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2021年12月31日

コロナが終焉することで飲食業の本当の苦境が到来する可能性

非常事態宣言は飲食業全てにダメージを与えなかった


非常事態宣言や営業自粛などで飲食業が苦境に立たされていると報道があったが、全ての飲食業が当てはまることなのだろうか?大手チェーン店や中心部のテナント料が高額な飲食業は不利であったことは間違いない。しかし、全ての飲食業が苦境であるかと言えば疑問である。問題は、ネガティブな要因は多く報道しておきながら、営業自粛で逆に得した飲食店に関しては報道が少なかった点である。

ある馴染みの店がコロナ前に閉店をしていた。店主1人で店を切り盛りしていたが高齢だったので店を閉めることを決めたらしい。その店が閉めた後にコロナが流行したのだが…。店舗の家賃は12〜15万円らしいのだが、営業自粛・時短協力金が貰っていれば収入が増えていただろう。

ニュースで雇用を守る必要があると熱く語っていた店主であるが「先月から雇ったアルバイトもいるから」と言ってる辺りでズレを感じる。飲食業だけでなく、多くの企業では何年も勤めていた正社員が人員削減にあっているのだが…。

大手は自粛要請に従う必要があるが(周りから批判されると企業イメージが悪化するため)、一部の飲食店は自粛要請に従わないなど問題点が多かった。

ただ、最大の問題点はコロナが終焉を迎えたことで飲食業の本当の苦境に立たされる点である。その点に気づきながらもニュースでは取り上げている機会が少ないのが気になる。

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コロナ以前の需要に戻らない


コロナが終焉を迎えれば外食に行く人々は増えるでしょう。でも、コロナ以前と同じだけ外食に行きますか?結論から言えば、Noであろう。

例えば、コロナ以前の外食した人数が100であったとすれば、コロナ終焉すれば100に戻りますか?コロナの影響で自炊やお取り寄せグルメの良さに気が付いた人も多いでしょう。また、コロナを経験したことで混雑したお店に行こうと思わなくなりました。

実際に、飲食店の中にはパーテーションを立てて感染対策をしている店舗もありますが、店員自ら着席すればパーテーションを外す店もあります(外から見えるか見えないかで差がある)。そのため、コロナの不安感が残っている以上は昔のような需要は戻らないでしょう。実際に、私も週3〜4日は夕食は外食であったのですが、今では自炊で外食にほとんど行っていません。

また、会社の飲み会が激減しているでしょう。感染者が出るとマイナスイメージがあるだけでなく仕事に支障が出るため、ある程度常識的に判断すれば飲み会の回数は控えるでしょう。逆に今の時期に飲み会に行く人は感染するリスクを軽く考えている場合もある(=感染リスクが高い可能性がある)

この様に考えれば、外食需要は減少しているにも関わらず協賛金などがないため厳しい環境になる可能性がある。

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テイクアウトも衰退が続く


テイクアウト需要もコロナの影響で高まっていたが、次第に需要が減少していくことは確かである。これは避けることが出来ない。

外食産業はテイクアウト市場にも拡大していったが、今後はどの様な動きになるかはわからない。テイクアウト市場が店舗に戻るとも言い切れないので、今後の不安定さが出ている。

ただ、ウーバー・イーツの一部の配達員の影響でネガティブなイメージが付いたことが大きい。そのため、これから市場が拡大するとも考えづらい。一方では外食産業は供給過剰気味であり、労働者不足が顕著であったために、ある意味で調整されているのかもしれない。

ただ、今後の動向を考えれば、飲食業の需要は緩やかに回復傾向に戻るだろうがコロナ以前の需要まで回復するとは思わない。その理由は@お取り寄せグルメ・自炊の需要が増加、A働き方改革で通勤者の減少、B人混み回避を望む人が多い、C飲食業の協力拒否によるイメージの悪化、D所得減少による外食の制限、E会社企画の飲み会の減少、これらの要因が1年や2年では戻らないだろう。そのため、本当に飲食店は苦境に立たされるだろう。完全にコロナが終焉せずに、営業自粛要請を出す程度でないレベルが一番しんどいだろう。

今後は飲食業界もコロナ対策だけでなく需要の回復も目指さなくてはいけないので大変のは間違いない。


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タグ:コロナ
posted by tk at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題

2021年12月30日

SDGsで生活が豊かになるのだろうか?それとも偽善なのか?

SDGsの極端な脚光が話題に


最近はSDGsが話題になり、どの企業も学校でもSDGsを前面に出している。でも、そもそもSDGsが何か知らないケースも多い。まずは、それから考えたい。

SDGsは2015年9月の国連サミットで採択されたもので、国連加盟193か国が2016年から2030年の15年間で達成するために掲げた目標を意味している。具体的には以下の図になります。
SDGs.png

確かに、SDGsに書かれている内容は当たり前のことであるが、国連で採択されたこともあり、少しあざといぐらいSDGsが前面に出ている。これが、以前の京都議定書を思い出すから本当に効果があるのかどうか疑問に感じてしまう点がある。

確かに、ヨーロッパなどはSDGsにむけて国が取り組んでいることもあり、企業的には取り組んでいるとアピールすれば株価に直結する点もある。この辺も、ISO14000と同じ匂いがする。

でも、なぜ生活が豊かになるのか?偽善なのか考えるのだろうか?

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SDGsの達成基準は何か?


例えば、それぞれの項目の達成基準は何か?目標としては良いのですが達成基準は何?
「3.すべてのの人に健康と福祉を」に関していえば世界的に見れば日本は達成しているだろう。では、どこまで目指せばよいのでしょうか?「2030年までに、世界の妊産婦の死亡率を出生10万人当たり70人未満に削減する」とある様に世界中の基準を達成する必要があるのか?国内だけの達成なのか?

また、「2030年までに、雇用創出、地方の文化振興・産品販促につながる持続可能な観光業を促進するための政策を立案し実施する。」など基準がイマイチ不明な点があります。

実は、SDGsの考え方は良いのですが、達成基準や途中経過など不明な点が多いです。なぜ、2030年までに達成すべきなのか?色々と疑問があります。そのため、企業の通常活動に強引にSDGsを結び付けてアピールしている感じが強いです。ただ、「ジェンダー平等を実現しよう」の一方で宗教的な問題は乗り越えられるのだろうか?

本当は、何を・どの様に・いつまでに行動するかが不明である。これから、国が指針を決めていくのだろうが不明点の多さが気になる。

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偽善でも人が幸せになれば問題はない


偽善であっても人が幸せになれば問題がないが、例えば環境問題など本当に正解なのか疑問に思える点も多い。再生可能エネルギーを増やすことは重要かもしれないが、太陽パネルの製造コスト(環境負担)などは無視した状態の場合が多いだけでなく、再生可能エネルギーの普及のために電気代に上乗せされていることんに気づいていない人も多い。そもそも、あれだけ大小に関係なく電力関連に参入する企業が増えている点を考えれば、儲かる市場ではないかと思う(環境問題に意識があるより儲かる市場と考えているのでは?)

もちろん、SDGsの理念は間違っていないし、世界中は目指して行く方向性なのは間違っていない。問題になってくるのは、どれくらい真剣に取り組んでいるかである。正直、京都議定書鵜のに二の舞にはなりたくない。そのため、途中経過も併せてチェックしていく必要がある。

では、SDGsに関して日本政府の取り組み内容(目標)を知っているのか?世界の取り組み方は何か?ここまで考えないといけないだろう。京都議定書でアメリカや中国、インドが排出削減目標がない’(調印していない・発展途上国は削減目標なし)など不完全なものを必死に取り組んだ経緯がある。そのため、SDGsと叫ぶだけでなく、世の中の動きも知るようにしたい。

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posted by tk at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題

2021年12月29日

高齢者による自動車事故の増加原因の解消せずに悲しむ世の中

高齢者の免許返上が難しいい理由は何?


2018年の資料で、75歳以上の運転者による死亡事故の発生件数は460件であり事故全体では13.3%と高水準にある。また、別の資料では平成28年度は事故件数が32412件であり、その中で高齢者が運転したことによる事故原因は22.3%になっている。このことから、約7200件が高齢者により1年間で事故を起こした数になる。

もちろん、若い世代も事故を多く起こしているが、高齢者の事故件数の増加は一種の社会問題化しているのも事実であり。逆に言えば、高齢者が強制的に免許を返上してもらえば、年間で460人以上の人が救われていることになる。そのため、ニュースで高齢者の死亡事故が発生して問題だと言っている割に真剣に解決に取り組んでいるかは疑問である。自動運転ができるまで待つつもりなのだろうか?

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高齢者の免許返上に反論する常套句に疑問


高齢者免許返上を強制するのは難しいと言う意見を言っているので、質問をしてみたことがある。
「例えば、60歳であれば運転をすることが可能であるが、70歳では可能ですか?」と聞くと、「70歳で運転は危ないけど車がないと生活ができないから仕方がない」と言ってくる。そのため、「その人が100歳を超えても運転するんですか?110歳でも?120歳でも?」と聞いてみると「そんなのは無理」だと言ってくる。

では、疑問に感じるのは車がないと生活ができないと主張している一方で、かなり高齢になると車を運転しなくても生活ができると考えることが謎である。どう考えても無理でしょう。

もちろん、田舎での生活は車がなければ成り立たないことも多い。成り立たないが、車に乗れなくなった際にどの様に生活するのだろうか?

そもそも、過疎地などでは高齢者が車に乗らなくても生活できるようにするのが行政の役割な気がするのだが…。

結局、目先の便利さに目をつぶってしまった段階で高齢者の自動車事故が減らないと嘆いても何も解決しない。そもそも、自動車事故は過疎地というより都会で大きく起きている印象であるが…。

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免許返上か教習の回数増加が鍵?



自動車の免許自体に年齢制限がないこと自体が変な感じはするが、免許の強制返上が難しければ毎年(半年)の1回〜数回の教習上でも技能教習を強制すべきかもしれない。正直、面倒な点や金銭的な負担が増加するかもしれないが、高齢者の自動車事故を減らすには効果的な方法になるだろう。

また、空き家の活用などで過疎地に住んで車がないと生活できない高齢者を比較的都市部に移住させるのも良いかもしれない。高齢になりすぎると移住は負担になるので60歳程度で移住する方が良いだろう。もちろん、暮らしていた土地で生活をしたいのはわかるが、誰か家族がいればよいが1人や老夫婦の場合は移住させてお良いのではないだろうか?

この様に考えると、高齢者の人権を無視しているのか!と言われるかもしれないが、今回の最大の問題は高齢者の自動車事故を減らすことである。行政が高齢者が運転しなくても生活に困らない住民サービスを実施すれば問題ない。また、自動運転にも期待できるかもしれないが、自動運転を搭載した車を高齢者が簡単に購入できるのだろうか?という疑問が残る。

でも、事故が起きれば高齢者ドライバーについて嘆くが、原因を解決しないと毎年400人が亡くなっている現状から逃れられない。思い切った政策を国民に投げかけても良いだろう。そうすると、過疎地・農村部の人から批判されて選挙に勝てないから声を大にして言う人も少ないだろう。


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タグ:社会問題
posted by tk at 14:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題
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