美人だよ
歳も二十七、八ぐらいに見える
そうかぁなるほどな
女将さんの歳が三十三で美人という事がご亭主は短命の元だな
なんです湯麺(たんめん)?
湯麺じゃない短い命で短命だ
長い命は拉麺(らーめん)かい
長い命は長命だよ
分からない話だな
女将さんが美人だったら頑張って働こうって思うじゃないか
どうして短命なんです
夫婦二人っきりだろ
隠居思い出した
世帯を持ちたて時は、夫婦はおまんまを食べるときはお膳を挟んで差し向えって歌の文句が在るだろ
ところがね、あそこの夫婦はご膳を退かして傍によって、
「あなたぁ」って色っぽい声を出すんだよ
それが短命の元だよ
女将さんがご飯をよそってご亭主に出す
ご亭主がそれを受取ろうとしてほっと手を出す
指と指とが触る、手と手が触れる
ひょっと前を見ると振るいつきたくなる女がいる
・・・短命だよ
指が触ると?
それってもしかして指に毒が?
あのね、
白魚のようなきれいな指だろ
突きたての餅みたいに柔らかい手だろ
その指と手が触り、ひょっと前を見ると綺麗な女だろ
・・・短命でしょ
そこに来ると分からないんですよ
お前は大人なんだから頭を使って考えなさい
いいかい?
例えばだよ寒い冬場、夫婦でこたつに当たっているだろ
まわりに出誰も居ない
何かのはずみに手が触り、指が触り
・・ね、短命でしょ
こたつでのぼせるのかい
どうして分からないんだ
お前さんも所帯を持ちたての時を考えてごらんよ
誰も居ない時に指だけで済むかい?
手だけで済むかい?
そこらじゅう触るだろ
指だけじゃないの・・・
手だけじゃないの・・・・
それは短命だぁ
・
って冗談じゃないよ
こっちは祟りだと怯えていたのに
こんなこと言っている場合じゃなかった
棚のこと用が在って駆けずり回ってたんだ
これから家に戻っておまんま食べて棚に手伝いに行かいといけないんだ
お手間を取らせてすみませんでした。
驚いたね
寿命縮めるほど触ることないのにね
考えてみると暫く触ってないな
・
今帰ったよ
何処のたくってんだよ!
棚の事で駆けずり回ってたんだ
お腹すいたらおまんまにしてくれ
おまんまも無いもんだよ
時分時(じぶんどき)に帰ってこないんだから
勝手によそってお上がりよ
ちょっとよそってくれても良いじゃないか
うるさいね
人使いが荒い割には金使いは細かいくせに
お鉢の蓋なんかこうやたら開くんじゃないか
茶碗としゃもじを持ってね
よそったって盛りが多いの少ないの言うくせに
なんだって私の事を使わないと損みたいな感じで
まったくもう
ほら!!
こんな山盛りにして仏前飯じゃねぇぞ
・・・けど指が触ったね
指が触って、手が触ってひょっと前を見ると
・・・・俺は長生きだ
2017年10月28日
そば清(そばせい)
江戸は大変平和な時代でして、賭け事も盛んになりました。
酒賭けといってどのくらい飲めるかを競ったりもしました。
しかし酒賭けと言っても飲んだ人が寝てしまい面白くない
そのうちに醤油賭けが流行りました。
一升をぐっと飲んでそのまま百両の賞金を貰って・・・・
その時に話題になりまして醤油を飲んで百両貰って
お亡くなりになったという事で馬鹿の番付の筆頭となり
暫くは一位の座から落ちなかったそうです。
・
一つ考えが出てきて風呂に入るとある程度、塩分が抜けて助かると
それを防ごうと町内の湯屋を貸し切りにした者もおりました。
凄まじい執念ですね
そういう風潮もあり、そば賭けも流行りまして、
何枚食べれますか?
十枚くらいでしょう
賭けましょう
おう!賭けだよ
そば屋も心得ておりますのでなるべく軟らかめに茹でます
そして言った枚数を食べましたら掛け金を貰える仕組みです。
おぉ見事だね、負けましたよ
また明日ってことが江戸中に流行り始めまして
どんなそば屋に行きましても賭けそばが見られました。
その時分のお話です。
見ましたか今の人
この頃見るようになりましたが見事な食べっぷりでしたな
箸を持ってそばをとって汁につけるかつけないかのうちにすっと
そばの方から口に中に入っていく
どうです?
そば賭けしませんか?
そうですね
あの人面白そうな人だ
最初は小手試しでいつも十枚をきれいに食べて行きますので
そうですねぇ二十枚と倍でいきましょう
一分というのはどうですか
そうですか
みんなで一分、乗りましょう
じゃ明日今自分にその客が
どぉ〜も
ちょっといいですか
なんですか?
貴方名前は何て言うの?
清(せい)と言います。
へぇ男で珍しいな
昨日までのそばの食べ口を見ていたら見事でね
どうですかそば賭けにお付き合い願いませんか?
どうも、そば賭けで御座いますか
どのくらい
いつも十、食べていますから二十
二十で一分というのはいかがでしょう?
あぁ一分ね
これは痛いですな
でも皆さんと顔つなぎで御座いますので
一分差し上げることになりますがよろしくお願いします。
やりますか?
親方、賭けだよ
そば二十
へい!
心得ておりますから
ありがとうございます。
いやいや
・
・
そばっていう物はね
・
・
・
すみません食べたらどかしてください
恐れ入ります
・
・
腹の具合でしてな
そばの香りが一段とよろしくって
・
あぁなるほど
・
・
これは結構ですね
今幾つ行きました?
十五?
・
・
十八
・
これで二十
あぁ食べられました
どうも体の調子で御座いますな
本当に食べたんですね
それじゃ一分
すみませんですね
心ならずもいただきまして
皆さま失礼いたしました
どぉ〜も
なんなんだよ
十食べた時と同じじゃないか
ちくしょう
明日は三十ですよ
三十で一両です皆さんやりますか?
それでは今時分ね
博打と言う物は取られたら取り返したくなる
あいつは三十なんか食べれるものかと熱くなってしまいます
明くる日が来ますと
どぉ〜も
昨夜私はあの人の夢を見たんだよ
「どぉ〜も」と言われて自分がツゥーっと口に入っていく夢でしたよ
・
あなたは昨日はよく寝られたでしょ
昨日は二十で賭けをして軽かった
それで今日は三十で一両
どうですか?
三十ですか・・・
えぇまぁね体の調子ですのでね
どうなりますかねぇ
しかし昨日いただいたのですからお釣りを付けて返すということで
やりましょう
やる!
親方、三十だよ
体の調子ですので皆さん手際よくどかしてください
・
・
うん、今日は良いですね
・
あなたはどかしたらすぐに置くんですよ
・
私はそばはね
そばの講釈はいいんだよ
幾つ行きました?
え?二十
二十五?
・
二十六?
・
二十九
あと一枚だよ
そうですか
体の調子と言うものは面白いものでしてね
・
あぁ
・
では一両頂戴していきます
どぉ〜も
・・・・なんだよあれは
化け物ですよ
・・・何あなた笑ってるんです?
だってあなた方知ってるの?
いえ、知らないです
あの人はね、おそばの清さん
通称そば清って呼ばれる人でね
そばの賭けて家を二件建てた人ですよ
普段は四十くらいの賭けをしている人でね
それを二十だの三十だのっていうから向こうは嬉しいですよ
おそばの清さん
本当に憎いねぇ
それは「どぉ〜も、食べられますかなぁ」って
それを聞いたらね
どうしましょうかね
・
五十で行きましょう
えぇっと五両でいきましょう
負い目ですよ
貴方知っていますよね?
・・四十ちょっとの賭けをいつもやっていて五十をやったことが無い
良し!
五十で五両乗る?
明日は取り返してやるから待ってろよ
そんな事は、清さんは知りませんから
良い鴨が見つかったと思い
どぉ〜も
いらっしゃい
ここへ座りなさい
・
あなたはおそばの清さん
通称そば清さんって言うんですってね
・・・分かりましたか
分かりましたじゃない
普段の四十の賭けしてるのに二十だの三十だのって良く取れますね
今日は五十で五両
どうです?
清さんは考えた
普段は四十ちょっとの賭けでやっていて五十はやったことが無い
四十五までは行くけどあとの五枚はどうなるかな
五両は大金ですから
今日は脇でちょっと食べてしまいまして
また改めまして
と言って逃げた
その清さんが旅に出まして信州を旅している途中道に迷った
困ったなと思うと上から、ウワバミが口を開けておりまして
あぁこれで俺は飲み込まれてしまうと思っていたら脇で猟師が鉄砲を抱えて構えている
猟師とウワバミどっちが勝つんだろう
ドン!!!と撃つのとウワバミが飛びついたのが僅かな違い
あっと言う間に猟師がウワバミに頭を咥えられて丸呑みにされてしまった
ウワバミは噂では聞いたことあるけど、
人を呑むのは初めて見た、恐ろしいもんだな
丸呑みして苦しがっているけど、どうするんだろう
苦しがっていたウワバミが赤い草を舐めると
大きいお腹が元に戻っていく
そのまま藪の中に
ウワバミは恐ろしい事を知ってるな
あの草を舐めたらお腹の人間がいなくなっちゃった
消化を助けるんだ
そうだ!
あの草を摘んで、そば賭けをしたらいくらでも食べられるよ
苦しくなったらあの草を舐めれば良いんだ
この草を摘んで紙入れに入れて江戸にもどってきた
どぉ〜も
また来た
懐かしいね
何ですか信州を旅したんですってね
向こうは本場だ、良いそばを食べて来たんでしょ
それがね
そばは結構なんですが汁がいけません
向こうのそばで江戸の汁を食べたら旨いだろうと思います
よくそんなことを聞きますな
だいぶ腕を上げたでしょ
賭けそばをやりますか?
帰って来てすぐやりますか
五十で五両
六十で十両はどうでしょう?
六十、、、、
皆さん六十で十両です
こうなりましたら私一人の手に負えない
皆さんの考えを聞きまして
そうだ、ご隠居さんを呼ばないとうるさいんだよ
・
あぁご隠居さん
六十で十両なんです
私が全部持つ
全部はいけない
そこに座って
それでは出来ましたね
親方、六十ですからね
へい、よろしゅう御座います。
そば屋も自信が無ければこんなこと出来ません。
こしらえたらすっと出てくる
それを清さんは
ツゥー
・
・
・
・
早いねぇ
口の中に入っていく
どんどん食べてるね
こっちに十づつ並べて
十、二十、三十、四十、、、もう五十越してるのか
五十三
・
五十四
・
・
五十五
・
・
・
五十六、、、、
もう駄目でしょ
清さん謝って十両を出した方が良いですよ
もうそれ以上は無理
あぁ・・・・・
あと幾つです?
そうですか
・
・
うぅ
・
うぐ
・
お願いが御座います
なんです
外の風に当たりたいんですか
風に当たったら後、十食べます
はぁ風に当たりたい
どうします?
風ぐらい当たらしてあげましょう
動けない?
みんなそばなんですから
よいしょっと、この辺で良いですか
すみません
障子を閉めてください
・
・
ペロペロ
何か舐めているよ
薬じゃないか
駄目ですよ
あそこまで行ったら薬なんて効きませんよ
清さん駄目だよ
悪あがきしないでみんなに謝ってしまいなさい
清さん?
・
逃げられるわけないよ
清さん開けるよ
・
清さん、どうしたの?
・
おい、みんな見ろよ
これをご覧よ
障子を開けると清さんが居なくって
そばが羽織を着ていました
酒賭けといってどのくらい飲めるかを競ったりもしました。
しかし酒賭けと言っても飲んだ人が寝てしまい面白くない
そのうちに醤油賭けが流行りました。
一升をぐっと飲んでそのまま百両の賞金を貰って・・・・
その時に話題になりまして醤油を飲んで百両貰って
お亡くなりになったという事で馬鹿の番付の筆頭となり
暫くは一位の座から落ちなかったそうです。
・
一つ考えが出てきて風呂に入るとある程度、塩分が抜けて助かると
それを防ごうと町内の湯屋を貸し切りにした者もおりました。
凄まじい執念ですね
そういう風潮もあり、そば賭けも流行りまして、
何枚食べれますか?
十枚くらいでしょう
賭けましょう
おう!賭けだよ
そば屋も心得ておりますのでなるべく軟らかめに茹でます
そして言った枚数を食べましたら掛け金を貰える仕組みです。
おぉ見事だね、負けましたよ
また明日ってことが江戸中に流行り始めまして
どんなそば屋に行きましても賭けそばが見られました。
その時分のお話です。
見ましたか今の人
この頃見るようになりましたが見事な食べっぷりでしたな
箸を持ってそばをとって汁につけるかつけないかのうちにすっと
そばの方から口に中に入っていく
どうです?
そば賭けしませんか?
そうですね
あの人面白そうな人だ
最初は小手試しでいつも十枚をきれいに食べて行きますので
そうですねぇ二十枚と倍でいきましょう
一分というのはどうですか
そうですか
みんなで一分、乗りましょう
じゃ明日今自分にその客が
どぉ〜も
ちょっといいですか
なんですか?
貴方名前は何て言うの?
清(せい)と言います。
へぇ男で珍しいな
昨日までのそばの食べ口を見ていたら見事でね
どうですかそば賭けにお付き合い願いませんか?
どうも、そば賭けで御座いますか
どのくらい
いつも十、食べていますから二十
二十で一分というのはいかがでしょう?
あぁ一分ね
これは痛いですな
でも皆さんと顔つなぎで御座いますので
一分差し上げることになりますがよろしくお願いします。
やりますか?
親方、賭けだよ
そば二十
へい!
心得ておりますから
ありがとうございます。
いやいや
・
・
そばっていう物はね
・
・
・
すみません食べたらどかしてください
恐れ入ります
・
・
腹の具合でしてな
そばの香りが一段とよろしくって
・
あぁなるほど
・
・
これは結構ですね
今幾つ行きました?
十五?
・
・
十八
・
これで二十
あぁ食べられました
どうも体の調子で御座いますな
本当に食べたんですね
それじゃ一分
すみませんですね
心ならずもいただきまして
皆さま失礼いたしました
どぉ〜も
なんなんだよ
十食べた時と同じじゃないか
ちくしょう
明日は三十ですよ
三十で一両です皆さんやりますか?
それでは今時分ね
博打と言う物は取られたら取り返したくなる
あいつは三十なんか食べれるものかと熱くなってしまいます
明くる日が来ますと
どぉ〜も
昨夜私はあの人の夢を見たんだよ
「どぉ〜も」と言われて自分がツゥーっと口に入っていく夢でしたよ
・
あなたは昨日はよく寝られたでしょ
昨日は二十で賭けをして軽かった
それで今日は三十で一両
どうですか?
三十ですか・・・
えぇまぁね体の調子ですのでね
どうなりますかねぇ
しかし昨日いただいたのですからお釣りを付けて返すということで
やりましょう
やる!
親方、三十だよ
体の調子ですので皆さん手際よくどかしてください
・
・
うん、今日は良いですね
・
あなたはどかしたらすぐに置くんですよ
・
私はそばはね
そばの講釈はいいんだよ
幾つ行きました?
え?二十
二十五?
・
二十六?
・
二十九
あと一枚だよ
そうですか
体の調子と言うものは面白いものでしてね
・
あぁ
・
では一両頂戴していきます
どぉ〜も
・・・・なんだよあれは
化け物ですよ
・・・何あなた笑ってるんです?
だってあなた方知ってるの?
いえ、知らないです
あの人はね、おそばの清さん
通称そば清って呼ばれる人でね
そばの賭けて家を二件建てた人ですよ
普段は四十くらいの賭けをしている人でね
それを二十だの三十だのっていうから向こうは嬉しいですよ
おそばの清さん
本当に憎いねぇ
それは「どぉ〜も、食べられますかなぁ」って
それを聞いたらね
どうしましょうかね
・
五十で行きましょう
えぇっと五両でいきましょう
負い目ですよ
貴方知っていますよね?
・・四十ちょっとの賭けをいつもやっていて五十をやったことが無い
良し!
五十で五両乗る?
明日は取り返してやるから待ってろよ
そんな事は、清さんは知りませんから
良い鴨が見つかったと思い
どぉ〜も
いらっしゃい
ここへ座りなさい
・
あなたはおそばの清さん
通称そば清さんって言うんですってね
・・・分かりましたか
分かりましたじゃない
普段の四十の賭けしてるのに二十だの三十だのって良く取れますね
今日は五十で五両
どうです?
清さんは考えた
普段は四十ちょっとの賭けでやっていて五十はやったことが無い
四十五までは行くけどあとの五枚はどうなるかな
五両は大金ですから
今日は脇でちょっと食べてしまいまして
また改めまして
と言って逃げた
その清さんが旅に出まして信州を旅している途中道に迷った
困ったなと思うと上から、ウワバミが口を開けておりまして
あぁこれで俺は飲み込まれてしまうと思っていたら脇で猟師が鉄砲を抱えて構えている
猟師とウワバミどっちが勝つんだろう
ドン!!!と撃つのとウワバミが飛びついたのが僅かな違い
あっと言う間に猟師がウワバミに頭を咥えられて丸呑みにされてしまった
ウワバミは噂では聞いたことあるけど、
人を呑むのは初めて見た、恐ろしいもんだな
丸呑みして苦しがっているけど、どうするんだろう
苦しがっていたウワバミが赤い草を舐めると
大きいお腹が元に戻っていく
そのまま藪の中に
ウワバミは恐ろしい事を知ってるな
あの草を舐めたらお腹の人間がいなくなっちゃった
消化を助けるんだ
そうだ!
あの草を摘んで、そば賭けをしたらいくらでも食べられるよ
苦しくなったらあの草を舐めれば良いんだ
この草を摘んで紙入れに入れて江戸にもどってきた
どぉ〜も
また来た
懐かしいね
何ですか信州を旅したんですってね
向こうは本場だ、良いそばを食べて来たんでしょ
それがね
そばは結構なんですが汁がいけません
向こうのそばで江戸の汁を食べたら旨いだろうと思います
よくそんなことを聞きますな
だいぶ腕を上げたでしょ
賭けそばをやりますか?
帰って来てすぐやりますか
五十で五両
六十で十両はどうでしょう?
六十、、、、
皆さん六十で十両です
こうなりましたら私一人の手に負えない
皆さんの考えを聞きまして
そうだ、ご隠居さんを呼ばないとうるさいんだよ
・
あぁご隠居さん
六十で十両なんです
私が全部持つ
全部はいけない
そこに座って
それでは出来ましたね
親方、六十ですからね
へい、よろしゅう御座います。
そば屋も自信が無ければこんなこと出来ません。
こしらえたらすっと出てくる
それを清さんは
ツゥー
・
・
・
・
早いねぇ
口の中に入っていく
どんどん食べてるね
こっちに十づつ並べて
十、二十、三十、四十、、、もう五十越してるのか
五十三
・
五十四
・
・
五十五
・
・
・
五十六、、、、
もう駄目でしょ
清さん謝って十両を出した方が良いですよ
もうそれ以上は無理
あぁ・・・・・
あと幾つです?
そうですか
・
・
うぅ
・
うぐ
・
お願いが御座います
なんです
外の風に当たりたいんですか
風に当たったら後、十食べます
はぁ風に当たりたい
どうします?
風ぐらい当たらしてあげましょう
動けない?
みんなそばなんですから
よいしょっと、この辺で良いですか
すみません
障子を閉めてください
・
・
ペロペロ
何か舐めているよ
薬じゃないか
駄目ですよ
あそこまで行ったら薬なんて効きませんよ
清さん駄目だよ
悪あがきしないでみんなに謝ってしまいなさい
清さん?
・
逃げられるわけないよ
清さん開けるよ
・
清さん、どうしたの?
・
おい、みんな見ろよ
これをご覧よ
障子を開けると清さんが居なくって
そばが羽織を着ていました