2020年06月09日
ロス疑惑
当時29歳やったなぁ(^-^;
三浦和義氏を振り返る
一時はバラエティ番組に出演することも
ニュースとワイドショーが別枠だった時代に、この事件はどちらでも報道されていたことが印象的でした。その「疑惑」は保険金目当ての殺人でした
出典 www.amazon.co.jp
1981年、ロサンゼルスで起こった殺人事件に関して、当初被害者の夫と見られていた三浦和義氏が「保険金殺人の犯人」なのではないかと日本のマスコミによって嫌疑がかけられ、過熱した報道合戦となり、事件に対する科学的な考察よりも三浦氏にまつわる疑惑について盛んに報じられていました。
三浦氏は、日本で行われた裁判で2003年、無期懲役から一転して無罪が決まりましたが、2008年、米国領土内において共謀罪容疑で捜査当局に逮捕され、ロスに移送後自殺、遺体として発見されたのです。
1981年に米国ロサンゼルス市内で妻(当時28)を銃撃して殺害、多額の保険金をだまし取ったとして、当時雑貨輸入販売会社の三浦和義元社長が85年9月、警視庁に逮捕され、殺人などの罪に問われた。当初三浦元社長は「被害者の夫」として同情を集め、米軍機で妻を日本に移送させるなど、その献身的看護が美談となっていた。しかし「週刊文春」が84年初め、事件は元社長による保険金殺人の疑いがあるとして、「疑惑の銃弾」と題して連載、大スキャンダルとなる。元社長のメディア露出と併せて世間の耳目を集め、「疑惑」という言葉は同年の流行語にもなった。
事件は、物証や自白など犯行を裏付ける直接証拠がなく、実際に銃撃をしたとされる「共犯者」は誰かが、焦点になった。検察側は88年の起訴以来、「共犯者は(元社長の取引業者だった)元駐車場経営者だ」と主張。これに対し、一審・東京地裁は元経営者を無罪とする一方、共犯者は「氏名不詳の第三者」であるとして元社長を無期懲役とした。
しかし、元社長は控訴審の東京高裁で逆転無罪に。検察側が上告したが、最高裁第三小法廷は2003年3月、上告を棄却する決定をした。同法廷は「元社長が氏名不詳者と共謀して元妻を殺害したと認めるには、なお合理的な疑いが残るとした高裁判決は是認することができる」と述べた。事件発生から20年以上を経て、元社長の無罪が確定した。
逆転無罪判決を受けて元社長はいったん釈放されたが、銃撃事件の3カ月前に、知人の女性に妻を襲わせ、殺害しようとしたとされる「殴打事件」に絡んだ殺人未遂罪で1998年9月、懲役6年の実刑判決が確定。同年11月に収監され、未決勾留(こうりゅう)日数を差し引いた約2年2カ月の服役を経て2001年1月に宮城刑務所を出所した。
08年2月、ロサンゼルス市警は妻の殺人容疑で元社長を滞在中のサイパンで逮捕。日本の刑事裁判で無罪が確定している元被告を、他国の警察が同じ事件の容疑者として発生から27年後に逮捕する異例の展開となった。元社長は容疑を否認したまま10月にロサンゼルスに移送されたが、同月10日、自ら命を絶った。61歳だった。この死をめぐって元社長の弁護側から他殺説が唱えられるなど、最後まで「疑惑」がつきまとった一件となった。
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