2019年05月07日
家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花 <56 ママの最期>
ママの最期
その年の冬は、ずいぶん寒かった。大阪のママは2月の初めに体調を崩した。78歳になっていた。
若いうちに婿を取って梨花が中学生の時には、その夫を亡くしていた。
それ以来、子供たちの祖父と二人で事業を切り盛りして何とか家の資産を守り切った。
それも今は長男の聡に渡して文字通り悠々自適の毎日だった。
孫をからかったりからかわれたりしながら日々を送っていた。僕の人生を大きく変えた人だった。
コケティッシュな温かさで強引に僕をこの家族との付き合いに引きずり入れてくれた人だった。
今回の風邪で肺炎を起こしてしまった。入院をしても一向に回復しなかった。
そして2月の終わりに静かに息を引き取った。短い闘病だった。
急なことで家族のショックは大きかったが本人にとっては救いだったのかもしれない。
世話焼きだが世話になるのは苦手な人だった。闘病生活には人一倍気を使ったことだろう。
幸福なおばあちゃんの静かな死だった。
通夜は自宅でしめやかに行われた。ママの兄弟、その子供や孫、世話になった社員も集まった。
30人ぐらいだった。
僧侶の読経が始まる前に家の中がちょっと騒がしくなった。大事な弔問客があったようだ。
その人は僕も顔を知っている政治家だった。大阪出身なのは知っていた。
今も与党の重鎮として、ある程度の力はあるようだった。
親戚中が総立ちになって玄関で頭をさげた。聡が慌てて挨拶に出た。
梨花は仏間を離れなかったので僕もその場を離れずに座っていた。
その人は仏間へ入るや否や、ママの枕元に駆け寄った。梨花が深々と頭をさげた。
その人がママの遺体に手を合わせた後、梨花がママの顔にかかっている白い布を外した。
その人は、一瞬両手で顔を覆ってしばらくじっとしていたが、気を取り直して「穏やかな顔やな。安らかやったんやな。」とつぶやいた。
「妹から連絡がありまして。まさか莉恵子さんに先越されるとは思ってもみませんでした。
私の葬儀に来てくれるかどうか心配してたぐらいやったのに。」といった。
テレビで見るのとは全く違う、何か見たことがある感じのする穏やかな老人だった。
目が合ったので目礼した。梨花が「主人です。普段は東京に住んでます。」と紹介した。
その人は「聡君とよう似てるなあ。梨恵ちゃんには聞いてたけども。子供さんは?」と聞かれたので「女の子が一人、来年成人します。」と答えた。答えながらも、何か見たことがあるような気がしていた。
梨花が「真梨、真梨、ごあいさつしなさい。」と真梨を呼んだ。
真梨は丁寧にお辞儀をしたので、その人も丁寧にお辞儀を返してくれた。
「梨花さん、たいした躾やな。きちんとしたいい娘さんや。」といった。
その時、何気なく見たその人の耳の付け根に小さな穴が見えた。
ピアスの跡のような針の穴程の小さな凹みだ。僕は、はっとした。
梨花にも同じところに小さなくぼみがある。そういえば目元が梨花や真梨と似ている。
僕が、あまりじっと横顔を見つめるので、その人は少し不思議そうな顔をした。
そして老目鏡をかけて梨花を呼んで何か耳打ちをした。
その人は「私、子供がおらんのですよ。莉恵子さんがうらやましい。」といった。
僧侶の読経が終わっても、その人は帰らなかった。
そして、「真梨ちゃん、私が振袖贈ってもいいかな?莉恵子さんの代わりに」と聞いた。
梨花が僕の顔を見たので、僕が「ええ、ありがとうございます。」と答えた。
「真梨ちゃん、誕生日いつやな?」と聞かれて、真梨が「10月3日です。」と答えた。
帰り際に、聡や梨花に「困ったことができたらなんでも言うてきてや。
できるだけのことはさしてもらうから。」といった。
梨花が「浅田先生もお気をお付けください。ホントに今年は寒いですから。」と声をかけると「ほんまに今年は寒いな。寂しい冬になってしもた。」と答えた。
そのあと人目につかない場所で僕に強く握手をして、自宅の電話番号を書いた名刺をくれた。
僕の目を見て「君、目がいいんやなあ。梨花を頼みます。」といった。
その人はタクシーでホテルに帰っていった。葬儀には参列しなかった。
梨花と2人きりの時に「さっき浅田隆一氏になんて言われたの?」と聞くと、「タクシー手配してって頼まれただけ。」と答えた。「あの人とママってどういう関係?」と聞いたら「幼馴染み。駅前の商業ビルはあの人の実家の跡地やったの。ママとは小さい時からの知り合いやって。多分ママのこと愛してくれてはったと思う。」と言った。
僕は心の中で「愛してるも何も、あの人は君の父親なんだよ、梨花。」といったが口には出さなかった。
父親が一人娘を愛する気持ちが僕には痛いほど分かっていた。ママがあの人と僕を引き合わせたと思った。
東京へ帰ってから1か月ぐらいして真梨に見事な反物と帯が届いた。有名デパートから直送されてきた。
履物も小物もすべて揃えてあった。
あまりにも、高価なものだったので、梨花は少し驚いてお礼の電話をした。
その電話を受けたときの浅田隆一の声は、横で聞いていても聞こえるぐらいの大声だった。
始めて娘から電話をもらって興奮が押さえきれなかったようだった。
そして子供がいないし妻とも死に別れている。時々プレゼントを贈らせてほしいといわれたそうだ。
梨花は「お寂しいんやねえ。こっちからもお誕生日プレゼント送った方がいいねえ。」といった。
ママが父と娘の糸をつないだに違いなかった。
その時期に僕の会社に信用調査が入った。皆、真梨の縁談かと色めき立ったが、僕はその調査が僕自身の身上調査だと気が付いていた。僕はふっと、老政治家から監視されているような気がした。
僕だったら、そうする。
続く
いつもきれいでありたい!お肌の内側からかがやきたい!そんなあなたに
飲んでお肌のケアをする美しさのためのサプリメント
高濃度プラセンタエキスとアスタキサンチンがお肌のダメージをケアしてお肌の再生を助けます。
その年の冬は、ずいぶん寒かった。大阪のママは2月の初めに体調を崩した。78歳になっていた。
若いうちに婿を取って梨花が中学生の時には、その夫を亡くしていた。
それ以来、子供たちの祖父と二人で事業を切り盛りして何とか家の資産を守り切った。
それも今は長男の聡に渡して文字通り悠々自適の毎日だった。
孫をからかったりからかわれたりしながら日々を送っていた。僕の人生を大きく変えた人だった。
コケティッシュな温かさで強引に僕をこの家族との付き合いに引きずり入れてくれた人だった。
今回の風邪で肺炎を起こしてしまった。入院をしても一向に回復しなかった。
そして2月の終わりに静かに息を引き取った。短い闘病だった。
急なことで家族のショックは大きかったが本人にとっては救いだったのかもしれない。
世話焼きだが世話になるのは苦手な人だった。闘病生活には人一倍気を使ったことだろう。
幸福なおばあちゃんの静かな死だった。
通夜は自宅でしめやかに行われた。ママの兄弟、その子供や孫、世話になった社員も集まった。
30人ぐらいだった。
僧侶の読経が始まる前に家の中がちょっと騒がしくなった。大事な弔問客があったようだ。
その人は僕も顔を知っている政治家だった。大阪出身なのは知っていた。
今も与党の重鎮として、ある程度の力はあるようだった。
親戚中が総立ちになって玄関で頭をさげた。聡が慌てて挨拶に出た。
梨花は仏間を離れなかったので僕もその場を離れずに座っていた。
その人は仏間へ入るや否や、ママの枕元に駆け寄った。梨花が深々と頭をさげた。
その人がママの遺体に手を合わせた後、梨花がママの顔にかかっている白い布を外した。
その人は、一瞬両手で顔を覆ってしばらくじっとしていたが、気を取り直して「穏やかな顔やな。安らかやったんやな。」とつぶやいた。
「妹から連絡がありまして。まさか莉恵子さんに先越されるとは思ってもみませんでした。
私の葬儀に来てくれるかどうか心配してたぐらいやったのに。」といった。
テレビで見るのとは全く違う、何か見たことがある感じのする穏やかな老人だった。
目が合ったので目礼した。梨花が「主人です。普段は東京に住んでます。」と紹介した。
その人は「聡君とよう似てるなあ。梨恵ちゃんには聞いてたけども。子供さんは?」と聞かれたので「女の子が一人、来年成人します。」と答えた。答えながらも、何か見たことがあるような気がしていた。
梨花が「真梨、真梨、ごあいさつしなさい。」と真梨を呼んだ。
真梨は丁寧にお辞儀をしたので、その人も丁寧にお辞儀を返してくれた。
「梨花さん、たいした躾やな。きちんとしたいい娘さんや。」といった。
その時、何気なく見たその人の耳の付け根に小さな穴が見えた。
ピアスの跡のような針の穴程の小さな凹みだ。僕は、はっとした。
梨花にも同じところに小さなくぼみがある。そういえば目元が梨花や真梨と似ている。
僕が、あまりじっと横顔を見つめるので、その人は少し不思議そうな顔をした。
そして老目鏡をかけて梨花を呼んで何か耳打ちをした。
その人は「私、子供がおらんのですよ。莉恵子さんがうらやましい。」といった。
僧侶の読経が終わっても、その人は帰らなかった。
そして、「真梨ちゃん、私が振袖贈ってもいいかな?莉恵子さんの代わりに」と聞いた。
梨花が僕の顔を見たので、僕が「ええ、ありがとうございます。」と答えた。
「真梨ちゃん、誕生日いつやな?」と聞かれて、真梨が「10月3日です。」と答えた。
帰り際に、聡や梨花に「困ったことができたらなんでも言うてきてや。
できるだけのことはさしてもらうから。」といった。
梨花が「浅田先生もお気をお付けください。ホントに今年は寒いですから。」と声をかけると「ほんまに今年は寒いな。寂しい冬になってしもた。」と答えた。
そのあと人目につかない場所で僕に強く握手をして、自宅の電話番号を書いた名刺をくれた。
僕の目を見て「君、目がいいんやなあ。梨花を頼みます。」といった。
その人はタクシーでホテルに帰っていった。葬儀には参列しなかった。
梨花と2人きりの時に「さっき浅田隆一氏になんて言われたの?」と聞くと、「タクシー手配してって頼まれただけ。」と答えた。「あの人とママってどういう関係?」と聞いたら「幼馴染み。駅前の商業ビルはあの人の実家の跡地やったの。ママとは小さい時からの知り合いやって。多分ママのこと愛してくれてはったと思う。」と言った。
僕は心の中で「愛してるも何も、あの人は君の父親なんだよ、梨花。」といったが口には出さなかった。
父親が一人娘を愛する気持ちが僕には痛いほど分かっていた。ママがあの人と僕を引き合わせたと思った。
東京へ帰ってから1か月ぐらいして真梨に見事な反物と帯が届いた。有名デパートから直送されてきた。
履物も小物もすべて揃えてあった。
あまりにも、高価なものだったので、梨花は少し驚いてお礼の電話をした。
その電話を受けたときの浅田隆一の声は、横で聞いていても聞こえるぐらいの大声だった。
始めて娘から電話をもらって興奮が押さえきれなかったようだった。
そして子供がいないし妻とも死に別れている。時々プレゼントを贈らせてほしいといわれたそうだ。
梨花は「お寂しいんやねえ。こっちからもお誕生日プレゼント送った方がいいねえ。」といった。
ママが父と娘の糸をつないだに違いなかった。
その時期に僕の会社に信用調査が入った。皆、真梨の縁談かと色めき立ったが、僕はその調査が僕自身の身上調査だと気が付いていた。僕はふっと、老政治家から監視されているような気がした。
僕だったら、そうする。
続く
いつもきれいでありたい!お肌の内側からかがやきたい!そんなあなたに
飲んでお肌のケアをする美しさのためのサプリメント
高濃度プラセンタエキスとアスタキサンチンがお肌のダメージをケアしてお肌の再生を助けます。
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
https://fanblogs.jp/tb/8786542
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
この記事へのトラックバック