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2017年02月25日

台湾に残る日本人伝説、「汝、二つの祖国に・・・」

台湾には多くの日本人伝説が有ると云うか、残ってる、今はもう
純粋の台湾人は残り少ないのだろうが〜〜〜〜??


「二・二八事件」70周年…多くの台湾人の命を救った
1人の日本人がいた 2月25日

(1/2ページ)

陸軍将校らがクーデターを起こした昭和11年の二・二六事件から、
もう81年がたつ。「あのころ、マルクス理論の本などを読んでいる
将校がかなりおりましたよ」。地方紙、夕刊フクニチ(現在は休刊)の
創設者、浦忠倫は日本新聞協会のインタビューに、東京の
歩兵第一連隊に勤務していた当時の空気をこう証言している。

▼浦は「青年将校の思想などは、一種の国家社会主義に近い」とも
語っている。
イデオロギーや正義感、動機の純粋性にとらわれると、人は時に暴挙に
出る。
現代社会にも通じる貴重な教訓が読み取れるが、今や二・二六事件は
遠い昔の話として風化しつつあるようだ。

▼一方、お隣の台湾では、1947年に起きた「二・二八事件」
70周年が、蔡英文政権により国家的事業として位置づけられている。
日本に代わり、台湾の統治者となった国民党政府による
台湾人弾圧・虐殺事件のことである。犠牲者総数は2万人を超える。

▼台北でたばこ売りの寡婦が警察に殴打されたことをきっかけに、
事件は勃発した。
抗議の民衆デモに警察が機銃掃射を行い、
「中国人を追い出せ」と民衆蜂起は広がり、台湾全島が大混乱に陥った。

(2/2ページ)

▼ノンフィクション作家の門田隆将さんの著書
『汝、ふたつの故国に殉ず』によると、そんな中で混乱の沈静化を図り、多くの台湾人の命を救った1人の日本人がいた。
日本人の父と台湾人の母の間に生まれた坂井徳章(とくしょう)である。

▼「台湾人、バンザーイ」。
最期に日本語で叫んで銃殺された坂井の姿は台湾人の感動を呼び、
国民党政府の戒厳令下でもひそかに語り継がれた。
2014年には台南市が、坂井の命日を
「正義と勇気の日」に制定した。こちらの
「事件」が風化しなかったことがうれしい。

タグ:台湾
posted by 豊後国主 at 09:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 記事
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