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2016年03月17日
『母の日』をプロデュース!
どうも。
「五月上旬の暑さ」は「十一月下旬の寒さ」と同じなんじゃないか? という説を唱えてる、小説界のドナルド・トランプこと、ともなりたかひろです。
まずは、【春あるある】を、一つ。
「春」は、「spring」というよりも、「skip」という語の方がぴったりくる。
《例》
期間限定! 『からあげくん skip』発売!
・・・みたいなね。
あの、――この記事自体、「skip」しないでね。・・・なんつってね。
さて、今週のテーマは、『母の日』ですか。
『母の日』と言えば、実は僕にも、過去に忘れがたい思い出がありましてね。。話し出すとすごく長くなるんですがね、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(回想のセンチメンタルなBGMが10秒ほど流れる)・・・・・・・。
・・・・・・・。
――ふっ(微笑)。
まぁ、昔の話ですよ。「←いや、何にも喋ってないじゃないですか!!」
まぁ、そんな冗談はさておき、『母の日』に何をプレゼントするべきか、という問題ですけど、
僕は作家ですから、ここは奇抜なアイデアを出さねばならないわけだが、――今日は調子が悪いのか、なんのアイデアも思い浮かばない。
・・・面倒くさいが、少し考えてみましょうか。
『母の日』という言葉を、『母になった日』と、言い換えてみようか、まずは。
転じて、逆に『母になってから』ではなく、『母になる前のこと』に、アイデアの焦点を置いてみましょうか。
――だから結局、「ビデオ・レター」にはなるよね、どうしても。
ただ、その「ビデオ・レター」に協力してもらう方々は、そのお母さんが、「母」になる前の、「女友達(現在は『母』)」に限りますけどね。
で、まず、そのお母さんが、『母の日』=『母になった日』以前の「人生」が、「生活」が、「言動」が、どんなものだったかのか、をまず語ってもらう、と。
で、その次に、その「女友達(現在は『母』)」たちに、自分たちが『母になってから』のことを語ってもらう、と。
そうすれば、というか、――その「ビデオ・レター」をお母さんに贈ればさ、
「ああ、そういえば、彼女たちのように、私も『母になった日』が昔あったんだ」
と、つまり、『母の日』=『母になった日』を、転じて、『母』としての「自覚」を再び「意識」することになると思うんだよね。
――というわけで、僕のアイデアは、こんなもんです。
だから、こんなクソみたいな非現実的なアイデアが気に食わない人は、以下の広告のプレゼントを贈ってやればいいんじゃないですかね。ええ。
なんか、僕知りませんけど、非常に「母の日のプレゼントとしては信頼度が高いものばかり」だそうですから。
そうしてください。
そんじゃ、またね。
「五月上旬の暑さ」は「十一月下旬の寒さ」と同じなんじゃないか? という説を唱えてる、小説界のドナルド・トランプこと、ともなりたかひろです。
まずは、【春あるある】を、一つ。
「春」は、「spring」というよりも、「skip」という語の方がぴったりくる。
《例》
期間限定! 『からあげくん skip』発売!
・・・みたいなね。
あの、――この記事自体、「skip」しないでね。・・・なんつってね。
さて、今週のテーマは、『母の日』ですか。
『母の日』と言えば、実は僕にも、過去に忘れがたい思い出がありましてね。。話し出すとすごく長くなるんですがね、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(回想のセンチメンタルなBGMが10秒ほど流れる)・・・・・・・。
・・・・・・・。
――ふっ(微笑)。
まぁ、昔の話ですよ。「←いや、何にも喋ってないじゃないですか!!」
まぁ、そんな冗談はさておき、『母の日』に何をプレゼントするべきか、という問題ですけど、
僕は作家ですから、ここは奇抜なアイデアを出さねばならないわけだが、――今日は調子が悪いのか、なんのアイデアも思い浮かばない。
・・・面倒くさいが、少し考えてみましょうか。
『母の日』という言葉を、『母になった日』と、言い換えてみようか、まずは。
転じて、逆に『母になってから』ではなく、『母になる前のこと』に、アイデアの焦点を置いてみましょうか。
――だから結局、「ビデオ・レター」にはなるよね、どうしても。
ただ、その「ビデオ・レター」に協力してもらう方々は、そのお母さんが、「母」になる前の、「女友達(現在は『母』)」に限りますけどね。
で、まず、そのお母さんが、『母の日』=『母になった日』以前の「人生」が、「生活」が、「言動」が、どんなものだったかのか、をまず語ってもらう、と。
で、その次に、その「女友達(現在は『母』)」たちに、自分たちが『母になってから』のことを語ってもらう、と。
そうすれば、というか、――その「ビデオ・レター」をお母さんに贈ればさ、
「ああ、そういえば、彼女たちのように、私も『母になった日』が昔あったんだ」
と、つまり、『母の日』=『母になった日』を、転じて、『母』としての「自覚」を再び「意識」することになると思うんだよね。
――というわけで、僕のアイデアは、こんなもんです。
だから、こんなクソみたいな非現実的なアイデアが気に食わない人は、以下の広告のプレゼントを贈ってやればいいんじゃないですかね。ええ。
なんか、僕知りませんけど、非常に「母の日のプレゼントとしては信頼度が高いものばかり」だそうですから。
そうしてください。
そんじゃ、またね。