安宿の屋上からのチャイは格別に美味しかった。宿の若いオーナーと話した後に街に出てみる事にした。灼熱のミャンマーから一転、寒いネパールの気温差に体がついてこなかったが、このタメル地区はかなりゴミゴミしており英語表記の看板が沢山見受けられる。10m歩くごとにネパール人から話掛けられるが無視して街の散策を楽しんだ。まだ昼間なので裏路地も怖くなく歩ける。あまり遠くに行くと迷子になりそうだったので、迷子にならない程度に歩いてみた。この土地柄、エベレストのトレッキングが外国人に受けているのか防寒着やシュラフを売っている店を多く見かける。日本食も所々にあり看板が出ている。ふと裏路地に入ってみたら、日本人らしき男性が座っていてネパール人と話していた。どこかで見た顔だなと思って、その場を通り過ぎようとした時に、「あれ?カズ?」と話し掛けられた。自分も振り返って見ると、なんと大阪港から出航して上海で共に過ごした仲間だった。上海ではクラブに行って、女の子にボッタくられた彼であった。懐かしい話をしていると、彼は結局、中国のチベットに入り、そこから陸路でカトマンズに来たのだが、この土地が住みやすくて沈没しているとの事。カトマンズは沈没者が多いので、その一人となっている訳だが、1泊80円で宿の従業員と同じ部屋で過ごしているらしく、毎日路地に座ってはネパール人と話してるだけみたいだった。自分は、中国からミャンマーまでの道のりを話したが、彼が言うには凄い行動力だね!と言っていた。色んな国が見たいので自然の流れなのだが、彼にとっては、まだ2ヶ国目なのである。これだけ長いしているとネパール語も日常程度覚えたらしく、彼がたくましくも見えた。泊まっている宿を教えて自分は散歩を続けたが、彼と話している時間が長かったのか、すでに夕方になって来たので、自分の宿へ戻る事にした。
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