2016年12月20日
「年金減額」高齢者の困窮は国会議員に伝わったか
下流化ニッポンの処方箋
「年金減額」高齢者の困窮は国会議員に伝わったか
藤田孝典 / NPO法人ほっとプラス代表理事2016年11月28日
年金法案への反対意見を述べる筆者=衆院厚生労働委員会で2016年11月25日
年金制度改革関連法案が11月25日、衆議院厚生労働委員会で自民党や公明党などの賛成多数で可決されました。
政府・与党は11月中に衆院を通過させ、今の臨時国会で成立させる方針ですが、私は、年金額の抑制が、ただでさえ生活に困窮している低所得者、低年金者の暮らしを直撃するので、改正に反対しています。
25日の衆院厚労委員会に参考人として呼ばれ、反対の立場から高齢者の困窮について説明し、慎重でていねいな議論を国会議員のみなさんにお願いしました。その内容を紹介します。
衆院厚労委員会で私が国会議員に話したこと
厚生労働委員のみなさまには、市民生活や福祉の向上にご尽力いただき、誠にありがとうございます。
私はこの法案に反対の立場から意見を申し上げます。
理由の一つ目は、かなり時期尚早ではないか、国民に法案が十分理解、周知されていないのではないかという懸念です。二つ目は、今の高齢者の生活困窮の実態がひどいことになっている現実です。
彼らの生活は相当に逼迫(ひっぱく)しています。
私たちのNPO法人「ほっとプラス」はさいたま市にあり、年間500件の相談を受けています。
10代から80代まで、生活に困った人たちが相談に来ますが、そのうち半数は高齢者、年金受給額が足りない、という人たちです。
もし、このまま景気浮揚がないまま年金が減らされたら、どうなるか。今相談に来る高齢者たちの多くは病院の受診回数、服薬回数を減らしています。
年金が不十分な人は、本当は受診しないといけないのに、医師の指導に従えない状況になっています。
介護サービスを入れないと生活できない要介護度4の女性は、年金額が少ないので要介護度1相当のサービスしか受けられていません。
所得が低いほど、趣味や楽しみ、社会参加を抑制する傾向もみられます。
すると地域社会との接点が減り、歩くなど病後のリハビリも不十分になります。外出しないと肉体的・精神的な健康状態も悪化します。
これらの状況が将来の医療費、介護費増大につながらないか、心配です。
衆院厚生労働委員会で民進・柚木道義氏の質問に指を3本立てて答える安倍晋三首相=国会内で2016年11月25日、川田雅浩撮影
高齢者700万人が生活保護基準以下で暮らす現実
所得に応じた健康格差が、今まで以上に拡大する恐れもあります。
低所得の高齢者がいかに健康を害しているか、多くの研究者が指摘するところです。数千円、数万円の年金減額はわずかな額と思われがちですが、特に低所得者への影響は非常に大きいと言わざるを得ません。
65歳以上の高齢者の相対的貧困率は18%と、高水準です。
貧困ラインは1人暮らしで年間所得122万円、2人暮らしだと170万円です。それ以下で暮らしている人が18%います。1人暮らしだと貧困率は4〜5割という数字もあります。
つまり、現行の年金制度、支給額でも生活できない人にとって、年金が生活保障となっていない実態があるのです。少なく見積もっても、約700万人の高齢者が生活保護基準、もしくは基準以下で生活していることになります。
今の高齢者の年金水準は低い、というのが研究のスタンダードです。
私は2015年に「下流老人」という本を出版し、現状に警鐘を鳴らすため高齢者の厳しい実情を紹介しました。
相談に来た埼玉県内の男性(76)は長く飲食店に勤め、今は月額9万円の厚生年金で暮らしています。
年金額がもし減らされたら、この男性の生活はいったいどうなるのだろう、と想像してしまいます。
彼は、家賃5万円の民間賃貸住宅で暮らしています。
年金額が足りないので、野草を食事にしていました。
先進国の日本で、年金が足りない、野草を食べないと生きていけない人が現実にいるのです。
彼は「野草には救われた。恥ずかしいがホームレス専用の炊き出しに並んだこともあった」と語っていました。
年金制度改革関連法案などの採決で丹羽秀樹委員長(左から3人目)に詰め寄る民進党などの議員=国会内で2016年11月25日、川田雅浩撮影
うつ病の娘を持つ3人家族の収入は年金17万円
うつ病の娘の看病をしながら暮らす高齢夫婦は、月額17万円の厚生年金を受給しています。77歳の夫、74歳の妻、48歳の娘の3人暮らしで、男性は金型工として長く町工場で働いてきました。
しかし、娘さんの治療、医療費があるため、1カ月の出費は26万円になるといいます。自宅を売却したお金と年金が命綱なんだ、と語っていました。
でも年金は上がらず、下がる一方。
そこに働けない娘もいる。
17万円ではとても暮らしていけない。夫婦二人が健康なうちはなんとかなるが、どちらかが病気になったらおしまいだ、とも言っていました。
貯金もできない暮らしだと。このような相談が毎日のように寄せられます。
別の70代のご夫婦の場合、2人で国民年金が月額9万円。
それでは足りないので、夫が新聞配達をしながらなんとかやりくりして暮らしています。
医師には仕事を止められていますが、働かないと暮らせない状況です。
相談の中には、自殺や一家心中、介護殺人を考えているという声も多くあります。年金減額がどのような影響をもたらすのか、このような実態を考慮しながら検討してほしいと思います。
「最終的に生活保護を受ければいいじゃないか」という声がありますが、現在、生活保護は機能しているとは言えません。
貧困状態にある約700万人の高齢者のうち、今生活保護を受給できているのは100万人程度しかいません。
残る600万人は本当は生活保護を受けられるのに、受けていないのです。
中には「生活保護は恥ずかしい」「生活保護を受けると(車を手放すなどの)さまざまな制限があるから嫌だ」という人もいます。生活保護を社会的スティグマ(烙印=らくいん)と考える人もいます。年金が少なければ生活保護を受ければいいのですが、これだけ捕捉率が低いと選択肢になりにくいのです。
低所得高齢者の支出を減らす政策導入を
もし万一、年金減額となるのなら、高齢者の支出を抑える政策を導入する必要があるでしょう。
そうでないと厳しい生活がさらに厳しくなります。
高い医療費、介護費のほかに、住宅費も重い負担です。
特に低所得であればあるほど、民間賃貸住宅の家賃負担は大きいものです。
家賃を下げる、租税や保険料を下げる、さらに地方では欠かせない軽自動車の保有維持の負担を減らす、電気ガス水道の支出を減らすといった政策導入を、ぜひ検討していただきたいと思います。
最後に、この年金法案は、高齢者とその家族の命と暮らしに重大な影響を与えます。
しかし、この審議が国民に広く共有されているとは思えません。
ぜひ時間をかけて、ていねいに審議していただきたいと思います。
私からは以上です。ありがとうございました。
年金制度改革関連法案などの採決を傍聴する人たち(手前)=国会内で2016年11月25日、川田雅浩撮影
<年金制度改革関連法案>
法案の柱は年金額の抑制で、毎年の年金額改定の新ルールを盛り込んだ。物価が上がって(現役世代の)賃金が下がった場合、現在は年金額を据え置くが、新ルールは賃金に合わせ減らす。また物価より賃金の下落幅が大きい場合は物価に合わせるのを改め、賃金に合わせる。
さらに、年金額の伸びを賃金や物価の上昇分より1%程度抑える「マクロ経済スライド」を強化する。現在は物価上昇時にしか適用しないが、デフレで実施できなかった分は翌年度以降に持ち越し、物価上昇時にまとめて差し引けるようにする。
年金額抑制で年金財政に余裕を持たせ、将来の年金水準が低くなりすぎないようにすることを目的とする厚生労働省に対し、民進党は「年金カット法案」と批判。安倍晋三首相は「将来の年金水準確保法案だ」と反論していた。
<「下流化ニッポンの処方箋」は原則毎週1回掲載します>
「年金減額」高齢者の困窮は国会議員に伝わったか
藤田孝典 / NPO法人ほっとプラス代表理事2016年11月28日
年金法案への反対意見を述べる筆者=衆院厚生労働委員会で2016年11月25日
年金制度改革関連法案が11月25日、衆議院厚生労働委員会で自民党や公明党などの賛成多数で可決されました。
政府・与党は11月中に衆院を通過させ、今の臨時国会で成立させる方針ですが、私は、年金額の抑制が、ただでさえ生活に困窮している低所得者、低年金者の暮らしを直撃するので、改正に反対しています。
25日の衆院厚労委員会に参考人として呼ばれ、反対の立場から高齢者の困窮について説明し、慎重でていねいな議論を国会議員のみなさんにお願いしました。その内容を紹介します。
衆院厚労委員会で私が国会議員に話したこと
厚生労働委員のみなさまには、市民生活や福祉の向上にご尽力いただき、誠にありがとうございます。
私はこの法案に反対の立場から意見を申し上げます。
理由の一つ目は、かなり時期尚早ではないか、国民に法案が十分理解、周知されていないのではないかという懸念です。二つ目は、今の高齢者の生活困窮の実態がひどいことになっている現実です。
彼らの生活は相当に逼迫(ひっぱく)しています。
私たちのNPO法人「ほっとプラス」はさいたま市にあり、年間500件の相談を受けています。
10代から80代まで、生活に困った人たちが相談に来ますが、そのうち半数は高齢者、年金受給額が足りない、という人たちです。
もし、このまま景気浮揚がないまま年金が減らされたら、どうなるか。今相談に来る高齢者たちの多くは病院の受診回数、服薬回数を減らしています。
年金が不十分な人は、本当は受診しないといけないのに、医師の指導に従えない状況になっています。
介護サービスを入れないと生活できない要介護度4の女性は、年金額が少ないので要介護度1相当のサービスしか受けられていません。
所得が低いほど、趣味や楽しみ、社会参加を抑制する傾向もみられます。
すると地域社会との接点が減り、歩くなど病後のリハビリも不十分になります。外出しないと肉体的・精神的な健康状態も悪化します。
これらの状況が将来の医療費、介護費増大につながらないか、心配です。
衆院厚生労働委員会で民進・柚木道義氏の質問に指を3本立てて答える安倍晋三首相=国会内で2016年11月25日、川田雅浩撮影
高齢者700万人が生活保護基準以下で暮らす現実
所得に応じた健康格差が、今まで以上に拡大する恐れもあります。
低所得の高齢者がいかに健康を害しているか、多くの研究者が指摘するところです。数千円、数万円の年金減額はわずかな額と思われがちですが、特に低所得者への影響は非常に大きいと言わざるを得ません。
65歳以上の高齢者の相対的貧困率は18%と、高水準です。
貧困ラインは1人暮らしで年間所得122万円、2人暮らしだと170万円です。それ以下で暮らしている人が18%います。1人暮らしだと貧困率は4〜5割という数字もあります。
つまり、現行の年金制度、支給額でも生活できない人にとって、年金が生活保障となっていない実態があるのです。少なく見積もっても、約700万人の高齢者が生活保護基準、もしくは基準以下で生活していることになります。
今の高齢者の年金水準は低い、というのが研究のスタンダードです。
私は2015年に「下流老人」という本を出版し、現状に警鐘を鳴らすため高齢者の厳しい実情を紹介しました。
相談に来た埼玉県内の男性(76)は長く飲食店に勤め、今は月額9万円の厚生年金で暮らしています。
年金額がもし減らされたら、この男性の生活はいったいどうなるのだろう、と想像してしまいます。
彼は、家賃5万円の民間賃貸住宅で暮らしています。
年金額が足りないので、野草を食事にしていました。
先進国の日本で、年金が足りない、野草を食べないと生きていけない人が現実にいるのです。
彼は「野草には救われた。恥ずかしいがホームレス専用の炊き出しに並んだこともあった」と語っていました。
年金制度改革関連法案などの採決で丹羽秀樹委員長(左から3人目)に詰め寄る民進党などの議員=国会内で2016年11月25日、川田雅浩撮影
うつ病の娘を持つ3人家族の収入は年金17万円
うつ病の娘の看病をしながら暮らす高齢夫婦は、月額17万円の厚生年金を受給しています。77歳の夫、74歳の妻、48歳の娘の3人暮らしで、男性は金型工として長く町工場で働いてきました。
しかし、娘さんの治療、医療費があるため、1カ月の出費は26万円になるといいます。自宅を売却したお金と年金が命綱なんだ、と語っていました。
でも年金は上がらず、下がる一方。
そこに働けない娘もいる。
17万円ではとても暮らしていけない。夫婦二人が健康なうちはなんとかなるが、どちらかが病気になったらおしまいだ、とも言っていました。
貯金もできない暮らしだと。このような相談が毎日のように寄せられます。
別の70代のご夫婦の場合、2人で国民年金が月額9万円。
それでは足りないので、夫が新聞配達をしながらなんとかやりくりして暮らしています。
医師には仕事を止められていますが、働かないと暮らせない状況です。
相談の中には、自殺や一家心中、介護殺人を考えているという声も多くあります。年金減額がどのような影響をもたらすのか、このような実態を考慮しながら検討してほしいと思います。
「最終的に生活保護を受ければいいじゃないか」という声がありますが、現在、生活保護は機能しているとは言えません。
貧困状態にある約700万人の高齢者のうち、今生活保護を受給できているのは100万人程度しかいません。
残る600万人は本当は生活保護を受けられるのに、受けていないのです。
中には「生活保護は恥ずかしい」「生活保護を受けると(車を手放すなどの)さまざまな制限があるから嫌だ」という人もいます。生活保護を社会的スティグマ(烙印=らくいん)と考える人もいます。年金が少なければ生活保護を受ければいいのですが、これだけ捕捉率が低いと選択肢になりにくいのです。
低所得高齢者の支出を減らす政策導入を
もし万一、年金減額となるのなら、高齢者の支出を抑える政策を導入する必要があるでしょう。
そうでないと厳しい生活がさらに厳しくなります。
高い医療費、介護費のほかに、住宅費も重い負担です。
特に低所得であればあるほど、民間賃貸住宅の家賃負担は大きいものです。
家賃を下げる、租税や保険料を下げる、さらに地方では欠かせない軽自動車の保有維持の負担を減らす、電気ガス水道の支出を減らすといった政策導入を、ぜひ検討していただきたいと思います。
最後に、この年金法案は、高齢者とその家族の命と暮らしに重大な影響を与えます。
しかし、この審議が国民に広く共有されているとは思えません。
ぜひ時間をかけて、ていねいに審議していただきたいと思います。
私からは以上です。ありがとうございました。
年金制度改革関連法案などの採決を傍聴する人たち(手前)=国会内で2016年11月25日、川田雅浩撮影
<年金制度改革関連法案>
法案の柱は年金額の抑制で、毎年の年金額改定の新ルールを盛り込んだ。物価が上がって(現役世代の)賃金が下がった場合、現在は年金額を据え置くが、新ルールは賃金に合わせ減らす。また物価より賃金の下落幅が大きい場合は物価に合わせるのを改め、賃金に合わせる。
さらに、年金額の伸びを賃金や物価の上昇分より1%程度抑える「マクロ経済スライド」を強化する。現在は物価上昇時にしか適用しないが、デフレで実施できなかった分は翌年度以降に持ち越し、物価上昇時にまとめて差し引けるようにする。
年金額抑制で年金財政に余裕を持たせ、将来の年金水準が低くなりすぎないようにすることを目的とする厚生労働省に対し、民進党は「年金カット法案」と批判。安倍晋三首相は「将来の年金水準確保法案だ」と反論していた。
<「下流化ニッポンの処方箋」は原則毎週1回掲載します>
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