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2014年12月06日
少年の人形
2年程前に創った作品です。
腕の部分に難点はありますが、好きな作品です。
一緒に2体創りましたが、皆上を向いています。少年は明日への希望を胸に抱いて、空を見上げています。
私が10歳の1970年大阪万博の頃をイメージしました。
日本の経済成長率は10%以上と長期的な成長を記録し、家庭では、新・三種の神器といわれたカラーテレビ、車、クーラーが普及した時代です。漫画の20世紀少年からインスピレーションを得たものです。
森三中の大島美幸に似ていると言われています。
モデルは違いますが、まあ、いいか。
大島美幸似の人形、結構、人気があります。
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2014年11月30日
私の好きな場所
好きな場所は、わが家のリビングルームだと書いています。家族みんなでなんでも話すことができる、この場所が良いのだそうです。特に当時は食事中にテレビを消すことにしたために会話が多くなり、楽しくなったと書いてありました。
私はこの作文を読んでちょっとうれしくなりました。
自分の家の中の、それもみんなが集まるリビングルームが好きだというのがうれしかったのです。長女が当時そんなふうに感じているとは気が付きませんでした。
わが家のリビングルームには、横2m縦1mの大きなテービルがあります。トチノキの無垢の一枚板です。20年前にわが家を建てた時に四国から取り寄せて自分で作りました。
作ったと言っても一枚板なので、ヤスリで磨き、ワックスを塗り、脚を付けただけです。それだけではありますが、大きいだけに重労働でした。その大きさにわが家に遊びに来てくれる友人たちは感心してくれます。
わが家は普段はこの大テーブルに家族5人が揃い食事をします。
お客さんが来ても、家族と合わせ8人までは大丈夫です。
この大テーブルは、家族にとって食卓でもあり、勉強机でもありました。
当時、娘たちに自分の机で勉強しなさいと言っても、なかなか離れませんでした。今は娘たちも大学生であまりいませんが。
私にとっては、当時も今も作業机です。
約20年間、人形をこの机で作ってきました。
私の座っている場所には、いくつもの細かい傷があります。
絵の具の跡もいくつも付いています。
写真は、十数年前の娘たちと娘たちをモデルにした私のつくった人形たちです。
2014年11月29日
義父母の人形
2014年11月18日
伐折羅大将
奈良の新薬師寺に安置される「十二神将像」のひとつで、煩悩に打ちかって、諸願を成就させる守護神として尊崇をあつめる伐折羅(バサラ)大将をイメージして創りました。
顔のモデルはアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ、ブラジルの元総合格闘技王者です。柔術出身の総合格闘家です。三角絞めが得意技です。
ちょっと、マニアックかな。
身体のモデルは、ボディビルダー 元ミスターオリンピアチャンピオンのロニー・コールマンです。ボディビルの祭典、世界一の筋肉を決めるミスターオリンピア大会で、史上最高の8回もの優勝を重ねています。シュワちゃんを超えています。
もっと、マニアックですね。
制作方法は、仁王とほぼ一緒です。
頭部は張子紙による張り子です。原型は油粘土で作り、石膏により型取りをしています。ボディは、基本はインド綿を袋状にし、木毛を詰めたものです。それに筋肉に見合う部分を濡らした木毛を覆ったインド綿をカーブ針により、立体的に縫い付けています。
布に柄のあるインド綿を使用したのが、特徴のあるところです。新宿のオカダヤで購入しました。
この作品は既に1年程前からリメイク中です。
しかし、まだ、完成の姿が見えそうにない状況です。
2014年11月17日
布の人形2
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娘2人の人形を製作した後に、自分と妻の人形の製作に入りました。
人形の本体は木綿・木毛を使用しています。木毛はパッキンです。昔はリンゴの箱詰めに緩衝材として使用していたものです。ボディ、頭、脚、腕は木綿を袋状にし、木毛を詰めます。
頭部は油粘土で型をつくり、石膏 で型取りし、張子紙で張り子を創りました。顔の布は、綿ジャージ(Tシャツ等の生地)を染めて貼付けました。髪はビデオでは、毛糸を使用していましたが、手芸屋さんで人形の髪の毛用の絹糸を使用しました。
木毛と張子紙は、少し探すのに時間がかかりましたが、文房具屋でみつけることができました。
洋服は、自分と家族の古着を利用しミシンで作製しました。
この作品も見よう見まねで作った稚拙な作品ですが、良き思い出です。
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2014年11月16日
布の人形
1995年(平成7年)11月に大阪心斎橋の本屋で「人形師 与勇輝の肖像」という写真集に出会いました。本屋で見た時に衝撃的な感動があり、すぐに購入しました。
自分でも創りたいと思ったのですが、人形というものを写真集であれ、よく見たことがなかった私には、作り方がわかりません。写真集を食い入るように見てもわかりません。仕方がないので、今まで使用したことのある石粉粘土で娘2人をモデルに創りました。
ある時「人形師 与勇輝の肖像」の巻末を見ていると、与勇輝さんがンNHK趣味百科「人形をつくる」の講師をしていたことがわかりました。早速NHKに電話 し、「人形をつくる」のテキストを送ってほしいと話しましたが、既に廃刊でした。当時まだそんなに普及していませんでしたが、インターネットで古本を探し ましたが、見つかりませんでした。
河口湖ミューズ館にて与勇輝さんの常設展をやっていることも、本の巻末で知りました。当時大阪で勤務していた私はすぐに河口湖に行けませんでしたが、1996 年1月の金曜日に仕事で東京に行く用事があり、早速翌日の土曜日に河口湖ミューズ館に向かいました。
始めて実物を見る感動は大変なものでした。河口湖から見る雪に覆われた富士山とともに良く覚えています。
また、そこでNHK趣味百科「人 形をつくる」のビデオを販売していたのです。私は喜んですぐに購入しました。
家に帰ってビデオを繰り返し再生し、すぐに材料を買い集め、また、娘2人をモデルに作成し たのが、添付の写真です。今見ると稚拙な作品ではありますが、良い思い出です。
自分でも創りたいと思ったのですが、人形というものを写真集であれ、よく見たことがなかった私には、作り方がわかりません。写真集を食い入るように見てもわかりません。仕方がないので、今まで使用したことのある石粉粘土で娘2人をモデルに創りました。
ある時「人形師 与勇輝の肖像」の巻末を見ていると、与勇輝さんがンNHK趣味百科「人形をつくる」の講師をしていたことがわかりました。早速NHKに電話 し、「人形をつくる」のテキストを送ってほしいと話しましたが、既に廃刊でした。当時まだそんなに普及していませんでしたが、インターネットで古本を探し ましたが、見つかりませんでした。
河口湖ミューズ館にて与勇輝さんの常設展をやっていることも、本の巻末で知りました。当時大阪で勤務していた私はすぐに河口湖に行けませんでしたが、1996 年1月の金曜日に仕事で東京に行く用事があり、早速翌日の土曜日に河口湖ミューズ館に向かいました。
始めて実物を見る感動は大変なものでした。河口湖から見る雪に覆われた富士山とともに良く覚えています。
また、そこでNHK趣味百科「人 形をつくる」のビデオを販売していたのです。私は喜んですぐに購入しました。
家に帰ってビデオを繰り返し再生し、すぐに材料を買い集め、また、娘2人をモデルに作成し たのが、添付の写真です。今見ると稚拙な作品ではありますが、良い思い出です。
続きを読む... 2014年11月15日リメイク私は過去の作品について、修整を繰り返しています。
添付の写真の作品も修整を繰り返した経緯を示しています。 最初は天竺木綿の縫い跡を残した仁王像です。 頭部は張子紙による張り子です。原型は油粘土で作り、石膏により型取りをしています。ボディは、基本は天竺木綿を袋状にし、木毛を詰めたものです。それに筋肉に見合う部分を濡らした木毛を覆った天竺木綿をカーブ針を使い、立体的に縫い付けています。仕上げは紅茶で着色し、更に電気ゴテで表面を平らにするとともに焼き跡を付けました。 次の作品は、張り子紙と軽量粘土で縫い跡を覆うとともに表面をなだらかにしました。更に紅茶染めをした綿ジョーゼットをはりました。髪の毛はすが糸です。手は手袋のようにミシンで縫い合わせたもの です。この作品は、全体的にはおとなしい雰囲気になってしまいました。細かいところでは、手足に不満がありました。 次は横綱と化粧回しを付けました。 最終的には、手足を補修し、少し、粗めの綿をはりました。手は手袋方法ではなく、貼りにしました。足は甲を高くしました。髪の毛は石膏の補強材であるスタッフ(麻の繊維)を染めました。大銀杏を大きめにし、荒々しさを出してみました。 私としては、ほぼ満足な作品になったと思っています。 但し、また気に入らなくなり、リメイクしてしまうかもしれません。 続きを読む... 2014年11月08日家庭画報大賞 審査員特別賞相撲と歌舞伎をモチーフに製作しました。この人形も基本は2001年(平成13年)5月場所に2代目貴乃花が武蔵丸を豪快な上手投げで破り、鬼の形相を見せた場面を参考に作製した阿形、吽形の対の作品です。 製作方法は、頭部は張子紙による張り子です。ボディは、基本は天竺木綿を袋状にし、木毛を詰めたものです。それに筋肉に見合う部分を濡らした木毛を覆った天竺木綿をカーブ針を使い、立体的に縫い付けます。結構、力仕事です。 表面に布張りはせず、そのまま、アクリル絵具で彩色を行いました。その為、縫いあとが見えています。荒削りな感じが良いと当時は思いましたが、どうだったでしょうか。 彩色は、歌舞伎の隈取りを参考に顔と全身に赤を中心に行いました。 約10年経ちましたし、リメイクも検討中です。 2014年11月06日仁王像多分、この作品は私の転機となったものです。
自分とはしては、あまり納得していなかったのですが、指導して頂いた菊池先生に「面白い、面白い」と 煽てられてと創った作品です。 デッサン的にも、多々の問題があり、完成度も低いと思います。 創り方は、胴体、脚、腕の主要部分はぬいぐるみ製作の要領で、シーチングに木毛を詰めて、 身体の原型を作ります。筋肉部分を濡らした木毛をシーチングで包み、カーブ針で縫い付けること の繰り返しです。 かなりの力仕事です。木毛を濡らすことにより、硬くすることができます。 仕上げは、紅茶で染めました。最初は力士像を目指していたものであり、 かなり、中途半端な完成だと思います。 裸像としても、中途半端だと思いますが、 転機の作品だったと感じます。
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