「そんな店本当にあるんですか」――東北のある都市では、業界団体の職員ですら驚くほど早い時間からパチンコ屋が営業している。開店は朝7時。それも1店舗だけではない。市内の半数がこうなのだ。異動してきた全国チェーンの店員たちは口々に言う。「こんな地域があるなんて信じられませんでした」「間違いなく、日本一でしょ」。
宮城県第2の都市・石巻市。この人口15万人足らずの港町は、日本でもっともパチンコが盛んな地域かもしれない。平日の営業時間は、午前8時から日付が変わる直前まで。土日祝日になれば、市内14店舗のうち7店舗が1時間開店を早める。東京や大阪と比べると営業時間は4時間も長い。お盆や年末に至っては、日をまたいで営業することもある。
人々は何を求め、朝7時からパチンコ屋へ足を運ぶのか。ゴールデンウィーク中の石巻を訪ねた。
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国道398号。パチンコ屋に出入りがあると、車が詰まることも
「エンジョイスロット」「エンジョイパチンコ」
石巻市から東北を横断し、日本海側へと延びる国道398号。その起点から石巻漁港エリアまでの約7km、車で15分ほどの距離に6つの大型パチンコ店が並ぶ。このうち5店舗が土日祝日に朝7時から店を開ける激戦区だ。
早朝、JR石巻駅付近のホテルからタクシーに乗り、「398」を西へ。車通りはまだ少ない。片側1車線の道沿いには、東北のスーパー「ヨークベニマル」。見慣れた牛丼やコンビニのチェーン店、携帯ショップの看板も目に入る。
午前6時半。10分足らずで着いた「ジョイパーク」では、既に8人の男性が並び、黙々とスマートフォンを操作していた。先頭の30代男性(製造業)は5時台から待っているという。この時期でも、石巻の気温は10度に満たず、車内で開店を待っている人も少なくない。連休中の、しかもこんなに朝早くから、なぜパチンコなのか。常連だという地元の40代男性は、恥ずかしそうにこう話す。
「いやあ、気晴らしっすかね、ほかに行くとこもないし。並んでる人は、大体『1スロ』目当てですよ」
7時、入り口のシャッターが開き、轟音鳴り響く店内に40人ほどが流れ込んでいく。男性が言う通り、多くの人が向かった先は「1スロ」コーナー。同じ機種はほとんどない。男性は迷うことなく、「北斗の拳」へ。先頭の人は、美少女キャラが描かれた「マジカルハロウィン5」という台に座っていた。32台のうち、空いているのは10台しかない。
一般的なスロットは、「20スロ」と呼ばれ、1メダルは20円する。これに対し、「1スロ」は、1メダル1円。この店では、「エンジョイスロット」と呼び、1000円で846枚のメダルを貸し出している。店内にはこのほか、200円で688玉の「エンジョイパチンコ」もある。通常の「4パチ」なら、200円だと50玉しか貸してもらえない。
いずれのコーナーも午前9時頃までには、ほとんどの台が埋まってしまった。「1パチ」も人気だ。一方、一般的な「4パチ」「20スロ」は、人がまばら。特に「4パチ」は空席が多い。
パチンコ界で流行する「低レート」
パチンコ業界では2006年ごろ、「1パチ」や「5スロ」と呼ばれる低レートの台が登場した。同じ金額で、より長い時間打てることから人気を集め、今やほとんどの店舗に台が置かれている。より低レートの台も生まれ、石巻には「ジョイパーク」のほかにも、「2スロ」に力を入れる店や低レートだけの店などがある。
試しに、「エンジョイスロット」(1スロ)に1000円を入れてみた。すべてのメダルを使い切るのにかかった時間は、なんと70分。大量のメダルは、「ドル箱」を使わないと下皿からあふれてしまうほどだ。ベトつくメダルを何度も投入するため、指先が疲れてしまった。一方、「エンジョイパチンコ」は50分。どちらも当たりが出れば、もっと長い時間プレーできる。
この日、午前7時から閉店の午後11時50分ごろまで1スロを打った40代男性(建設業)は、「トータル4000円投入して、とんとんでした」と話す。運が良ければ、最初の1000円で1日中遊べることもあるという。「少ない投資で店との勝負も楽しめる。そういう刺激もありますね。数千円で1日遊べるなら儲けもんだと思いませんか」。
仮に当たらなくても、アイドルやアニメ、映画などを使った派手な「演出」が客を飽きさせない。夫・息子と一緒に週1回は来るという70代の女性は、「私は打たないけど、見ているだけでも楽しいの」と上品に笑う。足が悪いという彼女は、休憩も交えながら杖をついて店内をゆっくり歩き回っていた。
これに対し、一般的な20スロや4パチの場合、当たりがなければ1000円がものの数分で消える。別の店で出会った60代の男性は、「金持ちは4パチ、俺ら貧乏人は1パチ」と自嘲する。「30分でなくなることもあるけど、3000円ありゃ大体3時間くらい遊べっかな。『マクロス』が良いんだよ」。
こうした石巻のパチンコ文化は、県外の人には「ぬるい」と映るようだ。今年引っ越して来たばかりという福岡県出身の30代男性(地盤改良業)は、10数年前、スロットだけで年間300万円以上を稼いでいた凄腕。
「地元の人は低レートの台ばっかり打ってますよね。激アツ演出を外しても、『ふーん』って顔しているし、俺らからしたらありえない。こっちとしちゃ、台が選び放題なんで良いんすけど」
震災後に始まった朝7時開店
石巻でもひと昔前までは9時開店が一般的だった。「マルハン」の店員は、「石巻はパチンコの競争が激しい場所で、8時半、8時と少しずつ開店時間が早くなっていったようです」と話す。
朝7時開店は、東日本大震災後の2011年11月、漁港エリアの「アムズガーデン」が土日限定で始めた。担当者によると、「漁師や漁港関係の方から、『時間を持て余してしまうので、もっと早くから開けられないか』というお話があったと聞いています」。
この店をはじめ、漁港エリアでは朝早い時間でも、つなぎや作業服を着た客の姿を見ることができる。朝8時、会社の車で乗り付けた作業着の4人組は、関西から単身赴任中。仕事が終わったばかりで、「寝る間も惜しんできました」と言うや、足早に店内に入っていった。「この辺りは津波の被害が特にひどかった。パチンコ屋のお客は、復興支援や現場関係の人も多いみたいですね。県外の人だから行く当てもないんでしょう」とは、タクシーの運転手の弁。
一方、2012年12月、漁港エリア以外で初めて7時開店を決めた「マルハン」は、高齢者を中心に開店時間を早めてほしいという要望があったそうだ。実際、マルハンに限らず、どの店舗でも高齢者の姿が目立つ。ある店で、休憩所に座っていた70代の男性に声をかけた。この店にはよく来られるんですか? 「ここはダメだぁ。全然勝てねえよ」。そうは言うものの、一向に席を立つ気配がない。男性は再び、店に置いてある地元新聞に目を落とした。シートには、同じくらいの年代の男性が10人ほど座っている。別の店では、70代の女性がおどけた口調でこう言った。「店が全然勝たせてくれないけど、『依存症』だから週に1回は来ちゃうのよ。婆ちゃんだから、誰も遊んでくれないの」。
「仮設住宅に一人でいると、津波のことを思い出して怖い」――高齢者の移動支援を行う男性は、複数の高齢者からこんな声を聞いている。「この辺りじゃ、気晴らしもないですからね。パチンコ以外だと、カラオケか居酒屋か温泉。パチンコって言うと周りの人から怒られるんで、こっそり送り迎えしていました。1日いくらかで、いろんなことを忘れられるならいいじゃないですかね」。
「なーんもないもんねぇ」
轟音とたばこの煙が充満する店内で、客たちは誰と話すでもなく、ただじっと画面をのぞき込む。客の服装は、「部屋着」に近く、女性でもジャージー姿にクロックスのサンダルという組み合わせが珍しくない。
年齢層は高く、一目で20代と分かる人は少数だ。昼前、7時から「1パチ」を打っていた若いカップルが外に出てきた。男性は普段工事現場で働いている。「いつも朝早いんで、土日も朝からさくっと遊んでます」。午後はゆったりと過ごすという。「同世代はみんな(石巻の)イオンか、仙台じゃないですか。もうちょっと暖かくなったら、僕らも釣りに行きたいんですけどね」。そう言って、2人は軽自動車に乗り込んだ。
午後1時過ぎ、ある店舗の食堂で、大正14年生まれの女性に出会った。今年で91歳。若くして夫を亡くし、女手一つで子どもを育ててきた。そんな彼女の数少ない楽しみがパチンコ。キャリアは60年になる。「5時間くらい打って、カラオケに行くのが好きでよ。トータルでもあんまり負けてねぇよ」。快活に笑って、カツカレーを頬張る。どうして、パチンコを打つの? 「楽しみがないもんねぇ」と笑う。一瞬考え、また「なーんも楽しみがないもんねぇ…」。食後、彼女は「話しかけてくれてありがとう」と言って、台に戻っていった。
◇パチンコの営業時間
パチンコ店の営業時間は「風営法」で、原則「日の出」(2016年6月からは法改正により午前6時)から「午前0時」(一部では午前1時まで可)までと定められている。実際は、都道府県条例でさらに制限されていることが多く、店舗同士の取り決めや営業判断で短くなっている場合もある。東京都や大阪府では、最長でも午前10時から午後11時までの営業しか認められていない。