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2019年03月07日
映画「救命艇」男女8人の海洋サスペンス
「救命艇」(Lifeboat) 1944年 アメリカ
監督アルフレッド・ヒッチコック
原作ジョン・スタインベック
脚本ジョー・スワーリング
撮影グレン・マックウィリアムズ
〈キャスト〉
タルーラ・バンクヘッド ヒューム・クローニン
ヘザー・エンジェル
ノーベル賞作家ジョン・スタインベックの原作を巨匠アルフレッド・ヒッチコックが手がけた海洋サスペンス。
第二次大戦下、大西洋上で一隻の貨物船(客船とも)がドイツ軍のUボートによって撃沈されます。同時にUボートも連合軍の攻撃によって沈没。海上には船の残骸や死体が漂い、生き残った人たちの声が呼び交わされます。
濃霧と残骸の間を一隻の救命艇が漂っています。
乗っているのは一人の女性。
ミンクのコートを着こなし、タバコをくゆらす彼女は、高級ホテルのバーから現れたかのような、およそ遭難者とは程遠い、場違いな雰囲気を醸(かも)しています。
そこへ次々と遭難者が乗り込み、やがて若い黒人が乳飲み子を抱いた母親を助けて乗り込み、8人の男女が一隻の救命艇に乗り合わせることになります。
そして、そこにもう一人、船のへりに手をかけた男が、みんなの手を借りて船の中へ助け上げられ、倒れ込むように乗り込みます。
「大丈夫か?」と声をかけるみんなに応えて彼は言います。
「danke schön」
最後に乗り込んだドイツ人のウィリー(ウォルター・スレザック)は、やがて、撃沈されたUボートの艦長であることが判明し、広大な大西洋に浮かぶ小さな救命艇の中に、8人の連合国側の民間人と、敵国であるドイツの軍人が乗り合わせるという緊張した関係が生まれます。
ほどなく乳飲み子は死に、母親も後を追って自殺を図り、残った8人はハリケーンに襲われ、水や食料も尽きていく中で、緊張した人間関係は一気に暴発してゆくことになります。
救命艇という狭く限られた空間、登場人物が8人(最初は9人)という中で繰り広げられる人間ドラマで、ヒッチコック映画らしく、観る者をグイグイと引っ張っていきます。
登場人物は個性的で、最初に救命艇に乗っていたミンクの女性は、世界を股にかける著名なジャーナリスト、コニー・ポーター(タルーラ・バンクヘッド)。
さらに、シカゴの屠畜場で働いていたコバック(ジョン・ホディアク)。
実業家リットンハウス(ヘンリー・ハル)。
水夫スタンリー(ヒューム・クローニン)。
片足を切断することになるガス(ウィリアム・ベンディックス)。
看護婦マッケンジー(ヘザー・エンジェル)。
元スリの名手で、黒人のジョー(カナダ・リー)。
そして最後に乗り込んだUボートの艦長ウィリー(ウォルター・スレザック)。
粗野な性格のコバックは、ウィリーに対し「海に沈めろ!」と頑強に主張しますが、「国際法に従って捕虜は当局に引き渡すべきだ」と反論するリットンハウスとスタンリー。
7人の間で激論が戦わされますが、救命艇でバミューダを目指そうとしながらも針路が分からず、自信たっぷりなウィリーの指図に従ってしまうことになります。
やがてガスの足が壊疽(えそ)になり、医者でもあったウィリーは、ガスの足を切断。以降、ウィリーの存在が大きくなっていきます。
水や食料がなくなり、飢えと渇きが救命艇を支配する中、渇きに我慢できず、海水を飲んでしまうガス。
ひとりウィリーだけが疲れを見せず、洋々たる態度でボートを漕いでいきます。
後半からのウィリーの存在は不気味さと威圧感を増し、残りの7人には無力感が漂っているのですが、ガスが見殺しにされたことによって、看護婦のマッケンジーがウィリーに襲いかかり、狂気のフタがはじけたように、黒人のジョーを除く全員がウィリーを襲い、海に沈めてしまいます。
救命艇に乗り込んだ男女8人という状況設定は、敵国同士であっても、映画「太平洋の地獄」(1968年)のように最後には力を合わせて難局を乗り切ろう、といった友情物語で幕を閉じることが多いと思うのですが、「救命艇」はスタインベック色の濃い、人間の内面に深く踏み込んでゆく展開になっています。
中でも不可解なのはウィリーで、壊疽になったガスの命を救った彼は、最後にはガスを平然と海へ突き落してしまいます。
「なぜ殺したんだ!」とみんなに詰め寄られても、
「おれの気持ちも察してくれ。苦しむガスを解放してやったんだ」と言い放ちます。
渇きに苦しみ、海水を飲んだガスは正気を失いかけていましたから、ウィリーの反論はもっともらしく聞こえますが、少しでも邪魔な人間を減らしてしまおうという冷酷な傲慢さがうかがえます。
「救命艇」は1944年公開なので、ドイツ軍に対するプロパガンダ的な要素を含んでいるようにもみえますが、重厚な人間ドラマとしての性格がとても強いように思います。
7人対1人でありながら、サバイバルの知恵にすぐれ、医者でもあり、三ヵ国語を話す頑丈な体格の持ち主のドイツ軍人ウィリー一人に翻弄されてしまう民間人の7人。
この救命艇での支配関係は、国家の中における軍部の影響力の縮図とも考えられ、また、暴徒と化したコバックたちには加わらず、ひとり理性を保っていたのが人種差別の対象とされていた黒人のジョーだけだったというのもスタインベックらしい配慮かなと思います。
俳優たちの熱演も見もので、何度見ても見ごたえのあるヒッチコックの傑作です。
監督アルフレッド・ヒッチコック
原作ジョン・スタインベック
脚本ジョー・スワーリング
撮影グレン・マックウィリアムズ
〈キャスト〉
タルーラ・バンクヘッド ヒューム・クローニン
ヘザー・エンジェル
ノーベル賞作家ジョン・スタインベックの原作を巨匠アルフレッド・ヒッチコックが手がけた海洋サスペンス。
第二次大戦下、大西洋上で一隻の貨物船(客船とも)がドイツ軍のUボートによって撃沈されます。同時にUボートも連合軍の攻撃によって沈没。海上には船の残骸や死体が漂い、生き残った人たちの声が呼び交わされます。
濃霧と残骸の間を一隻の救命艇が漂っています。
乗っているのは一人の女性。
ミンクのコートを着こなし、タバコをくゆらす彼女は、高級ホテルのバーから現れたかのような、およそ遭難者とは程遠い、場違いな雰囲気を醸(かも)しています。
そこへ次々と遭難者が乗り込み、やがて若い黒人が乳飲み子を抱いた母親を助けて乗り込み、8人の男女が一隻の救命艇に乗り合わせることになります。
そして、そこにもう一人、船のへりに手をかけた男が、みんなの手を借りて船の中へ助け上げられ、倒れ込むように乗り込みます。
「大丈夫か?」と声をかけるみんなに応えて彼は言います。
「danke schön」
最後に乗り込んだドイツ人のウィリー(ウォルター・スレザック)は、やがて、撃沈されたUボートの艦長であることが判明し、広大な大西洋に浮かぶ小さな救命艇の中に、8人の連合国側の民間人と、敵国であるドイツの軍人が乗り合わせるという緊張した関係が生まれます。
ほどなく乳飲み子は死に、母親も後を追って自殺を図り、残った8人はハリケーンに襲われ、水や食料も尽きていく中で、緊張した人間関係は一気に暴発してゆくことになります。
救命艇という狭く限られた空間、登場人物が8人(最初は9人)という中で繰り広げられる人間ドラマで、ヒッチコック映画らしく、観る者をグイグイと引っ張っていきます。
登場人物は個性的で、最初に救命艇に乗っていたミンクの女性は、世界を股にかける著名なジャーナリスト、コニー・ポーター(タルーラ・バンクヘッド)。
さらに、シカゴの屠畜場で働いていたコバック(ジョン・ホディアク)。
実業家リットンハウス(ヘンリー・ハル)。
水夫スタンリー(ヒューム・クローニン)。
片足を切断することになるガス(ウィリアム・ベンディックス)。
看護婦マッケンジー(ヘザー・エンジェル)。
元スリの名手で、黒人のジョー(カナダ・リー)。
そして最後に乗り込んだUボートの艦長ウィリー(ウォルター・スレザック)。
粗野な性格のコバックは、ウィリーに対し「海に沈めろ!」と頑強に主張しますが、「国際法に従って捕虜は当局に引き渡すべきだ」と反論するリットンハウスとスタンリー。
7人の間で激論が戦わされますが、救命艇でバミューダを目指そうとしながらも針路が分からず、自信たっぷりなウィリーの指図に従ってしまうことになります。
やがてガスの足が壊疽(えそ)になり、医者でもあったウィリーは、ガスの足を切断。以降、ウィリーの存在が大きくなっていきます。
水や食料がなくなり、飢えと渇きが救命艇を支配する中、渇きに我慢できず、海水を飲んでしまうガス。
ひとりウィリーだけが疲れを見せず、洋々たる態度でボートを漕いでいきます。
後半からのウィリーの存在は不気味さと威圧感を増し、残りの7人には無力感が漂っているのですが、ガスが見殺しにされたことによって、看護婦のマッケンジーがウィリーに襲いかかり、狂気のフタがはじけたように、黒人のジョーを除く全員がウィリーを襲い、海に沈めてしまいます。
救命艇に乗り込んだ男女8人という状況設定は、敵国同士であっても、映画「太平洋の地獄」(1968年)のように最後には力を合わせて難局を乗り切ろう、といった友情物語で幕を閉じることが多いと思うのですが、「救命艇」はスタインベック色の濃い、人間の内面に深く踏み込んでゆく展開になっています。
中でも不可解なのはウィリーで、壊疽になったガスの命を救った彼は、最後にはガスを平然と海へ突き落してしまいます。
「なぜ殺したんだ!」とみんなに詰め寄られても、
「おれの気持ちも察してくれ。苦しむガスを解放してやったんだ」と言い放ちます。
渇きに苦しみ、海水を飲んだガスは正気を失いかけていましたから、ウィリーの反論はもっともらしく聞こえますが、少しでも邪魔な人間を減らしてしまおうという冷酷な傲慢さがうかがえます。
「救命艇」は1944年公開なので、ドイツ軍に対するプロパガンダ的な要素を含んでいるようにもみえますが、重厚な人間ドラマとしての性格がとても強いように思います。
7人対1人でありながら、サバイバルの知恵にすぐれ、医者でもあり、三ヵ国語を話す頑丈な体格の持ち主のドイツ軍人ウィリー一人に翻弄されてしまう民間人の7人。
この救命艇での支配関係は、国家の中における軍部の影響力の縮図とも考えられ、また、暴徒と化したコバックたちには加わらず、ひとり理性を保っていたのが人種差別の対象とされていた黒人のジョーだけだったというのもスタインベックらしい配慮かなと思います。
俳優たちの熱演も見もので、何度見ても見ごたえのあるヒッチコックの傑作です。