新規記事の投稿を行うことで、非表示にすることが可能です。
2015年11月08日
『孤独のアスファルト』第9回江戸川乱歩賞受賞(1963年)著者藤村 正太(ふじむら しょうた)
江戸川乱歩賞全集(5)孤独なアスファルト
「孤独のアスファルト」から『孤独なアスファルト』に改題
断熱材メーカーの常務が殺され、工場に勤める東北出身の内気な青年が容疑者に。
大都会の人間の孤独を鋭く抉る社会派本格推理。
著者 藤村正太
1924(大13)年、富山県生まれ。本名・正太。別名、川島郁夫。1949(昭和24)年、東京大学卒業後、結核を発病。療養生活中に探偵小説を書き始め、同年、川島名義で「黄色の輪」、「接吻物語」の二編を『宝石』百万円懸賞コンクールC級(短編部門)に投じ、前者で二等に当選してデビュー。51年頃からラジオ、テレビの脚本を手がけるようになり、57年には、NHK『私だけが知っている』の脚本執筆に参加した。63年、藤村正太名義で投じた長編『孤独なアスファルト』が第9回江戸川乱歩賞を受賞。1977(昭和52)年、心不全と呼吸不全のために死去。享年53歳。
2015年11月07日
戸川 昌子『大いなる幻影』、佐賀潜『華やかな死体』第8回江戸川乱歩賞受賞(1962年)
江戸川乱歩賞全集(4)大いなる幻影 華やかな死体
『大いなる幻影』
孤独な老嬢たちが住む女子アパート。
突如始まったアパート移動工事と同時に奇怪な事件が続発。
老嬢たちの過去も次第に暴かれていく。
著者 戸川昌子
1933年東京生まれ。大手商社で英文タイピストとして勤務、のちシャンソン歌手に。
ステージの合間に書いた『大いなる幻影』で第8回江戸川乱歩賞を受賞。
以後幅広いジャンルの作品を多数執筆。海外でも高い評判を得る。
『華やかな死体』
大手食品会社社長の死体が発見され、元社長秘書の男が逮捕された。
事件をめぐり少壮の検事と老獪な弁護士の熾烈な戦いが始まった。
著者 佐賀潜
1909年東京生まれ。中央大学法学部卒。
1940年検事となり、1946年に弁護士を開業。
森脇将光事件などを手掛ける。
『華やかな死体』で第8回江戸川乱歩賞を受賞。
推理小説のほか『民法入門』などの法律の解説書を執筆しベストセラーとなる。
人気の絶頂期だった1970年に死去。
2015年11月06日
『枯草の根』第7回江戸川乱歩賞受賞(1961年)著者陳 舜臣(ちん しゅんしん)第6回は受賞作なし
枯草の根
陶展文(とうてんぶん)は、神戸海岸通にある料理店「桃源亭」の店主。
ある日、シンガポールの大富豪が彼の事業を破滅から救った中国人の元銀行家を訪ね、神戸を訪れた。
そしてその直後に一人の老高利貸し徐銘義(じょめいぎ)が殺された。
殺害者の性格と殺人現場の情況に疑問を抱いた料理人陶展文(とうてんぶん)が、犯人のトリックを見破り、アリバイを崩し去る。
著者 陳舜臣
1924年兵庫県生まれ。旧制大阪外国語学校印語部卒。戦後、家業の貿易業に従事していたが、1957年ごろから小説を書き始めた。1961年『枯草の根』で第7回江戸川乱歩賞を受賞、1969年『青玉獅子香炉』で第60回直木賞を受賞。中国歴史小説、史伝を中心に活躍している。
2015年11月05日
『危険な関係』第5回江戸川乱歩賞受賞(1959年)著者新章 文子(しんしょう ふみこ)
江戸川乱歩賞全集(3)危険な関係 枯草の根 (講談社文庫)
死亡した父親から全財産を譲ると遺言された大学生の世良高行(せらたかゆき)。
命を狙われた彼が犯人を特定するために選択した方法は、偽装自殺だった。
著者 新章文子
1922年京都府生まれ。旧制京都府立第一高女卒。童話作家として出発し、「少女サロン」「ひまわり」などに少女小説を執筆していたが、1959年『危険な関係』で第5回江戸川乱歩賞を受賞。以後は『バック・ミラー』『青子の周囲』『朝はもう来ない』などを発表している。
2015年11月04日
『濡れた心』第4回江戸川乱歩賞受賞(1958年)著者多岐川 恭(たきがわ きょう)
濡れた心
女子高生の純粋な同性愛を阻む悪意、そして少女らをあざ笑うかのように重くのしかかる殺人事件。
その裏には、いかなる悪魔的意思がひそんでいるのか…?
日記や手記を取り入れた斬新な構成が人間関係や動機を際立たせる文学的探偵小説。
澄明な美文で清らかな同性愛をうたいあげ、江戸川乱歩賞に輝いた名作が電子書籍で復刊。
著者 多岐川恭(たきがわ・きょう)
1920年福岡県生まれ。東大経済学部卒。戦後、横浜正金銀行をへて毎日新聞西部本社に勤務。1953年『みかん山』で作家デビュー。『濡れた心』で第4回江戸川乱歩賞を、翌年には短編集『落ちる』で第40回直木賞を受賞。以降、推理小説と共に時代小説も旺盛に執筆した。
2015年11月03日
『猫は知っていた』第3回江戸川乱歩賞受賞(1957年)著者仁木 悦子(にき えつこ)
猫は知っていた
時は昭和、植物学専攻の兄・雄太郎と、音大生の妹・悦子が引っ越した下宿先の医院で起こる連続殺人事件。
現場に出没するかわいい黒猫は、何を見た?
ひとクセある住人たちを相手に、推理マニアの凸凹兄妹探偵が、事件の真相に迫ることに。
鮮やかな謎解きとユーモラスな語り口で、一大ミステリブームを巻き起こし、ベストセラーになった。
著者 仁木悦子(にき・えつこ)
1928年東京都生まれ。4歳で胸椎カリエスと診断され、歩行不能の生活を送る。
20代半ばから執筆を始め、57年『猫は知っていた』で第3回江戸川乱歩賞を受賞。
81年『赤い猫』で第34回日本推理作家協会賞短編賞を受賞。
爽やかな読後感の作風で人気を博し、本格派女流推理作家の先駆けとなる。86年逝去。
大井三重子名義で童話も発表し、『水曜日のクルト』(偕成社文庫)などの著作がある。
江戸川乱歩賞は第3回(1957年)より長編推理小説を公募する新人賞となっている。第1回(1955年)は当時雑誌『宝石』に連載中だった「探偵小説事典」が評価され、推理小説評論・研究家の中島河太郎が受賞し、第2回(1956年)は個人ではなく「ハヤカワ・ポケット・ミステリ」(1953年 - )の出版という業績に対して、出版社である早川書房が受賞している。第3回以降、現在のような長編の公募新人賞となった。