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ともなりたかひろ
小説家界の革命児。 主な著作に『太郎取扱説明書』(インディーズ文庫)。『小説・神聖かまってちゃん』(Amazon Kindle)などがある。 もっと詳しい著作が知りたい場合は、以下を参照下さい。 メインホームページ(ニコニコ動画)→http://com.nicovideo.jp/community/co1841805 Twitterアカウント→https://twitter.com/jiga_from_jiga ちなみに、このブログはアフィリエイト(金稼ぎ)のためにやってみよう、と思って開設したんですが、まったくの無知(あるいはバカ)のため、そうですね、うん、まずまぁ、稼げないでしょうね。
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2016年01月06日

「なぜ年明けした感じがないのか?」の理由

どうも。

あけましておめでとうございます。

最近は、真面目に新たな小説の執筆に励んでいる、ともなりたかひろです。

なので、今日の記事は、真面目で、つまらない記事になるでしょう、きっと。

ところで、さっきの「あけましておめでとうございます」ではないですけれど、多くの人がたぶん、


なんか、年が変わった感じがしないんだよなぁ。。


という感慨にふけっていることと思います。かくいう僕も、その一人です。

というわけで、今日は、「なぜ年明けした感」がないのか、を考えてみましょう。

思うに、その理由は2つある、と踏んでいます。

一つは、簡単です。

以前、世紀末のころは、1997年、1998年、1999年、と新たな年を迎えることに「カウントダウン感」(ワクワク感)があったからです。

でも、2001年以降は、ただ、2002年、2003年、そして2016年と、ただ一年が増えていくだけで、なにか「区切り」となる「イベント感」がなくなってしまったからです。

もう2つ目は、ちょっと難しいです。
そして、僕の推論に過ぎません。

結論を先に言いますと、やはり最近の「気候変動」が大きく関係している、と思います。

・・・例えば、そうですね、これを書いている現在2016年の1月5日の時点で、気温が15℃もあるんですよね。
15℃、ということは、これは別の季節である「春」でも成立する気温ですし、はたまた、先ごろ去って行った「秋」でも成立する気温でしょう。

ゆえに、この「新年」という「季節」が、「冬」なのか、「春」なのか、「秋」なのか、僕たちは分からなくなり、「一年」という「時間」に対するバイオリズムも狂ってしまうわけです。

以前はそんなことなく、例年どおり「四季」が巡っていたので、「ああ、今年も一年が終わるのかぁ」という感慨を持つことが出来ていたんです。

でも、今は先述の通り、「四季」が崩壊し、「季節感覚」がはっきりと区別できない日本になってしまいました。

こうなると、どういうことが起こるのか。

・・・皆さん、ちょっと、去年(2015年)に起こった出来事を思い出してみてください。

安保デモが過激に行われたなぁ。
あとは、マイナンバー制度が導入されたなぁ。
あ、あとはあれだ、そうそう、日本ラグビーだよね、やっぱり。うん。五郎丸ポーズ。
つい最近のことだから、忘れていたけど、やっぱりフランス同時多発テロだよなぁ。


――などなど、人によって違うでしょうが、様々に去年(2015年)に起きた「社会的事象」が思い出されたことでしょう。

し・か・し、です。

皆さん。

それらの「社会的事象」が、「体感」として、どの「季節」に起きたものなのか、即答することが出来ますか?

難しいでしょう。

そここそが「2015年」という「一年間」を「一年間らしく感じられない」問題を解くキーなんです。

安保デモが国会前で起こったのは「梅雨」〜「初夏」の「季節」でした。
そして今年の「夏」は酷暑で、残暑も厳しかったので、五郎丸選手がクローズアップされた「季節」も、本来の「秋」の出来事ではなく、「夏」の出来事だと、僕たちの「季節」に対するバイオリズムでは判断してしまうわけなんです。

もちろん例外はありますし、暴論だとも思いますが、正直、僕個人としては、「2015年」に起こった「社会的事象」のほとんどが「夏」だった、ぐらいに思っているんです。

「2015年」という「一年間」には「夏」という「季節」しかなかった。

と、言い切ってしまっても、腑に落ちてしまうぐらいに。

通常、寒い「冬」からほの温かい「春」が来て、次第に「梅雨」(初夏)に入り、やがて突き抜けるように暑い「夏」が来て、その後の「残暑」に耐えていると、やがて徐々に気温が下がり「秋」が来て、年末にかけてその寒さは増してゆき「冬」が来ます。

以前は、そういう日本の「四季」というルーティーン(習慣)に、僕たちの「一年間」に対するバイオリズムがぴったり合致していたので、「一年間」を「一年間らしい」と感じることが出来た。

が、今では「春」でも「初夏」ぐらいの気温の高い日も珍しくないですし、「梅雨」の時期もほとんど「真夏日」と言えるほど気温が高かったり、「冬」になっても対して寒くならず、「冬」という「季節」が「秋」でも「春」でも構わないような、異常な気候変動の中に僕らは暮らしているわけです。

これからさき、こういった異常な気候変動により、「四季」は崩壊し、ますます僕たちの「四季」に関するバイオリズムは狂っていき、結局、「まったく一年が終わったと感じられない」年越しを過ごすことになるでしょう。

・・・以上(異常)です。

おまけ。
異常気象の一つである「水害」を「予見」した天災小説『ひとつになるとき』→http://tb.antiscroll.com/novels/jiga619/18203










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