『眠虎の民〜ネコノタミ〜』第四章の 保存用のプレ版です。
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以下、
第四章5の本文です。
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『眠虎の民〜ネコノタミ〜』
第四章『水の国の転輪聖王(チャクラヴァルティン)』【五】
カラの言葉に一同からそれぞれ「フー!」とか「ウー」とか「ホォ〜」というような、音階の違う感嘆の声があがった。
「それでその後、カラさんがどうしたかっていうとね」
ギンコが立ち上がり、身振り手振りで演技を入れながら説明する。
「最速の飛行魔術で舞踏会場まで飛んでいって、魔力を込めた扇の一閃でオウコを場外に吹っ飛ばしてこう言ったの。
『私、あなたに結婚を前提としたお付き合いを申し込みたいのですけれど、よろしいかしら?』」
ギンコが声音を変え、手のひらで扇の形を作ってしなを作る。
珍しく、けっこう酔っ払っているようだ。
「もう、“眠虎の大陸中のカラさんファンの感石がいっせいに『パリーン!!』って割れた音がした”とかいう伝説だよね!」
「もう、大げさなんだから……まあうちの倉庫にあるファンから送られてきてた感石はだいたい粉々になってはいたけどね、後で見たら」
どうやら相手が完全に振られて諦めたり、あまりのショックを受けると本当に粉々に割れることもあるらしい。
「それで、オウコさんはどうしたんですか?」スズが続きを促す。
「倒れたまま頷いて、そのまま意識を失って救護室に運ばれていった。
世界的人気の大女優兼歌姫がステージをすっぽかして、負けに負けていた無名の虎の大男にプロポーズしたんだもん。その年の大晦日と年明けは大騒ぎだったよ」
ギンコが腹を抱えて愉快そうに笑う。
「ちなみに、カラさんはその時何歳だったんで……」
スズが言いかけた途端にテーブルの下でフーカが思い切り足を踏んだ。
「『女性を年齢で選別する輩は宇宙の果てで塵になるがいい』って、前にカラが言ってたにゃ!」
ウトウトしていたと思っていたリンクが、大きな金魚型のクッションを抱きしめながら無邪気に叫んでまた眠りに落ちていった。
(単にいつくらいの年齢の恋愛話か知りたかっただけなんだけど……)
足の痛みに耐えながら、口を真一文字に結んでスズは納得顔で頷いた。
「……ボクがちょうど君くらいの年頃だったから、本当に、勇気をもらったよ! いろんな形の愛があるんだって」
こちらに顔を向けたギンコが口の形だけで(あとで逆算して)と言う。
以前おぼろげに聞いていた年齢で考えると、おそらくカラもオウコも二十歳前後の頃の話だろうか。それから六年ほど経つが、今も変わらず相思相愛だということか。
「あの時オウコはさ、本当はどう思ってたわけ? っていうか記憶はあるの?」ギンコが悪びれずに質問する。
少し考えてオウコは答えた。
「……そうだな……うっすら覚えている限りでは、全国に中継されている中で女性に恥をかかせてはいけないと思ったし、何かの間違いなら後で話し合えば解ってもらえると……」
「で、その後何日かカラさんに看病してもらっているうちに、好きになっちゃった?」
「最初は思い込みで買いかぶられているのかと……だが話しているうちに、この世界で最も俺のことを理解してくれる女性なのかもしれない、と」
カラがほとんど「イーッ!」という奇声を上げながら立ち上がってガッツポーズをとった。
「聞いた? 私ほんとに最高の殿方を選んだの!!」
と、なぜか今度は小声で聴衆に向かって問いかけるように囁いた。
「生き方は豪胆なのに他人には繊細な気遣い! 私が言ってほしい大事なことは、こんなふうに、いつもちゃんと言ってくれるところも好き!!」
今度はまあまあ大きな声で叫ぶと、目眩で旋回するように椅子に深く座り込んだ。そしてゆっくりと艶やかに振り返りながら体勢を立て直し、テーブルに両肘をつく形で改めてうっとりとオウコを眺めた。
あっけに取られたが、「これこそが永遠に結ばれたカップルなのかもしれない」と、スズは何だか妙に納得して力強く頷いた。
「ちなみに、テン老師は何でオウコだけ特別に何度も受けて立ったの?」
ギンコが問う。
「……しりぞける度に、違う戦法や技を試してきたからかの。他の者とは違って、今日この時を逃したらもう後はない、そういう命をかけた真の気迫が感じられたから、かのう」
テンがヒゲをさすりながら微笑む。
「もしこれが彼の最初で最後の挑戦ならば、こちらも全力で相手をせねば、ワシ自身が後悔するような気がしたし、何より技にも心にも見込みのある若者じゃったからの」
一同は神妙な顔つきで頷いた。
「あの時は、一生に一度、試合が終われば山の国に帰って、もう二度と国を出ることもないだろうと思っていたので……」
恐縮したようにオウコが姿勢を正す。
そしてテンに向かって一礼した。
「至らぬ自分には、もったいないくらいの教えをいただきました」
「でもそのお陰で、カラさんという人生の伴侶にも出逢えたし、二人とも老師に弟子入りしたことで、一緒に各地を旅できることにもなったし。
本当に羨ましい運命だな〜って、思うよ」
ギンコがおもむろに懐から何か取り出した。
「ボクなんか、いつもこんな感じだもんね」
『感石』だった。
時々、光の加減での見間違いかもしれないと疑う程度の、ややピンク色の薄っすらとした光がよぎるような気もするが、基本的には緑系の色合いで落ち着いている。これが相手の想いだとしたら何とも切ない。
「『落花情あれども、流水意なし』」
にわかに、あまり聞き慣れない、だが美しい男性の声がした。
ギンコの師匠で、狐のエッジのようだ。
どこか詩《うた》を詠んでいるような流れるような口調だ。
オウコのように『漢《おとこ》は黙って背中で生き様を見せる』的な方向ではなく、彼は彼で、クールというかクレバーというか、何を考えているのか察せない雰囲気で普段は寡黙なのだが。
「師匠はね、お酒が入ると本性が出るんだよ。ボクの恋の師匠でもある」
あ、たぶんお酒の呑み方も師匠譲りなんだな、とスズは思う。
感石は“プライベートでセンシティブな物”とか言っていたような気がするが、今は酔いにまかせてか、堂々とみんなに見せている。
本当はギンコも誰かに本音を聞いてほしかったのだろう。
「恋の師匠っていうか、失恋の師匠な気もするけど」
フーカが真顔で小さく囁いた。
「恋は稲妻のようなものだ、撃ち抜かれた時はそれが天恵なのか厄災なのか判らない」
エッジが残り少ない酒の入ったグラスを、遠い目で見つめながら言った。
「出たわよ、『雷名の貴公子』が。……轟くのはほとんど浮名だけど」
カラが真剣かつ呆れた顔で突っ込んだ。
「彼は愛と詩と芸術の中に生きてるのよ――あと時々機械いじりとナイフ投げ」
「今のはね、これによって稲が実るとされる『稲妻』を、豊穣の恵みなのか、ただの感電みたいな落雷の災害になるのか、そういうどちらに転ぶか判らない恋の危うさにかけてるんだよ。さすが師匠!」
ギンコが丁寧に説明した。
「恋をするたびに色んな国に色んな女性が別にいるようなんだけど、なぜか修羅場にはならないのよね……」
カラが眉をひそめて首を傾げる。
「愛は霞《かすみ》のようなものだ。包まれている時は他に何も見えないが、一陣の風が吹くとそこには何も残っていない」
エッジが答えるように吟ずる。
「うん、“自然消滅”ってことらしいよ。最初は師匠に憧れて良いなーって思ってた女性たちも、付き合ってみると師匠の芸術家ぶりについていけなくなるみたい」
「ああ、うん」「納得」
と、フーカとカラが「何か解るわ」という顔で二回ずつ頷いた。
いつの間にかすっかりスズの意識から抜け落ちていた演劇の方もクライマックスの時間を迎えつつ、話題は『各々の恋愛観』というものに続いてゆくようだ。
【 『眠虎の民〜ネコノタミ〜』
第四章『水の国の転輪聖王(チャクラヴァルティン)』【五】
2024年8月6日 了】