2017年01月15日
「死にたくなければ女医を選べ」
「死にたくなければ女医を選べ」
日本人の論文が米で大反響
ダイヤモンド・オンライン 1月13日 6時0分
「女性医師(内科医)が担当した入院患者は男性医師が担当するよりも死亡率が低い」――。
米国医師会の学会誌で発表された日本人研究者(米国在住)の論文が、現地のワシントンポスト紙、ウォール・ストリート・ジャーナルなどの有力一般紙がこぞって取り上げるほどの騒ぎとなった。『死にたくなければ女医を選べ! 』という報道まであったという。
果たして、女性医師に診てもらった方が安全なのだろうか。日本でも当てはまることなのだろうか。その論文を書いたハーバード公衆衛生大学院の津川友介氏に取材してみた。
(医学ライター 井手ゆきえ)
医師・歯科医師・薬剤師調査の概況(厚生労働省)によると、2014年12月31日現在の医師数は31万1205人で、このうち病院や診療所で働いている医師は29万6845人、男性医師が23万6350人、79.6%、女性医師が6万495人、20.4%だった。
診療科別では圧倒的に内科医が多く、全体の2割6万1317人を占めた。
内科の男女比は男性81.1%、女性が18.9%で、ほぼ全体像をなぞっている。
さて、男女比に注目したのにはわけがある。
● 女性内科医が担当した入院患者は 男性が担当するより死亡率が低い
昨年12月、米国医師会の学会誌のJAMA Internal Medicineに「女性内科医が担当した入院患者は、死亡率や再入院率が低い」という調査結果が掲載された。
調査対象はメディケア(高齢者・障害者向けの公的保険)に加入している65歳以上の高齢者で、肺炎や心疾患、COPD(慢性閉塞性肺疾患)など日本でもおなじみの内科の病気で緊急入院した患者およそ130万人。
対象患者の入院後の経過と担当医の性別との関連を解析するため、メディケアに登録されたデータから病状や診療に関するデータを入手し、入院日から30日以内の死亡率(30日死亡率)と退院後の30日以内に再び入院する確率(30日再入院率)を女性医師と男性医師とで比較した。
この際、患者の重症度や年齢、入院の原因以外に持っている病気など患者の特性と、医師の特性(年齢、出身医学部など)、入院している施設をそろえるなど、結果に影響を与えそうな条件を補正したうえで比較を行っている。
条件を補正した後の30日死亡率をみると、女性医師の担当患者は11.1%、男性医師は11.5%、再入院率はそれぞれ15.0%と15.6%で、女性医師が担当した患者のほうが死亡率、再入院率ともに「統計学的に有意」に低いことが判明したのだ。
「どうせ、女性医師のほうが軽症患者を診ているんだろう? 」という疑いの声が聞こえてきそうだが、同調査はこうした批判を事前に想定し、米国特有の職種である「ホスピタリスト」のデータも分析している。
ホスピタリストとは、入院患者の診療しか行わない病棟勤務の内科医のこと。
勤務時間内に入院した患者を順番に担当するので、軽症患者を意識的に選ぶことはできないし、逆に「この先生がいい」と患者が医師を指定することも不可能だ。
どの医者が誰を担当するかは「くじびき」のようなもので、必然的に各ホスピタリストが担当する患者の重症度は同じレベルにそろうと考えていい。
この結果、対象をホスピタリストに限定した場合でも女性医師が担当した患者の30日死亡率は10.8%、男性医師では11.2%、再入院率は女性医師14.6%、男性医師15.1%とこちらも「統計学的に有意に」女性医師のほうが低かったのである。
実はこの「統計学的に有意に」がミソ。つまり、偶然や計算上の誤差では説明がつかない「明らかな理由」で、女性医師に担当してもらったほうが命拾いする確率が高い、ということが示されたのだ。
研究者の一人が「この死亡率の差が真実であれば、仮に男性医師が女性医師なみの医療を提供すれば、メディケアの対象者だけでも年間3万2000人の命を救える」とコメントしたこともあり、日本と同じく「男性医師>女性医師」と見なす米国では、調査結果が公表されたとたん、ワシントンポスト紙、ウォール・ストリート・ジャーナルなど米国の一般紙がこぞって取り上げる騒ぎになった。
いったい男女の違いの何が、明らかな有意差につながったのだろうか。
● 慎重にガイドラインを遵守する女性 リスクを取りガイドラインを逸脱する男性
研究チームの一員であるハーバード公衆衛生大学院の津川友介氏は「一般紙では『男性医師は3万2000人を殺している』とか『死にたくなければ女医を選べ! 』みたいな極端な扱いをされてしまってちょっと困っています」と苦笑しながら、「例えば、医学部で受けた教育プロセスが同じで勤務先や診療スタイルも同じ、しかも周囲の評判に差がなければ男性医師よりも女性医師のほうが質の高い医療を提供している可能性がある」という。
津川氏の説明によると、一般に女性医師は、診療ガイドライン(GL)などルールの遵守率が高く、エビデンス(科学的根拠)に沿った診療を行うほか、患者とより良いコミュニケーションを取ることが知られている。
また、女性医師は専門外のことを他の専門医によく相談するなど、可能な限りリスクを避ける傾向があるようだ。
「ここにあげた理由は先行研究で示されたことですが、今回の調査でも女性医師のほうが、より詳しい検査を行うなど慎重に診療を進めている可能性が示唆されています」
ただ、米国でも医療界は「男社会」で、医学部卒業生の男女比は1:1なのに、実際に働いている女性医師はまだ全体の3割ほど。給与面にも格差があり女性医師の給与は男性医師よりも平均8%低い。
質の高い医療を提供できる女性医師が実力を発揮できる場は、かなり狭いのだ。
「現実に死亡率を0.4%下げようとしたら、並大抵のことでは達成できません。女性医師はもっと評価されてしかるべきです。一般の方も『男性、経験豊か』が良い医師だというステレオタイプの思い込みは捨てたほうがいい」
米国の調査結果を一律に日本に当てはめて良いかどうか議論の余地はあるが、ステレオタイプを見直したほうがいいのは日本でも同じ。
ただ、現時点で主治医の性別に一喜一憂する必要はない。
第一、日本の内科医の8割は男性なので、残念ながら女性医師に当たる確率は少ない。むしろ男女によらず、様々な研究で示唆された女性医師の長所──エビデンスに基づく診療を心がけ、決して独りよがりにならない柔軟性と謙虚さを持ち合わせているか、を見極めるほうが現実的だ。
● 医師個人の医療の質を評価 科学的根拠に基づく選択が可能に
津川氏は医師個人を客観的に評価する目安になるエビデンスの創出を目指しており、今回の調査結果はその第一弾だ。
今後は対象を他領域や外来患者にも拡げていくという。
「一般の方は病院を選ぶ際に、病院ランキング本や口コミを参考にしていると思いますが、評価の根拠は曖昧です。また、評判の良い病院で働いているからといって医師個人の医療の質が高いとは限りません。米国でも事情は同じです」
確かに、群馬大学附属病院の特定機能病院取り消し事例を目の当たりにすると、病院の機能評価=医師個人の医療の質ではないことは痛感する。
「同じ疾患を診ているにもかかわらず、医師の間で死亡率や再入院率にばらつきがあるなら、それは何故なのかを科学的に評価することで修正できるようになります。一般の人がエビデンスに基づいて医師を選択できる指標を提供する一方で、どの病院でどの医者にかかっても標準化された高い質の医療を受けられるというのが研究の最終的な目標ですね」。機会があれば、日本でも同様の研究を行いたいという。
医療者にとって「個人の評価」はあまり歓迎できないかもしれない。
しかし、エビデンスに基づく評価基準とビッグデータの活用で医師の「診療成績」を見える化できれば、医療者と患者・家族の間にある情報格差が生み出している医師への過度な期待や極端な不信もなくなるだろう。
患者・家族が求めているのは“神の手”ではなく、標準化された質の良い医療を「いつでも、どこでも」提供してくれる医師なのだ。
井手ゆきえ
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最終更新:1月13日 6時0分
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日本人の論文が米で大反響
ダイヤモンド・オンライン 1月13日 6時0分
「女性医師(内科医)が担当した入院患者は男性医師が担当するよりも死亡率が低い」――。
米国医師会の学会誌で発表された日本人研究者(米国在住)の論文が、現地のワシントンポスト紙、ウォール・ストリート・ジャーナルなどの有力一般紙がこぞって取り上げるほどの騒ぎとなった。『死にたくなければ女医を選べ! 』という報道まであったという。
果たして、女性医師に診てもらった方が安全なのだろうか。日本でも当てはまることなのだろうか。その論文を書いたハーバード公衆衛生大学院の津川友介氏に取材してみた。
(医学ライター 井手ゆきえ)
医師・歯科医師・薬剤師調査の概況(厚生労働省)によると、2014年12月31日現在の医師数は31万1205人で、このうち病院や診療所で働いている医師は29万6845人、男性医師が23万6350人、79.6%、女性医師が6万495人、20.4%だった。
診療科別では圧倒的に内科医が多く、全体の2割6万1317人を占めた。
内科の男女比は男性81.1%、女性が18.9%で、ほぼ全体像をなぞっている。
さて、男女比に注目したのにはわけがある。
● 女性内科医が担当した入院患者は 男性が担当するより死亡率が低い
昨年12月、米国医師会の学会誌のJAMA Internal Medicineに「女性内科医が担当した入院患者は、死亡率や再入院率が低い」という調査結果が掲載された。
調査対象はメディケア(高齢者・障害者向けの公的保険)に加入している65歳以上の高齢者で、肺炎や心疾患、COPD(慢性閉塞性肺疾患)など日本でもおなじみの内科の病気で緊急入院した患者およそ130万人。
対象患者の入院後の経過と担当医の性別との関連を解析するため、メディケアに登録されたデータから病状や診療に関するデータを入手し、入院日から30日以内の死亡率(30日死亡率)と退院後の30日以内に再び入院する確率(30日再入院率)を女性医師と男性医師とで比較した。
この際、患者の重症度や年齢、入院の原因以外に持っている病気など患者の特性と、医師の特性(年齢、出身医学部など)、入院している施設をそろえるなど、結果に影響を与えそうな条件を補正したうえで比較を行っている。
条件を補正した後の30日死亡率をみると、女性医師の担当患者は11.1%、男性医師は11.5%、再入院率はそれぞれ15.0%と15.6%で、女性医師が担当した患者のほうが死亡率、再入院率ともに「統計学的に有意」に低いことが判明したのだ。
「どうせ、女性医師のほうが軽症患者を診ているんだろう? 」という疑いの声が聞こえてきそうだが、同調査はこうした批判を事前に想定し、米国特有の職種である「ホスピタリスト」のデータも分析している。
ホスピタリストとは、入院患者の診療しか行わない病棟勤務の内科医のこと。
勤務時間内に入院した患者を順番に担当するので、軽症患者を意識的に選ぶことはできないし、逆に「この先生がいい」と患者が医師を指定することも不可能だ。
どの医者が誰を担当するかは「くじびき」のようなもので、必然的に各ホスピタリストが担当する患者の重症度は同じレベルにそろうと考えていい。
この結果、対象をホスピタリストに限定した場合でも女性医師が担当した患者の30日死亡率は10.8%、男性医師では11.2%、再入院率は女性医師14.6%、男性医師15.1%とこちらも「統計学的に有意に」女性医師のほうが低かったのである。
実はこの「統計学的に有意に」がミソ。つまり、偶然や計算上の誤差では説明がつかない「明らかな理由」で、女性医師に担当してもらったほうが命拾いする確率が高い、ということが示されたのだ。
研究者の一人が「この死亡率の差が真実であれば、仮に男性医師が女性医師なみの医療を提供すれば、メディケアの対象者だけでも年間3万2000人の命を救える」とコメントしたこともあり、日本と同じく「男性医師>女性医師」と見なす米国では、調査結果が公表されたとたん、ワシントンポスト紙、ウォール・ストリート・ジャーナルなど米国の一般紙がこぞって取り上げる騒ぎになった。
いったい男女の違いの何が、明らかな有意差につながったのだろうか。
● 慎重にガイドラインを遵守する女性 リスクを取りガイドラインを逸脱する男性
研究チームの一員であるハーバード公衆衛生大学院の津川友介氏は「一般紙では『男性医師は3万2000人を殺している』とか『死にたくなければ女医を選べ! 』みたいな極端な扱いをされてしまってちょっと困っています」と苦笑しながら、「例えば、医学部で受けた教育プロセスが同じで勤務先や診療スタイルも同じ、しかも周囲の評判に差がなければ男性医師よりも女性医師のほうが質の高い医療を提供している可能性がある」という。
津川氏の説明によると、一般に女性医師は、診療ガイドライン(GL)などルールの遵守率が高く、エビデンス(科学的根拠)に沿った診療を行うほか、患者とより良いコミュニケーションを取ることが知られている。
また、女性医師は専門外のことを他の専門医によく相談するなど、可能な限りリスクを避ける傾向があるようだ。
「ここにあげた理由は先行研究で示されたことですが、今回の調査でも女性医師のほうが、より詳しい検査を行うなど慎重に診療を進めている可能性が示唆されています」
ただ、米国でも医療界は「男社会」で、医学部卒業生の男女比は1:1なのに、実際に働いている女性医師はまだ全体の3割ほど。給与面にも格差があり女性医師の給与は男性医師よりも平均8%低い。
質の高い医療を提供できる女性医師が実力を発揮できる場は、かなり狭いのだ。
「現実に死亡率を0.4%下げようとしたら、並大抵のことでは達成できません。女性医師はもっと評価されてしかるべきです。一般の方も『男性、経験豊か』が良い医師だというステレオタイプの思い込みは捨てたほうがいい」
米国の調査結果を一律に日本に当てはめて良いかどうか議論の余地はあるが、ステレオタイプを見直したほうがいいのは日本でも同じ。
ただ、現時点で主治医の性別に一喜一憂する必要はない。
第一、日本の内科医の8割は男性なので、残念ながら女性医師に当たる確率は少ない。むしろ男女によらず、様々な研究で示唆された女性医師の長所──エビデンスに基づく診療を心がけ、決して独りよがりにならない柔軟性と謙虚さを持ち合わせているか、を見極めるほうが現実的だ。
● 医師個人の医療の質を評価 科学的根拠に基づく選択が可能に
津川氏は医師個人を客観的に評価する目安になるエビデンスの創出を目指しており、今回の調査結果はその第一弾だ。
今後は対象を他領域や外来患者にも拡げていくという。
「一般の方は病院を選ぶ際に、病院ランキング本や口コミを参考にしていると思いますが、評価の根拠は曖昧です。また、評判の良い病院で働いているからといって医師個人の医療の質が高いとは限りません。米国でも事情は同じです」
確かに、群馬大学附属病院の特定機能病院取り消し事例を目の当たりにすると、病院の機能評価=医師個人の医療の質ではないことは痛感する。
「同じ疾患を診ているにもかかわらず、医師の間で死亡率や再入院率にばらつきがあるなら、それは何故なのかを科学的に評価することで修正できるようになります。一般の人がエビデンスに基づいて医師を選択できる指標を提供する一方で、どの病院でどの医者にかかっても標準化された高い質の医療を受けられるというのが研究の最終的な目標ですね」。機会があれば、日本でも同様の研究を行いたいという。
医療者にとって「個人の評価」はあまり歓迎できないかもしれない。
しかし、エビデンスに基づく評価基準とビッグデータの活用で医師の「診療成績」を見える化できれば、医療者と患者・家族の間にある情報格差が生み出している医師への過度な期待や極端な不信もなくなるだろう。
患者・家族が求めているのは“神の手”ではなく、標準化された質の良い医療を「いつでも、どこでも」提供してくれる医師なのだ。
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最終更新:1月13日 6時0分
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