夜が明けました。
私はやっぱり眠ることができませんでしたが、夫は少しでも眠ることができたようでした。
夫はこれから、入院に必要な物を揃えるため、一旦帰宅しなければなりませんでした。
夫は私を残して帰るのが本当に辛そうでした。
多分私が泣きすぎて、あまりにもひどい顔をしていたからだと思います。
夫がいなくなり、広い病室に一人きりになりました。
じきに看護婦さんがやって来て、私の体をタオルで拭いたり、着替えさせたりしてくれました。
この時の担当の看護婦さんが新人さんで、悪い方では全然無かったのだけど服を脱がすときにうっかり思いきり私の腕をつねってしまったり、体を拭くタオルはひどく熱く、拭き方もとても荒いものでした。
いつもなら何とも思わないのに、私は泣きそうになるのを必死でこらえていました。
子どもみたいです。心が極限まで弱ってるんだな、と感じました。
そうこうしているうちに、朝のうちに両親がお見舞いに来てくれました。
夫とは違い、なんだか照れ臭くて素直に甘えられません。手術跡がだんだん痛みだし、顔が険しくなっていましたが黙っていました。
母はムスっとしている私を見て、ますます不安そうでした。
じきに別の看護婦さんが来て、
「午前中は基本面会できないこと。この部屋は手術直前、直後の人が使う部屋だから相部屋に移って欲しい」
と言われました。
「相部屋の方はかなり具合が悪いので…」と看護婦さんは言っていました。
両親は仕方なく、「一旦帰るね」と帰って行きました。
私は午後までひとりぼっちで、ただただ痛みに耐えなくてはならないことに泣きそうでした。
痛みはとうとう強くなり、自力でトイレに行けるようになってはいたけど、本当に時間がかかりました。
点滴や背中のチューブが抜けないように、加えて検尿まであったのでトイレに行くことがかなりのストレスでした。
午後になると、一旦帰宅していた夫と両親がまた来てくれました。
私たちの家から実家まで、車でおよそ2時間かかります。
夫には2往復もさせてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
夫は家から私のメガネや化粧品など、最低限のものを持ってきてくれていました。
手術の夜、私はしばらく休まなければならなくなる仕事をクビになったりはしないかと、これまたずっと泣いていたのですが、差し入れの中に見たことの無い料理の本がありました。
夫「もし万が一、クビになったら、これ毎日1品ずつ作ってよ」
私「………………」
それはサラダがメインの料理本でした。
正直あんまり使えない…と思ったけど夫の気持ちが嬉しかった。
そして見慣れた顔が差し入れ袋の中に
うちにいる一番小さなぬいぐるみのサブちゃんでした。
夫「ほんとは猫さんたちが来たいって言ったんだけどお前たちじゃ邪魔になるからお前が行ってこいって言われたんだよー」
夫の子どもみたいな優しさが心に染みました。
夫や両親も帰って行き、またひとりぼっちです。
相部屋の方は、産後すぐの方だったことがわかりました。
私の中に今まで感じたことが無いくらい、暗くて強い怒り、哀しみが沸き上がりました。
相部屋の方「今日
祝い膳でケーキ出たのにひっくり返しちゃって。なんかおかしくなっちゃって写真撮ってたんですよ」
看護婦さん「うわぁもったいない!!」
楽しそうに会話しているのを聞いて、今は何が起こっても楽しくて楽しくて仕方ないんだろうと思いました。
今の私は何が起こっても笑えそうも無いのに…
相部屋の方を無意味に憎んでしまう自分自身が何よりも醜くて汚いもののように感じました。
看護婦さんが私の方にもやって来ました。
サブちゃんに気づいて、「かわいいね」と言ってくれました。
夫が持ってきてくれたんですと答えると、
「犬は安産のお守りだもんね」
と笑顔で話しました。
多分急な入院だったので、私がどうして入院しているのか、全ての看護婦さんが把握している訳では無かったのでしょう。
でもあまりにも残酷です。
私には安産なんてできようはずも無かった…
赤ちゃんについて楽しそうに話すお隣の声がさらに私の心をかき乱します。
頭がおかしくなりそうです。
おかしくなったほうがマシです。