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2023年08月25日
Fラン文系女子が23歳で米国大手ソフトウェア会社に勤めるまで@大学1年編
皆さんこんにちは、ノンコです。自己紹介のブログ見ていただいてありがとうございます
今回は前回のブログにも記載した通り、私がどうやって23歳で米国の大手ソフトウェア会社に勤めることができたのかを順を追って紹介していきます。そしてこれらを通し、能力がなくても海外で活躍する方法を私の経験をもとに共有していきたいと思います!それでは早速いきましょう!!
「ハリポタの世界を目指して」
高校生までバレーボールにて青春を駆け抜けた私にとってのもう一つの趣味、それは紛れもなくハリーポッターでした。実世界の歴史のテストは平均以下のくせに、ハリーポッターに出てくる俳優の名前や生い立ちなど全て丸暗記していました。もちろん教員にも家族にも呆れられていましたが(笑)
そんな私はハリポタの世界(英語圏できればイギリス)に行くために、3つの条件をもとに大学を絞り、進学を決めました。
1. 留学する際に休学せずに済む大学
2. 1年留学に安く行ける大学
3. 学業の成績がよくなくても留学へ行ける大学
簡単にまとめますと、お金がかからず効率的に留学(英語圏)へ行ける大学を探しました。こうなるとやはりレベルが高くない大学となるわけですが、当時の私は大学のレベルなど一切気にしてませんでしたし、なんなら日本にある大学は東京大学と早稲田大学しか知らない人間でした…笑
その話は置いといて、私はある大学へ入学を果たし英語のレベル分けテストが行われ、それぞれの英語関係の授業はレベルごとにAからDまで分けられました。部活動を引退するまで勉学とは無縁だった私ですが、引退直後から英語の勉強を必死にした結果としては英語5科目あるうちの4科目がB、1科目がAという、良いのか悪いのか分からないレベルに入れられました…笑
しかし人生に影響を与えたのはこの1科目のAクラス。周りにはレベルの高い大学に入学できず流れてきた人が多く、英語は堪能で、ましてやスペイン語やフランス語を流暢に操る人が多くいたことに驚きました。周りが「Fらん最悪」「所詮Fラン」などと愚痴を吐く中、
私もこの人達みたいに流暢になりたい
そう思えたのが私の大きな成長につながったのかもしれません。
胸を躍らせ始まった大学生活の中で、ゼミの活動や授業に全力で励み、教授らとも距離を縮めていきました。もう一つ驚いたことといえば、教授の方々はほとんどが東京大学、早稲田大学、マンチェスター大学、ハーバード元講師などと輝かしい経歴を持った方々ばかりで、その教授らの授業は非常に興味深いものでした。そんな中、大学一年次のある日、人生を変える大きな出来事が起こりました。
「突然の〇〇への推薦?!」
「あなたさ、ASEANの留学に興味ない?」
ある日教授から呼び出され、ASEANの留学についてお話をいただきました。
「いやいやいや、ハリーポッターと掛け離れとるやないかい!!」
と突っ込みたくなりましたが、必死に抑え続く教授の話に耳を傾けていました。実際のところ英語圏への留学の費用に頭を抱えていたのも事実で、基本的に大学の1年間の授業料が120万、英語圏への留学半年で400万、単純計算して520万を1年間で双方の大学へおさめなければなりませんでした。ましてやここに寮費代や食費、教科書代などを含めると……計算する気にもなれません。
しかし!
なんとこの教授が推薦してくださったASEAN留学制度は主に3つの利点がありました。
1. 1年間の留学費用が全て無料
2. ASEAN諸国の中から2カ国選択し6ヶ月ずつ滞在する
3. 機関から1年間80万円の補助が出る
「え?」と思った方いらっしゃいますよね?そうなんです。給付型の奨学金が出て、費用が全て無料、そして1年間留学に行けるという何とも美味しい話が私のところへ舞い降りました。o(`ω´ )o 正直行き先は英語圏に絞り、留学ではなく1週間の研修にすべきか迷いに迷っていましたが、教授からこのようなお話をいただき、いつの間にか留学申請書にサインをしていました。
のちのち実はこの留学はうちの大学でも少し特徴的なものだったことに気が付きます。普通の留学制度というものは(うちの大学)、学科の教授2人と面談をして、規定人数内の学生に留学を許可します。そして帰国後はそのまま日本の大学の授業に参加するという形なのですが、私の参加する留学は少し違いました。
テストに合格
留学先の希望提出(ASEAN内)
大学理事、副理事、学科長、教授らとの数回にわたる面談
合否発表
2年次始まる前に渡航
1年留学
帰国・報告会
テストに合格しなければ留学には行けないという制度はどの留学にもあったのですが、報告会と理事長らの面談は他のどの留学制度にもなく、無駄に責任感を感じたことをよく覚えています…(笑)(私より頭いい人いっぱいいるのに!ってずっと不安に苛まれていました笑)
そんな不安しかない面談と、私の国選びは次回のブログで紹介したいと思います(笑)
(続く)
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今回は前回のブログにも記載した通り、私がどうやって23歳で米国の大手ソフトウェア会社に勤めることができたのかを順を追って紹介していきます。そしてこれらを通し、能力がなくても海外で活躍する方法を私の経験をもとに共有していきたいと思います!それでは早速いきましょう!!
「ハリポタの世界を目指して」
高校生までバレーボールにて青春を駆け抜けた私にとってのもう一つの趣味、それは紛れもなくハリーポッターでした。実世界の歴史のテストは平均以下のくせに、ハリーポッターに出てくる俳優の名前や生い立ちなど全て丸暗記していました。もちろん教員にも家族にも呆れられていましたが(笑)
そんな私はハリポタの世界(英語圏できればイギリス)に行くために、3つの条件をもとに大学を絞り、進学を決めました。
1. 留学する際に休学せずに済む大学
2. 1年留学に安く行ける大学
3. 学業の成績がよくなくても留学へ行ける大学
簡単にまとめますと、お金がかからず効率的に留学(英語圏)へ行ける大学を探しました。こうなるとやはりレベルが高くない大学となるわけですが、当時の私は大学のレベルなど一切気にしてませんでしたし、なんなら日本にある大学は東京大学と早稲田大学しか知らない人間でした…笑
その話は置いといて、私はある大学へ入学を果たし英語のレベル分けテストが行われ、それぞれの英語関係の授業はレベルごとにAからDまで分けられました。部活動を引退するまで勉学とは無縁だった私ですが、引退直後から英語の勉強を必死にした結果としては英語5科目あるうちの4科目がB、1科目がAという、良いのか悪いのか分からないレベルに入れられました…笑
しかし人生に影響を与えたのはこの1科目のAクラス。周りにはレベルの高い大学に入学できず流れてきた人が多く、英語は堪能で、ましてやスペイン語やフランス語を流暢に操る人が多くいたことに驚きました。周りが「Fらん最悪」「所詮Fラン」などと愚痴を吐く中、
私もこの人達みたいに流暢になりたい
そう思えたのが私の大きな成長につながったのかもしれません。
胸を躍らせ始まった大学生活の中で、ゼミの活動や授業に全力で励み、教授らとも距離を縮めていきました。もう一つ驚いたことといえば、教授の方々はほとんどが東京大学、早稲田大学、マンチェスター大学、ハーバード元講師などと輝かしい経歴を持った方々ばかりで、その教授らの授業は非常に興味深いものでした。そんな中、大学一年次のある日、人生を変える大きな出来事が起こりました。
「突然の〇〇への推薦?!」
「あなたさ、ASEANの留学に興味ない?」
ある日教授から呼び出され、ASEANの留学についてお話をいただきました。
「いやいやいや、ハリーポッターと掛け離れとるやないかい!!」
と突っ込みたくなりましたが、必死に抑え続く教授の話に耳を傾けていました。実際のところ英語圏への留学の費用に頭を抱えていたのも事実で、基本的に大学の1年間の授業料が120万、英語圏への留学半年で400万、単純計算して520万を1年間で双方の大学へおさめなければなりませんでした。ましてやここに寮費代や食費、教科書代などを含めると……計算する気にもなれません。
しかし!
なんとこの教授が推薦してくださったASEAN留学制度は主に3つの利点がありました。
1. 1年間の留学費用が全て無料
2. ASEAN諸国の中から2カ国選択し6ヶ月ずつ滞在する
3. 機関から1年間80万円の補助が出る
「え?」と思った方いらっしゃいますよね?そうなんです。給付型の奨学金が出て、費用が全て無料、そして1年間留学に行けるという何とも美味しい話が私のところへ舞い降りました。o(`ω´ )o 正直行き先は英語圏に絞り、留学ではなく1週間の研修にすべきか迷いに迷っていましたが、教授からこのようなお話をいただき、いつの間にか留学申請書にサインをしていました。
のちのち実はこの留学はうちの大学でも少し特徴的なものだったことに気が付きます。普通の留学制度というものは(うちの大学)、学科の教授2人と面談をして、規定人数内の学生に留学を許可します。そして帰国後はそのまま日本の大学の授業に参加するという形なのですが、私の参加する留学は少し違いました。
テストに合格
留学先の希望提出(ASEAN内)
大学理事、副理事、学科長、教授らとの数回にわたる面談
合否発表
2年次始まる前に渡航
1年留学
帰国・報告会
テストに合格しなければ留学には行けないという制度はどの留学にもあったのですが、報告会と理事長らの面談は他のどの留学制度にもなく、無駄に責任感を感じたことをよく覚えています…(笑)(私より頭いい人いっぱいいるのに!ってずっと不安に苛まれていました笑)
そんな不安しかない面談と、私の国選びは次回のブログで紹介したいと思います(笑)
(続く)
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感想(23件)
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@大学編〜大好きな英語圏を捨ててASEANを選んだ理由〜
皆さんこんにちは、ノンコです前回の記事を見てくださりありがとうございました。まだ見てない方は自己紹介の記事から見ていただけるとわかりやすいと思います!今回は以下の流れで私の体験をシェアしていきます。それでは行きましょう!!
まずASEANについて軽く説明しますね!ASEANとは東南アジア地域の国々が集まった組織のことです。1967年に平和と安定、そして経済を活性化するために作られました。この図を見ると分かりやすいかもしれません。
ちなみに黄色の地域がASEANに所属している国です!前回でもお話ししたように、私はASEANのリーダーシッププログラムという1年間のASEANでの海外留学に参加することを決めました。記事を見てくれた方はわかるかもしれませんが、まず第一に私がこの大学を選んだ理由としてはハリーポッターの世界に憧れて留学を強く希望してたからなんです。それがいつの間にか全く関係ないASEANへ留学することになりました。(笑)じゃあなんで選んだの?と気になる方が多いと思うのでまずそちらからお話ししますね
@新しい価値観
まずなぜ留学に行きたいか、それはもちろんハリポタの影響はもちろんありましたが、もう一つ理由があります。ありきたりかもしれませんが、簡単に言うと新しい価値観に触れたいという理由です。というのも、私の大学は多くの留学生を受け入れており見渡す限りベトナム、中国、韓国、フランス、スペイン、米国などなど、世界中の大学から交換プログラムを利用し留学をしている人が多くいます。国々の新しい価値観や文化、歴史など(特にヨーロッパ)が好きだったのでそういった意味では違う地で勉強することに非常に憧れていました。ハリーポッターの雰囲気なんて日本には滅多にないですからね。笑
A今のままじゃ将来やばい
友人を含め大学一年生となるとやはり私もものすっごく遊んでいました。授業が終わるとみんなで飲みに行き、二日酔いのまま授業に出たことも……ツラカッタ…。そんな青春の延長のような日々を謳歌してたわけですが、ある日いつものようにハリーポッターを見てた時。
自分の英語力は大学入学時に比べて何も変わってない」
とふと思いました。英語力といっても特にスピーキングですね。ハリーポッターの不死鳥の騎士団を流しながら、頭ではこのままじゃやばい、とずっと考えていたわけです。(笑)勉強ももちろんしないといけないけど、青春の延長のようなこの無駄な時間も楽しみたい、そんな悪魔の囁きが脳内に響く中、ある言葉が頭をよぎりました。
起業家のジム・ローンさんの言葉ですが、グサリと胸に刺さりませんか?(笑)友人を含め大学一年生となるとやはり私もものすっごく遊んでいました。授業が終わるとみんなで飲みに行き、二日酔いのまま授業に出たことも。暇さえあればみんなで集まり、自分ができないことを覆い隠すように噂話でみんなで盛り上がる。そんなくっだらないことをして過ごしてたわけです。(反省)
基本的に私の学科では優秀な人は優秀な大学へ留学に行くわけですが、私もその一員になりたかったことも留学を決めた理由の一つです(入学時にTOEIC900すでにとっている人もいました)また、大学提携先は非常に有名な大学が多く、ノルウェーのオスロ大学、ドイツのケルン大学、フィリピンのアテネオマニラ大学などなど。そこの留学を狙ってうちの大学に入学する人も多くいました。
やはりヨーロッパ諸国や欧米諸国の留学希望者数はものすごく多く、授業料が無料になるのはたった1人か2人だったんです。何百人も応募する中、確率的に無理だなと英語圏は正直諦めていました。しかし、ゼミの教授から、英語圏への留学はただの英語勉強プログラムであるというなんとも効率的ではないプログラムであるというなんとも衝撃的で残酷な事実を突きつけられました。まあもちろんですが、そんな多額のお金を英語の勉強するためだけに払うのは御免だと思いながら、英語で知識を刷新したいと考えていました。さらにそこから海外で活躍する人材になるために国際経済や政治といった社会学を中心に勉強したいとうこと、そして発展が著しい国で経験を積むこと<を考えていたところASEANの留学プログラムのお話をいただきました。
B「私の決めた2カ国」
先ほども述べた通り、この留学プログラムは2カ国で半年ずつ留学できます。私が選んだ国はズバリ、ベトナムとマレーシアです。マレーシアといえば多国籍で過ごしやすい地域としても有名ですよね!芸能人で言うとGACKTさんもマレーシアが住むには一番の国として現在滞在していますよね。私も過ごしやすいということは聞いていたので勉強するなら住むのに苦労をしない場所がいいと思いました。また、現在はアジアの人口が増え続けてますよね。共通語の英語もアメリカ英語だけではなくアジアの英語も理解できるようにならなければならないと思いました。そう考えると私的にはマレーシアが最適でした。ベトナムに関してですがこちらは真逆の理由です。このASEANの中で一番知識がなかった国がベトナムとラオスでした(笑)フランスや英国から長い間植民地にされていたのは授業でよく聞く話でしたがそれぐらいしか…。興味がこの2つの国にはどうしても向かず、どうせヨーロッパや英語圏に行けなかったんだから、わけのわからないところに行ってみようと思ったんです(笑)この2つの中でベトナムを選択した理由としては、マレーシアから飛行時間が短いというなんとも単純な理由です。(笑)
という感じで、私の人生の起点ともなる旅はマレーシアとベトナムとなりました。٩( ᐛ )و (理由だけ聞くと本当に海外で活躍したいの?と疑っちゃいます笑)
前回の流れで説明したように、テストを突破したら次は面接なんですよね。これがまあ緊張しまして、何せスーツを身に纏った理事長らが真顔で質問してくる訳ですから。しかも面接は数回にわたって行われます。
突破その@教授らとの面接
正直、理事長らよりもこの面接が緊張しました。志望動機はもちろんどれくらいその国の知識を知っているか、英語以外の言語習得に関しても色々現時点で自分が持っている知識がどれくらいあるのかを成績表を基に見られました。これが残酷なのですが、私のアジアに関する教科の成績は結構低かったんですよね(笑)だから尚更、志望動機やアジアに関する知識を細かーく聞かれました。奇跡的に好評だったことは第二言語としてマイナーな言語をとっていた訳ですが、個人的にフランス語を勉強しておりリスニングとリーディングはまあまあな方でした。面接前にかき集めたベトナムの歴史とフランス語をうまく噛み合わせてなんとか突破しました。(汗)
突破そのA合否発表と別の教授との面談
こちらはそこまで厳格ではなく、最終確認という形でしたね。上記の厳格な面談を突破し見事仮合格を頂いた訳ですが、次の面談のための準備の面談でした。というのは、次の面談は理事長や副理事長などのお偉いさんと立ったからです。正直仮合格をいただいたこの日の面談は留学に一歩近づいたという喜びのあまり何を話したか何も覚えてません(笑)ただその次は容姿や言葉の使い方には特に気をつけるように言われたのを覚えています。
突破そのB大ボスとの戦い
私の大学にはある大きなビルが堂々と立ち構えています。そこの最上階には生徒はもちろん許可された教授しか入れない訳ですが、そこで面談があると聞いた時はそりゃあもちろん緊張の度合いがMAXまで達しました。何度も練習した原稿を手に名前が呼ばれるのを待ちました。この時、原稿の内容はもちろん頭に入ってきません。すると名前を呼ばれ入った先には厳格なオーラを放つ3人の男の方が座っていました。席につく早々、副理事長らしき人が一言。「アジアは行ったことあるかね?」と質問を放ちました。
「インターンシップで台湾に教員として行った経験のみです。」
と練習通りに答えましたが、驚いたのはこの後でした。私が答えた直後、みなさんで「いやー台湾はいいね、僕も好き」「やはりマレーシアというチョイスはいいね、私は昔…」などと今までの面談とは考えられないなんともカジュアルな会話でした。(笑)
この3つの面接と面談を終え無事合格をもらった私は1ヶ月後に迫る1年留学への準備を始めます。長くなりましたが、読んでいただきありがとうございます。次回は1年留学を経験した私が必要だと思うものや留学までにしたこと、そしてどんな手続きをしたか詳しく書いていこうと思います!
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- ASEANについて
- ASEANに行った理由
- 大学内の面接
「まずASEANって何?」
まずASEANについて軽く説明しますね!ASEANとは東南アジア地域の国々が集まった組織のことです。1967年に平和と安定、そして経済を活性化するために作られました。この図を見ると分かりやすいかもしれません。
ちなみに黄色の地域がASEANに所属している国です!前回でもお話ししたように、私はASEANのリーダーシッププログラムという1年間のASEANでの海外留学に参加することを決めました。記事を見てくれた方はわかるかもしれませんが、まず第一に私がこの大学を選んだ理由としてはハリーポッターの世界に憧れて留学を強く希望してたからなんです。それがいつの間にか全く関係ないASEANへ留学することになりました。(笑)じゃあなんで選んだの?と気になる方が多いと思うのでまずそちらからお話ししますね
「大好きな国々を捨ててまでASEANにいった理由」
@新しい価値観
まずなぜ留学に行きたいか、それはもちろんハリポタの影響はもちろんありましたが、もう一つ理由があります。ありきたりかもしれませんが、簡単に言うと新しい価値観に触れたいという理由です。というのも、私の大学は多くの留学生を受け入れており見渡す限りベトナム、中国、韓国、フランス、スペイン、米国などなど、世界中の大学から交換プログラムを利用し留学をしている人が多くいます。国々の新しい価値観や文化、歴史など(特にヨーロッパ)が好きだったのでそういった意味では違う地で勉強することに非常に憧れていました。ハリーポッターの雰囲気なんて日本には滅多にないですからね。笑
A今のままじゃ将来やばい
友人を含め大学一年生となるとやはり私もものすっごく遊んでいました。授業が終わるとみんなで飲みに行き、二日酔いのまま授業に出たことも……ツラカッタ…。そんな青春の延長のような日々を謳歌してたわけですが、ある日いつものようにハリーポッターを見てた時。
自分の英語力は大学入学時に比べて何も変わってない」
とふと思いました。英語力といっても特にスピーキングですね。ハリーポッターの不死鳥の騎士団を流しながら、頭ではこのままじゃやばい、とずっと考えていたわけです。(笑)勉強ももちろんしないといけないけど、青春の延長のようなこの無駄な時間も楽しみたい、そんな悪魔の囁きが脳内に響く中、ある言葉が頭をよぎりました。
「よく一緒に過ごす5人の平均が今の自分である」
起業家のジム・ローンさんの言葉ですが、グサリと胸に刺さりませんか?(笑)友人を含め大学一年生となるとやはり私もものすっごく遊んでいました。授業が終わるとみんなで飲みに行き、二日酔いのまま授業に出たことも。暇さえあればみんなで集まり、自分ができないことを覆い隠すように噂話でみんなで盛り上がる。そんなくっだらないことをして過ごしてたわけです。(反省)
基本的に私の学科では優秀な人は優秀な大学へ留学に行くわけですが、私もその一員になりたかったことも留学を決めた理由の一つです(入学時にTOEIC900すでにとっている人もいました)また、大学提携先は非常に有名な大学が多く、ノルウェーのオスロ大学、ドイツのケルン大学、フィリピンのアテネオマニラ大学などなど。そこの留学を狙ってうちの大学に入学する人も多くいました。
やはりヨーロッパ諸国や欧米諸国の留学希望者数はものすごく多く、授業料が無料になるのはたった1人か2人だったんです。何百人も応募する中、確率的に無理だなと英語圏は正直諦めていました。しかし、ゼミの教授から、英語圏への留学はただの英語勉強プログラムであるというなんとも効率的ではないプログラムであるというなんとも衝撃的で残酷な事実を突きつけられました。まあもちろんですが、そんな多額のお金を英語の勉強するためだけに払うのは御免だと思いながら、英語で知識を刷新したいと考えていました。さらにそこから海外で活躍する人材になるために国際経済や政治といった社会学を中心に勉強したいとうこと、そして発展が著しい国で経験を積むこと<を考えていたところASEANの留学プログラムのお話をいただきました。
B「私の決めた2カ国」
先ほども述べた通り、この留学プログラムは2カ国で半年ずつ留学できます。私が選んだ国はズバリ、ベトナムとマレーシアです。マレーシアといえば多国籍で過ごしやすい地域としても有名ですよね!芸能人で言うとGACKTさんもマレーシアが住むには一番の国として現在滞在していますよね。私も過ごしやすいということは聞いていたので勉強するなら住むのに苦労をしない場所がいいと思いました。また、現在はアジアの人口が増え続けてますよね。共通語の英語もアメリカ英語だけではなくアジアの英語も理解できるようにならなければならないと思いました。そう考えると私的にはマレーシアが最適でした。ベトナムに関してですがこちらは真逆の理由です。このASEANの中で一番知識がなかった国がベトナムとラオスでした(笑)フランスや英国から長い間植民地にされていたのは授業でよく聞く話でしたがそれぐらいしか…。興味がこの2つの国にはどうしても向かず、どうせヨーロッパや英語圏に行けなかったんだから、わけのわからないところに行ってみようと思ったんです(笑)この2つの中でベトナムを選択した理由としては、マレーシアから飛行時間が短いというなんとも単純な理由です。(笑)
という感じで、私の人生の起点ともなる旅はマレーシアとベトナムとなりました。٩( ᐛ )و (理由だけ聞くと本当に海外で活躍したいの?と疑っちゃいます笑)
「不安で満ちた面接を突破」
前回の流れで説明したように、テストを突破したら次は面接なんですよね。これがまあ緊張しまして、何せスーツを身に纏った理事長らが真顔で質問してくる訳ですから。しかも面接は数回にわたって行われます。
突破その@教授らとの面接
正直、理事長らよりもこの面接が緊張しました。志望動機はもちろんどれくらいその国の知識を知っているか、英語以外の言語習得に関しても色々現時点で自分が持っている知識がどれくらいあるのかを成績表を基に見られました。これが残酷なのですが、私のアジアに関する教科の成績は結構低かったんですよね(笑)だから尚更、志望動機やアジアに関する知識を細かーく聞かれました。奇跡的に好評だったことは第二言語としてマイナーな言語をとっていた訳ですが、個人的にフランス語を勉強しておりリスニングとリーディングはまあまあな方でした。面接前にかき集めたベトナムの歴史とフランス語をうまく噛み合わせてなんとか突破しました。(汗)
突破そのA合否発表と別の教授との面談
こちらはそこまで厳格ではなく、最終確認という形でしたね。上記の厳格な面談を突破し見事仮合格を頂いた訳ですが、次の面談のための準備の面談でした。というのは、次の面談は理事長や副理事長などのお偉いさんと立ったからです。正直仮合格をいただいたこの日の面談は留学に一歩近づいたという喜びのあまり何を話したか何も覚えてません(笑)ただその次は容姿や言葉の使い方には特に気をつけるように言われたのを覚えています。
突破そのB大ボスとの戦い
私の大学にはある大きなビルが堂々と立ち構えています。そこの最上階には生徒はもちろん許可された教授しか入れない訳ですが、そこで面談があると聞いた時はそりゃあもちろん緊張の度合いがMAXまで達しました。何度も練習した原稿を手に名前が呼ばれるのを待ちました。この時、原稿の内容はもちろん頭に入ってきません。すると名前を呼ばれ入った先には厳格なオーラを放つ3人の男の方が座っていました。席につく早々、副理事長らしき人が一言。「アジアは行ったことあるかね?」と質問を放ちました。
「インターンシップで台湾に教員として行った経験のみです。」
と練習通りに答えましたが、驚いたのはこの後でした。私が答えた直後、みなさんで「いやー台湾はいいね、僕も好き」「やはりマレーシアというチョイスはいいね、私は昔…」などと今までの面談とは考えられないなんともカジュアルな会話でした。(笑)
この3つの面接と面談を終え無事合格をもらった私は1ヶ月後に迫る1年留学への準備を始めます。長くなりましたが、読んでいただきありがとうございます。次回は1年留学を経験した私が必要だと思うものや留学までにしたこと、そしてどんな手続きをしたか詳しく書いていこうと思います!
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