実家で紅茶が出ることはなかった。
そのため中学生になるまで紅茶は物語上の飲み物でしかなかった。
最初に飲んだ紅茶は友達の友達の家で振舞われたミルクティーだった。
これが馬鹿甘かった。底に溶けきれなかった砂糖が沈んでいた。
淹れてくれた友達の友達のお母さんはニコニコ笑って「美味しい?」と尋ねてくる。
不味いと言うのは失礼だろうから「オイシイデス」とどうにか笑って返した。
余談だがそこの家では水の代わりに甘いサイダーを飲んでいると噂を聞いた。
嘘乙と言えなかった。
以来ず っと紅茶を飲まずに過ごした。
三年ほど経って高校生の冬。飲みはしなかったがまた苦い思い出が出来た。
寒さを嫌って閉め切った教室、隣席の友人が自販機から買ってきた飲み物を開けた。
それはペットボトルに入ったホットミルクティーだった。
たちまち漂う独特の甘い匂いがいやに強くて気分が悪くなった。
今思うとペットボトル飲料がそんなに匂ったとは思えない。
体調不良は換気不足で空気が悪かったせいだろう。
しかし当時の自分は紅茶のせいだと思い、ますます遠ざけた。
社会人何年目の夏に東京を訪れた。
「沢山の文豪に愛されてきました」と謳う喫茶店を見かけた。
挙げられる文豪の中に丁度作品に触れたばかりの文豪がいた。
その人はレモンティーを飲みにきていたと紹介されていた。
苦手意識は未だあったが、飲んでみたいと思った。
ミルクティーじゃないなら大丈夫では? という期待もあった。
テーブルに置かれた拍子にグラスの中で四角い氷がカラコロ音を鳴らした。
グラスには透明な赤みがかった茶色い液体がなみなみと注がれていた。
涼を取るのにピッタリな飲み物におそるおそる口をつけた。
暑さにへばった体に染み渡る冷たさ。落ち着いた香り。
レモンの爽やかな酸味の奥に、うっすらと茶の渋みはあったが嫌な渋さではない。
美味しかった。氷で薄まる前に飲みきってしまった。
レモンティーが大丈夫だったから、他の紅茶も飲んでみたくなった。
あるときアイスティーを飲んでみた。
レモンの酸味がなくても美味しくいただけた。
匂いが強くても大丈夫か確認すべく、ホットにも挑戦してみた。
良い香りが広がっていて美味しかった。
しばらく後、思い切ってホットのミルクティーを注文した。
ミルクでまろやかになっていて違った美味しさがあった。
そうやって段階的に苦手意識が消えていった結果、紅茶は好きな飲み物の仲間入りを果たした。
専門店ほど美味しく淹れられないし、違いの分かる舌ではないけれど。
自分でも紅茶を淹れて楽しむようになった。