『眠虎の民〜ネコノタミ〜』
第四章『水の国の転輪聖王(チャクラヴァルティン)』【六】
「ボクは生涯、ただ一人の運命の人と愛し合うのが正しいと思う!」
ギンコが手をあげて発言する。
「私も!」カラも挙手し、オウコは黙って頷いた。
「で、なるべく長く一生一緒にいたい」ギンコが付け足す。
「……必要ない。じゃダメ?」フーカが呆れたように腕を組む。
その様子に、ギンコとカラがあからさまにガッカリとした顔を見せる。
「私も同感です。必ずしも常に相手がいなくてはいけないとは思いませんし。……もしいつか、共に生きていきたいと思えるような相手に出逢えたら、とも思いますが、特に今現在は恋愛が必要だとは思いません」
ブラッドがフーカに助け舟を出す。
彼は彼で、将来を真剣に考えるゆえに相手選びは慎重にしたいらしい。
「よくわかんないニャ!」
食後のデザートのために起きたリンクが生クリームを口いっぱいに頬張りながら言う。たっぷりの生クリームを添えた濃厚なバニラアイスと、控えめな甘さのとろけるミルクプリンの組み合わせだ。
「オレも」スズも(恋愛って何だろう)と思いながら小さく便乗した。
「マルコは? 王族ってやっぱり特殊?」ギンコが話を振る。
マルコは獅子の威厳をもってだいぶ悩んでから、こう答えた。
「……来る者拒まず、去る者追わず。だろうか……」
「言い方!」ギンコが酔い醒ましの氷水を吹き出した。
「さすが百獣の王……」スズがつぶやく。
「マルコの出身地では女性の方がチームで狩りをする戦士として優秀ですし、立場が高いとされていますからね。
気に入った王族や男性の兄弟のもとに嫁いで、暮らしてみて女性の方が気に入らなければ出ていくのも自由なんです。多夫多妻制というか……。
女性に強い決定権があるんですよ」
ブラッドが弁護する。
「『炎の王冠《ファイアー・クラウン》の聖地だもんね。
面白いんだよ、元は王族同士の命がけの最も肥沃な土地の奪い合いみたいなものだったんだけど、今はスポーツとかゲームみたいな毎年恒例の試合になってる。
闘う部族の女性チームにそれぞれに特色があって、例えるなら、『くの一VSアマゾネス』みたいに。
頭も体力も技も必要だけど、同盟も策略も裏切りも何でもあり。夏の風物詩だからスズには生で観せてあげられるかわからないけど」
ギンコが一気に話す。
どうやら『ファイアー・クラウン』のかなりのファンらしい。
「って、だいぶ話がそれたけど……次は師匠!」
「女性への思慕の情は、僕の芸術の源泉だよ。恋を失うことですら、悲劇というインスピレーションを与えてくれる。たとえその想いが己のエゴだったとしてもね」
エッジが答える。
「だがお互いのエゴが最も神聖な形で結びついたものが『愛』なのだとすれば、それこそが奇跡なのかもしれない」
スズにとっては何だか解るような解らない話のような気がしたが、ギンコは褒め称えた。
「さすが師匠。深い。深いなぁ……。最後はテン老師!!」
「縁《えん》、かの」
一言で答えると、服の袖からチラリと恒石を見せた。
小さな物だが、とても美しく暖色の光を放っている。
これには異口同音に感嘆のため息が漏れた。
テン老師の奥さんは地の国にいるらしい。
離れていても愛し合っているのだ。
「結局、そこかぁ〜」
ギンコがなぜか少し落ち込んだようにガックリと頭を下げた。
「いや、ボクは良いんだけどね、もう運命の人に出逢ってるから」
そしてフーカの方をチラッと見た。
「だから、こういうのは縁だし、お互いの気持ちがなきゃどうしようもないって事でしょ!」
しつこい、というようにフーカが声を荒げる。
「でもさぁ、恋愛のトキメキって特別なものだし、やっぱりフーカにも人生で一度くらいは幸せな恋愛をして欲しいんだよ!」
「そういうのは、自分が幸せな恋愛をしてから言ってよ、お兄ちゃん……」
至極真っ当な意見だったが、ギンコは止めを刺されたかのようにテーブルの上に突っ伏した。
「……でもさ、相手のためにより良い人間になろうとか、強くなろうとか、何でも頑張れたり、やる気が出たり、生きる気力が湧いたりとか、たとえ片想いでも良いことあるじゃん……」
シクシクと机に向かって何か言っている。ひょっとしたら泣き上戸なのかもしれない。
「あーもう、めんどくさいし、お腹いっぱい! あたし、もう眠いから部屋に帰るね! みんなお休み!!」
まったく眠くなさそうなフーカが立ち上がると、みんなもそれに習い、そろそろお開きにしようという事になった。
気がつくと公演のフィナーレも無事に終わり、会場はアンコールの最後の拍手に包まれていた。
【 『眠虎の民〜ネコノタミ〜』
第四章『水の国の転輪聖王(チャクラヴァルティン)』【六】
2024年8月15日 了】