ついにお別れの日がきてしまった。多少二日酔いであったが、バックパックに荷物を詰めてチェックアウトした。飛行場行きのバスターミナルまで一緒に同行して、てっちゃんと西森さんはバスに乗り込んだ。バスが出るまで十分程度しかなかったが、バスに乗り込んだ2人が窓を開けて、最後の会話をしている時にバスは出発して行った。ここから、1人になる寂しさと3人で色んな国を周った楽しい思い出が脳裏をよぎり、自分は寂しく安宿のホワイトハウスを目指した。誰かしら日本人や欧米人がいるので寂しさを紛らわせる事が出来ると思ったからだった。案の定、安宿にはバックパッカーが沢山いた。なんと、バンコクのカオサン通りにいた時に知り合いになった人がいたのが嬉しかった。その人は、先日にヤンゴンに着いたばかりで市内の情報が不足していると言っていたので、自分の知る限りの情報を教えたり食事の美味しく安い所も案内したりして、残りの1週間を共に過ごす事になった。ある日、ミャンマーの通貨のチャットが不足したので5ドルの両替をする為に朝早くスーレーパゴダまで足を伸ばしてみた。相変わらず、闇両替の人達がいて顔見知りなので、すぐに両替は終わった。その時に、サンダルを履いていた自分は道の端に釘が出ているのを知らず、足の親指を深くまで切ってしまった。血は止まらず、闇両替の人達が近くにある商店で消毒液とバンソウコウを買ってきてもらい何とか止血が出来た。この事件に自分もビックリしたが、優しく介護してくれた人達に感謝感激だった。勿論、その代金を支払いお礼を言って、宿へと戻ったが、時間が経つにつれて痛みが増してきた。朝早く1人で行動したのが仇となってしまった。その日は外に出る事なく、テラスでバックパッカーと話したりして時間を潰して療養した。
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